聖書日課プロジェクト

「4年サイクル主日聖書日課」を礼拝・説教に生かすために

D年聖霊降臨節第17主日

〈上に立つ人々〉

今週の聖句

思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことをこころにかけていてくださるからです。(ペトロの手紙一5:7)

「よい羊飼い」(5世紀前半、ラヴェンナMausoleum of Galla Placidia)

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更新日 2020-08-29 | 作成日 2017-10-20

聖書日課朗読箇所

ヘブライ語聖書

エレミヤ書50:4〜7

4 その日、その時には、と主は言われる。
 イスラエルの人々が来る
 ユダの人々も共に。
 彼らは泣きながら来て
 彼らの神、主を尋ね求める。
5 彼らはシオンへの道を尋ね
 顔をそちらに向けて言う。
 「さあ、行こう」と。
 彼らは主に結びつき
 永遠の契約が忘れられることはない。
 
6 わが民は迷える羊の群れ。
 羊飼いたちが彼らを迷わせ
   山の中を行き巡らせた。
 彼らは山から丘へと歩き回り
 自分の憩う場所を忘れた。
7 彼らを見つける者は、
 彼らを食らった。
 敵は言った。「我々に罪はない。
 彼らが、まことの牧場である主に
 先祖の希望であった主に罪を犯したからだ。

詩編

詩編23:1〜6

1 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
2 主はわたしを青草の原に休ませ
 憩いの水のほとりに伴い
3 魂を生き返らせてくださる。
 
 主は御名にふさわしく
   わたしを正しい道に導かれる。
4 死の陰の谷を行くときも
   わたしは災いを恐れない。
 あなたがわたしと共にいてくださる。
 あなたの鞭、あなたの杖
 それがわたしを力づける。
 
5 わたしを苦しめる者を前にしても
 あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
 わたしの頭に香油を注ぎ
 わたしの杯を溢れさせてくださる。
 
6 命のある限り
 恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
 主の家にわたしは帰り
 生涯、そこにとどまるであろう。

使徒書

ペトロの手紙一 2:11〜25

 11 愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。12 また、異教徒の間で立派に生活しなさい。そうすれば、彼らはあなたがたを悪人呼ばわりしてはいても、あなたがたの立派な行いをよく見て、訪れの日に神をあがめるようになります。
 13 主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。それが、統治者としての皇帝であろうと、14 あるいは、悪を行う者を処罰し、善を行う者をほめるために、皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい。15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。16 自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手だてとせず、神の僕として行動しなさい。17 すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい。
 18 召し使いたち、心からおそれ敬って主人に従いなさい。善良で寛大な主人にだけでなく、無慈悲な主人にもそうしなさい。19 不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです。20 罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。21 あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。
22 「この方は、罪を犯したことがなく、
  その口には偽りがなかった。」
23 ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。24 そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。25 あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです。

福音書

ヨハネによる福音書10:1〜6

 1 〔イエスは言われた。〕「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。2 門から入る者が羊飼いである。3 門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。4 自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。5 しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」6 イエスは、このたとえをファリサイ派の人々に話されたが、彼らはその話が何のことか分からなかった。

この週から、ヨハネによる福音書10章を(少し順序を変えて)3週続けて読む。「羊」「羊飼い」を使った隠喩。

エレミヤ書50:4〜7、ことに後半は、民を「羊」、政治的指導者(宗教的指導者も含まれる)を「羊飼い」と呼び、「迷う」様子を語る(6節)。福音書の予型として選ばれている。

ペトロの手紙一 2:11〜25は、「人間の立てた制度に従う」ことを勧める(13節)。その模範として、イエスが苦しみを甘受したことが言われている。ここでもイエスが「羊飼い(牧者)」と呼ばれている(25節)。