<%@LANGUAGE="JAVASCRIPT" CODEPAGE="65001"%> 蕪栗ぬまっこくらぶ〜ラムサール条約湿地「蕪栗沼・周辺水田」より
ぬまっこHPトップ
蕪栗ぬまっこくらぶのマーク  私たちの活動
 私たちの活動が、将来どのような社会をつくりだすことを目標におこなわれているかを説明させてください。
環境保全(ヨシ刈り)  環境保全
 蕪栗沼の自然環境を良い状態に保ち、人によって悪化した環境を復元する活動を行っています。
環境教育(出前授業)  環境教育
 エコツアーや講師派遣で蕪栗沼の価値を多くの方に知ってもらうとともに、将来の環境社会をになう人材を育てます。
農業との共生(食害対策)  農業との共生
 渡り鳥による農業への被害を減らすとともに、鳥との共生をシンボルにした新しいブランドをつくります。
行政との協働(会議)  社会との協働
 遊水地保全や地域社会の発展のため、行政や企業と協働して蕪栗沼の保全を実現します。
蕪栗沼について
ガンについて
ネットワーク
蕪栗沼とは?
2008年11月20日更新
蕪栗沼とは?(撮影:群像舎)

蕪栗沼空撮

蕪栗沼は宮城県の北上川水系にある面積約150haの湿地です。沼といっても大部分はヨシやマコモなどの植物におおわれていて、水面は少ししかありません。沼は天然記念物の渡り鳥、マガンの国内有数の越冬地であり、毎年4万羽以上が飛来します。オオヒシクイやオジロワシなどの天然記念物、オオタカやチュウヒなどの絶滅危惧種など219種もの鳥類が観察されています。
沼はまた、周囲の沼や家屋を洪水から守る遊水地でもあります。堤防に囲まれた3つの水田に一時的に水を貯めることで、洪水の被害が周囲に広がることを防ぎます。

 蕪栗沼は、宮城県の北部に広がる平野「仙北平野」にある面積約150ヘクタールの沼です。沼といっても大部分はヨシやマコモで覆われている「湿地」で、周辺は沼を干拓してできた水田に囲まれています。天然記念物マガンの国内最大級の越冬地で、平成17年には、国際的に重要な渡り鳥の生息地を保護する「ラムサール条約」の登録地に指定されています。

沼の歴史

 蕪栗沼は、もともと北上川があふれた水が流れ込む自然遊水池でした。蕪(かぶ)のように美味しい栗の林が沼の辺に広がっていたことが、蕪栗の名の由来とされます。1610年、伊達政宗の命によって北上川の河川改修と新田開発が行われるようになり、沼も周辺が水田に干拓され、現在のような形となりました。

海の底だった縄文初期
貝塚でわかる淡水化の歴史
北上川の改修と干拓の歴史
太平洋戦争と食糧増産
蕪栗沼の名前の由来

遊水地懇談会の設立

 平成9年河川法が改正され、目的の中に「河川環境の保全」が加わりました。宮城県の呼びかけにより環境と治水の調和を目指した「蕪栗沼遊水地懇談会」が開催されます。宮城県猟友会の狩猟自粛と、水田だった白鳥地区が沼に戻されたことでマガンの越冬数が大幅に増え、国内最大級の飛来地として知られるようになります。

カスリン・アイオン台風
蕪栗沼遊水地事業
狩猟の自粛
遊水地懇談会の設立
白鳥地区の返還

ラムサール条約に登録

 平成11年、大崎市(旧田尻町)で渡り鳥の食害を補償する条例が制定され、これまで害鳥とされていたマガンとの共生を目指す動きが活発になります。環境教育やグリーンツーリズムで蕪栗沼が活用され、農業者の間でも渡り鳥と共生する農法がはじまります。平成17年には周辺水田とともにラムサール条約に登録されました。

食害補償条例の制定
環境管理基本計画の策定
環境教育とエコツーリズム
農業との共生
ラムサール条約に登録

沼はどうやって行けばいいのですか? 蕪栗沼の名前の由来は? 沼の水質は? 沼の水深はどれくらい? 沼にまつわる昔話はありますか? 洪水はどれくらい起こるのですか? 遊水地って何ですか? 宿泊する場所はありますか?

 

蕪栗沼は昔は海だった!?

 いまは田んぼや沼、あるいは道路があるところが、昔は海だったなんて信じられますか?。でも、本当のことなんです。いまから約1万年前は、海面の高さがいまより数メートルから数十メートルも高くて、ほとんどの平地が海の底だったと考えられています。

 その証拠のひとつが、地形です。瀬峰川・小山田川・萱刈川などの旧迫川流域の地形は、広い広い平地にまるで島のように丘陵地帯が点在しています。

蕪栗沼と加護坊山:縄文時代はこのような風景が全体に広がっていたと考えられている

 このような広い平坦な場所の地層は、川から流れてきた土砂が海に流れ込んできたときにできる地層です。地質学的には「沖積層」といって、氷河期が終わった1万年前以降に、砂や粘土やシルト(細かい砂)がたまった地層でできているのです。これに対して、丘陵地帯の方は、1万年より前に火山活動や地殻変動でできた地層からできています。

 もう一つの証拠が、縄文時代の遺跡にあります。旧迫川流域周辺には、縄文時代のはじめからおわり頃までの貝塚がなんと25もあります。こんな場所は全国のどこにもありません。しかも興味深いことに、縄文時代はじめから発掘される貝は海水性のものなのに、縄文時代おわり頃から発掘される貝は淡水性のものに変わっているのです。これは縄文時代の6000年の間に、ゆっくりと開水面が低くなり、海から平地に変わっていったことを示しています(中沢目貝塚�1995)。

 このように田尻や南方、瀬峰、米山、涌谷、迫などの旧迫川流域は、縄文時代に海だった頃の蕪栗沼からとれた生きものを食べて人々が暮らしていたことが分かっています。有名な遮光器土偶も発掘されており、当時の日本の中では、かなり高い文化水準でもありました。江戸時代の古文書に「もと沼辺に大栗林あり、其の実は拳(こぶし)のようで、味は甘味、蔓菁(つるかぶ)のようであった。世人は葛(くず)の菁(くずもちの材料?)を菁栗といったので、この名が出た」とあいります。蕪栗沼のほとりには、大きな栗の木の林が広がっていて、縄文時代の人が栗を栽培していたのではないかと考えられているのです。また、これが蕪栗沼の名前の由来(※注)でもあります。

蕪栗沼の名前の由来について

カブが先かクリが先か(笑)

 実は蕪栗沼の名前の由来には、もう一つ説があります。最初の「蕪(かぶら)のように美味しい栗がとれたので蕪栗という名前が付いた」という説は、1761年に仙台藩の儒臣である田辺希文が編纂した「封内風土記」にある記述です。

 一方、1776年に仙台藩は寮内郷村に書き出させた風土記「安永四年風土記御用書出」には「当村(蕪栗村)の熊野神社近くの畑に植えた蕪(かぶ)は、栗のような風味があったので、神名を蕪栗明神として崇め、やがてそれを村名に名付け候由、申し伝え候事」という記述があり、逆に「栗のような味のカブがとれたので蕪栗という名前が付いた」となっているのです。どちらが正しいのかは、現在となってはよく分かりません。

沼が平地にならなかったわけ

蕪栗沼や伊豆沼・内沼は火山活動でできた陥没地形のあとです!

 縄文時代に海だった平地の中で、どうして蕪栗沼だけが沼として残ったのでしょうか?それはもともと蕪栗沼のあたりは、火山活動で陥没が起こったあとで、地面に穴が開いたような場所だったからです。そのため他の場所よりもともと標高が低い場所だったのです。実は伊豆沼や内沼も同じように火山活動でできたと考えられています。

 蕪栗沼の標高は、現在の海の高さよりたった3メートルしか高くありません。もし地球温暖化で、南極や北極の氷が溶けだし、開水面が上昇したらこの地域はもとの海に戻ってしまうでしょう。

どうやって沼ができたの?

現在の蕪栗沼はどのようにしてできたのでしょう?

 海だった蕪栗沼は、やがて海面の高さが低くなると大きな平野と沼になりました。普段水がないところでも、大雨が降ったりするとあたり一帯が水面となります。このような場所を「氾濫源(はんらんげん)」とか「谷地(やち)」と呼びます。縄文時代の終わりには、このような広大な谷地と、東西8kmにもわたる沼が広がっていました。

 その後、大きな変化が起きました。かつて北上川は佐沼から蕪栗沼を経由して篦岳山の北側を流れていました。これが1605年からはじまった仙台藩の改修工事で、迫川と北上川が分離されました。また北上川と迫川と江合川と飯野川を結んで、石巻へ流れるよう川の流れを変えたのです。理由は、船を使ってお米を海まで運び、そこから江戸(東京)へ出荷するためでした。仙台藩の財政のほとんどは、江戸へ売る米でまかなっていたそうです。最盛期には、江戸で消費する米の3分の2をこの地方から集めていたと伝えられています

 その結果、蕪栗沼に流れる水が少なくなり、少しずつ沼の面積が小さくなっていきました。また広がった谷地では新田開発が盛んに行われるようになりました(「田んぼはどうやってできたの」へつづく)。

田んぼはどうやってできたの

田んぼは沼を干拓して改造したものです

 蕪栗沼の水位が下がると、周囲にヨシやマコモなどが生える谷地が広がっていきました。そこで住んでいる人たちは、江戸(東京)へ出荷する米を増やすために、新しい田んぼをたくさんつくりました。

 あぜをつくって水をはるのはそれほど難しくありませんが、大雨が降るとすぐ蕪栗沼は増水し、氾濫して田んぼがだめになってしまいます。そこで田んぼを「堤防」で囲んで、洪水が起きても水が入ってこないようにしました。こうしてつくられた田んぼが、いまの土地改良区なのです。

沼だった場所が田んぼに変わった様子がよくわかる写真(「蕪栗沼は昔海だった?」の写真と比べてみよう)

 田んぼがたくさんつくられ、沼はだんだん小さくなってきました。昭和初期になると「新迫川」がつくられ、さらに沼の水位が下がったため、「野谷地」「沼崎」「伸萠」「四分区」「白鳥」などの田んぼをつくることができました。こうして昭和初期に400haあった沼は、現在では150haになっています。

私たちを守る堤防や遊水地

どうしてみんなの家は山に建っているの?

 蕪栗沼や旧迫川の流域の家は、みんな標高の高い丘陵地帯につくられています。これはどうしてなのでしょう?もっと便利な平地や田んぼや道路の近くに家をつくればいいのに、とか思いませんか?この謎を解く鍵は、蕪栗沼が昔海だったことです。

縄文時代:いまから6000年ほど前の蕪栗沼

 昔は海だったこの辺りの平地は、いまでも標高が3メートルから5メートルほどしかありません。そのためこの地域は昔から度重なる洪水に襲われてきました。大雨が降ると周囲の山に降った雨が集まり、また北上川から水が逆流してきて、大きなみずたまりのような状態になってしまうのです。

弥生時代〜昭和までの蕪栗沼

 とくに昭和22年と23年に戦後最悪の水害となった「カスリン・アイオン台風」が通過したときには、堤防が327カ所が壊れ、死者20名、行方不明者10名、水に沈んだ水田の面積は実に50,000ha(現在の蕪栗沼のおよそ333倍)にもおよんだと言われます(カスリン台風時)。昔の人はこれに気づき、丘の上に家をつくったり、米倉を建てたりして、平地には洪水の時を考えて田んぼしかつくらないようにしました。その後、蕪栗沼周辺は、昭和45年から平成13年までかけて、洪水の時に水をためる遊水地として整備されました。こうして私たちの家や暮らしを大雨や台風などの災害時の洪水から守ってくれているのです。

遊水地として整備された蕪栗沼:洪水から私たちの暮らしを守っている

川が増水し、遊水地に水がたまった状態の蕪栗沼(平成?年?月?日)

昔はどんな生きものがいたの?

タンチョウやカワウソなどが生きていました!

ニゴイ:縄文時代の昔から今もいる蕪栗沼を代表する魚です。

 蕪栗沼にはなんと、昔タンチョウやカワウソなどがいたということが分かっています。どうしてこのようなことが分かったのでしょうか。それは縄文時代の貝塚を発掘したからです。貝塚とは、縄文時代の人のゴミ捨て場のような場所で、彼らが食べた食べ物の残りが、たくさん堆積しています。それを発掘することで、昔の人がどのような暮らしをしているのかを調べました(主に東北大や田尻町、南方町の教育委員会で行っています)。

 鳥では、タンチョウの他、今と同じようにガンやハクチョウ、カモの仲間、サギやキジの仲間などがいたことが分かっています。哺乳類では、カワウソの他、いまではあまり見られないイノシシやノウサギ、テン、ニホンジカ、ツキノワグマ、ムササビなどがいたことも分かっています。また縄文時代の人は、シジミやイシガイ、ドブガイなども食べていたようです。

 面白いのが魚です。今と同じようにニゴイやゼニタナゴ、ボラ、ウナギ、ギバチ、ドジョウなどがいたことも分かっていますが、ブリ、マアジ、サバ、マグロ、イワシの仲間、タイの仲間、サケ、フグ、サメ、エイなども見つかっています。いまでは蕪栗沼から海まで30km以上ありますが、当時は10kmほどしかなかったので、海から運んできたのではないかと考えられています。

 また当時の人の暮らしはとても豊かだったと考えられています。遮光器土偶などの精巧な芸術品をつくる余裕があったことからもわかりますが、面白いのがイワシの話しです。貝塚を発掘すると春夏秋冬どこの層からもイワシがでてきます。イワシは普通秋の魚なので、春夏冬には捕れません。これは縄文時代の人が、すでにイワシなどの魚を薫製にしたりして保存する方法を知っていたことを示しています。

 昔の蕪栗沼には、いまよりたくさんの生きものがいたようです。そこで縄文時代の人たちが豊かな食生活を送っていた様子が目に浮かぶようです。

今はどんな生きものがいるの?

現在までに約1300種類の生きものが確認されています。

 これまでの蕪栗ぬまっこくらぶの調査で、蕪栗沼には実に1300種類以上の動植物がいることがわかっています。

 

渡り鳥の宝庫

蕪栗沼の渡り鳥

冬になると、毎朝沼から飛び立つマガンの姿を見ることができます。数万羽のマガンが地響きのような音をたてて舞い上がり空一面を覆い尽くす景色は、圧倒的な迫力と感動を与えてくれます。
ほとんどのマガンは、昼間は水田で過ごします。マガンは水田にある落ち穂(収穫されずこぼれたお米)やイネ科の雑草を食べています。日本に飛来するマガンの実に9割以上が、伊豆沼・内沼や蕪栗沼などのある宮城県北部の水田に集まります。沼の周囲の豊かな水田がマガンの生活を支えているのです。

マガンの飛び立ち

 冬になると、毎朝沼から飛び立つマガンの姿を見ることができます。数万羽のマガンが地響きのような音をたてて舞い上がり空一面を覆い尽くす景色は、圧倒的な迫力と感動を与えてくれます。
 ほとんどのマガンは、昼間は水田で過ごします。マガンは水田にある落ち穂(収穫されずこぼれたお米)やイネ科の雑草を食べています。日本に飛来するマガンの実に9割以上が、伊豆沼・内沼や蕪栗沼などのある宮城県北部の水田に集まります。沼の周囲の豊かな水田がマガンの生活を支えているのです。

Q&A 蕪栗沼にはどのくらい渡り鳥がいるの?

蕪栗沼を代表するマガンとオオヒシクイと、オオハクチョウとコハクチョウの飛来数は以下の通りです。それぞれ一年間のうちで、一番多かったときの記録を載せてあります。マガンなどの渡り鳥は、冬の一番寒い時期が一番多く、また伊豆沼・内沼や化女沼など周囲の湖沼を行き来しているため、越冬している数は常に変化します。蕪栗沼で通常利用している数はマガンで約5万羽、オオヒシクイで約500羽、オオハクチョウで200羽、コハクチョウで100羽程度です。

蕪栗沼の渡り鳥の年間最大利用数(宮城県東部土木事務所提供)

年度
オオハクチョウ
コハクチョウ
マガン
オオヒシクイ
1999
118
85
41000
655
2000
496
174
61000
877
2001
543
1225
49000
783
2002
240
211
51000
748
2003
407
314
39000
1067
2004
179
49
50000
941
2005
970
35
78000
1343
2006
1025
233
78000
1380
2007
662
193
117000
1247

※注)マガンは伊豆沼・内沼で舟が出るなどして驚いて蕪栗沼に全てが集結する場合があります。そいった場合に調査を行うと通常いるより多くのマガンが蕪栗沼で確認される場合があります。オオヒシクイは春の渡りの直前に蕪栗沼に集結する性質があります。オオハクチョウやコハクチョウは雪で水田が覆われていると沼に一時的に集まる性質があります。

蕪栗沼の生き物たち

復元湿地
白鳥地区は平成9年まで耕作していた面積50haの水田で、現在は沼の一部となっています。遊水地として適正に管理するために、植物が生えすぎないよう浅く水を張っています。冬になるとハクチョウやカモの仲間がたくさんやってきます。
夏になると、たくさんの植物が生えてきます。白鳥地区のように、普段は浅い水たまりで、増水すると水没する場所を氾濫源(はんらんげん)といいます。氾濫源の減少で少なくなったタコノアシやミズアオイ、オオアブノメのような絶滅危惧種も見つかります。
遊水地

遊水地

沼は海まで約40kmもあるのに、海抜は3mほどしかありません。もとは北上川の氾濫によってできた自然遊水池で、洪水の常習地帯でした。伊達政宗の命によって北上川の流れが変わり、大規模な水田開発が行われるようになりましたが、昭和22-23年の台風による被害が大きく、昭和45年から沼と周囲4区画の水田(現在白鳥地区は耕作していない)を遊水地にする工事が行われました。平成13年に工事が終わり、大雨が降ると、一段低くなった「越流堤(えつりゅうてい)」から水が流れ、沼と水田に水が貯められます。

 
ラムサール条約とは

1.蕪栗ぬまっこくらぶのこれまでの考え方

 蕪栗ぬまっこくらぶはこれまで、蕪栗沼を必ずしもラムサール条約地にするという方針で活動を行ってきたわけではありませんでした。ラムサール条約登録地になったとしても、現在の日本では国設鳥獣保護区となって狩猟が禁止されるなどの開発制限が行われるだけで、蕪栗沼にとっては必ずしもメリットがなかったからです。なぜなら蕪栗沼はもともと遊水地であり河川法によって開発が制限されています。国が開発から湿地を守るというラムサール条約の目的は、ある意味すでに達成されていたともいえます。

2.ではどうして登録した方がいいの

 しかし近年の蕪栗沼は生活排水や農業畜産排水の流入により水質が悪化し、貴重なゼニタナゴがほぼ絶滅状態にあるなど環境悪化進んでいます。また渡り鳥の採食地(餌場)である水田については、まったく開発から守られていない状態であり、現在の蕪栗沼の貴重な自然環境を将来に残すためには、水質浄化と水田の保全が不可欠ということが分かってきました。そして環境省によって昨年から自然再生法が施行されました。これによって、ラムサール条約登録から自然再生法の適用によって水質を改善し、また水田をラムサール条約に登録することによって水田を開発から守るということが可能となったのです。蕪栗沼の魅力は手つかずの自然ですが、人為的な影響で悪化した環境は人間が復元する義務がある、というのが蕪栗ぬまっこくらぶの主張です。

3.でも沼はそっとしておいた方がよいのでは?

 ラムサール条約に登録されることによって、観光地化して人が押し寄せ、せっかくの自然が失われてしまうことを多くの方が心配しています。確かに観光客を受け入れるために整備を行えば、せっかくの蕪栗沼の魅力が失われてしまいます。蕪栗ぬまっこくらぶは、蕪栗沼に巨大な観光施設や舗装された遊歩道など絶対に造らせません。(そもそも蕪栗沼は遊水地であるため、河川管理に必要でない建造物は作れないのです。)蕪栗ぬまっこくらぶでは、沼から離れた県道沿いなどに、案内のための道の駅のようなビジターセンターを造ることを提案します。また観光バスが大量に押し寄せるようなことにはさせません(蕪栗沼の堤防はそのような使用に耐える構造になっていません)。蕪栗ぬまっこくらぶは、少人数で訪れたり、大きくてもマイクロバス程度で、きちんとしたガイドが案内する小規模なエコツーリズム型の観光を提案し実行しています。

4.水田をラムサール条約登録地にするとなにか規制があるんじゃないの?

 日本では基本的に国設鳥獣保護区をラムサール条約登録地にしています。国設鳥獣保護区指定による規制は狩猟ができなくなるだけです。有害鳥獣駆除もいままで通り(申請する場所が仙台の環境省の事務所に変わりますが)できます。環境省では特に重要な部分については国設鳥獣保護区の特別保護地区(干拓や木の伐採に許可が必要)に指定していますが、どのくらいの範囲を特別保護地区にするかについては意見の分かれるところです。

 蕪栗ぬまっこくらぶでは、水田は特別保護地区にする必要はないと考えます。ただし、農業者にとっては特別保護地区になって規制がかかることにより、逆に水田が保護されるというメリットがあるかもしれません。また場合によっては、規制があるからという理由で、所得保証制度などなんらかの優遇措置がとられるかもしれません。しかしこれは水田を所有する農業者が判断することです。

 また蕪栗沼そのものも、特別保護地区に設定する必要はないと考えます。何故なら遊水地として県が管理する上で、県と環境省の間でいろいろ面倒な手続きが必要になるのではないかと考えるからです。蕪栗ぬまっこくらぶはNPOという立場なのでその辺の事情はよく分かりませんが、県が行う河川管理行為の一部に、環境省の許可が必要になるかもしれません。蕪栗ぬまっこくらぶでは、すでに河川法で規制されているものを鳥獣保護法で規制し、二重に網をかける必要はないと思うのですが、実際の所よく分からないのです。ラムサール条約に登録するのに、特別保護地区を設定する必要があるのかも知れません。そのあたりは県と環境省でよく相談してほしいと思います。

5.蕪栗ぬまっこくらぶでは、次の範囲をラムサール条約登録地にすることを提案します。

(1) 蕪栗沼および旧迫川流域ガン類生息地

(2) 化女沼および江合川・鳴瀬川流域ガン類生息地

(3) 平筒沼および新迫川流域ガン類生息地

(4) 吉田川流域ガン類生息地

また、伊豆沼・内沼についても同様に水田と沼をセットで保全する方向で鳥獣保護区とラムサール条約登録指定を見直すことを提案します。

(例)

(1) 伊豆沼・内沼および迫川流域ガン類生息地

(2) 栗駒ダム・花山湖および一迫川流域ガン類生息地(ため池を含む)

※こちらの方は蕪栗ぬまっこくらぶではデータを持ち合わせていませんので、具体的な範囲を提案することはできません

ラムサール条約とは

ハクガンが舞う

 ラムサール条約は正式名を、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」といいます。ハクチョウやツル、シギ・チドリのように季節によって数千キロの距離を移動し、繁殖や越冬のために生息地を変える渡り鳥は、越冬地や繁殖地、中継地として複数の湿地を利用しています。国境を越えて行き来する渡り鳥を、各国が連携して保全するため結ばれたのがラムサール条約です。

◆ ラムサール条約ができたわけ

夕日

 ラムサール条約がつくられた目的は、乱開発の防止各国の連携です。ラムサール条約は1971年2月2日にイランのラムサ-ルという町で開催された「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」でつくられました。当時、海岸や河川流域等に広がる湿地は、平地であるため港湾、工場、農地、都市などをつくるのに利用しやすく、埋め立てや干拓によって多くが消滅していました。過度の開発によって生息地が消滅し、渡り鳥が絶滅することを防ぐため、重要な生息地を開発から守る必要があったのです。

 また国境を越えて各国の生息地を移動する渡り鳥を保全するためには、各国共通の取り決めが必要になります。

 1975年12月21日に発行され、150カ国1580箇所(2005年2月10日現在)の湿地が登録されています。日本では1980年に釧路湿原が第1号の登録地となり、2005年11月現在まで33箇所の湿地が登録されました。

 登録された湿地は、国が責任をもって保全する必要があり、3年に1度開かれる締約国会議で保全状況を報告する義務が生じます。

◆ ラムサール条約の理念

トラクターとマガン

 湿地をどのように保全すればよいかを、ラムサール条約では「賢明な利用(ワイズユース)」という理念で示しています。自然保護や開発防止というと、なるべく人の手を排除し、手つかずの自然を残すことだと誤解されますが、ラムサール条約では、人も自然の一部と考え、野生生物と人が共に生きるための賢明な方法を見つけることが求められているのです。

 人は農林水産業を通じて、野生生物を利用しながら共存し、里山や水田など独自の景観や生態系をつくりだしてきました。ヨシ刈りや水路の泥あげのように、湿地を利用しつつ湿地を維持するのに貢献してきたのです。

 湿地の消滅を伴うような大規模な開発を防止する一方で、湿地を維持し、人が野生生物と共に生きる方法を推奨するのがラムサール条約の理念です。

◆ ラムサール条約はどのように役立っているか?

 ラムサール条約は世界各国にある湿地を開発の危機から救いました。また紛争が多発するなか、渡り鳥の保全を通じて国際的な協調ムードをつくり、世界の平和に貢献したことは間違いありません。

 一方でラムサール条約は、条約違反をした国に対する罰則や制裁がない紳士協定であるため、本来なら登録の基準にあてはまる湿地を開発したり、悪化した環境の復元を行わないなどの問題点も指摘されています。また国際的な湿地保全の枠組みがない中で、「渡り鳥だけを基準に湿地保全の枠組みを決めてもいいのか?」という問題もあります。

 こうした問題に対し、ラムサール条約の最高機関である締約国会議では、登録の基準を大幅に変更し、渡り鳥だけでなく固有の生態系や貴重な動植物の生息する湿地も登録できるようになりました。

 また決議文という方法で各国に湿地保全のための環境改善や国内法整備を求めています。しかしあくまで勧告であって、湿地保全の取り組みは各国の自主的な判断に任されているのです。

◆ 日本の湿地保全

 日本では、ラムサール条約に対応した法律は未整備で、鳥獣保護法の「国指定鳥獣保護区特別保護地区」もしくは自然公園法の国立公園等に指定することで対応しています。このため「登録湿地の保全及び湿地の適正な利用(賢明な利用)を促進するため、計画を作成、実施すること(同条約第3条)」が求められているにもかかわらず十分対応できていません。日本では環境保全に対する国民の意識が低く、湿地を保全するための法律制定に至らないのが現状です。

 1999年に開かれた第7回締約国会議では「決議 VII.7:湿地の保全と賢明な利用を促進するための法制度の見直しに関するガイドライン」が議決されました。また1998年には韓国がラムサール条約の国内法である「湿地保全法」を制定しました。2005年の第9回締約国会議で、日本の登録地が33箇所と倍増したことを受け、国内法の制定を求める声が高まることを期待します。

蕪栗沼とラムサール条約

ラムサール条約登録式

 平成17年11月8日、アフリカのウガンダ共和国で開催された第9回ラムサール条約締約国会議にあわせ、蕪栗沼・周辺水田が新たに登録地となりました。天然記念物マガンが最大で6万羽飛来する越冬地で、ねぐらである沼と、採食地(餌場)である水田の両方をあわせて登録したのが最大の特徴です。面積は沼164haと水田259haで、田尻町・登米市・栗原市にまたがる計423haが国指定鳥獣保護区の特別保護地区に指定されました。

◆ 世界で唯一「水田」と名のつく登録地

ラムサール条約登録証

 蕪栗沼・周辺水田の正式登録名は"Kabukuri-numa and the surrounding rice paddies"といい、世界に1588箇所ある登録地の中で初めて、かつ唯一「水田」という名称で登録された湿地です。蕪栗沼をねぐらとする天然記念物マガンが、水田を採食地(餌場)として利用している実態が認められました。登録地の中に水田を含むケースは伊豆沼・内沼や片野鴨池、スペインのエブロデルタなど多くあります。「水田」という名称が認められたことで、水田が渡り鳥をはじめ多種多様な生物の生息地となっていることが世界的にも評価されたのです。

 これまで農地は農作物をつくるだけの場所と思われてきました。しかし最近では湿地の維持や地球温暖化の防止などの環境保全機能(これを農業の多面的機能と言う)があらためて評価されてます。蕪栗沼・周辺水田の登録で、稲作農業が渡り鳥の生活を支えていることが世界中の人々に認められたのです。環境省は「農業と自然保護の両立を目指す、世界のモデルになり得る画期的な試み」(朝日新聞H17.11.9)と評価しています。

◆ 渡り鳥の採食地としての水田

水田で採食するマガン

 蕪栗沼をねぐらとするマガンは、朝沼を飛び立つと周囲10〜20km(半径)の水田で採食したり休息したりして日中を過ごします。水田では収穫の際にこぼれたお米(落ち穂)や雑草などを食べています。夕方、太陽が沈むと再び沼に戻ってきます。

 農家は、水田で稲作をすることで「湿地」を維持し、渡り鳥の食料を提供することで、渡り鳥の生活を支えています。一方で渡り鳥は、水田の雑草を食べたり、狩猟で食べられることで農家の役に立っています(現在マガンは狩猟することができません)。水田は渡り鳥と農業の共生の場であり、自然と調和した人間社会の象徴でもあるのです。

 渡り鳥の保全を考えれば、水田と沼を一体として登録することは、ごく自然のなりゆきです。しかし今回の登録は、世界の人々に大きなインパクトを与えました。日本はこれから「水田を渡り鳥(野生生物)の生息地として保全していく」と宣言したのです。水田の保全とは稲作農家の支援に他なりません。農家を「環境の担い手」として支援する道が開けたのです。

◆ ワイズユースの見本と言われる蕪栗沼

 蕪栗沼は、ラムサール条約に登録される以前から、ワイズユースの理念を実践する見本的な事例として高く評価されてきました。平成13年に完成した蕪栗沼遊水地(国土交通省・宮城県)では、自然環境に配慮しつつ遊水地機能を維持するための「蕪栗沼環境管理基本計画」を農業者や地域住民、民間団体などが協力して策定し、自然と調和しつつ洪水調整機能を果たす、まさに「賢明な利用」が実践されました。また周辺水田では、食害補償条例を制定(田尻町)したり、渡り鳥に配慮した農法を行う農業者もあらわれ、渡り鳥と農業の共生を図ってきました。

 平成12年にはラムサール条約締約国会議の分科会である「湿地に関する普及啓発・環境教育国際ワークショップ」が、国際湿地保全連合と田尻町、蕪栗ぬまっこくらぶの主催で開催され、ワイズユースの先進事例として各国で紹介されました。こうした賢明な利用が実現できたのは、国土交通省や宮城県、田尻町などの関係機関に、環境保全に対する高い意識があるからです。

◆ 農業支援の必要性

伸萠水田

 蕪栗沼・周辺水田では、稲作を通じて農家が特に意識することなく渡り鳥との共生を果たしています。しかしそれに対する評価としての農業支援は全くありません。現在蕪栗沼に飛来する天然記念物マガンの数は最大で約6万羽です。これは日本に飛来するマガンの約6割に当たります。日本各地にあった沼が消滅したため、一極集中しているのです。

 周辺水田の農家は、天日干しの稲が食べられる食害や、糞による牧草の被害、あぜに穴が開くなど、渡り鳥から被害を受けつつ、渡り鳥が飛来する自然環境を支えています。このような貴重な渡り鳥の生息を支える負担を、この地域の農業者だけが負担していていいのでしょうか?。

 ラムサール条約に登録されても、食害補償や財政支援など、農業者が受ける恩恵は全くありません。環境省が登録地の保全に援用している鳥獣保護法等は、農林水産業の支援を想定しておらず、「湿地の賢明な利用」を目指す同条約の理念には十分対応できていないのです。これは国の責任ではなく、制度の改善を求めない私たち国民一人一人の責任です。

湿地保全法の必要性

ミズアオイ

 日本ではラムサール条約に対応する法律は未整備で、鳥獣保護法の「特別保護地区」や自然公園法の国立公園等に指定することで登録地を保全しています。本来湿地の保全を目的としていない法律を適用しているため、問題が生じたり、問題に対処できなかったりする場合があります。では具体的にどのような問題が生じているのでしょうか?。

◆ 現在の体制で不十分なのか?

 平成17年11月1日、ラムサール条約の登録に先立ち、蕪栗沼・周辺水田が国指定鳥獣保護区に指定されました。指定されたのは蕪栗沼を含む3061haです。しかしラムサール条約に登録されたのは、特別保護地区に指定された423haだけです。

 日本ではラムサール条約に登録するためにはより厳しい規制が必要ということで、特別保護地区の指定を要件としています。鳥獣保護法は、特別保護地区内の建物の新築・改築を規制しているため、多くの家屋が含まれる地域の指定は難しいのです。このように国内法の制度上の問題によって、渡り鳥の生息地であるにもかかわらず、登録地にすることができない場所が生じます。

 また平成17年4月、登録地である伊豆沼・内沼の集水域で温泉施設の建設が計画されています。計画地が鳥獣保護区の外であるため、排水が流出しても「計画に法令上の問題がなく、環境に配慮した上で了承との結論を出さざるを得ない」(栗原市生活環境部)とのことです。これは温泉に限らず農業用排水や生活排水にもあてはまります。

 花火やヘリコプターが渡り鳥を驚かせても、規制する法律はありません。鳥獣保護法ではほ乳類と鳥類以外の生物(魚・昆虫・植物等)の採取を規制する方法もありません。農業が渡り鳥の生活を支えていても、食害防除や被害補償などの農業支援もありません。流域の下水道整備を支援する方法もありません。現在の体制は「開発を防止」するためには十分ですが、「賢明な利用」をするためには不十分と言えます。

◆ 第7回ラムサール条約締約国会議の決議 VII.7

 意外なことですが、ラムサール条約の日本語訳には「賢明な利用」という言葉がありません(「適正な利用」とされています)。賢明な利用は「決議」や「勧告」の中で使われています。決議や勧告は、締約国に対する拘束力を持っていませんが、条約の目標にむかって締約国を導く手段として使われており、3年ごとに開かれる締約国会議で採択されます。

 平成11年の第7回締約国会議では、湿地にかかる法制度として決議VII.7「湿地の保全と賢明な利用を促進するための法制度の見直しに関するガイドライン」が採択されました。それによると当時45の国が「賢明な利用」のために湿地保全に関する法整備の見直しを行っており、まだ見直しを行っていない国に対しては最優先でこれにあたるように求めています。

 平成10年には韓国でラムサール条約に対応する湿地保全法が制定されました。しかし日本ではこのような決議があったこともよく知られていません。日本では環境保全に対する意識が低く、「賢明な利用」のために湿地保全に関する法整備を求める声がほとんど起きていないのです。登録地の保全は、自治体や民間団体が各自で自主的に行っているのが現状です。

◆ 湿地保全法の制定をみんなで考えよう!

ノウルシ

 日本には「ラムサール条約」や「賢明な利用」という文言が条文でうたわれた法律があるでしょうか?。

 日本湿地ネットワーク代表の辻淳夫氏は、「ラムサール条約登録湿地を増やす議員の会」設立のお祝いメッセージの中で、湿地保全法の制定について述べています。また平成14年10月11日に開かれた日本弁護士連合会の人権擁護大会では、「湿地の保全および再生を法の目的に明記した湿地保全・再生法(仮称)を制定・・・」することを求めています。「湿地の賢明な利用のためには新しい法整備が必要なのではないか?」と思っている人はいるのです。

 こうした中、第9回締約国会議では新たに20箇所の湿地が登録され、計33箇所に倍以上に増えました。また蕪栗沼・周辺水田が登録されたことによって、湿地が「特別な場所」から「水田も含む身近な場所」に変わりました。いままでラムサール条約と関わりの薄かった人が、多く関わるようになったのです。湿地保全法の制定を考える好機と言えます。

◆ 湿地保全法の研究を進めよう

水田と加護坊山

 同時に、どのような法律をつくるべきか十分に検討と研究をして下準備をする必要があります。まず現在の法体系の中で、関わりのある法律を検討し、整合性のある内容にしなければなりません。開発行為の規制、湿地を維持する伝統的活動の復元、流域の生活排水・農業工業排水の管理、環境悪化した湿地や休耕田や遊水地を利用した湿地の再生、湿地である水田を保全するための営農支援、渡り鳥(水鳥)の国内生息地を分散させるための行動計画、環境教育とエコツーリズムの推進など盛り込むべき内容を考えると、鳥獣保護法だけでなく種の保存法、水質汚濁防止法、自然再生推進法、環境教育推進法、農地法、河川法などさまざまな法律と関わりをもつことが分かります。

 また注意しなければならないのは、法律を制定したのち死文化するのをどう防ぐか、という点です。法律を制定しても予算がつき執行されなければ意味がありません。

 蕪栗沼・周辺水田が登録地になったことにヒントがあります。つまり一次産業の支援という形で環境保全を実施すれば、賢明な利用に最も簡単に近づくことができるのです。非関税障壁と言われることなく、WTO交渉も有利に進めることができます

 平成19年度からは、農林水産省で農地・水環境保全向上対策が実施され、農家に対し環境保全に対する直接支払制度がはじまります。これからは一次産業の従事者を「環境の担い手」として支援する仕組みができるのです。ラムサール条約を単なる開発防止ととらえるのではなく、美しい日本の国土と多様な生態系と、そこに生きる人々の豊かな暮らしを守るための手段として、湿地の「賢明な利用」をするためにどのような制度をつくればよいのか、検討していきます。

農業との共生

トラクターとマガン

 蕪栗沼をねぐらにしているマガンやマガモ、オナガガモのような渡り鳥は、水田を採食地(餌場)としている実態があります。水田の落ち穂や雑草が渡り鳥の主食です。稲作農家は、耕作を通じて渡り鳥の生活を支えています。
 一方で渡り鳥は、水田の草取りをしたり、フンを落として肥料になったり、ときに狩猟によって食べられることで人間の生活に役立っています。
 渡り鳥と人間とが、特にお互いが意識もせず相互扶助関係にあるのが、蕪栗沼の渡り鳥と農業の共生です。

渡り鳥による食害

マガンによる食害

 蕪栗沼の周辺では、渡り鳥による食害が多く発生しています。コンバインが普及する以前は、水田に干している稲(ホニオ)が食べられる被害が多く発生していました。現在では以前ほど多くないものの、被害はなくなっていません。
 現在起こる食害は、ほとんどカモによるものです。肥料の過剰で倒伏した稲を、夜の間にカモがやってきて食べてしまいます。
 食害は渡り鳥が集中していることも原因です。各地にあった沼が開発でなくなったことで、鳥も食害も集中しているのです。

食害補償条例

食害認定委員会

 平成11年12月20日、田尻町の議会で蕪栗沼の渡り鳥による食害を補償する条例が制定されました。災害等で農作物に被害があると、農業共済によって補償金が得られます。補償金でカバーしきれない部分を町が負担するという条例です。
 渡り鳥と農業の共生を目指す町の方針により、町長が中心となって食害認定委員会が開かれ、毎年渡り鳥の食害対策について議論がなされています。蕪栗ぬまっこくらぶも委員の一人として参加しています(あと食害を見つけたら鳥を追い立てたりしてます)。

渡り鳥のブランド米

ふゆみずたんぼ米

 一方で農業者の中には、渡り鳥をブランドにして米の販売に役立てている方もいます。マガンのために刈り取りが早くなる品種を植えている「はつかり米」や、冬に田んぼに水を貯めることで、ハクチョウやマガンの休み場を提供する「ふゆみずたんぼ」など、豊かな自然環境と安全な農作物の象徴として渡り鳥を活用するとともに、渡り鳥の生息に配慮した米作りを行っています。

水田のラムサール登録

 こうした中、蕪栗ぬまっこくらぶや地元田尻町の要望により、渡り鳥の採食地となっている水田を含めたラムサール条約登録地になりました。英語名の"Kabukuri-numa and surrounding rice paddies"は、世界で初めて「水田」という名称が使われた登録地です。
 しかし日本にはラムサール条約に対応する法律が未整備のため、登録されたことで農業にメリットがあるわけではありません。天然記念物マガンの生息を支えている周辺水田の農業は、今高齢化や米価の下落によって崩壊の危機にあります。
 また登録された水田もわずか259haで、マガンが利用している周囲半径20kmの水田のうちごく一部にすぎません。

湿地保全法の成立を目指して

 農業には渡り鳥をはじめ、環境を保全する機能をもっています。このように農業が農作物を得る以外にもっている機能を「農業の多面的機能」といいます。こうした多面的機能を評価するのが「環境直接支払い」と呼ばれる制度です。
 海外では農業者に国家が給与を支払う「直接支払い」制度が普及しています。こうした中、WTOの貿易自由化交渉が進み、農業への補助金は非関税障壁として削減される方向にあります。
  WTOでも認められている環境直接支払いを普及させることで生物多様性の高い日本の水田農業を救うことができます。蕪栗ぬまっこくらぶでは環境支払いを含む「湿地保全法」の制定を目指して普及啓発活動を行っています。

行政との協働

イメージ図

 蕪栗沼・周辺水田ではたくさんの人や機関が関わりをもっています。国であれば河川を管理する国土交通省、自然環境では環境省、宮城県では河川課、迫土木事務所、古川土木事務所、自然保護課、古川地方振興事務所、市町村では田尻町、登米市、栗原市、水質では保健所、水田の管理は農業者、土地改良事務所というように、それぞれがそれぞれの役割をもって活動しています。それぞれの役割や活動範囲が異なるために、協議の場が設けられています。蕪栗ぬまっこくらぶは、各関係者が事業を進めやすいように情報の共有やアイディア提言などを行っています。

蕪栗沼遊水地懇談会

蕪栗沼遊水地懇談会

 蕪栗沼遊水地を整備する際に、自然環境に配慮しつつ治水機能を良好に維持するための管理計画をつくるために平成9年2月18日に設立されました。東北大学の澤本正樹教授を座長に、農業者、地元首長、有識者、NGOが委員となり、平成13年7月31日までに5回開催されました。「蕪栗沼遊水地環境管理基本計画」と「蕪栗沼遊水地樹木管理計画」を策定し、環境に配慮した浚渫方法や、陸地化防止の樹木管理について議論がまとまりました。以後は遊水地管理のため「蕪栗沼管理会」に協議の場を移行しています。蕪栗ぬまっこくらぶも理事長が委員として参加しました。

蕪栗沼管理会

蕪栗沼管理会

 蕪栗沼遊水地懇談会の協議を引き継ぎ、遊水地を管理する上で必要な事項を協議する場が「蕪栗沼管理会」です。遊水地は整備後も管理や補修が必要であるため、環境に配慮した保守を行うための協議の場として現在まで続いています。宮城県迫土木事務所が事務局となり、座長に元田尻町長の峯浦耘蔵氏がなり、周辺市町村の担当課長やNGOが委員として参加しています。平成14年の管理会では、全日本建設技術協会が日本の建築技術の発展に寄与したとして毎年優秀な建設事業を実施した機関を表彰する「全建賞」の受賞が発表されました。

水辺の楽校推進協議会

水辺の楽校

 蕪栗沼遊水地環境管理基本計画では、しらとり地区を「自然利用ゾーン」として環境教育や絶滅危惧種の保護などに活用することが決まりました。平成11年11月には河川や沼などを子供達の遊びや自然体験・自然学習の場として活用できるように、ハード・ソフト両面で河川整備を行う「水辺の楽校」に指定され、治水に影響のない範囲で、小さな池や水路の整備が行われました。また蕪栗ぬまっこくらぶでは、しらとり地区を環境教育の場として活用しています。

田尻町エコツーリズム推進協議会

エコツーリズム推進評議会

 平成16年6月3日、白神山地や知床半島、小笠原諸島、屋久島、裏磐梯など日本の名だたる地域とともに、蕪栗沼を含む田尻が、環境省の「国立公園等エコツーリズム推進モデル事業」のモデル地区に指定されました。エコツーリズムは、環境に配慮するだけでなく、訪問者が環境保全に役立つ貢献をする新しい形のツアーです。田尻町では、渡り鳥と共生したまちづくりを目指し、蕪栗沼や加護坊山、周辺水田、文化財などを組み合わせたツーリズムを研究しており、環境省や宮城県、地域農業者や商工業者などが委員となって協議会を作っています。

田尻町食害認定委員会

食害認定委員会

 平成11年12月20日、田尻町の議会で蕪栗沼の渡り鳥による食害を補償する条例が制定されました。災害等で農作物に被害があると、農業共済によって補償金が得られます。補償金でカバーしきれない部分を町が負担するという条例です。
 渡り鳥と農業の共生を目指す町の方針により、町長が中心となって食害認定委員会が開かれ、毎年渡り鳥の食害対策について議論がなされています。蕪栗ぬまっこくらぶも委員の一人として参加しています。

野焼きする大崎市職員

3月、沼にたまったヨシを焼き払います。枯れたヨシは水を汚し、土がたまって湿地がなくなってしまうからです。焼け跡には一面の緑のじゅうたんが広がります。

野焼き後の風景

野焼きが終わると、枯れた蘆はすべて焼け、あとには黒い炭だけが残ります。一面黒くなった広い沼をみると、なんだか異様な光景です。やがてすべて緑の芽吹きがはじまります。

沼の中にノウルシが咲く

4月、野焼きをして太陽をいっぱいあびた地面から、絶滅危惧種ノウルシが芽吹いて花が咲きました。スミレやヘビイチゴ、ムラサキサギゴケなど沼の中はお花畑になります。

野焼き後のヨシ原の緑

野焼き後の異様な風景が嘘のような、一面みどりのじゅうたんです。柔らかい草の青い色が沼にひろがります。ヨシが大きくなるまでの短い期間です。

青空と雲

蕪栗沼は360度視界をさえぎるものがないため、雲が本当に遠くからやってくるのが見えます。青空が映った沼はとてもきれいです。まだ枯れ草の残る沼にて。

 
NEWS
コハクチョウ
今年の初雁確認(9/26)
スズメバチに注意!!(9/16)
蕪栗沼へ行こう! 2010
8月の蕪栗沼の様子(8/31)
シジュウカラガン号(8/31)
高校生夏休みボランティア体験(8/31)
不思議な生きもの アメリカフヨウ(8/31)
7月の蕪栗沼の様子(7/31)
臨時総会を開きました(7/31)
大貫小学校3年生の蕪栗沼生きも発表会(7/7)
蕪栗沼にアルビノ個体のカルガモを確認(7/5)
蕪栗沼の不思議な生き物 アヤメ(6/30)
KODOMOバイオダイバシティ(6/30)
生きもの出前授業(6/30)
6月の蕪栗沼の様子(6/30)
大貫小学校の4年生と蕪栗沼で生きもの授業(6/24)
沼部小学校にて生きもの出前授業(6/14)
西郷小学校4年生と蕪栗沼の生きもの学習(6/11)
蕪栗沼にてハシブトガラスの巣を確認(6/10)
西郷小学校にて生きもの出前授業(6/9)
西郷小学校4年生と蕪栗沼でヨシの学習(6/3)
5月の蕪栗沼の様子(5/31)
生物多様性保全推進支援事業(5/31)
バイオマス事業スタート(5/31)
蕪栗沼の不思議な生き物 ツルシギ(5/31)
蕪栗沼が増水しました(5/25)
蕪栗沼にてシマアジ2羽確認しました(5/18)
おわびと理事長就任につきまして(5/6)
4月の蕪栗沼の様子(4/30)
環境教育ゾーンの整備をしました(4/30)
蕪栗沼にてコウノトリを確認しました(4/20)
幸せの黄色いレシートキャンペーン贈呈式(4/11)
3月の蕪栗沼の様子(3/30)
ヨシ原の野焼きをしました(3/20)
グリーン・ツーリズムインストラクター育成スクールに参加(3/17・18・19)
東大崎小学校6年生に出前授業(3/8)
2月の蕪栗沼の様子(2/28)
ラムサールフェスティバル二2010が開催しました(2/14)
田尻さくら高校1年生とねぐら入り観察(2/10)
西郷小学校5年生とヨシ刈り体験、よしず作り体験授業(2/8)
農家レストラン蔵楽で夕食会とねぐら入り観察(1/30)
大貫小学校の5年生との出前授業(1/28)
蕪栗沼にてタンチョウ確認しました(1/26)
今朝の飛び立ちに大型のカナダガン亜種を1羽確認しました(1/19)
西郷小学校の4年生と外での出前授業(1/18)
二万羽のガンを観る会(1/16・17)
西郷小学校にて出前授業(1/15)
朝の飛び立ちの様子(1/11)
農家レストラン蔵楽で夕食会セット(12/23)
蕪栗沼やマガンについての勉強会を開きました(12/19)
たじり田んぼの生きもの宣言(12/15)
PRODUCE
カレンダー2009
来年度のカレンダーを発行しました
写真ポストカード・蕪栗沼シール
蕪栗沼絵本セット

<蕪栗沼サポーターを募集しています>

 
蕪栗ぬまっこくらぶのマーク

特定非営利活動法人 蕪栗ぬまっこくらぶ
郵便番号989−4301
宮城県大崎市田尻蕪栗字沢田23番地2
電話0229−38−1401ファックス0229−38−1402
http://www5.famille.ne.jp/~kabukuri/
E-mail:こちらの送信フォームからどうぞ