蕪栗沼の渡り鳥たち

水深1mほどしかない浅い沼は、マコモなど水鳥が好んで食べる植物がたくさん生えており、オオヒシクイやハクチョウ、カモの仲間が集まってきます。またヨシやヤナギの群落はオオヨシキリやホオアカなどの繁殖の場となり、オオタカやチュウヒ、オジロワシなどの狩りの場にもなります。
周囲に広がる広大な水田は天然記念物マガンの採食地(餌場)としてその生活を支えています。
渡りの中継地として利用する小鳥やシギなどを含め、現在までに219種類の鳥類が確認されている渡り鳥の宝庫です。 |
天然記念物マガン

マガンは翼を広げると最大150cmにもなる大型の水鳥で、カモよりはハクチョウに近い仲間です。過度の狩猟によって5000羽まで減少し、1971年に国の天然記念物に指定されました。シベリアで繁殖し、冬に日本で越冬します。
平地にある浅い沼をねぐらとし、周辺の水田で食物を採ります。マガンの生息には沼と水田がセットになった環境が必要です。かつては日本全国に飛来しましたが、過度の開発によって各地の沼が消滅したため、宮城県北部に9割以上が集中しています。 |
マガンの飛び立ち

朝になると、ねぐらとなる沼から水田にむけてマガンが飛び立ちます。マガンは親子の絆が強い鳥で、日本で越冬してシベリアに帰るまで、親は自分の子供をずっと見守っています。普通は親子や仲間ごとに飛び立っていきますが、オジロワシやキツネなどの天敵、人間の姿などを見て驚くと、他のマガンもいっせいに飛び立ちます。これは危険を避けるための本能と考えられています。
飛び立ったマガンは仲間や家族がついてきているか、声を出して呼び合います。このため飛び立ちとともに、マガンの大合唱が聞こえてきます。 |
水田ですごすマガン

沼を飛びたったマガンは水田に舞い降ります。そこで落ち穂(収穫されずこぼれた米)や雑草を食べたり、寝たりして過ごします。
マガンの群れは周辺10-20kmの水田に分散しています。雪が深く近くの水田が利用できないときは、遠く仙台やさらに南へ移動することもあります。
マガンは田んぼで米をもらうとともに、田んぼの草取りをしたりフンが肥料になったりして、農業と関わりの深い鳥です。 |
マガンねぐら入り

夕方になると、周囲の水田にいたマガンたちは、一斉に沼に戻ってきます。これを「ねぐら入り」といいます。夕焼けの空に隊列をつくったマガンの群れが浮かび、だんだんと沼に近づくと、風向きを探りながらぐるぐると旋回します。やがて安全な場所に少しずつ降りていきます。
ねぐら入りの幻想的な風景を見るために、毎年たくさんの人が沼を訪れます。ときに「落雁」といってきりもみ状態になったマガンが急降下と急上昇をする姿も見られ、月に雁という切手にもなっています |
ヒシクイ(亜種オオヒシクイ)

翼を広げると最大190cmにもなる大型のガンの仲間です。ヒシクイには多くの亜種(種に分かれる前の段階)がいて、蕪栗沼で見られるのは一番大きいオオヒシクイという仲間です。ヒシクイとは菱(ひし)を食べるという意味で、北海道ではその様子が見られます。蕪栗沼ではマコモというイネ科の植物の根茎部(地中にある茎)を掘り出して食べています。
カムチャッカ半島で繁殖し、日本では新潟県の福島潟など主に日本海沿岸の湿地に飛来します。宮城県では、花山湖や蕪栗沼など1000羽前後が越冬しています。 |
オジロワシ

冬になるとシベリアから日本に渡ってくる大型のワシタカ類(猛禽類)です。海の近くで魚を食べていることが多いですが、冬にはカモなどの水鳥をねらって内陸の湖沼にやってきます。
蕪栗沼には毎年1-2羽のオジロワシが飛来します。上空を飛ぶと、沼にいるカモがいっせいに飛び立って逃げ出します。
ときに自分より少し小さいだけのマガンを襲うこともあります。マガンの飛び立ちのとき、上空にまぎれて飛び、急降下して空中でマガンを捕まえます。 |
チュウヒ

翼を広げると130cmほどの中型のワシタカ類です。飛ぶのがとても上手で、垂直に降りたり飛び立ったりすることもできます。
翼をV字にして羽ばたかずに飛び、カモなどの小型の水鳥をつかまえて食べます。
シベリアやサハリンなど北方で繁殖して、日本には主に冬にやってきます。日本でも一部繁殖しており、蕪栗沼でも夏に姿を見かけることがあります。
夜になるとヨシなどの植物を折り畳んだねぐらで、集団になって眠るそうです。 |
オオハクチョウ

シベリアの広い地域で繁殖し、冬に日本にやってくる渡り鳥です。翼を広げると2.5mにもなる大型の水鳥で、じょうぶなくちばしで、沼のマコモを掘り出して食べます。
ハクチョウはガンと同じく家族で行動し、灰色をした若鳥を連れている姿をよく見かけます。違う家族が出会うと、挨拶(?)の鳴き交わしをはじめ、ケンカになるときもあります。一日中沼にいますが、水田で雑草を食べたり、転作の麦や牧草を食べたりもします。 |
コハクチョウ

日本に冬渡ってくるハクチョウの仲間で、全体的に小さく、首が短いので太く見えます。オオハクチョウとは、くちばしの黄色い部分が、鼻の穴の下まであるかで区別できます。
福島の猪苗代湖が全国でも有名な越冬地で、蕪栗沼では秋と春に通過のときに見られます。ときに1500羽以上の群れがいることもありますが、厳冬期にはいなくなります。
沼でマコモなど植物を食べるほか、田んぼで雑草や稲株を食べることもあります。 |
マガモ

冬に日本に渡ってくるカモの仲間でも、最もなじみ深いのがマガモです。緑色の頭に黄色いくちばし、美しい銀色の体をもっています。最も味の良い(好みにもよりますが)カモとして知られ、古くから狩猟され食べられてきました。またマガモを飼い慣らして家禽化(かきんか)したのがアヒルです。アヒルとマガモを交配させたのがアイガモで、アイガモ農法で知られています。
カモの美しい羽模様はメスへの求婚のためで、夏の間は地味な茶色をしています。冬羽に変わると、メスへのプロポーズがはじまります。 |
コガモ

日本で見られる最も小さいカモで、体重は300g強しかありません。カムチャッカ半島やシベリアで繁殖する渡り鳥で、冬に日本にやってきます。冬から春にかけて、さまざまなディスプレイ(メスへの求婚アピール)をすることで有名です。首を上下に動かしたり、激しく泳ぎ回ったり、あらゆるパフォーマンスでメスの気を引こうとします。
体が小さいためオオタカなどの標的にされやすく、よく捕まっている光景が見られます。ガンと異なり家族ではなく単独で行動していることも要因です。(古館堤で撮影) |
オナガガモ

いちじるしく長い尾羽が特徴のカモの仲間です。シベリアやカムチャッカ半島、サハリン、千島列島で繁殖し、日本に冬に渡ってきます。他のカモに比べ、群れを密集させる性質が強いことで知られています。ハクチョウが餌付けされている場所で、オナガガモの集団をよく見ることができます。体を密着させて採食性質があり、他のカモが近づけなくなるからだそうです。
日本では餌付けによって人に慣れた印象がありますが、繁殖地のシベリアでは警戒心が非常に高く、最も捕獲が難しいカモの一種でもあります。(古館堤で撮影) |
ダイサギ

真っ白な体はハクチョウに間違えられることもありますが、よく見ると体の形が全く違います。足とくちばしが細長く、みずかきがありません。サギと同じコウノトリ目の仲間には、トキやフラミンゴなどがいます。
ダイサギは「しらさぎ」の中で最も大きい種で、翼を広げると最大170cmにもなります。繁殖地は日本の関東より南で、蕪栗沼に夏見られるのは、巣立ち後の分散期のようです。
また冬に沼で見られるダイサギは、大陸から渡ってきた別の亜種と言われています。 |
アオサギ

日本のサギの仲間で最も大きく、翼を広げると最大175cmにもなります。日本各地で繁殖し、冬も日本にとどまります。丘陵地帯の林にコロニー(集団営巣地)をつくります。食料は主に魚で、長い首を水中に突き刺すように伸ばし、はさんだり突き刺したりして魚をつかまえます。ときにカエルやネズミをつかまえることもあります。
日光浴が好きで、翼をおわん状にして人のように立っている姿がよく見られます。 |
タゲリ

中国やロシア内陸部で繁殖し、冬に日本にやってくる渡り鳥です。金属光沢の深い緑色をした体と、頭のうしろに伸びる羽(冠羽)が特徴です。ハトほどの大きさで、「ミューミュー」と鳴きながら、ふわふわと飛びます。昆虫やミミズのほか、穀類を食べることもあります。
名前の由来は「田んぼにいるケリ」ということで、「ケリケリ」鳴くケリという鳥に似ているから(?)です。 |
オオヨシキリ

蕪栗沼で繁殖する小鳥で、ヨシの葉を集めて巣をつくることからヨシキリと呼ばれます。ヨシの茎を束ねて巣をつくり、ヨシの成長とともに巣の位置が高くなるため、夏の水害から巣を守ることができます。
春から夏にかけて、「ギョギョシ」という声が沼一帯に広がります。オオヨシキリのなわばり宣言で、姿を見ると真っ赤な口の中を相手に見せて威嚇しています。赤には相手を警戒させる性質があるそうです。 |
蕪栗沼の野生生物

渡り鳥の飛来地として知られる蕪栗沼ですが、32種の魚類、393種の植物、787種の昆虫が確認されている野生生物の宝庫でもあります。メダカやゼニタナゴ(平成10年まで確認)、タコノアシやミズアオイやオオアブノメ、オオルリハムシなどの絶滅危惧種が127種も確認されています。
平野にある湿地で、増水すると水没し、通常は地面である場所を氾濫源(はんらんげん)といいます。各地の氾濫源が開発で減少したため、これらの野生生物の生息地が少なくなったのです。 |
ゼニタナゴ

全長10cm前後の小さな魚で、コイの仲間です。非常に細かいウロコが美しく、水中でヒラヒラと舞うために光り、お金のように見えることから「銭たなご」の名がつきました。二枚貝の体の中に卵を産む珍しい性質をもっています。
卵は貝のエラの中で守られているため、外敵に食べられずに大きくなりますが、一度に生むことのできる卵は数十個しかありません。冬、ほとんど水がなくなっても卵で生き延びることができますが、ほとんどの成魚は2年しか寿命がありません。水路のコンクリート化など貝が減少したため絶滅の危機にあります。 |
タコノアシ

湿地に生える植物で、まっすぐの茎にササのように細長い葉がたくさんつきます。てっぺんにあるのは花の集まり(花序)で、秋になると真っ赤になります。ちょうどゆでだこをひっくりかえしたような姿からタコノアシと呼ばれます。
氾濫源(はんらんげん)に適応した種で、生育に大量の水を利用します。冬の間地面がでていて、夏になると水たまりになるような場所を好んで生えます。川が堤防で囲まれ、河川改修が進むとともに少なくなり、絶滅危惧種に指定されています。 |
ミズアオイ

紫色の美しい花を咲かせる湿地の植物です。葉の形が「葵(あおい)」に似ていることからミズアオイと名がつきましたが、アオイの仲間ではありません。古くはナギといって食用にもされました。カルガモが好んで食べます。
氾濫源の減少とともに少なくなりました。一方で水田の雑草として駆除の対象にもなっています。ミズアオイの実は熟すると茎が曲がって水没し、昆虫に食べられるのを防ぎます。 |
オオアブノメ

緑色の柔らかい茎をもち、美しい新鮮な青さが特徴です。普段は水におおわれている場所が、干上がったときなどに大量に発生し、一面絨毯のようになります。葉のつけ根に非常に小さな白い花を1対つけ、熟すると昆虫の目のような形になることから「アブの目」の名前がついたようです。氾濫源の減少とともに絶滅危惧種に指定されています。 |
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モクズガニ |
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| どんなところにいるの? |
| 最近サワガニが少なくなったせいか、カニといえば海のものというイメージが強いのですが、モクズガニは川に住む代表的なカニのひとつです。とはいうものの、その分布は河口から上流にかけて広い範囲に及んでいます。 |
| なんでモクズガニって言うの? |
モクズは「藻屑」と書き、はさみや体に細長い毛がモジャモジャと密に生えているためにこの名前がついたという説が有力でが、確実なことはわかっていません。稲蟹という別名がついているところを見ると、田んぼなどにもいたのかもしれません(広辞苑より)。
このカニは、産卵が終わるとすぐ死んでしまいます。河口近くで大量の死骸を見ることがあるそうです。これがほんとの「海の藻屑」ですが、だからモクズガニという名前がついたという風に考えるのは、少し無理がありそうです。 |
| どんな生活をしているの? |
| モクズガニは河口で卵を産み、卵からかえるとプランクトンのような状態で浮遊生活をして、海の中で2ミリほどの大きさまで成長します。その後脱皮を繰り返すことで、だんだんとカニのような姿になり、川を上流に向かって登り始めます。上流から下流までさまざまな場所に分布して、親になるまで2〜3年過ごすそうです。モクズガニの食べ物は、動物の死体や藻、泥の中の有機物などです。もちろん生きた魚や水生昆虫なども、捕まえることができれば食べてしまいます。成長したモクズガニは、河口近くまで川を下り、卵を産みます。このとき産卵のおわったカニは、ほとんどが死んでしまうそうです。 |
| 人間との関わりは? |
| モクズガニの注目すべき点は、食べられるということです。かに汁にしたりゆでて食べるとたいへん美味しいそうです。モクズガニと日本人の関わりは古く、縄文時代の遺跡からモクズガニを食べた痕跡が見つかっているそうです。ところがこのカニは、肺臓ジストマと呼ばれる吸虫の中間宿主(寄生虫がカニの体の中で、ヒトに食べられるのを待っていると考えてください)でもあるため、生で食べたり調理法を間違えると感染の恐れがあります。 |
| まとめ |
| モクズガニは大変汚れに強いカニで、富栄養化が進んだ川でも暮らすことができます。またコイなどの魚の重要な食物となっているとともに、有機物や死体を分解してくれています。意外と知られていない川のカニですが、生態系の中では、非常に重要な位置を占めているのです。 |
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ヤマカガシ |
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| 蕪栗沼で最も危険な生物 |
| 蕪栗沼で最も危険な生物といえば、やはりヤマカガシでしょう。なんといっても死亡例(※0)があるというのは恐いものです。しかしヤマカガシのことを良く知っていれば、その危険は十分避けることができます。 |
| どんな生き物だろう |
| ヤマカガシは、沼や田んぼなど水のある場所にいて、カエルやドジョウを食べて生きています。飲み込まれそうになったカエルは、あばれたり、空気で体をふくらませたりして抵抗します。ヤマカガシは、のどの奥にある2つの牙でカエルをつきさし、空気を抜いてしぼませます。またあごの後ろにある分泌線から出た毒が、牙をつたってしたたり落ちて、カエルを動けなくします。ヤマカガシの毒は、獲物を飲み込むために使われているものなのです。 |
| かまれたら死ぬの? |
浅くかまれたときやすぐ離れたときは、まだ毒が出てないので、死ぬことはありません(※1)。またヤマカガシはとっても恐がりで、人を見ても逃げたり威嚇したり死んだふりをしたりするので、いきなり飛びかかってくることはまずありません(※2)。ではどんなときにかまれるのでしょうか?
いちばん多いのは、ヘビをつかまえていたずらしているときです。ヤマカガシだと知らずに、手でつかんで遊んでいると、深々とかまれてしまうことがあります。ほとんどが10代の男の子です。また草刈りをしていて、間違ってヤマカガシをつかんでしまった場合などがあります。 |
| 万が一かまれたら |
| 万が一かまれてしまった場合でも、あわてずにようすを見ましょう。傷口を切ったりするのは逆効果なのでやめた方がいいです。かまれた所をよく洗い、家でおとなしくしています。1日なんともなければまず大丈夫です。頭痛や歯ぐきや皮膚の下の出血、血尿や尿がでないなどの症状がでてきたら、病院に連絡します。病院ではヤマカガシにかまれたことを説明し、血清を取り寄せてもらいましょう(※3)。 |
| もうひとつの毒 |
あまり知られていませんが、ヤマカガシにはもうひとつ別の毒があります。それは首の後ろのあたりから出るガマ毒と同じステロイド系の毒です。この毒はひどい味がするとともに、目に入ると一時的に失明するぐらいの強い毒性をもっています。ヤマカガシが天敵につかまったときに逃げるためにつかう毒です。「毒をもった悪いヘビだ」などといってヤマカガシをたたいて殺そうとすると、この毒が飛び散って大変なことになります(※4)。
首の後ろのうろこの間から液が出る
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| 平和的に生きるヤマカガシ |
| ヤマカガシは田んぼや川などで、主にカエル、ときに魚やトカゲを食べ、ふだんは人とあまりかかわりなく平和的に生きているヘビです(※5)。「ヘビ=悪者」というのは知識のない人がつくった偏見にすぎません。それどころか、多くのヘビが、虫やネズミなどを食べて人間に恩恵を与えています。ヤマカガシもこちらからつかまえたり、殺したりしようとしない限り、特に危険な生き物ではないのです。 |
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ボラ |
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| どんな生き物だろう |
| ボラは川の河口や湾など浅い海で生活している魚で、雨が降って川をのぼり、蕪栗沼にもたくさんあらわれます。岩についた藻を食べますが、動物質のものも食べるようです。とても目が良く、動きもはやく泳ぐのがとても上手な魚です。 |
| 出世魚 |
ボラは出世魚の代名詞としても知られています。出世魚とは、成長するにあわせて名前が変わる魚で、1年目2年目と大きさが見分けられるほど違うのが特徴です。ボラの場合、ハク→オボコ→イナ→ボラ→トドとなるのが一般的。江戸時代までは、元服や家督相続など出世するたびに人の名前も変わったことから、出世魚の名がついたと思われます。他にもキララゴとかスバシリとか分け方も千差万別で地方によっても異なります。ボラは世界中にいる魚で日本でも北から南までどこでも見られる魚だからかもしれません。
ここから若くてまだ一人前でない女性を「おぼこ」と呼んだり、若くて活きのいいお兄さんを「いなせな兄ちゃん」と言ったり、物事の結末を「とどのつまり」と言ったりするようになったそうです。 |
| どうしてボラというの? |
| ボラは太っ腹(太腹→ホバラ)が変化したという説が有力です。マライ語(マレー語)でボラナク、タイ語でプラ・ボラ・モーということから、何らかの関係があるのではと考える人もいます(文献参照)。 |
| よく分かっていない生態 |
ボラは人眼につきやすく、なじみ深い魚ですが、生態はほとんど分かっていません。ボラの祖先は中生代末期の白亜紀にすでに出現しており、新生代の第3期始新世にはすでに今とよく似た形態になっています。雑食性で、腸が長く、岩にこびりついたけい藻や藍藻、緑藻の他、穀物、有機物、バクテリアやプランクトンなどをえらでこしとって食べます。また消化のために鳥のすなぎものような器官が胃にあり、「ぼらのへそ」と呼ばれ珍味とされます。
特に分かっていないのが産卵形態で、一夫多妻で10〜1月の産卵期になると黒潮など暖流が直接あたる場所の深海へもぐり、岩などに卵をこすりつけて産むようです。これは産卵が終わった親が傷だらけなことから想像したようです。 |
| 目が見えなくなる |
| 冬になって寒くなると魚の体には脂肪がたまるようになります。ボラの体内にも脂肪がたまり、特に寒さに弱い目に脂肪が蓄積されると、目の表面が白濁して全く見えなくなってしまうこともあります。この時期のボラはもっとも味が良く、刺身などにして食べられるそうです。 |
| からすみ |
| ボラの卵巣は塩漬けして乾燥させると「からすみ」という食品になります。からすみは日本三大珍味のひとつで、日本には17世紀に中国から伝わってきたようです。からすみは「唐墨」で、豊臣秀吉が命名したとか、献上した代官が命名したとか言われています。長崎の名物として知られています。 |
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ヒシ(ヒシ科・アカバナ科) |
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| どんな生き物だろう |
池沼やため池に生える1年草です。浮葉(ふよう)植物といって、からだの大部分が水の上に浮かぶようになっています。秋に水中に落ちた実が泥の中にもぐり、春芽吹くと長い水中茎をのばし、水面に達すると放射状に葉を展開させます。葉の柄(え)に空気がたまる海綿質の浮き袋があり、ため池のように、冬に水がなくなったり、雨で増水したり水位の変動が激しい場所でも生きられるのがヒシという植物です。
ヒシの花
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| ヒシの名前の由来 |
菱(ヒシ)という名前の由来にはいくつかあります。
・実が堅いので「緊(ひし)ぐ」から
・トゲが2本付いているようすが「緊(ひし)」
・扁平な果実が「拉(ひし)ぐ」ひしゃげているから |
| ヒシクイは菱を食べるから菱食い? |
渡り鳥のヒシクイ(オオヒシクイ)は、ヒシを食べるのでヒシクイという名前が付いたとされています。実際北海道などでは、現在でもヒシの実を食べるヒシクイが観察されるそうです。ヒシクイが食べるのはまだ実が青い時期で、宮城県に来る頃には菱の実はすでに黒くなって沈んでいます。ヒシを食べるときは、実を器用に回してトゲをくちばしで取るそうです。
ヒシの方も利用されているばかりではありません。ハクチョウやヒシクイがヒシのある沼にくると、羽に実がからまって遠くまで運ばれることがあります。こうしてヒシの分布を広げるのに、鳥が一役買っているわけです。葉っぱを広げたヒシを引き抜くと、泥の中に埋まっていた種のトゲに羽毛が絡まっていることがあるそうです。 |
| アイヌや縄文人が利用したヒシ |
| 北海道にはラムサール条約登録地になっている厚岸湖・別寒辺牛(べかんべうし)湿原がありますが、ベカンベとはアイヌ語でヒシを意味します。ウシは「たくさんある」という意味で、別寒辺牛とはヒシがたくさんあるところという意味なのです。また釧路川を30kmほど遡った塘路湖では、ベカンベカムイノミという祭りが開かれていました。これはヒシの実を採取する時期を決める重要なお祭りだったそうです。ヒシは乾燥させると長い間保存でき、薬効や滋養強壮作用があることから珍重され、アイヌや縄文人の重要な食料になっていました。 |
| ヒシの薬効 |
| 菱の実には澱粉が多く含まれているほかにぶどう糖、たんぱく質、カルシウム、ビタミンB群およびビタミンCがふくまれており、栄養豊富で滋養強壮に良いとされ昔から食べられてきました。また薬効として胃病、婦人病、便秘、胎毒に効能があるとされる他、二日酔いの薬としても珍重されます。最近ではアルコール抽出液に抗ガン作用があることが知られ、胃ガンなどに用いられる場合があるようです。 |
| ヒシとひなまつり |
| ところでひなまつりのときに菱餅(ひしもち)を飾るのはなぜなのでしょうか?。菱餅には赤緑白3色あって、それぞれ先祖を敬う、穢れを清める、清浄をあらわすと言われていますが、仏教の経典が由来のようです。インドの川にすむ竜神に若い娘を捧げた父親が、娘の代わりに菱の実を捧げて娘を助けてもらった故事があるそうです。 |
| まきびし |
| まきびしとは忍者の道具で、敵の追跡を交わすために道にまいた鉄製の鋲のことです。もともとヒシそのものを使っていたのではないかと言われています。面白いことに、ヒシの学名はTrapa
japonicaと言い、ラテン語のcalcitrapa(まきびし)が語源とされています。古代ローマでも同じように使われていたのでしょうか?。 |
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カルガモ(ガンカモ科) |
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| どんな生き物だろう |
カルガモ(Anas poecilorhyncha)はガンカモ科の水鳥で、アジア東部から何部、オーストラリア、ニュージーランド、アフリカ東部と南部など世界中にいるカモの仲間です。渡りをしない留鳥と言われますが、夏と冬では違う個体であるばあいがほとんどです。日本ではほとんど全国で繁殖していますが、北海道から東北にかけては冬にほとんど南の方へ移動します。オスメスはほとんど同じ色形模様をしていますが、3列風切という羽の先が、オスではくっきりと白く、メスではオスほどはっきりとせずぼんやりしています。他のカモ類とは、くちばしの先の黄色い部分で見分けることができます。
用水路に閉じこめられたカルガモのヒナ
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| カルガモは軽いのか? |
カルガモは「軽鴨」と書くため、軽いのかと思ってしまいます。しかし鳥はそもそも空を飛べるように体が軽くできている(骨とか)ので、また厚い羽毛に覆われているため見た目より軽く感じるものです。試しに他のカモと比べてみました。
和名
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全長(cm)
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翼長(cm)
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体重(g)
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カルガモ
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54〜61
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24〜28
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750〜1350
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マガモ
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59
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24〜30
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オス911〜1500
メス690〜1316
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ヨシガモ
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46〜53
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23〜24
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580〜710
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オナガガモ
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43〜74
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24〜29
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760〜1250
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日本動物大百科3(平凡社)より
ほぼ同じ大きさのオナガガモと比較しても、特にびっくりするほど軽くはありません。むしろあまり渡りをしないカルガモは、カモの仲間では重い部類になりそうです。
カルガモの名前の由来には、クロガモ(黒い鴨)がなまったという説や、夏にとどまるカモという意味で「夏留鴨」からきたという説があります。
また日本鳥名由来辞典では、奈良時代につくられ古事記や万葉集でよく歌われた「軽池」に夏にもいるカモがいて、軽池のカモだから軽鴨になったと説明しています。 |
| ヒナをつれて移動するカルガモ |
| カルガモと言えば、ヒナを連れて歩く姿が有名です。山奥の山間部から平野部の水田、海岸や都市まで、あらゆる場所で繁殖します。水辺から離れた場所に巣をつくることも多く、ヒナを育てる水辺まで移動するカルガモ親子をよく見かけることがあります。普通は歩いて移動するようですが、「野の鳥の生態」【大修館書店】にはくちばしにくわえて空を飛んで移動する方法や、親鳥の胸にヒナがくちばしでぶらさがって飛ぶ方法などが紹介されています。ヒナは7〜9羽という図鑑と、10〜12羽という図鑑がありますが、記録では13羽というときもあります。危険が近づくと親は警戒声を出してヒナを安全な場所に逃がし、敵を威嚇したり偽傷(ぎしょう:わざとケガをしたふりをして敵の注意を引くこと)したりします。 |
| 稲を食べるカルガモ |
| カルガモはまた、稲を食べる害鳥として毎年多くが駆除されています。蕪栗沼でも、秋になると大きくなったヒナと親が1000羽ほど集まります。この頃から夜行性になって、昼間沼にいて、夜になると稲が倒伏した田んぼに移動し、米を食べてしまいます。日中姿が見えないので、農家の人の中にはガンが米を食べていると思っている人も多いです。マガンが沼に集まる頃には、カルガモは群をつくって南の方へ飛び去っています。 |
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マガン(ガンカモ科) |
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どんな生き物だろう
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翼を広げると150cmにもなる大型の水鳥で、カモよりはハクチョウに近い仲間です。全身こげ茶色の羽毛で、尾羽の下とくちばしのつけ根に白い羽毛があり、くちばしと足はオレンジです。大人になると腹に黒いすじ模様(条紋)ができます。
マガンは冬に日本に渡ってくる渡り鳥です。極東ロシアのシベリアで繁殖・子育てします。9月になると南下し、いくつかの湖沼を中継して日本や韓国、中国などの越冬地に集まります。日本に渡ってくるマガンの渡りは、約4000kmにもおよびます。
雁の仲間は、家族の絆が強く、傷ついた仲間を気遣う愛情をもっています。飛行するときは家族や仲間で編隊をつくり、空気抵抗を減らすことで楽に長距離を飛ぶことができます。食事をするときは、親が交代で見張り役となり、危険が近づくと声と首の動きで知らせて、群を一斉に飛び立たせます。
蕪栗沼や伊豆沼・内沼で越冬しているマガンは、日中は田んぼで落ち穂や雑草などを食べ、夜沼でねぐらをとる生活をしています。毎朝、日の出とともに沼へ飛び立つ「マガンの飛び立ち」は、数万羽のマガンが空一面を覆い、圧倒的な迫力と感動を与えてくれます。また夕方沼に集まる「ねぐら入り」は夕焼け空にマガンの隊列が浮かび上がり、雲のようにうずまく幻想的な風景を見ることができます。
マガンは人と野生動物が共に生きる世界の象徴です。日本に飛来するマガンは狩猟と開発で減少し、天然記念物に指定された1971年には約5000羽になりました。現在では約10万羽まで回復しましたが、各地にあった湖沼が復元されていないため、宮城県北部に約9割が集中しています。 |
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日本の天然記念物
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マガンは1971年に国の天然記念物に指定されました。当時マガンは狩猟鳥で、絶滅寸前まで数が減少したにもかかわらず捕獲が続いていました。日本雁を保護する会の横田義雄氏(当時)が国に陳情し、文化庁が天然記念物に指定することでマガンを保護しました。
宮城県仙台市福田町の水田を採食地、仙台港をねぐらにしていた最後の個体群が、国道4号線バイパス道路の建設によって生息地が分断され、伊豆沼・内沼を生息地にするようになりました。
保護により2004年度には約10万羽まで数が回復しているものの、飛来地の数は全国で約40ヶ所と30年前と変化ありません。開発されなかった少ない湖沼に一極集中しているため、鳥コレラなどの伝染病による絶滅の危険や食料不足などの問題をかかえています。日本の絶滅の恐れがある野生生物リストの準絶滅危惧種に指定されています。 |
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マガンはどこから来るのか?
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日本にマガンがいるのは9月から3月にかけての半年間です。夏は極東ロシアのシベリアにいて繁殖・子育てをしています。5月の末に5個前後の卵を産み、7月の上旬に孵化すると、わずか50日で飛行可能になり、9月上旬には渡りをはじめます。だいたい数日から十数日かけて4000kmを移動し、時速100km近くで10時間近く飛び続けることもできる高い飛行能力をもっています。
シベリアで繁殖するマガンは、日本や韓国、中国で越冬します。渡りのルートは首輪標識や衛星発信器(PTT)を装着する調査によって一部が明らかになっています。それによると日本に飛来するマガンは、アフタットクール川流域や河口部のペクルニイ湖などで繁殖することが分かっています。
マガンはカムチャッカ半島のハルチンスコエ湖や、北海道の宮島沼、ウトナイ湖、秋田県八郎潟、小友沼などを中継して宮城県にやってきます。日本では他に、新潟県福島潟や石川県片野鴨池、島根県宍道湖などで越冬することが知られています。 |
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何を食べているのか?
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マガンの食料は場所によって異なります。宮城県では、水田の落ち穂や雑草を食べることが多いです。落ち穂とは、米を収穫する際にコンバイン等からこぼれおちた稲穂で、飼育下では約1合(4000粒)の米を食べます。
米の割合は4割ほどで、残りはイネ科の植物やマコモ、農道やあぜに生えた雑草などです。マガンは周囲が見渡せる広い場所を好むため、刈り取っていない水田の稲を食べることは滅多にありません。杭に干してある稲を食べる食害は、コンバインの普及によって減少しました。蕪栗沼周辺で起こっている水鳥による米の食害は、ほとんどがカルガモによるものです。
北海道の宮島沼では、春まき小麦の芽を食べることで、問題になっています。ほとんどが植物食ですが、まれにタニシを食べる例も観察されています。 |
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