
チュウヒという名前の由来については、全く分からなかった。漢字では「狂」の下に「鳥」を書いて沢狂/鳥と書くが、とてもチュウヒとは読めない。ノスリは単に狂/鳥と書く。東北地方ではチョウゲンボウやノスリ、サシバなど小型のタカをマグソダカと呼ぶ。マグソとは「まがい」の意味で、鷹狩りの役に立たないという意味らしい(チョウゲンボウは鷹狩りによく使われるが)。恐らくよっぽど人に慣れない人間嫌いなのであろう。馬の糞がある放牧地でよく見られる意味という話もあるが。またノスリとチュウヒは名前が入れ替わっているという説もあるが、詳細は不明。
人の役に立つかどうかはともかく、チュウヒはすばらしい能力をもった鳥である。特にすばらしいのは、はばたかずに飛び続ける能力である。翼をV字型にしてとにかく飽きるほど飛び続けている。イヌワシの索餌飛行やガンカモ類の長距離移動もすごいが、強い風や仲間の助け、体に蓄えられた脂肪のエネルギーなどを使ってこそできる技である。チュウヒの飛行はほとんどエネルギーを使わない。風のない日には木の枝に止まって餌を探す以外狩りの方法がない他の猛禽類と比べて、いつでも飛んで移動しながら広範囲で餌を探すことができることがチュウヒの最大の武器なのである。
しかしそのために犠牲にしていることもある。意外かもしれないが、チュウヒとノスリの翼開長(翼を広げたときの長さ)はほとんど同じである(チュウヒ113〜137cm:ノスリ122〜137cm)。チュウヒは、翼が細長い分だけ大きく見えるらしい。しかし体重となるとチュウヒはノスリの70%ほどしかない(チュウヒ370〜670g:ノスリ520〜970g)。同じ体格で軽いということは、華奢で非力であるということだ。非力であることは野生では不利なはずである。ではチュウヒが生きていけるのは何故か?。
それは湿地という競争相手の少ない広大な土地を生息地にしたからである。チュウヒは湿地に特化した猛禽類とも言える。湿地は平地であり、風が少ない。また木がないため、止まったり巣をつくることができない。猛禽類にとってまことに住み難い環境である。しかし餌は豊富だ。チュウヒの獲物はネズミやカエル、ヘビ、魚、昆虫、小鳥、カモやキジなどである。草が生い茂る湿地では、普通の猛禽類は獲物を探すのに一苦労だ。しかしチュウヒは地面にいる獲物を捕まえるため、普通の猛禽類より眼が前方を向いているし、顔がパラボラアンテナ状になって、耳が大きく露出しており、音で獲物を捕捉することができる。餌をつかまえたら、草むらに逃げ込めばよこどりされる心配もない。他の体の重い猛禽類は、簡単には地面に降りられない。飛び立つとき大変苦労するからだ。垂直離着陸機の名前(ハリヤー)にもなったチュウヒは、この点らくらくと空に舞い上がることができる。チュウヒはまるでそこに木があることを無視するかのように、地面に降りることを好む。たまに折り曲げたフトイやマコモの上など草の上に止まる。それが他の猛禽類に邪魔されない、一番安全な場所であると知っているのであろう。
チュウヒは巣をつくるのも湿地の中だ。ヨシやススキの茎を積み重ねてつくった巣を、木の枝ではなく地面につくる。キツネやタヌキにやられないのか心配になるが、地上からヨシの生い茂った湿地の中を巣に近づくという行為が、いかに困難かはやってみなければ分からない。実際ヨシ原には、スゲなどの植物が下層に生い茂っており、地上から巣を探すのも困難である。もちろん空中から侵入することは可能だが、ヨシ原にスポット状開いた袋小路にわざわざ入り込む勇気のある鳥はいないであろう。まして中には、ヒナを守るメスのチュウヒがいるのである。
冬になるとチュウヒは南へ渡っていく。日本や東南アジアが主な越冬地である。繁殖地はシベリア、中国、サハリンなど。日本でも八郎潟などで繁殖している。蕪栗沼でも、夏チュウヒを見ることはできるが、繁殖はしていないようだ。恐らく、沼が水没する時期までにヒナが育たないのであろう。冬はやはりヨシの茎を積み重ねてつくったベットをつくり、集団でねぐらをとる。孤高のイメージが強い猛禽類が、冬の寒さの中、仲良くベットを並べて寝ているのかと想像すると、なんだか楽しくなってしまう。 |