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不思議な世界を 加藤由朗 僕は、学生の時にデザインを始めたころから、不思議な世界を表現しようとはしていた。カフカが流行っていた頃だ。当時は学園紛争などがあり、体制を行かない彼の「不条理」と言うスタイルが気に入っていたのだ。 卒業し、普通の広告会社に勤め始めて間もない頃、福田繁雄氏に会いに行った。 彼はすでにその時ユーモアデザインのオーソリティであり、インターナショナルな視覚言語が特徴の作家だった。銀座松屋に彼のコーナーがある程で、文具やコーヒーカップなどのデザイングッズがあり、それをみるために通ったこともあった。 電話でアポイントをとると、世田谷の事務所に訪問できることになった。 日曜日だったにもかかわらず、彼が忙しそうにしていたのを憶えている。僕は2〜3時間居座って無理矢理話を聞いた。彼が次々いろいろな素材にチャレンジしてデザインを展開していきたい、と言ったのが一番印象に残っている。 ● 結局数年後、故郷に戻りデザインの仕事をし始めた。 それまで受けた貴重な刺激を生かしつつ、初めて展覧会に出品するためにポスターを制作した。 その頃はポスターといってもテーマがなく、自分の周辺からモチーフを探した。シルクスクリーンで手、指、足を組み合わせた自分のPRポスターであった。 またその頃、彫刻家の堀内正和の作るユーモラスな形体に惚れ込んでいた。彼は寝床でアイデアスケッチをして一日を終えるのだということを聞いて大いに刺激されたが、やはり何をしたらいいか具体的にわからず、もやもやした気持ちのまま眠りについた。 その後も生業としての仕事をしながら、何かのポスターは作り続けた。発想の源は同じであるが、同じことを継続していることで疑問が少しずつわいてきた。 ● そんな中、僕も少し前から関わっていた日本国際ポスター美術館で第一回目の「国際招待ポスター展」が開催された。 もちろんこんなにたくさんの海外のデザイナーの本物のポスターを見るのは初めてだった。 ヨーロッパのポスターが多く、文化の違いや言葉が判らないため難しいものもあったが、ほとんどのポスターに情報を伝えるだけではない、豊かなアイデアが潜んでいた。時に楽しく、時に意味深長であり、人の目に触れることを前提とした、目におもしろく脳に知的な刺激を与えるポスター達。 改めてデザインの力を確信した。心に訴えるためのアイデア、それが重要だったのだ。 僕は鑑賞しているうちに「アイデア」といわれるもののうち、「ユーモア」というものに注目するようになった。料理に例えると、人間にとって必要な栄養素のようなものであったり、その場や人の心をなごませる気の効いたスパイスでもある。 ● そして最近フランスと日本に1人づつ、目に止まるアーチストがまた増えた。 レイモン・サヴィニャック氏と谷内六郎氏である。 サヴィニャック氏は2002年に95歳で亡くなるまで、長年に渡り、ポスター作家としてユーモア溢れるデザインを続けた。彼は晩年トゥルーヴィルという海岸の街に住み続けた。そしてその街の海岸とカモメをモチーフに、何十枚ものポスターを制作した。彼の描くものは、動物でも物でも表情があり、何とも人間臭く、見た瞬間に共感し、親しみをもってしまう。 また谷内六郎氏もサヴィニャック氏と重なる部分がある。その不思議な空想の世界では人間や動物、木や山、空などの自然から道路や家、電車などの本来いのちを持たないものまで、静かに息をしているように感じられる。 2人の描く世界では、表現方法の違いがあるにせよ、現実にはありえない「こうあったら楽しいな…」というイメージが、紙の上で続々繰り広げられるのだ。子どもや大人、また国籍も問わず、誰もが微笑んでしまう。それは、まるでサーカスのピエロのようで、生きる勇気を与えてくれる。 ● 気付けば、反体制であったはずの、「驚くような奇抜さや意外性」、「奇をてらいウケを狙ったような過激」はいつの間にか体制になっていた。しかも、コンピュータ技術の発達に不況が重なり、世間ではスピードとコストしか残せない消去法を選ぶことが多くなっていた。 そんな中で、今僕がデザインを見る側の人達にできることは、視覚的に情報を伝える時に、心の中からうれしくなるような「笑い」や、何度見てもあきることがない「ちょっとした幸せ」、日常のどこかに隠れているような「生きる勇気」を付け加えることかなと思っている。 それを表現するための不思議な世界を、これからもデザインしていきたい。 (2003.4) |
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