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生命科学  中村桂子著 講談社学術文庫 2003.08.06

本書は、生命科学の背景、成立過程、その使命や思想を紹介するに当たり、生命科学の定義をその抱合する様々な科学分野の成立や思想そして相互の関連を解き明かす形で展開していく。筆者は従来の物理学を核とした科学の推進の人間を置き去りにしてきた面を捉え、生命科学の考え方が科学を人の手に取り戻す手段を提供しうることを示している。

生命科学は物理科学とは異なりそのベクトルが内向きである。科学は人間の精神活動の一つの現象である。物理科学は人間の外の方向へと向かっていくが、生命科学は生命とは何かを問うのであるから、その方向は生命科学を行う主体そのもに向いているのである。物理科学には、内部へと向かう視点つまり自己を評価する視点がない、20世紀に明らかになった科学による進歩が幸福ばかりではないということに、物理科学の自己を省みないという”自己評価の欠損”が関係しているのならば、我々が科学を真に我々に対して有益であるようにするためには、生命科学の視点が重要な役割を持っているのではないだろうか。本書は、非常に多くの示唆に富んでいる。この示唆から生まれゆく考えを纏めるには差に多くのことを学び考えることが不可欠である。本書はただ入り口へ向かう看板にすぎない。

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