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詐害行為の受益者に、時効援用権者としての適格性はあるか?

1.詐害行為の受益者とは何であるか?

詐害行為の受益者とは、無資力の債務者が、悪意を以て、債権者の有する被保全債権を害する行為を相手方と通謀の上でした(詐害行為)とき、その相手方のことである(詐害行為の相手方)。

1.1.債権者取消権

債権者取消権とは、債権者代位権と並び、基本的には債権者が債務者の責任財産を保全するための強制執行の準備段階として機能する制度である。しかしながら、判例上、終局的債権回効果が認めあられており実質上は強制執行に代替する機能を有する。(大判明治43.7.6.民録16−537、など)

1.1.2.債権者取消権とはなにか

債権者取消権とは、債権者が債務者の責任財産の散逸を防ぐために債務者が積極的になした財産を減少させてしまう法律行為を取り消す権利である。

1.1.2.1.制度趣旨

債務者の責任財産の保全のための強制執行の準備段階である。しかしながら、本来は成立するはずの法律行為を取消てしまうという強力な効果を持っているので、責任財産保全の必要性、債務者の財産処分の自由、相手方の取引の安全という三点から、その運用には注意が払われる。

1.1.2.2.存在理由

425条によれば、「取消は總権利者の利害のため」となっていることからも、債務者の責任財産の保全がその本来の目的であるが、取消権者に事実上の優先弁済を認めている。

1.1.2.2.1.責任財産保全制度説

散逸責任財産を取り戻し、その後、債権者平等の原則に基づいて配当。第一点の問題はこの趣旨の則ると取消可能範囲が広がり取引の安全を害する。第2点の問題は、債務者が受領拒否すると、執行不能となるので、取消権者へ危機渡される結果、優先弁済と同じ効果を生む。

1.1.2.2.2.責任説

散逸した財産を改修することなく転得者または受益者の手元にあるまま債務者の責任財産として扱うとする方法だが、判例とも整合性が採れない上に、新たな制度構築に近いので現実的に純然たる解釈から導くには無理がある。

1.1.2.2.3.優先弁済肯定説

事実上の優先弁済を肯定し、取消権の効力を相対効として解釈する方法。425条が空文化する(すべての債権者のため云々)がそのことによって合理的解決を目指す。

1.1.2.2.4.判例理論

責任財産保全制度としてみるか、それとも優先弁済制度としてみるかが分岐点である。

判例は論理的問題を多分に含んでいると指摘されているが、それは法政策的配慮から生じる矛盾である。判例は、責任財産保全制度と優先弁済制度の中間的ポジションに立つと見ることも出来る。(最大判昭和36.7.19民集15−7−1875、最判昭和55.1.24民集34−1−110、最判昭和35.4.26民集14−6−1046、最判昭和48.11.30民集27−10−1491、)

1.1.2.3.要件

1.1.2.3.1.債権者側

債権者取消権の対象となる被保全債権は基本的には金銭債権であるが、特定物債権であ

っても最終的には損害賠償債権が生じれば金銭債権に転じるのでその意味で対象にある。(最大判昭和36.7.19民集15−7−1875)

又取消権が行使される時期は詐害行為の前である。なぜなら詐害行為からの責任財産の保全という趣旨のためである。

1.1.2.3.2.債務者側

主観要件と客観要件があり、悪意であることと詐害行為がそれに該る。これら二つが相関的に判断される。

1.1.2.3.2.1.詐害行為(424条1項2項)

債権者を害する財産権を目的とする法律行為である。当該債務者が財産行為によって債務超過つまり無資力となることである。

1.1.2.3.2.2.悪意

424条「債権者を害することを知りて」とは、債務超過の認識のみでたりるか、害意まで要求するのかであるが、判例理論に於いては、詐害行為自体の詐害性との相関によって判断されている。詐害性が高い行為をなした場合は詐害の認識のみでたり、詐害性が低いときは害意(通謀)まで要求する。しかし、詐害行為の認定が広いので複数の債権者が競合するときには最も最後に債権者取消権を行使した者に結果的に優先的に弁済されてしまうという事態を招く。

1.1.2.3.2.3.受益者・転得者

受益者・転得者が悪意である必要がある。この立証責任は債権者取消権の制度趣旨およびたいていの場合、受益者・転得者が悪意であることが多いことから、受益者・転得者にあるとされる。

1.1.2.3.2.3.1.受益者悪意、転得者善意

債権者は価格賠償を要求できる。

1.1.2.3.2.3.2.受益者善意、転得者悪意

転得者との相対的関係によって取消の効果は調節される。よって悪意の転得者の関係でのみ取り消しうる。

1.1.2.4.効果

取消の効果は、学説上は、形成権説と請求権説に分かれる。形成権説は取消の目的を法律行為の絶対的に取消すことにある。請求権説では、差に津財産の改修が目的であるとされる。よって形成権説では、債務者、受益者、転得者が訴えの相手方になるが、請求権説では、受益者と転得者だけである。形成検察では取引の安全を害しやすく。請求権説では、債権者取消権制度の趣旨を逸脱しやすい。よって判例は折衷説をとり、取消の相対効を調節することによって柔軟な解決を試みている。つまり、訴える相手としては受益者、転得者のみとして、債権者との間で詐害行為を取り消すのである。


2.詐害行為の受益者が時効援用権者として適格であるか?

詐害行為の受益者が、時効によって直接利益を得る者と言えるかどうかである。

2.1.詐害行為

詐害行為とは、債務者が無資力になること、つまり債務超過に陥り債権者を害することを知りつつ(悪意)行う財産権に対する法律行為である。このとき行われた行為の性格が債権者に対してどの程度背信的性質を持った行為であるか(詐害性)と当事者の意思(債務者、受益者、転得者)とが総合的に判断される。

2.2.時効が問題になる権利

時効が問題になる権利は、債権者取消権によって取消のターゲットとなる被保全債権に対する財産行為と、債権者取消権自体の二つである。

2.2.1.被保全債権の時効(最判H10.6.22民集52.4.1195)

被保全債権の時効を、詐害行為の受益者は援用することが出来るのか?判例に基づいて考える(図を参照)。

この案件に於いて最高裁は、原審を破棄して、受益者は被保全債権の時効を援用することが出来ると判示した。最高裁は、受益者は、債権者取消権によって利益を損なう関係にあえい、被保全債権が消滅すれば、債権者取消権による利益喪失を免れ得ることが出来、直接の利益を得るものであるとし、大審院昭和3.11.8民集7.980では、「時効の直接の結果にあらざる」として、受益者の時効援用をしろ沿ヶ亭他が此を修正した。

2.2.2.債権者取消権の時効

446条によると債権者取消権の時効は、取消の原因を知りたる時より2年、また20年の経過によって消滅すると定められている。原因を知りたる時より2年とは詐害行為を知った時から起算して2年(大判T2.12.10民録21−2039)、20年の経過は除斥期間であると解釈されている(通説)。

2.3.学説(被保全債権の時効について)

学説に於いては、被保全債権の時効援用を認めない学説がかつて存在した肯定説が多数を占めている。肯定説は、制限説に立ちながらも広く援用を認める立場に立っており、多数あるが、援用者の線引きについては争いがある。

この立場の学説では、抽象化してしまい、無制限説との大差が無くなってしまうなどの問題があり(「時効によって直接利益を取得し義務を免れるもの、時効のかかる権利または義務によって権利を取得しまたは、義務を免れるもの」、前半部分は直接利益とできるが、後半はもはや間接利益ともいえ、無制限説と大差ない)、類型化論など、抽象的一般論ではなくケースに応じて細かな検討を加えるべきとの主張もある。

現在の有力説では、

1.時効援用によって義務を免れるもの(実定法説からの帰結)

2.直接の当事者

3.時効援用が妥当と考えられる第三者

a.当事者が第三者のために時効を援用すべき関係にあるとき(145条の趣旨から)

b.その他特別の事由

この説に依れば、詐害行為の受益者は、1と3.aに該当し援用が認められる。

2.4.私見

幾つかの私見を述べる。

2.4.1.被保全債権の時効について

時効制度における各種学説の対立、ここでは制限説、無制限説の根本は、時効制度を特別な例外手段として捉える(訴訟法説)か、まっとうな資本循環のためにシステムである(実体法説)と捉えるかということに起因する。時効制度を例外として捉えるならば、その援用権者はストリクトに判断すべきであるが、積極的に肯定するならば、無制限説、もしくは一定の配慮の元の無制限説つまりは近年の広く援用権者を認める制限説に帰結する。

これはより根本的には、大日本帝国憲法下における忠孝思想の一端との関連も認めうるのではないかと思われる。

あえて、判例に否定的な立場を取るのなら、債権者取消権が問題になる場面というのは、一般的には複数債務者が競合し、その時点に於いて抜け駆け的に弁済を得ようとした場合や、債務者による財産の隠匿である。債権者取消権は、債務者の財産の保全と言う目的のために行使される権利であり、被保全債権の時効援用を詐害行為の受益者までに拡大してしまうと、詐害意思を下に行った行為であるにもかかわらず、債権者は被保全債権を改修することが出来なくなり、消極的に債務者に財産の隠匿を認めてしまうことになる。此では取引における公正さを著しく害してしまうおそれがある。よって詐害行為の受益者は原則的に援用権者として認められても、債務者との通謀や悪意のある場合、否定されるべきであろう。悪意通謀の下に詐害行為に荷担している受益者にとって時効の利益はたまたま得られる棚ぼた的利益であるといえるので、その利益と取引の公正の維持の利益を比較考量すれば後者が勝ると判断すべきであろう。

2.4.2.債権者取消権の時効について

受益者が債権者取消権の時効を援用できるかについてであるが、受益者は債権者によって直接利益を脅かされる関係にあり、当然にこの時効を援用できる。債権者取消権の名宛人になる受益者にとって、債権者取消権の行使によって失われる利益(詐害行為自体のからの受益)は直接の利益であり、価格賠償は義務を負っていると考えられるので、当然に援用できるものである。

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