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抵当不動産において生じた賃料債権に対しての抵当権の物上代位権行使について

1章 抵当権の物上代位の範囲について

1節 担保機能の実現について

抵当権は債権の価額を担保するために、債務者が債権者に対して設定する担保物権であり、債権が弁済されないとき設定されたものから優先弁済される。抵当権は、観念上目的物を支配する物権であり、設定者がそのものを使用収益することを許す。これは、抵当権が物を支配すると言うことは設定された物の交換価値を支配するということであるといえる。すなわち、抵当権の設定されている物が換価されてしまった場合、その交換価値に対して追求することができると言うことである。これが物上代位の意義である。すなわち、本来的に抵当権が把握することができるのは、そのものの価値であって、そのものから派生する価値ではないということになる。

これに対して、バブル崩壊後、抵当権による物上代位によって賃料債権を差し押さえようとする事件が頻発した。これは、バブル期に担保権が設定された不動産の多くが、その価値が下落し被担保債権額に対して額面割れを起こしたためである。つまり競売による被担保債権の回収見込みが極端に低下し、回収に時間がかかっても、その不動産を運用することによって回収をはかろうとする動きが出てきた。このときに賃料債権を抵当権に基づく物上代位によって取得(賃料債権の差押え)しようとしたのである。

抵当権の物上代位は先取特権について規定した民法304条が372条によって準用されることで実現する。抵当権の物上代位が及ぶ範囲について民法304条は、抵当の目的物の代金債権、目的物を賃貸した場合の賃料債権、目的物が滅失または毀損によって債務者が受けた金銭その他に及ぶと規定するが、抵当権についても同様であるとするのかが問題となる。肯定する説として、代表的な物として我妻説の「賃料は交換価値のなし崩し的実現」とするものがあり、否定する説としては、「抵当権は価値のみ支配する」というするものがある。下級審はこの判断につき割れていたが、最高裁H1.01.27判決(民集43巻9号1070頁)によって、物上代位が賃料債権に及ぶことを肯定された。この判例については従来の否定説の立場から批判も多い。また、この物上代位による賃料債権の差押えには第三債務者である賃借人をすべて把握する必要があるなど不便な点があり、民法371条はかつて抵当権が果実に及ぶことを否定していたが、平成15年に改正され371条は、被担保債権の債務不履行が生じたとき、抵当権の目的物について生じる果実についても及ぶと規定するなど、法改正により不動産収益執行制度が整備された。

しかしながら、賃料にまで抵当権による物上代位が及ぶとされたことにより、抵当権の物上代位は、抵当権の担保的機能を実現する有用な道具の一つとして確立したといえる。故に物上代位に及ぶ範囲がどの程度であるかは実務上大きな意味を持つ。

そこで本稿においては、抵当権の物上代位が賃料債権に及ぶとして、その範囲がどこまで及ぶのかという問題について、抵当不動産の賃借料に対する物上代位権の行使に関する最高裁判決、H12.4.14最判二小判決(民集54巻4号1552頁)(注1)同じく最高裁判決H14.3.28一小判決(注2)をベースにして、1及びうる賃貸借関係の範囲、2及びうる賃料債権の範囲について考察したい。

2節 最高裁H12.4.14最判二小判決(民集54巻4号1552頁)について

本件は、XはAに対してAがBと結んだ証紙貸借契約についてBと保証契約を結び、Aに対する求償権の担保のためにA所有不動産に対して抵当権を設定した。その後XはBに対して代位弁済をし同額の求償権を取得した。同時にCはAから当該不動産を買い受け所有権移転登記を経由しYに賃貸し、さらにYは当該不動産をDらに転借した。Xは本件抵当権の物上代位権を行使としてYのDらに対する転借賃料債権について獅子押さえ命令を東京地裁に申し立てた。東京地裁は、差押命令を許与し、これに対して執行抗告がなされた。原審では、民法304条の「債務者」には抵当不動産の所有者および第三取得者のほかにも抵当権不動産を抵当権設定語に賃借した物も含まれるとし、本件において物上代位権が天体料債権にも及ぶとしたが、本判例は、同304条「債務者」には原則抵当不動産の賃借人は含まれないとした。

本判例は、担保債権の履行について所有者は物的責任を負うべきでも賃借人(転貸人)はこの限りではなく、自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場ではないし、そのようなことを認めることは正常な取引によって成立した抵当不動産の転借関係における賃借人の利益を不当に害して適当ではないとした。しかしながら転貸借関係が現実の悪意によって作出したものであるなど賃借人と所有者を同視することを相当とする場合には物上代位権の行使が可能であるとも判示した。

3節 最高裁H14.3.28一小判決について

本件は、抵当権者X、債務者A、Aからの転貸人B、転借人Yによって構成され、XがAに対して持つ債権(貸金債権)について抵当権を実行し物上代位権をYの賃料に対して行使したとき、その賃料債権につきYがBに対する一般債権(敷金契約に基く敷金返還請求債権)をもって未払い分賃料について消滅したとして支払いを拒否した事案である。

時系列的に整理していくと、まず、信託銀行であるXが、AからA所有の不動産について抵当権設定を受け、その旨をS59.3.13に登記している。その後AはBに本件不動産と賃貸した。BはH5.9.1にYに対して本件不動産のうち一部を転貸し引き渡した。この賃貸借契約と同時にBとYは敷金契約を結んだ(引渡時にYがBに敷金の性質を有する保証金を預託した)。その後Xは被担保債権としている貸金債権が弁済期と経過したので、抵当権の物上代位権行使として、東京地方裁判所に転貸人Bが転借人Yに対して有する将来の転貸賃料について差押命令の申したてをし、同裁判所はこれを認め命令を発し、H10.6.29に、Y、Bに送達された。H10.9.30をもってB−Yの転貸借契約は終了しYは本件不動産から撤去した。Xは、Yに対してH10の8月および9月分の未払い賃金について、これらについて払い賃料の支払を求めているが、Yは敷金返還請求権を自働債権として賃料債権は相殺され、消滅したと主張し、さらに原審では、Yは転貸借契約の終了と撤去を持って敷金が未払い賃料に充当されて当然に消滅したという追加主張をなした。

1審は、民法511条により、差押命令の送達と自働債権の取得の先後による判断を採用した。Yが敷金返還請求権を取得するのは転貸借契約が終了した後に、退去したH10.9.30になるので差押命令が送達されたH10.6.29の後になる。故にYは敷金返還請求権を自働債権としてXに対抗できないと判示した。

ついで、原審は、敷金返還請求権について、先だって敷金の性格について判断を示し、その敷金の性格の特殊性から差し押さえの処分禁止効の対象とはならないとし、Xの請求を棄却した。原審は敷金の性格を、賃貸借終了明渡時における延滞賃料などの賃借人の債務を担保するものであって、一種の保証金であるとした。その上で明渡時に賃借人の債務と保証金が差引計算されて残額について返還請求権が発生するとした。つまり、差引計算において保証金から未払い賃料に充当されるとし、賃料債権と敷金返還請求権の相殺には相殺とは判断しなかった。そして、最高裁に事件は持ち込まれたが、最高裁は原審を支持し、Xの請求を棄却した。最高裁もまた、賃貸借契約が終了し明け渡されたとき、賃料債権は敷金の充当によりその限度で消滅するとした。

2章 抵当不動産において生じた賃料債権に対しての抵当権の物上代位権行使について

1節 抵当権の物上代位権が及びうる賃貸借関係の範囲

H12.4.14最判二小判決(民集54巻4号1552頁)は、所有者と賃借人(転貸人)が同一視するに相当な場合に限って許されるとし、原則的には許されないという判断を示している。最高裁H1.10.27二小判決(民集43巻9号1070頁)は、賃貸料に対する物上代位を無条件認めていたが、転貸借まではその射程にはなかった。これに対して転貸借について明らかにした判例であるとされる。

転貸借について物上代位が及ぶ尾世花について、議論の分かれるところであり、多く転貸借が物上代位から逃れるための偽装(藁人形)であることが多かったという背景から、物上代位を肯定する立場(執行妨害要件説など)と、304条の文理解釈、賃借人と所有者の責任の違いなどを論拠に否定する立場(否定説、消極説)とがあったが、この判例は消極説を採用しているといえる。

前述した抵当権の物上代位の目的は抵当権の担保機能の確保・強化にある。抵当権の実行では抵当不動産を競売にかけ換価することによって、債権の回収に当てるのであるが、当該不動産について価値を把握している権利として抵当権をとらえるとき、不動産が競売飯貝によって換価されたときにその価値について把握し、そこから発展してより価値を高いままに把握する方法として、当該不動産から生じる果実についての把握という方法、つまりは賃料債権に対する物上代位が、不動産価格がバブル期に比べてごくわずかとなった現代の要請として、必要となったのである。

しかしながら、この面ばかりを強調したところでも、転貸料まで及ぶことを正当化し得ない。転貸人が藁人形である場合を除いて、転貸人が抵当権者の担保機能の利益と転貸人の損害を比較較量する必要がある。転貸人は、確かに抵当権付きの不動産について転借を行おうとしているのであってその点についてすなわち将来的には物上代位が及びうることを覚悟しなければならい責任を抵当権者に対して負っているとはいえない。判例も言うように抵当権者に対して被担保債権の履行責任を負うのはあくまでも抵当権設定者なのであって、賃借人はその責任を負うわけではないのである。

故に、ここに物上代位の行使限界があると言っていいと思う。

2節 抵当権の物上代位権が及びうる賃料債権の範囲 

最高裁H14.3.28一小判決において、Yは、賃料債権について敷金との相殺を主張している。相殺は、自己の負う債務(自働債権)と相手に対して持つ債権(受働債権)を対当額において消滅させる単独の意思表示である(民法505条、506条)。この相殺によって、2つの機能が提供される。一つは簡易の決済機能である。すなわち、実際に金銭を扱うことなく、単独の意思表示によって財産を決済できる。これをさらに別の角度からみれば、担保機能といえる。相手が自分に対して持っている債権(自己の負う債務)は、相手にとっては財産である。そして、自分が相手に持っている債権も同じくとらえ得る。すなわち、自分の債権は自分が相手に追う債務分だけその債務によって担保されることになる。これが相殺の担保的機能である。本件では、この二つの担保的機能が競合した場合であるといえる。

山野目章夫はNBL714、28頁において、本件判決が提示する解決法に変わる物として、つまりは、物上代位と相殺の優劣を決する死票として、賃借人の自働債権取得時との先後を考える対象として、抵当権設定登記時、差押命令送達時のどちらにするかで分かれるとしている。

実際、本判例の一審においては、511条に基づいてその判断がなされているといえよう。この一審については、それが出されたときに学説からは批判が強かった。それは、敷金の特殊性を一審は無視しているという物で、これでは抵当権のついている不動産については賃借人が集まらず賃料による担保の回収もままならないという実質的物であった(注)。しかしながら、このような実質的な理由以外にも、敷金の性質から以下のように言うこともできるのではないか。つまり敷金という物の性格は、賃借人が退出時までに賃貸人に負うであろう賃料外の債務に対する保証金であるといえ、その債務の算定は、賃借人の退出が決まったとき賃借人が賃貸人に対して契約を終了させる意思を示したときに、賃貸人がその債務について算定を行い、債権を確定させる。具体的には賃借人が物権に損害を与えたときその修繕費という形になって現れる物であって、その差引計算の差額が賃借人に支払われるにすぎない。つまりは、賃借人は敷金返還請求権を取得するのは、この算定によって債務が確定し差引計算により確定した残額に対してであり、そもそもYの主張する返還請求権との相殺ではない。すなわち、このとき自動的に差引計算によって充当がなされているのであって意思表示を要する相殺とは異なる仕組みにあるのである。よって511条の問題は回避されることになる。本判例においても同じように敷金の性格の特殊性から、相殺と物上代位による差押えという問題を回避している。

抵当権の物上代位に基づく抵当不動産における賃料債権の差押えと賃借人が賃貸人に対して有する一般債権を自働債権とする賃料債権との相殺との優劣に関する最高裁H13.3.13三小判決は「抵当権者が物上代位権を行為して賃料債権の差押えをした後は抵当不動産の賃借人は抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺を持って抵当権者に対抗することができない」と判示している。となると本件において示された敷金の特殊性による充当作用は、債権の性質によっては相殺以外の手段によって消滅しうるという可能性を示している点で意義があるといえる。

すなわち、一般債権による相殺による消滅では、その可否は自働債権の取得と抵当権設定登記の先後という基準によって判断され、特殊な債権はその特殊性に見合った処理がなされることになる。

実際的にそのような場面がいかようなときなのか考察すると、賃料を消滅させるような債権があるというケースは賃貸人と賃借人に賃貸借の目的物に抵当権が設定される前に債権債務関係があるような場合くらいであろう。それ以外は、本件にように敷金以外はまずないと思われる。では、敷金と同一視しうる抵当権の物上代位に優先される債権は何があるであろうか。敷金の場合その充当の優先性が認められた決め手は、賃借人と賃貸人との間における敷金の担保機能である。つまりは、賃貸人は賃借人によって被る損害を敷金により担保しているのであり、賃借人は逆に必要分を控除した額の敷金が戻ってくることに期待を持っている。この担保機能がないとき、その分は賃金に上乗せされる形で解消されるのであって賃貸借契約とは別ながらも賃貸借契約に非常に密接した性格である。このとき物上代位はあくまでも賃貸人に代位しているにすぎないので、この賃貸借付随の関係において、賃借人の合理的期待、還元すればすでに充当されること、充当されないときは返還されること前提として払い込んであるという期待、を超える利益を抵当権の物上代位による担保機能が有しているとはいえないといえるだろう。以上から敷金と同視できる債権は、賃貸借に密接し賃料債権に対する充当が当然視され、その存在が取引慣行などから公知となっているような債権ということができるだろう。

3節 賃料債権に対する物上代位の範囲について

以上みてきたように、賃料債権に対して抵当権の物上代位が及ぶ範囲は、1抵当権設定者の賃貸料であること、但し転貸人(賃借人)であっても所有者(賃貸人)と同一視しうるときは、その転貸料にも及ぶ、2抵当権設定後に賃借人が賃貸人に対して取得した債権によって対抗されることはない、但し敷金および敷金と同視できる債権によって充当された分には及ばない、ということがいえるだろう。

つまりは抵当権の物上代位による担保機能は、あくまでも抵当権者と抵当権設定者の間において有効であって、第三者に対して効力については限定される。これは条文上「債務者」とあることの限界とも一致するといえるだろう。

1 本判例についての評釈は、大西武士「抵当不動産の転貸料に対する物上代位」(NBL713号63−67頁)。

2 本判例についてのは、中村也寸志「賃料債権に対する抵当権者の物上代位による差押えと当該債権への敷金の充当」(ジュリスト最高裁時の判例?、117−119頁)。また検討として、山野目章夫「抵当権の賃料への物上代位と賃借人による相殺」(NBL8714号28−33頁)を参照した。

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