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政治家長女の離婚に関する記事を掲載した週刊誌について、プライバシーの侵害による販売差止の仮処分命令の申立が認められなかった事例
週刊文春販売差止仮処分命令申立事件保全抗告審決定 東京高裁H16.3.31決定
04.11.15
【事実概要】
政治家長女Xが自己の離婚問題に関する記事を掲載した週刊誌を発行・販売するYらに対して東京地裁において、記事によってプライバシーが侵害されたとして、プライバシー権を被保全権利として、Yらの発行販売する週刊誌の当該プライバシー侵害記事の削除のないままの無償配布及び第三者に対する引き渡しを差し止める仮処分命令の申立を行った。
Xによる申立が認められ、東京地裁は本件週刊誌について仮処分命令を発した。
これに対して、Yは保全異議を申し立て、異議審(本件原審)が行われた。
異議審においてもXらの主張が認容され、仮処分命令が許可された。これを不服として、Yらは東京高裁に保全抗告を申し立てた(本件)。
【前提問題】
1.保全命令手続
本件は、民事保全法に基づく保全命令の申立の手続き内での事案である。よって民事保全法(以下民保とする)による手続きを概観したい。また、詳細は後述するが、民保における手続きにおいては、保全命令を発する要件となる保全すべき権利又は権利関係および保全の必要性は証明ではなく、疎明するものとして規定(13条2項)されており、この点についての解釈が本件がどの程度の意味合いを有するかに関係すると考えられる。
以下にあげる解説は、山木戸克己 民事執行・保全法講義(2002 有斐閣)による。
保全手続きの構造としては、保全命令手続と保全執行手続の2段構造になっている。保全されるべき権利の一応の認定と保全命令の発令を行うのが保全命令手続であり、保全命令手続によって得られる保全命令を現実化するのが保全執行手続である。
保全命令手続は、保全命令の申立を行うことによって開始される。保全命令は、民事訴訟の本案の権利の実現を保全するために仮差押及び係争物に関する仮処分並びに民事訴訟の本案の権利関係に付き仮の地位を定めるための仮処分の総称である(民保1条)(前掲書245項)。本件差押命令は、このうち権利関係に付き仮の地位を定めるための仮処分であると考えられる。
債権者の申立によって手続が開始されると、審理が行われ、必要ありと認められるとき仮差押命令、仮処分命令が許可される。これに対して債務者は許可決定に対して異議申立(保全異議)をすることができる。この異議審は命令を発した管轄裁判所で行われる。異議審が行われ、命令の必要性が改めてあるとされると命令の許可決定が為される。これに対して更に債務者は上級審に対して抗告(保全抗告)することができる。
保全命令は、本案訴訟における権利の確定と強制執行による権利の実現までの間に生じる危険を防ぐことが目的であり、緊急且つ暫定的な処分である。
故に、民事保全は権利関係について厳格な真理裁判をする本案訴訟及び強制執行手続きを予定しているが、本案の訴訟及び執行手続とは全く別個のものである。しかしながら本案との手続上の関連性を保つための付随性が様々な方法によって認められている(民保12条1項 保全命令事件の管轄は本案の管轄裁判所)。
この保全命令の特殊性としては手続の迅速性、処分の暫定性がある。手続の迅速性の要請として、手続は略式手続とされ、口頭弁論を経ずに命令を発することができる(尚、その場合は審尋が変わって行われ、債務者(命令に服す側)にも審尋が行われないと命令は発せられない)。そして、保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は疎明によって為される(民保13条)。
この点について既に前述したが本件の理解がどのような意味を全体の中に持っているかと言うことについて関連すると思われる。この疎明という点について、近時は、日照権訴訟や本件に見る人格権侵害に関して、審理が厳格化する保全手続の本案化現象が見られ、この点について批判的スタンスに立つものとの間で、議論が為されている(前掲書259項参照)。このことについて審理を迅速化するべきだという立場からは保全命令の性格理解として実体的留保(注1)などの理解が提案されている。これは、保全命令はあくまでも仮のものであってその後の本案訴訟が控えており保全命令が覆されることが十分にその発令時点において織り込まれていると理解するものである。故に保全手続では証明ではなくて疎明が要求されているのであるとするのである。この議論を採用すると、本件での理解が民保の枠内での議論に終始するのか、本案においても参考になるのかが分かれるのではないかと考えている。山木戸克己教授は保全命令手続の性格について、多く民訴の規定を準用し、本案訴訟を予定していることから非訟事件手続ではなく民事訴訟の亜種であるとしている。
ついで、処分の暫定性からは、処分の目的は必要最低限度に留まるべきであると理解され、物の引渡・明渡請求権の執行の保全としては、物の現状を維持する範囲の処分、必要が在れば請求権の仮定的な満足を得させる処分も許される。けりの地位を定める仮処分においては本案訴訟によって確定すべき権利関係を仮に存在するものとして定めるので、法律的には仮定的な状態に留まる。
以上を踏まえて、仮処分命令の要件について概観すると、仮処分命令が発せられるには、被保全権利の存否と保全の必要性が疎明される必要がある(民保23条1項、保全命令の必要性、被保全権利の存否)(注2)。
注1;保全手続の本案か現象に対する批判としては、松浦馨「日照権紛争における建築禁止の仮処分」(ジュリスト493号)
実態的留保を提案したのは野村秀敏教授である(保全訴訟と本案訴訟(昭和56)未確認)が、長谷部由起子「仮の救済における心理の構造」(法協101巻10号、102巻4号、9号)において、その検討が詳細に行われている。
注2;この点係争物に関する仮処分と、仮の地位を定める仮処分と仮の地位を定める仮処分とで異なっている。本稿では仮の地位を定める仮処分について言及する。仮の地位を定める仮処分命令は、「争いがある権利関係について債権者に生じる著しい損害またはは緊急の危険を避けるため、将来の強制執行が不能ないし困難になるおそれが在ることとは別に、権利関係に争いがあることによって現に著しい損害を被り又は急迫の危険に直面しており、本案訴訟における法律関係の確定を待っていると訴訟の目的が達せられなくなったり、重大な不利益を受けることになるので仮のその法律関係の内容にそう的状態を定めること」(山木戸克己・前掲書265項)を必要とするときこれを発することができ(民保23条2項)、この時の被保全権利はその内容を問わず発することができる(民保23条3項)。
2.プライバシー権について
本稿においては、直接プライバシー権の存否や法的性格について立ち入った検討(注3)などは割愛するが、本件における差止命令の判断枠組みとの関連で必要限度について、特に名誉権との相違について本件においてどのように理解されているか簡単に触れる。
本件において、原審、抗告審いずれもプライバシー権についての理解は共通していると考えられる(原審はプライバシー権について言及しているが、抗告審では明言されていない。しかしながら、原審の判断枠組みに疑義を付しながらも継承しているので、ほぼ同じであると考え得る:注4)。
本件においては、人格権にカテゴライズされる2つ権利として、名誉権、プライバシー権が対照的権利として理解されていると考えられる。個人の社会的評価という財産としての名誉と個人の内心の秘密という意味でのプライバシーという、ひとりの個人に関する情報としての対内的要素と対外的要素という把握がみられる。これをもって、本件においては、対外的要素たる名誉は後に、名誉を害した「汚名」をはらすことが事後的に可能だが、プライバシーは秘密を保持することに意味があり事後的に回復できないものという理解が導かれている(原審判旨における20項1段参照)。しかしながら、その判断においては抗告審の指摘するように刑法230条の要件を借用したと思われる枠組みを採用しており(控訴審判旨における16項3段)、しかしながら疑義を挟みながらも抗告審でもこの枠組みを採用している。
(抗告審の「疑義」に関連して、名誉権侵害について刑法上の阻却事由を満たしたことが当然に司法上も不法行為の成立を阻却するのか、さらにこの点についてプライバシー権侵害においてどうなるのかについて考慮することが必要であるが、その点については恥ずかしながらまだ勉強が及んでいないので十分検討ができていないと思うがこの点については後述する。)
これは、両決定におけるプライバシー権把握には前述のように人格権のある一面からの把握の結果としての名誉権とプライバシー権という理解が前提にあると考え得る。名誉権の侵害がある場合は、プライバシー権の侵害も同じく起こっていると考えられ、その性質上名誉権には後日的回復可能性があるが、プライバシー権はいったん侵害されるともはや回復可能性はないという違いが生じる、故に保全命令の必要性において考慮する必要があるとしているである(原審のあげる要件の3に相当する、詳しくは後述)。
注3;奥平康弘 「表現の自由」をもとめて (1999 岩波書店) 105項以下にアメリカにおけるプライバシー権の議論について、ブライダンスらの論文「プライバシーへの権利」についての紹介がある。
佐藤幸治 憲法 (2001 青林書院)453項 「自己に関する情報をコントロールする権利」としてのプライバシー権の把握
樋口陽一 憲法 (創文社 2001年) 279項 「プライバシーは社会的評価に晒されないことを内容とするので(名誉権と)対照的である」
注4;原審判旨における19項3段、20項1段参照
【事実関係】
原審及び控訴審の記述よりわかる事実関係は以下の通りである。
X女は元首相を祖父に持ち有名政治家夫妻(父・参議院議員、母・衆議院議員)の長女である。長女は両親と行動をともにすることが多く議員活動においても同行することがあったという。X女は、X男と結婚したが一年足らずで離婚した。Yは週刊誌を発行する出版社である。Yの出版する週刊誌においてX夫妻の離婚について取材し記事にした。この記事の掲載に先立ちYはXらに書面により取材の申し入れをした。書面では本件雑誌の発売日は平成16年3月17日と説明し、Xらのすむ米国製部次官同月14日午後三時までの取材を求めていたが、同時期に取材の申込みをしたXらの知人宛の書面では、発売日は同月18日と説明し、更に取材期限を日本時間同月16日午後5時と説明した(本件週刊誌は同年3月17日発売予定であった)。Xらは前述各書面の内容を知り、本件記事の不掲載をYに申し入れるなどしたが受け入れられなかった。そこで、Xらは同月16日に本件仮処分命令の申立をした。
原決定をした裁判官は仮処分命令の申立のあった当日午後4時30分から当事者双方が立ち会う審尋の期日を開きX本人及び双方代理人の出席を得た。この期日においてYから印刷済の本件雑誌が提出され、本件記事の内容が明らかになった。本件記事には「独占スクープ (X女母の名前)長女わずか1年で離婚 母の猛反対を押し切って入籍した新妻はロスからひっそり帰国」と題し、B5版の誌面3ページのわたって前述離婚に関する内容が書かれていた。
審尋において仮処分命令の申立についての決定をするために必要な事実関係について争いがなかったことから即日原決定をした。原決定正本は同日午後7時45分にYに送達を完了した。
平成16年3月16日の時点で本件雑誌は77万部が既に印刷されており、同日本件雑誌を取次業者に順次出荷していたところ、原決定正本の送達を受け作業を中断したが、既に約74万部が出荷され、取次業者への搬入及び受け入れの確認を終えていた。Yの下には作業中断により約3万部が出荷されず保管されたままとなった。
取次業者に引き渡された約74万部のうち相当部数が更に小売店などに出荷され、原決定を知り小売店などの判断によって一般購読者への販売が自粛されたものもあったが相当数は販売された(注5)。
【原決定・抗告審での主張】
Xらは、記事によってプライバシー権を侵害されたと主張
YらはXらは将来政治家になる野もしれない公的関心の対象でありその動静は公共の関心事であり、記事は公的目的を持ち(この目的の判断基準は行為者の主観によるべき)、またいずれ知れ渡ることであってプライバシー侵害に当たらないと主張し、更に既に当該記事を掲載した週刊誌はほぼ販売済であり既に差し押さえる利益は失われていると主張した。
注5;書籍の流通過程は、原審の指摘する通り、出版業界の慣行によりその実体が明かではない。独特の委託販売制度が採られているが、この点について出版社から取次業者への販売委託とは違うと原審は認定している(抗告審での言及はない)。原審では出版社からの引渡があった時点で販売が為されたと認定している。
この独特の制度について三苫夏雄(商学)「出版物の流通」(福岡大学図書館報No21 1979.1)によると「委託販売制度は、わが国独特のシステムである。アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、イタリー、ソ連などでは書籍は原則として買切である。雑誌はイギリスを除いて委託販売が原則である。委託販売には売れなければ返品すればよいという気楽さがある。この気楽さがかえって出版物の流通を発達させたともみれる。返品の原因をそれぞれの立場からながめよう。先ず出版社の過大生産が指摘できる。見込生産だけに経済的発行部数が企画され、各地の小売書店に需要限度を上廻る部数が送られる。次に約2,700の出版社が類似の出版活動をなし、過当競争をしていることである。流通の面からみれば、取次会社が出版物のより多くの取次をしたいことから、過当仕入をなし、これが過当送本につながっていることである。更に小売書店の面からみると、売場面積の狭隘さがある。そのことが回転の早い書籍がスペースを占有し、良書に類する売足の遅いものは返品されがちである。書籍全般に通じた人材難も指摘せざるを得ない。本論の出版物の販売経路について述べていこう。
1.正常ルート
出版社−取次会社−小売書店−読者と流れるルートで、最も中心的なもので7割か8割はこのルートに乗っている。取次会社は55社である。
2.欽道弘済会ルート
出版社−弘済会本部−国鉄駅売店−読者と流れるルートで、弘済会本部が取次会社の役割をなしている。週間誌が大半であるが、月刊誌や新書類も増えつつある。注目すべきは駅売店の頭打ちをカバーする意味で、駅ビル内の立地条件の良い場所に、弘済会が書店経営に乗り出していることである。
3. スタンド販売
? 出版社−取次会社−スタンド専門会社−スタンド−読者
? 出版社−即売会−スタンド−読者
私鉄の売店や駅周辺の立ら売りを組織化しているのが、滝山会、啓徳社といった即売会ルートであり、スタンド販完の草分け的存在でもある。
? 出版社−取次会社−小売書店−スタンド−読者
4.割賦販売ルート
出版社−取次会社−割賦会社−読者と流れる。
割賦会社は100社を超え、百科事典、全集物、カセット、図鑑などがこのルートに乗っている。
5.直売ルート
出版社−学校・幼稚園・代理店など−読者と流れるルートで、直売出版社には学研、リーダーズダイジェストなど10社程度ある。
6.生協ルート
出版社−取次会社−生括協同組合−読者
7.輸出ルート
出版社−日本出版貿易(専門商社)又は取次会社の海外課−海外の小売書店−読者
8.教科書ルート
出版社−取次会社−特約供給所−取次供給所−学校−生徒
9.新聞販売店ルート
新聞社−新聞取次店−読者の流れで、主として系列新聞社の出版物で、特に週刊誌が多い。」
【原審】仮処分命令許可決定
「プライバシー権は、未だ十分に議論が成熟していない権利であるが、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない権利を含むものであって、憲法13条に由良医師、名誉権などとともに人格権の一部を成している。同条が「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定していることに照らしても、プライバシー権は物件の場合と同様に排他性を有する権利として、その侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。しかし、プライバシー権が絶対的な権利でないことは言うまでもなく、公共の福祉のために制約を受けざるを得ないことも又、同条の明記することろである。(中略)表現の自由は改めて論ずるまでもなく民主制国家の存立の基礎ともいうべき重要な憲法上の権利であり、とりわけ公的事項に関する表現の自由は特に重要な健康上の権利として尊重されなければならない。しかしながら、あらゆる表現の自由が無制限に保障されているのではなく、他人のプライバシーを侵害する表現は表現の自由の濫用であって、これを規制することを妨げないが憲法の表現の自由保障の重要性に鑑みその限界につき慎重な考慮が必要となる。とりわけ、公的事項に関する表現の自由の事前の規制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし厳格且つ明確な要件の基においてのみ許されるものと解すべきである。」
「(最高裁昭和61年6月11日大法廷判決(北方ジャーナル事件)を参照した上で)、
名誉は、それがいったん侵害されても金銭賠償の他に謝罪広告その他の方法により名誉自体の回復を図る措置を執る余地が残されている(民法723条)のに対し、プライバシーは他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されないという権利であるから、他人に広く知られるという形で侵害されてしまった後ではそれ自体を回復することは不可能となる。このように、プライバシーの保護のため、侵害行為を事前に差し止めることは他の方法を以て代替することができない救済方法であるという側面があり、名誉の保護の場合よりも一層事前差止の必要が高いと言うことができる。(中略)名誉権にも続く出版の事前差止に関する最高裁昭和61年判決の要件よりも厳しい要件を以て挑む理由はないというべきである。(中略)公務員又は公職の候補者に対する評価、批評などに関する事項は。そのようなものであること自体から、一般に「公共の利害に関する事項」であるということができ、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み、憲法上特に保護されるべきであって、当該表現行為に対する事前抑制が原則として許されないということができる。そしてそのような事案であってことを考慮してそれでも尚表現活動の事前さしてお目を認めるためには表現内容が真実でないか又はもっぱら公益を図る目的のものではことが明白であることなどが必要とされたものと解される。」
「(最高裁平成14年9月24日第三小法廷判決(モデル小説「石に泳ぐ魚」事件)を参照した上で)同判決は「公共の利害に過川ならい被上告人のプライバシーにわたる事項」を表現内容に含む小説の差止を認めたが、一般論は示さずに当該小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が害されたものであって、当該小説の出版等によりそのものに重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあることを指摘しただけで、出版などの差止を認めた原審の判断に違法はないとしている。」
「以上の最高裁判所の判例に基づいて検討すれば、本件のようにプライバシー侵害を理由とする出版物の印刷、製本、販売、頒布などの事前差止は当該出版物が公務員又公職選挙の候補者に対する評価、飛翔などに関するものではないことが明らかで、ただ、当該出版物が「公共の利害に関する事項」に係るものであると主張されているに留まる場合には、当該出版物が公共の利害に関する事項に係るものといえるかどうか、「もっぱら公益の目的のものではないこと」が明白であって、かつ、「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」と言えるかどうかを検討し、当該表現行為の価値が被害者のプライバシーに劣後することが明らかであるかを判断して、差止の可否を決すべきである。」
「本件においては、Xらは公務員乃至公職選挙の候補者でもなく、過去においてその立場にあったものでもなく、これに準ずる立場にあるものと言うべき理由もないからXらの私事に関する事柄が「公共の利害に関する事項」に該るとは言えない。」
「Xらが私人にすぎないことからすると、本件記事を「専ら公益を図る目的のもの」と認めることはできないと言わざるを得ない。この点の判断は、Yの主観のみを以て行うのではなく本件記事を客観的に評価して行うべきである。そして、本件記事を熟読しても、私人の私事に関する事項であっても特別に専ら公益を図る目的で書かれものであると認めることはできない。」
「Xらが被る損害が、プライバシーは公表されることにより回復不能になる性質を有するので著しく回復困難な性質のものであることは、既に述べたとおりである。そこで本件においてはその損害が重大であるかどうかが問題となる。他人に知られたくないと言うことに関しては個人差が大きく、出版物の販売などの事前差止が表現の自由の制約を伴うことに鑑みれば単に当事者が他人に知られたくないと感じているだけでは足りず、問題となる私的事項が一般人を基準にして客観的に他人に知られたくないと感じることがもっともであるような保護に値する情報である必要がある。そして、出版物の頒布などの事前差止を認めるためにはその私的事項の暴露によるプライバシーの侵害が重大であって表現行為の価値が劣後することが明らかでなければならない。」
「Yは離婚の事実は本人にとって最も気に掛かる周囲の人々に対してはいずれ知られる事実であるというが、それをいつ、どのような形で知らせるかも含めて本人の決定すべき事柄である以上既に一部の人に知られている情報であっても他の人に広く知られたくない情報であれば尚プライバシーとして保護に値する。」
「離婚の事実やその経過の公表が常に重大な損害を生じこれを公表する表現行為の価値よりより優越することが明らかであるとまで言うのは困難である。しかし、本件記事は公務員でも公職選挙の候補者でもなく過去にこれらの立場にあったこともなければ政治家の親族であることを前提とした活動もしておらず、純然たる私人として生活してきたXらの私的事項について毎週集十万部が発行されている著名な全国紙を媒介として暴露するものである。しかも本件記事は(中略)Xらの離婚について読者の好奇心をあおる態様で掲載されたものである。(中略)これらのことからすれば、全くの私人の立場に立って考えれば、上記のような態様により私的事項を広く公衆に暴露されることによりXらが重大な精神的衝撃を受けるおそれがあるということができる。」
「以上によれば、本件記事は1「公共の利害に関する事項」に係る下は言えず、かつ、2「専ら公益を図る目的のものでないこと」が明白であり、かつ、3「重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」ということができるから、いずれの観点からしても、事前さして目の要件は充足されていると言うことができる。(中略)侵害行為によって被るXらのらの不利益と差止によってYが被る不利益(経済的不利益は重視すべきでない)とを比較衡量すれば「表現の行為の価値が被害者のプライバシーに劣後することが明らかである」ということができ、上記判断を左右しない。」
「Xらがプライバシーに属する事項を他人に知られない権利であって、そのような事項を知るものがふえれば、その都度、新しい侵害が生ずる性格の権利であるから、現にYの背入荷にある約3万部の雑誌が出荷され、一般購読者に販売されて、その読者がふえればそれに伴ってプライバシーの侵害も増大するものと言うべきである。約3万部という部数はそれ自体が軽視することのできない量であり、しかも、本件雑誌については原決定による差止がされたこと自体が大きく報道され、社会の関心を集めているところであってそのような状況において約3万部の販売が解禁され出荷されることになれば、出荷済の雑誌の販売蔵などと相まってXらのプライバシーに決定的な被害が生じるおそれがある。そうであるとすれば、Yの占有下にある約3万部の本件雑誌についてその販売などの差止が解かれることによるプライバシー被害は、観念的なものではなく著しく且つ回復不能なものであることが明らかであろうと言うべきである。よって、現時点においてもXらの申立に係る仮処分の必要性は失われていない。」
【本決定】仮処分命令許可取消決定・仮処分命令申立却下決定
「結婚・離婚と、それwqおめぐる自浄といったことは、関係者の人間関係や社会的状況によっては必ずしも一様ではないであろうが、本来的には、お互い同士、一人間としての全くの私事に属するものとして守られるべきと言うべきである。そして、いろいろなことはあるにしても、離婚までには至らない人が多数を占めている社会が形成されている。このような状況の下において、離婚という事実はそれ自体本人によって重大な苦痛を伴うことは言うまでもないことであろうし、まして、それをいわば見ず知らずの不特定多数に喧伝されることにさらなる精神的苦痛を被るであろうことは、当然の事理であるというべきである。したがって、ある人の離婚とそれを巡る事情といったものは守られるべき私事であり、人格権の一つとしてプライバシーの権利の対象となる事実と解するのが相当である。そうすると、本件記事は将来における可能性といったことはともかく、現時点においては一私人にすぎないXらの離婚という全くの私事を不特定多数の人に情報として提供しなけれらばならないほどののことでもないのに、ことさらに暴露したものと言うべきであり、Xらのプライバシーの権利を侵害したものと解するのが相当である。」
「前記3要件(原審の示した1公共の利害に関する事項に係るものではない、2専ら公益を図る目的のものでないことが明白、3被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある)について考えるに、それは名誉権の侵害に関する事前差止の要件として樹立されたものを斟酌してして設定されたものと解されること、名誉権に関するものをプライバシーの権利に関するものに直ちに押し及ぼすことができるかどうかについて疑問がないわけではない。しかしながら、上記の3つの要件はその事態として本件における事前差止の可否を決める基準として相当ではないとは言えないし、当事者双方がこれらの要件自体については格別の異議を唱えず、専ら、本件を巡る事実関係ないしはそれに対する評価がこれらの要件を具備するものといえるかどうかを争っていることに加え、本件が保全事件であり本案事件とは又自ずと異なる手続的・時間的制約などの下に置かれているものであることなどを考えると、当裁判所としても、本件保全抗告事件においては、上記3要件を判断の枠組みとするところに沿って判断するのが相当であると解する。」
「(公共の利害に関する事項に係るものであるかについて)確かに、両親・祖父といった最も近い身分関係にあるものを公明な政治家として持つものは、草ではない境遇のも二の場合と比べて、将来、政治家を志すかもしれない確率が高いと考える余地もあり得るだろう。しかし、そのものが自ら将来における政治家志望などの意向を表明していたりあるいはそのような意図乃至希望を伺わせるに足りる事情が存する場合は格別、草でない時点においては、その者が、将来、政治活動の世界にはいるというのは単なる憶測による抽象的可能性にすぎない。このような抽象的可能性があることを以て、直ちに公共性の根拠とすることは相当とは言えない。しかも、本件記事の内容が、婚姻・離婚という、それ自体は政治とは何ら関係もない全くの私事であることも考えると、本件記事を以て「公共の利害に関する事項に係るもの」と解することはできない。」
「(専ら公益を図る目的のものでないことが明白かどうかについて)本件記事は、家族などの身内に著名な政治家がいるとはいえ、現時点では一私人にすぎないXおよびその配偶者であってX2という一私人の全くの私事(しかもそれは公表によってプライバシーが侵害される事柄である。)を内容とするものであり、「専ら公益を図る目的のものでないことが明白である」というべきである。(中略)主観的には「専ら公益を図る目的」であったからといって、それだけで掲載記事が「専ら公益を図る目的」であったとすることは到底できない。「公益を図る目的」の有無は、公表を決めたものの主観・意図も検討されるべきではあるにしても、公表されたこと自体の内容も問題とされなければならない。」
「(被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるかどうかについて)我が国における現行婚姻制度の下において、離婚は、一般的には、望ましいことではないにしても、また、それを余儀なくされた当事者の痛みの点はともかく、それ自体としては社会的に非難されたり人格的に負をもたらすものと認識・理解されるべき事柄ではないというべきである。本件記事が単なる婚姻・離婚の事実だけではなく、その経緯などについての言及によって、Xらの性格といった人格その者を記事の内容の一部としていることにはなるにしても、その内容及び表現方法において、Xらの人格に対する非難といったマイナス評価を伴ったものとまでは言えないことを考えると、上記の点は、前記判断を動かすものとは言えない。」
「本件記事は、憲法上保障されている権利としての表現の自由・行使として積極的評価を与えることはできないが表現の自由が受け手側のその表現を受ける自由をも含むと考えられているところからすると憲法上の表現の自由と全く無縁の下見るのも相当とは言えない側面のあることを否定することはできない。一方、離婚は、前記のように、当事者にとって喧伝されることを好まない場合が多いとしてもそれ自体は当事者の人格に対する非難など、人格に対する評価に常につながっているものではないし、もとより社会制度上是認されている事象であって日常生活上人はどうこうということもなく耳にし、目にする情報の一つにすぎない。さらには、表現の自由は民主主義体制の存立と健全な発展のために必要な憲法上最も尊重されなければならない権利である。出版物の事前さしてお目はこの表現の自由に対する重大な制約でありこれを認めるには慎重な上にも慎重な対応が要求されるべきである。このように考えると、本件記事はXらのプライバシーの権利を侵害するものではあるが、当該プライバシーの内容・程度に鑑みると、本件記事によってその事前差止を認めなければならないほどXらに「重大な著しく回復困難な損害を被らせるおそれがある」とまでいうことはできないと考えるのが相当である。」
「なお、プライバシーの権利を損害する事案においては事前差止のために「損害が回復困難である」ということまでを要求すべきではないという考え方がある。プライバシーが一度暴露されたならば、それは、名誉の場合とは必ずしも同じではなく、「回復しようもないことではないか」ということであろうかと思われる。本件においてはこの観点に立っても本件記事によるプライバシー侵害の内容・程度に鑑みるならば、事前差止はこれを否定的に考えるのが相当と言うべきである。」
【検討】
1.判例の比較・原審及び本決定における出版差止仮処分要件について
原審及び抗告審において、プライバシー権の性質についての見解として、私事を他人に知られない権利という理解が共通している。このプライバシー権を被保全権利として、民保23条の要件、被保全権利の存否、保全必要性について判断している。被保全権利の存否としては前述のように本件原審において示された3要件「1公共の利害に関する事項に係るものではない、2専ら公益を図る目的のものでないことが明白、3被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」(要件を採用するにあたっての抗告審の疑問については、前提問題において既に言及したところである)のうち、原審と抗告審では要件1,2について一致している。すなわち本件記事について1公共の利害に関する事項に係るものではなく、また専ら公益を図る目的のものでないことが明白であると認定している。
しかしながら、要件3について、抗告審は原審とは異なる見解を示すに至っている。原審においては、プライバシーの性質、「他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない権利」としてのプライバシー侵害を以て、もはや公表されてからでは救済が不能であること(事後的救済の不能)をもって保全命令の要件たる「争いがある権利関係について債権者に生じる著しい損害またはは緊急の危険」があると認定していると考えられる。しかしながら、Xらの受けた損害について、「離婚の事実やその経過の公表が常に重大な損害を生じ、これを公表する表現行為の価値より優越することが明らかであるとまで言うのは困難である」(22項2段参照)とし、むしろ原審においては、本件記事の内容及び表現方法ついてより積極的な評価を展開していると考えられる。原審において、本件記事は好奇をあおるものであること(記事の見出しや作りなどから読者に与えられる与えられるセンセーショナルさ)、又Yらの取材手法などについても誠実ではないということが重視されているように考えられる。すなわち原審は本件記事を専らXが著名政治家夫妻の特に妻の長女ということから、妻のイメージ(妻についてもその父が著名政治家であったため、その関与ある汚職事件やスキャンダルに関連して、「この父にして娘」的な攻撃を受けていたという事実がある)にダブらせたYらの週刊誌の販売促進を専らの目的とした取材・執筆ということ(いわゆるヘイト・スピーチに分類できる表現ではないだろうか)に着目していると考えられる(22項2段参照)。このような判断の下、「表現の自由の濫用」として本件記事を認定し、その濫用も悪質であると考えていると読み取れる。すなわち、原審は、被保全権利の保護価値性(要件1,2の充足)と侵害様態を加味して判断していると見ることができる。これは相関関係説的であるといえる。
一方で、抗告審は、プライバシー権の性質については原審と同様の見解を示しながらも、「離婚は、前記のように、当事者にとって喧伝されることを好まない場合が多いとしてもそれ自体は当事者の人格に対する非難など、人格に対する評価に常につながっているものではないし、もとより社会制度上是認されている事象であって日常生活上人はどうこうということもなく耳にし、目にする情報の一つにすぎない」として、プライバシーによるコントロール下にある情報ではあるが、情報としての人格権的重要性が低いこと、また「他人に知られたくない私的事項」としての性格も弱いごくありふれた情報にすぎないとして、確かに侵害は認めるも(要件1,2の充足)、要件3において離婚の事実が暴露されることについて、「著しい損害またはは緊急の危険」(原審の言い回しより)は存しないと認定している。更に要件3の認定において「内容及び表現方法においてXらの人格に対する非難といったマイナス評価を伴ったものとまではいえない」として、プライバシーが侵害されていることは認定(要件1,2の充足)しても、保全命令の必要性については認めなかった。
以上、本決定が原審と異なっているのは、要件3についての認定である。原審においては、Xらの受けた損害について、「離婚の事実やその経過の公表が常に重大な損害を生じ、これを公表する表現行為の価値より優越することが明らかであるとまで言うのは困難である」(22項2段参照)としながらも、内容及び表現方法について、侵害様態が悪質であるとして、Xらの精神的衝撃という形で認定するに至っているが、抗告審では、離婚およびその経過という情報がプライバシーによって保護されるべき個人情報のうちでも低レベルなものであると認定し、単なる暴露では、差止を必要とするまでの利益性を認められないとしている。
3.類似案件での出版差止要件について
本件と同じく、プライバシーに基づく出版の事前差止に関する判例をいくつかあげて検討したい。そこで差止の対象となった書籍の性質を、本件の要件を利用しながら検討を加えたい。まず、全く以て要件1.2を含まず、私事の暴露そのものが目的であるもとしての娯楽書、ついであくまでモデルとして小説にキャラクタに特徴を与える参考としているものとして小説(あくまでモデルであり連想されうる可能性があるだけであり小説というフィクションであり特定がしにくく要件3に抵触しにくい)、最後に、要件1,2を備え、まさに公的目的を持って発行されいるものとして新聞という分類を行った。
娯楽書「タカラズカ追っかけマップ」事件(判時1604.127)
神戸地裁尼崎支部H9.2.12決定
概要;タカラズカ音楽学校の生徒の生年月日、血液型、伸張、出身地、出身校、入団年、初舞台、趣味、特技、受賞歴、好きなもの、当人に関する評論、さらに一部のものについては家業、資産、住所、自宅までの最寄り駅及び地図、その住居の概観までもが掲載された図書を出版しようとした出版社に対して、生徒側が差止の仮処分命令を申請した。
判旨;平穏に私的生活を送る上でみだりに個人としての住居情報を他人によって公表されない権利を有し、この利益はプライバシーの権利の一環として法的保護が与えられるべきところ、本件書籍を出版することによる前記各債権者についての住居情報を本人の承諾無くして出版により公開することは、当該債権者のプライバシーの権利を侵害するものというべきである。
娯楽書「ジャニーズ追っかけマップ・スペシャル」事件(判時1718.217)
東京地裁H10.11.30民六部判決、一部認容、一部棄却
概要;先にある「ジャニーズ・ゴールドマップ」(「ジャニーズ・ゴールドマップ」事件(判時1618.97)東京地裁H9.6.23)の発行者らが同書籍の発行差止命令を受けた後、更にジャニーズ所属アイドルの自宅及び実家の住所とその概観の写真をまとめた書籍を出版しようとした。これに対してジャニーズ所属アイドルらが出版差止の仮処分命令を申請した事件の本案訴訟
判旨;住所情報は高度に私的な情報であり、これが無闇に不特定多数に公開されることは、私生活上の平穏が侵害される。
小説「石に泳ぐ魚」事件(原審;判時1741.68 最高裁;判時1802.60)
最高裁H14.9.24第三小法廷、上告棄却
概要;Aが執筆し被告出版社が発行する雑誌に掲載された小説の登場人物のモデルとされた原告が、本件小説中の記述によって名誉、プライバシー及び名誉感情が侵害されたとして作者であるA及び被告出版社に対し不法行為に基づく慰謝料の支払いを求めるとともに謝罪広告、本件小説を掲載した雑誌の回収依頼広告、その修正版の出版の差止などを求めた。最高裁は原審を支持し、被告出版社らの上告棄却
判旨;原審では、名誉などの侵害による出版などの差止請求権については原告らの間に本件小説を公表しない旨の合意が成立したとは認められない(一審はこれを認めて差止を容認している)としたが、人格権に基づく本件小説の差止が認められるとした。最高裁もこれを支持し、原審の認定、判断を引用(原審の判断基準「どのような場合に侵害行為の事前の差止が認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして侵害行為が明らかに予測されその侵害行為によって被害者が重大な損失意を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難にあると認められるときは事前の差止を肯認すべきである。」)し、その上で公共の利益に関わらない原告のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない原告の名誉、プライバシー、及び名誉感情が侵害され原告に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるとして、本件小説の出版の差止を認めた原審の判断には違法がないとした。
新聞「北方ジャーナル」事件(判時1194.3)
最高裁昭和61.6.11大法廷判決
概要;知事選候補予定者に対する誹謗中傷記事の頒布などの禁止を認めた仮処分の違法を主張する国家賠償請求訴訟
判旨;公職候補者の名誉権に基づく出版の差止について、その表現内容が真実でないか、又は専ら公益を図る目的のものではないことが明白で、被害者が重大にして著しい回復困難な損害を被るおそれがある時に限り認められる。
そもそも、以上あげた判例中、北方ジャーナル事件は本決定における要件1,2について理由中に引用されその判旨を斟酌していると考えられる。また同じく石に泳ぐ魚事件で示された基準が要件3となっていると又同じ理由から考えられる。
【私見】判旨賛成
現在不法行為の要件として故意・過失、権利侵害・損害発生、違法性阻却事由のないことを要件としていると解されている(内田貴・民法2など)。この時権利侵害について、末川博博士に始まる、これを違法性として捉える現在の通説およびその延長に違法性判断の枠組みとして我妻博士のいう相関関係説がある。ところで、いわゆる生活妨害においてもちいられる受忍限度論がある。受忍限度論は、適法に行われる行為であってもその濫用は違法性を構成するとする信玄公旗掛松事件いらい形成されてきた不法行為の成否に関する総合的判断枠組みである。日照権訴訟、公害訴訟などにおいて開発による住民の不利益の評価方法として登場する。この受忍限度論における濫用についての判断においては、権利行使自体に非難の余地がないか、更に権利行使による損害が社会一般の受忍する限度であるかどうか、について判断されている(日照権・特集;有斐閣編 ジュリスト増刊、内田貴前掲書341項以下、最判昭和47年6月27日民集26−5−1067など)。
受忍限度論と相関関係説は、その判断の仕方が同じである。つまり、ある行為の行為様態とそれによって侵害される権利の保護必要性による相関関係によって、当該行為が権利を侵害しているか、侵害していると言えても不法行為として成立するほどか、という判断を行う枠組みとなっている。すなわち不法行為の要件たる権利侵害について、保護範囲にある権利であるかどうかという側面から救済の可否を考えるものであるといえよう(不法行為法・田山輝明 1999・青林書院85項)。
さて、本件において問題となるプライバシー侵害に基づく出版事前差止の要件についてであるが、原審で示され、抗告審も一応容認する、1公共の利害に関する事項に係るものではない、2専ら公益を図る目的のものでないことが明白、3被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある、という3要件は、3点それぞれが相関関係にあると考えられる。
これは、前述検討において、出版物の性質、新聞、小説、娯楽本など、その出版物の目的が異なることで、保護が必要とされるプライバシーの権利内容が異なってくること、侵害されたプライバシー権の内容、住所、経歴及び身体的コンプレックス、私的言動、私的身分関係によって保護必要性が異なっていると考えられること、更に侵害利益と侵害様態に加えて、その行為と利益によって得られる公共の利害の3点として把握できるのではないだろうか。
出版物の目的が公益に失するほどに、その出版が差し止められないためには、被害が少なく、結果としての公共の利益があることが要求される。また、出版物によって侵害される被害利益が高いほど高い公共の利益の存在と出版物の公的目的性が要求される。公共の利益がきわめて少なくしか存在しない場合、全く侵害をしないことと出版物にも相応の公的目的が要求されるのである。以上のプライバシー侵害による出版の事前差止3要件の相関関係を図表したものを掲載する。
以上の相関関係のある要件からみると、本件においては原審、抗告審がともに認定した、要件1,2の不存在においては、その被害が小さなものであっても侵害自体の有責性は肯定されるが、差し止められるには至らない。これは被害が小さいが故に差止を認めてまでも保護するだけの利益がないからである。これは表現の自由が自由権であって基本的には国家による介入を拒む性質を有することからも、この問題についての最終調整は私人による調節に委ねられた(本案訴訟に訴え、事後的に救済されるべき)と解することができる。差止という救済方法が、賠償などに比べて著しく国家の介入を要求するものであり、特別な最終手段であることに鑑みて合理である。
故に、本決定において、Xらの主張について侵害は認定しながら、差し止める利益なしとして退けたことに賛成する。
しかしながら、原審がそうであったように、要件2において不存在を超えて侵害様態がより悪性であると認定できるのであれば、当然に相対的に被害が小さくとも差止が認められる余地をまだ十分に残すのである。もっとも本件記事(添付が間に合わなかったが、同志社女子大にあるので閲覧頂きたい)において、抗告審の示すように単に離婚とその過程を暴露したのみでは人格権の損害につながるような内容とは言えないので、積極的評価を展開するには無理があるのではないか。
また、本件は保全命令手続の中での事件であり、迅速性と仮処分性から以上のように差止の仮処分命令にまで、差止命令レベルの要件の厳しさを認めることが妥当かについて疑問があるが、この点について対象となっている権利が表現の自由(出版の自由)で在るという点、また本決定は、差止は検閲に当たらないという前提にあるが、それでもない脅威であることには変わりがないと考えられ、確かに保全手続の本案化というそしりは受けうるが、「傷つきやすく壊れやすい権利」(芦部・憲法)であることから妥当であると考える。
最後に、本件において示されたプライバシー権侵害に基づく出版の事前差押の仮処分命令における3要件は、どの程度有効なものであろうか。この点については前述した前提問題の中でも検討を加えているが、この要件自体はプライバシー侵害のみならず表現の自由の濫用に関して広く活用しうるのではないかと考えている。なぜならば、この要件は要件1,2において表現の自由の本来的権利性についての考慮があり、3においていわゆる公共の福祉、濫用についての評価が行えるので簡便且つ妥当な判断を示しやすいのではないかと考え得る。
【参照文献】
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「週刊文春」差止事件(東京高決平成16.3.31) 前田陽一
判例タイムズ (判例タイムズ社) 55(23) 2004.10.15 p83〜90
メディア判例研究(32)プライバシーの侵害と裁判所による差止め――「週刊文春」差止請求事件(東京高決平成16.3.31) 松井茂記
法律時報 (日本評論社) 76(10) 2004.9 p96〜102
裁判と争点―柳美里氏「石に泳ぐ魚」訴訟最高裁判決(ロー・フォーラム)
法学セミナー 47(12) 2002.12 p128
判例評論 最新判例批評(100)小説中の記述がモデルとされた障害者のプライバシ-、名誉及び名誉感情を侵害するとして、その作者及び出版社等に損害賠償金の支払と将来の出版等の差止めが命じられた事例(東京高判平成13.2.15) 橋本真
判例時報 (判例時報社) 1758 2001.11.1 p173〜179
最新判例演習室 憲法 名誉・プライバシ-侵害を理由とするモデル小説の出版差止め(東京高判2001.2.15) 高佐智美
法学セミナー (日本評論社) 46(8) 2001.8 p112
最新判例演習室・憲法―名誉・プライバシー侵害を理由とするモデル小説の出版差止め(ロー・クラス) 高佐智美
法学セミナー 46(8) 2001.8 p112
住居情報の公開によるプライバシ-侵害と書籍の出版・販売の差止め(東京地判平成10.11.30)(差止めと執行停止の理論と実務――差止め編) 前田陽一
誌名等 判例タイムズ (判例タイムズ社) 52(19臨増) 2001.8.30 p173〜177
出版による被害に対する救済(特集1・出版とプライバシー)
喜田村洋一
ジュリスト 1166 1999.11.1 p24〜29
東京地裁、柳美里さんに出版差止め命じる(司法記者の眼)
ジュリスト 1160 1999.7.15 p108
書籍,新聞,雑誌等の出版等差止めを求める仮処分の諸問題(民事保全の理論と実務12・完)中込秀樹
判例タイムズ (判例タイムズ社) 49(5) 1998.2.15 p4〜20
備 考 NDL請求記号Z2-89 【日外整理No.ZO060603】
1.出版物の印刷,製本,販売,頒布等の仮処分による事前差止めと憲法21条2項前段にいう検閲 2.名誉侵害と侵害行為の差止請求権3.公務員又は公職選挙の候補者に対する評価,批判等に関する出版物の印刷,製本,販売,頒布等の事前差止めの許否 4.公共の利害に関する事項についての表現行為の事前差止めを仮処分によって命ずる場合と口頭弁論又は債務者審尋(最判昭和61.6.11) 加藤和夫
法曹時報 (法曹会) 41(9) 1989.9 p2621〜2651
「ジャニ-ズおっかけマップ・スペシャル」出版・販売等差止請求事件第一審判決(東京地判平成10.11.30) 松本克美
判例時報 (判例時報社) 1718 2000.10.1 p217〜220
内田貴 民法2 東京大学出版会 2001
田山輝明 不法行為法 青林書院 1999
竹田稔 名誉・プライバシー侵害に関する民事責任の研究 酒井書店 1982
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