僭iorno di fratelli


その日向かった分史世界での時歪の因子はギガント系のモンスターだったため、
討伐による精神的なストレスもさほどなく、ユリウスは早々に始末をつけて正史世界へと帰還した。
もれなく今回も目的の物の入手には至らなかったものの、易々と見つかるものでもないのだから、
気落ちしていてはこの任務もやっていられないというものだ。

クランスピア社への報告を済ませてからの帰り道、大通りのあちこちに露店が出ている様子がユリウスの目に映る。
今日は何かあっただろうか、と頭を巡らせてみたところであぁ、とひとつ思い当たるものがあった。
自分とは縁のない行事でユリウスはすっかりと忘れていたが、この日は両親に日々の感謝を伝える日だ。

 「親への感謝、か」

俄かにほの暗い感情の芽生えを感じたところで、ユリウスは深く息をついた。
ここ数年こういったことに見向きもしてこなかったというのに、今になってどうしてこうも目についたのか。
リドウと競うように分史世界を破壊し続けていた時期より、幾分かはゆとりができたが故なのだろうか。

ともあれ、両親に感謝するぐらいならば、自分の場合はルドガーに感謝するところだ。
最近では帰ると彼が夕食を作って待っていてくれるし、そういう部分だけでなく精神的にもいつも彼に救われている。
いずれにせよ、そんなことよりも今は家に帰ろう、とユリウスは歩みのペースをあげて家路を急いだ。



住まいであるマンションフレールの前にある公園はいつも住人の憩いの場として賑わっている。
しかし今日は何だか人影も、声も随分と少ないように感じた。
ベンチに腰掛ける老人の姿や読書をしている男性といった姿はあったものの、
子供の姿が殆どないために賑わいに欠ける印象を抱いたのだろうと気づく。

 「ん?」

そんな公園を眺めていると、思いがけず視界の中に見慣れた姿を捉える。
それは他でもない、ひとりブランコに腰掛けるルドガーの姿で、夕日の光を受けて彼の銀色の髪がほんのりと橙に染まって見えた。
いつもなら学校の友達と遊んでいるか、料理に夢中になっているかだろうに、どうしたのかとユリウスは首を傾げる。

 「ルドガー」

先ほどまでのそれとは異なるゆったりとした歩調でルドガーの元へと向かいながら呼びかけると、
俯き気味だった顔を持ち上げて、彼がこちらの方へと顔を向けた。
不貞腐れたような、それでいて悲しそうで、寂しそうな、複雑な表情をしている。

友達と喧嘩でもしたのだろうか、それとも喧嘩でないにしても何か嫌なことでもあったのだろうか。
今朝学校へ向かったルドガーはいつも通り元気だったから体調が悪いということもないだろう。
ルドガーの座っている隣のブランコにユリウスも腰掛けながら、ルドガーに問いかけた。

 「ここでひとりなんて珍しいな、それにぼんやりして、どうしたんだ」
 「……今日は皆、家族でご飯だからって帰った」

問いかけへの回答を聞き、あぁそういうことか、とユリウスは苦笑する。
ルドガーが珍しくひとりでいるのも、こうして夕暮れ空を眺めながらブランコに腰掛けていたのも、
すべては今日という日のせいのようだった。

 「学校でも、今日はお父さんとお母さんに感謝する日だから、って」
 「聞いていたら寂しくなったか」
 「ちっ、違うって、俺には兄さんがいるし」

慌てた様子で否定する可愛い弟にユリウスは思わず顔が綻む。
本当は少しながらも寂しさを覚えてしまったのだろうとは想像に容易いが、
それでもユリウスがいるから、と言ってもらえることを素直に嬉しく感じた。

さてこの弟はどうしてやったら少しは元気が戻るのだろうか、とユリウスは考え込む。
地面に降ろした足で小さくブランコを揺らしながら、ルドガーは再び俯いてしまった。
しばらくの沈黙の後、ユリウスはルドガーにひとつの提案をしてみた。

 「なら、今年から今日は兄弟の日にしよう」
 「……え?」
 「一緒に暮らしている家族への感謝の日、ということにしておけばいいじゃないか」

だから我が家では兄弟の日、とユリウスが言えばルドガーはきょとん、とした顔をこちらに向ける。
間もなくして、彼は面白そうに笑った。
変なの、と言う弟にユリウスが名案だと思ったのに、と応じれば彼はくすくすとまた笑う。

 「まぁいいや、じゃあ今日の晩御飯は兄さんのためにトマト料理たくさん作るよ」

そう意気込む弟の姿に、ユリウスは心が温まるのを感じた。
では自分はどうしようか、一日遅れになってしまうけれど明日は休暇だから一緒に何か買いにいくのもいいかもしれない。
そんなことをユリウスが考えているうちに、隣のブランコが音をたてて、ルドガーが立ち上がった。

 「もうすぐトマトのストックなくなるから、一緒に買い出し行こう」
 「あぁ、それは買いにいかないとまずいな」

笑いながらそう応じてユリウスもブランコから立ち上がる。
ルドガーの方へと手を伸ばせば、温かい彼の小さな手がユリウスの手を握った。
陽が沈みきってしまえば街灯があるとはいえ暗くなってしまう、少し急いだほうがいいだろう。

 「暗くなる前に済ませてこよう」
 「うん」

公園から下り坂を進んで十字路の先にある商業区へと向かった。
記念日や行事なんてものとは随分と縁遠くなってしまっていたが、
この日は忘れずに、来年も早めに家へ帰れるようにしよう、そうユリウスは心に決める。

2人の影は寄り添いながら長く伸び、夕暮れ時は穏かな空気を伴ってゆったりと過ぎていった。




ルドガー10歳、ユリウス18歳ぐらいな感じ。

11月22日(いい夫婦)と11月23日(いい兄さん)に何を書こうかとおもって、
まぜこぜになった結果こうなりました、両親に感謝する日、はエレンピオス版父の日+母の日的な感じをイメージ。

毎年結婚記念日みたいな感じでお祝いしてたらいいと思う。