冱chietto


少しは調子が戻ってきたのだろうか。
そんなことを思いながら、今まさに地に伏した魔物を前にして、ジュードはその拳をおろした。
誰が、といえばそれは他ならない、魔物の死骸を挟んで向かい合うように立つアルヴィンのことだ。

 「お疲れさんっと」
 「うん、お疲れ様」

振られた言葉に応えながら、ジュードは視線を足元から前方へと向かせる。
一瞬目が合った、ように感じたものの、実際にはアルヴィンの視線は少し逸れていて、
そんな彼を前にして"あぁまたか"とジュードは内心深い溜め息をついた。
ニ・アケリア霊山での合流以来、ジュードは彼とまっすぐ目を合わせて話をした記憶がない。



戦闘を終え、一行は物資の補給と体を休めるためにカラハ・シャールへと向かった。
相変わらず心地よい風の吹きぬけるこの街に到着し、ジュードはふぅと息をつく。

 「よーっし、じゃあわたしはこのまま補給するもの買ってきちゃうね」
 「ありがとうレイア・・・・・・でも余計な買い物してお金使いすぎないでよ?」
 「ひっどいなージュードは、それぐらい分かってますよーだ」

頬を膨らませたレイアは不貞腐れたように言葉を返す。
きっとそういう反応をするだろうとは思っていたものの、ジュードは釘をさしておいた。
数日前の補給の際に、こっそりと彼女がおやつを買っていたことはきっとジュードぐらいしか気づいていない。

 「補給なら私も付き合おう」
 「うんうん、一緒に行こうっ」

ミラの申し出を受けて、レイアの表情は打って変わって嬉しそうなそれになる。
早速とミラの手を引きながら市場の方面へと歩いていくレイラを見送ると、
すぐ隣に立っていたエリーゼに声をかけられた。

 「ドロッセルに会いたい・・・・・・です」
 「ねーねー!いいでしょーっ?!」

エリーゼの後を追うようにしてティポが声をあげた。
それはきっとドロッセルも喜ぶだろう、とジュードは頷いて応える。

 「お嬢様のことは私も気になっていたところです。それでは、私はエリーゼさんと様子を見てまいります」
 「うん、僕は宿取りに行くからドロッセルにはよろしく伝えてね」

領主邸の方面へとゆったりとした歩調で進むエリーゼとローエンを見送ったところで、
ジュードは少し後ろに立っているアルヴィンのほうへと少し振り返る。
視界に入った彼の表情は何かを考え込んでいるような、あるいはぼうっとしているようにも見えた。

 「アルヴィンはどうする?」
 「・・・・・・ん?あぁ、適当にぶらついてくるわ」
 「そっか、わかったよ」

また視線が合わなかった、と内心ジュードは思いながらも、すぐ横を通り抜けていくアルヴィンを目で追った。
ふと、すれ違い様に鼻を掠めた風にジュードは顔を顰め、条件反射的に目の前を過ぎようとしたアルヴィンの腕を掴む。
風の纏う匂いには、魔物のものではなく人の血の匂いが混じっていた。

 「ちょっとまって、アルヴィン怪我してるんじゃない?」
 「いや、別に」
 「そんなことまでウソつかないでよ。ほら、一緒に宿行こう」

掴んだアルヴィンの腕をそのまま引っ張りながら、ジュードは中央広場の宿へと歩き始める。
これでは先ほどのミラの手を引いて足早に去っていったレイアと同じような状況だ。
違う点を挙げるとすれば、微笑んでいたミラに対して、アルヴィンは足取りも重く溜め息を零していた。



宿へのチェックインを済ませ、早々に部屋へと向かうとジュードはテーブルへと荷物を降ろして
渋々ながらもここまで来てもう諦めた様子のアルヴィンをベッドへと座らせた。
どこを怪我したのかと見てみれば、右手の甲に鋭い爪でひっかかれたような大きな傷跡がある。

 「ちょっと見せて」

傷口を確認するために触れたアルヴィンの手は、少し熱かった。
それなりの深さがある傷を放置していたせいもあってか、恐らく熱がでているのだろう。
ジュードはアルヴィンの右手側に腰掛けて左の手でアルヴィンの手を取り、
傷口を覆うようにして右手を宛がった。

 「大したことねぇって、こんな怪我ぐらい」
 「怪我の治療も、頼むのは気が引ける?」

ジュードが手元に目を向けたままそう訪ねると、少し高い位置で言葉に詰まって息を呑む気配がした。
怪我の治療など遠慮するものではない、遠慮して悪化でもしたら目も当てられない。
そんなことはさすがにアルヴィンも理解しているはずだ。
にもかかわらず、彼はこの怪我のことを黙って、レイアにもエリーゼにも、そしてジュードにも告げなかった。
その理由は、ニ・アケリア霊山での合流以降、まともに目を合わせようとしないことと同じ理由なのだろう。

 「ティポが言ってたよ、僕がアルヴィンのこと嫌ってると思ってるんだって?」
 「あー・・・・・・」

それはつい先日、リーゼ・マクシアに戻る方法がわかってこちらへ戻ってきてすぐの頃のことだ。
ふらりとアルヴィンが姿を消した折、エリーゼとの会話で彼の話題がでてティポが口走った話。
エレンピオスから世精ノ途に入る前夜に話していた際に聞いたことだとエリーゼが補足していた。
ばつが悪そうな言葉にならない声を発するアルヴィンに、ジュードは小さく溜め息を零す。

 「本当にそう思ってるの?」
 「・・・・・・」

手元に向けていた視線だけをアルヴィンの方へと向けると、複雑そうに歪められたアルヴィンの表情が映る。
小さく唸る声だけで、問いに対する明確な回答は得られなかった。
しかしそう口にするのだから、そう思っている節は確かにあるのだろう。

 「・・・・・・確かに、アルヴィンは何度も裏切るしウソばっかり言うし、実はアルクノアの一員で、
  しかもレイアのことを撃つし、姿消して連絡取れなくなったと思ったら四象刃と一緒にいるし・・・・・・」

改めて列挙してみれば随分な内容だ。
それなのに何で自分はそんな相手の怪我を治療しているのだろうと、一瞬真面目に考えてしまったほどだ。

 「けど、感謝もしてるんだよ」

再び視線を手元へと落とし、ジュードは治癒の経過を確認しながら言葉を続ける。
傷口はまだ塞がらないものの、出血は止まっていた。

 「戦闘中はちゃんとフォローしてくれるし、シャン・ドゥでティポが攫われた時は
  ちゃんとエリーゼを守ってくれた、ワイバーンでカラハ・シャールに来た時は僕を庇ってくれた」
 「・・・・・・」
 「ハ・ミルでのことだって、小屋に入ってきた時点で本当は僕のことを撃てたはずなのに、アルヴィンは撃たなかった」

あの時、ジュードへと向けられていた銃の引き金を引くには十分な時間があったはずだ。
しかしジュードの頭にその銃口を突きつけてなお、その引き金にかけられたアルヴィンの指は動かなかった。
レイアを撃ったことも、あの時の動揺を見れば本意ではなかったのだと、今となって冷静に考えれば分かることだ。

 「僕が今こうしていられるのは、あの時ずっと側にいて気づかせてくれたレイアと、
  きっかけをくれたアルヴィンの・・・・・・2人のお陰なんだ、レイアが怪我したのは僕にも責任あると思ってる」

アルヴィンは黙ったままだった。
それでも、ジュードの言葉に耳を傾けてくれていると分かる。

 「ニ・アケリア霊山でだって、身を挺して僕たちを庇って味方してくれた。これじゃあ、嫌うに嫌えるわけがないよ」

言葉をそうして区切ったところで、アルヴィンの傷はおよそ塞がった。
少し残っている痕も、しばらくすれば薄れて見えなくなるだろう。

 「はい、おしまい」

そう言ってジュードは小さく息をついた。
アルヴィンの右手からそっと手を離してベッドの縁から立ち上がろうとした途端、強く左手首を掴まれて引かれる。
不意のことで立ち上がろうとしていた足がバランスを崩し、ジュードは投げ出されるようにしてベッドへと仰向けに倒れた。
衝撃の瞬間に強く瞑った目蓋を持ち上げると、視界に映ったのは部屋の天上ではなく、覆いかぶさるアルヴィンの姿だった。

 「どうしてお前は・・・・・・っ」

降ってきた声はひどくうろたえ、震えていた。
逆光ではっきりとは見えないものの、その声色からして、きっと今にも泣きそうな顔をしているのだろうとジュードは思った。
アルヴィンの右手はジュードの左手首を掴んでベッドへと縫いつけ、彼の左手はジュードの右頬の横でシーツを握りしめている。

 「俺はっ!・・・・・・俺は、何度もお前を裏切って、しかもお前を殺そうとしたんだぞ・・・・・・なのに」
 「それでも僕は感謝してる、今までのこと全部ひっくるめて今の僕があるわけだし、何より僕は今生きてる」

ふっ、とジュードの左手首を握るアルヴィンの手から力が抜けたように感じた。
続け様、彼の体を支えていた両腕からも力が抜けたようで、視界を覆っていたアルヴィンが倒れこんでくる。
自分よりも大きな体がずしりと重いが、ジュードはそれを咎めるつもりなどなかった。

 「・・・・・・どんだけ優等生なんだよ、お前」

左の耳元で、くぐもったアルヴィンの声が発せられる。
それがくすぐったくて少し顔を左の方へと傾けると、左頬にアルヴィンの髪が触れた。
空いている右手を彼の背にまわして小さく震えるその背中を擦る。

 「少しは元気出た?」
 「少しは、元気出たかもな」
 「・・・・・・少しだけ?」

言葉遊びのようなやりとりに、ジュードは小さく笑った。
ジュードの左手首からアルヴィンの右手が離れ、彼の両腕がジュードとシーツの間に滑り込む。
自由になった左手は強く握られていたせいか、じんとした感覚があった。

 「少しついでに、もう少しこうさせてくれ」
 「うん」

アルヴィンの髪に触れる程度に傾いていた頭をこつん、とそのままアルヴィンの頭に寄りかからせ、
シーツの上に投げ出されたままだった左手を動かして彼の後頭部を撫でた。
いっそうにジュードを抱き込むアルヴィンの腕に力がこもり、彼の顔はジュードの首筋に寄せられる。
人の温もりに触れたせいか、ここにきて思い出したかのように襲ってくる疲労感に、ジュードはそのまま目を瞑った。




精神的にはジュドアルっぽいアルジュドが好きです。
ゲームでももうちょっとこの2人、面と向かってこういう話してほしかったなぁというお話。
鬱モードのアルヴィンに心が痛かったなぁ。