冂on tenerezza
どうしてこんな結末になってしまったのだろうかと思わずにいられないのは、きっとジュードだけではなかっただろう。
シャン・ドゥの民家、アルヴィンの母親がいたその場所は、現在イスラとユルゲンスが使っている。
一連の出来事はひとつの顛末を迎えたものの、それは決して幸福な結果をもたらすものではなかった。
「アルヴィン、大丈夫でしょうか・・・・・・」
逃亡したイスラの後を追ったりと慌しい強行軍だったこともあり、その日はそのままシャン・ドゥで宿を取った。
部屋で椅子に腰掛けたエリーゼが、ティポを抱え込みながらこの場に姿のないアルヴィンのことを心配そうに呟く。
アルヴィンは宿をとってすぐ、気分転換の散歩に行ってくると別行動を取ったっきりだ。
「あれから結構時間も経つし、ちょっと僕探しにいってくるよ」
腰掛けていたベッドの縁から立ち上がると、真っ直ぐと扉へと向かい、ジュードは廊下へと出た。
廊下から階段を降りながら、さて何処から探そうかなと考えるも、宿の外にでればその姿が視界に留まる。
橋の向こう側の上の階、彼の母親がいた民家の前に人影があった。
昇降機で階上にあがると、探し人は縁によりかかりながら階下のほうをぼんやりと眺めていた。
声をかけていいものかと悩んでいるうち、人の気配に気づいたアルヴィンが僅かに振り返る。
「ジュードか」
「・・・・・・戻りが遅かったから、探しにきたんだ」
「そうかい」
短い返事で応えると、アルヴィンは再び顔を前方へと向けた。
そんな彼のほうへとゆっくりとした歩調で歩みより、すぐ隣まで来たところでジュードは足を止める。
両腕を縁に置いて、その上に顎を乗せた姿でアルヴィンは何ともなしに遠くを眺めていた。
「ねぇ、前から考えてたことがあったんだけどさ」
「んー?」
今なら答えてくれるような気がして、前々から考えていたことを話題にとりあげた。
気のない返事ながらも、とりあえず話を聞いてくれる様子のアルヴィンに、ジュードは言葉を続ける。
「アルヴィンって、別にエレンピオスに帰りたかったわけじゃなくて、レティシャさんを帰らせてあげたかったのかなって」
「・・・・・・さて、なぁ」
明確な回答など、ジュードは元より期待してはいなかった。
ただそのアルヴィンの反応は分かりやすいぐらいに、肯定の意が篭もった間と声色を伴っている。
峡谷を吹き抜ける風にゆらりゆらりと揺れる祈念布を眺めながら、彼は本当に不器用な性格をしているなとジュードは思った。
「前は、どうしてあっちに行ったりこっちに行ったり、裏切ったと思ったら手助けしてくれたり何でだろうって思ってた」
その手助けも目論見の内だったこともあるだろうとは思いながらも、
そればかりではなかっただろうというのもまた、ジュードの思うところだった。
勿論それが贔屓目に見てそう思っているだけなのかもしれないというのも捨てきれないところではあったが、
最近のアルヴィンを見ているとただの不器用な誰よりも人間じみた人間だと感じた。
「アルヴィンは優しいから、支障がない範囲ではあっても結構気にかけてくれてたんだよね」
「別に俺は優しくなんかねぇよ、俺のこと過大評価しすぎだろそれ」
「そうかな、そんなことないと思うけど」
さぁっと強く吹いた風にソグド湿原へと流れ込む大河の水面がざわつく音が耳に響いて聞こえた。
ジュードが話を区切ると沈黙が訪れ、遠い喧騒と靡く祈念布の音、大河の流れる音が妙に大きく感じる。
そうして間もなく、短い溜め息が零れるのが聞こえ、アルヴィンのほうからこのひと時の沈黙を破った。
「そもそも、あんだけお前らを裏切ってた俺が優しいって時点でおかしいだろ」
「でも、僕たちを陥れることが目的だったんじゃなくて、レティシャさんをエレンピオスに帰らせてあげるため、でしょ」
「・・・・・・だから、そんなんじゃねぇって」
腕に乗せていた顔を半ば腕のうちに埋めたのか、もごもごとくぐもった声でアルヴィンは否定する。
彼はこんなにウソをつくのが下手だっただろうか、などと少しずれたことをジュードは考え始めた。
本気でウソをつく必要がなくなった、と捉えればそれはいいことなのかもしれない。
「それに・・・・・・どのみち、そうしてやることはできなかったわけだ」
「・・・・・・」
「俺の手じゃ、何もすくえないのな」
掬いきれない砂が指の間から零れ落ちていくように、誰かを救おうとしても救うことなどできなかった。
己の右手を顔の高さに持ち上げて呟くアルヴィンの背中が、ジュードにはとても小さく見えた。
きっとその言葉の内にはニ・アケリア霊山での一件も含まれているのだろう。
「そんなことないよ」
ジュードはアルヴィンと同じように前方へと向けていた体ごと、アルヴィンの方へと向きなおした。
その気配を感じてか、アルヴィンも顔をジュードの方へと向けるようにして傾ける。
「レティシャさん、ずっとアルヴィンのことを心配してた。
アルヴィンが元気に幸せでいることもレティシャさんが願っていたことなんじゃないかな」
親を困らせてばかりの自分が言うのもなんだけど、とジュードは苦笑した。
確かにアルヴィンの母親は望郷の念の果てにあのような状態になってしまったと話を聞いているが、
アルヴィンを認識できずとも、アルヴィンのことを心配するその口ぶりから、
彼女の願いはエレンピオスに帰ることだけではなく、アルヴィンが幸せであることも含まれていたはずだ。
そんなことを考えていると、ジュードもル・ロンドが少し恋しく感じられる。
「それに、僕は何度もアルヴィンに救われてるよ」
片腕を伸ばして、持ち上げられたままになっていたアルヴィンの手をぎゅっと握ってみた。
やや下方向に向けられていたアルヴィンの視線が浮上して交わり、ジュードは微笑みかける。
「いつもありがとう」
「・・・・・・」
豆鉄砲でも食らったように、僅かにアルヴィンの目が見開かれる。
間もなくして、アルヴィンは照れくさそうな、少し困ったような笑みを浮かべ、大きく息をついた。
「あーあー、腹も減ったし戻ろうぜ」
「そうだね」
アルヴィンが体を起こしたタイミングでジュードが手を離すと、不意にその手を逆に握られた。
少し驚きはしたものの、そのままでいいかなとジュードはその手を握り返す。
ふいっとアルヴィンは民家の戸を一瞥した後、ジュードの手を引いて昇降機へと歩き始めた。
この話でジュードが考えたこと=ゲーム終盤に私が思ったこと。
前半のあの波がある感じは、どうしても譲れない部分とでも優しいから無碍にはできなくて、
っていうのがあってのブレなのかなっていう憶測の話。