冉lehend


カラハ・シャールを訪れた折、バーミア峡谷に現れた強力な魔物を倒してほしいという話が舞い込んできた。
よくよくと話を聞いてみればその特徴が、以前話に聞いた魔装獣のそれと似ているように感じる。
早速準備を済ませると、一行はクラマ間道へと出てバーミア峡谷へと向かった。

 「出現する場所はかなり上層のほう、でしたか」
 「という話だけど、前にバーミア峡谷に来た時には見た覚えがないんだよね」

クラマ間道を進みながら、ローエンの言葉にジュードは首を傾けて小さく唸る。
聞いた話ではかなり以前よりその魔物は出没していたらしいが、クレインを助けに向かった折には遭遇しなかった。
もしかしたら当時も出没こそしていたものの、その地点を通過しなかったのか、
それともその魔物の単なる気まぐれだったのかもしれない。

 「霊勢も不安定になっているから、そのせいかもしれないけど」
 「いずれにしても、本当に出没するのであればカラハ・シャールまで出てくる前に手を打つ必要はある」
 「ドロッセルのために、がんばります!」

ミラの言葉にエリーゼは両手をぎゅっと握って意気込んだ。



バーミア峡谷へと到着上り下りの激しい道なき道を進み、以前訪れた場所まで来たもののそれらしい物陰はない。
進みすぎたのか、はたまた別の道があるのかとあたりをもう一度よくよく調べながら歩みを進めた。

 「ジュードーもう疲れたよー」
 「でも、どのみち戻るためにはまだ歩かないとだよ」
 「ううう、わたしの足が太くなったらジュードのせいだからね!」

へなりへなりとしているレイアだったが、怒声をあげるぐらいの元気はまだあるようだった。
これならまだもつかな、などと考えていることをジュードはおくびにも出さない。
しかしこれ以上長引くのであれば探索中止も考える必要がありそうだと思ったところで、
さらに上に登れそうな場所が視界に映った。

 「あれ、ここの上って行ったことあったかな」
 「・・・・・・いや、なかったはずだが」

右手の人差し指でとん、とこめかみをつきながら、ジュードは首を傾げた。
記憶にないなと思ったのは正しかったようで、どうやらミラもこの上に記憶はないようだ。
見上げると、かなりの高度がありそうな場所まで蔦が続いている。

 「それじゃ、俺が先頭で」

すっとジュードの少し後ろから踏み出したアルヴィンが、上へと繋がる蔦へと手を伸ばす。
その後をジュード、ローエンと続き、エリーゼ、レイアと殿はミラだ。
先に上部に到達したアルヴィンが何かを見つけた様子の声をあげる。

 「ほら」
 「ん、ありがとう」

ようやく登りきったところで、最後は差し出されたアルヴィンの手をとって引っ張り上げられた。
無事着地し、アルヴィンが顎で示す前方へと目を向けると、そこには巨大な魔物の姿がある。
なるほど、確かに特徴的な爪の部分は明らかに武器で、この魔物が魔装獣だと合致した。

 「わわーっ!でっか!こっわ!」

ティポの大声に刺激されたのか、魔物は羽ばたきの回数を増してこちらを威嚇しているようにも見える。
殿を務めるミラが登り終えたところで、一同は戦闘態勢に入った。
この魔物と相対するのはジュードとアルヴィン、ローエンとエリーゼの4人で、
ミラとレイアは周辺を飛んでいる魔物の警戒と処理を担当する。

 「そらよっ」

アルヴィンが的確に敵のガードを崩し、その隙に素早く拳を叩き込む。
この魔物に有効な攻撃手段を手探りで探してみれば見た目に反することもなく、風に強く地に弱いようだ。
巻空旋はだめ、輪舞旋風もだめ、アルヴィンとの共鳴術技も使えないのがあるなどと思考を巡らせる。

何のきっかけだったのか、ふっと魔物はジュードの横をすり抜けて後方にいるローエンとエリーゼの方へと向かった。
直前に当たった彼らの精霊術のせいで標的が変わったのかもしれない。

 「きゃっ!」

襲い来る魔物の攻撃からエリーゼはどうにか逃げきる。
素早く後を追っていたジュードは飛び上がり、飛天翔駆で一気に距離を詰めて魔物の意識を己へと向かせた。

 「エリーゼさん!」

ローエンの声にはっとして回避行動を取ったエリーゼの方へと視線を向けると、
元々立っていた場所が後方、崖の際に近かったがために足を踏み外し、半ば体が放り出されていた。
慌てて踏み切り、エリーゼへと駆け寄ったジュードはその手をどうにか掴み、引き寄せる。

 「ジュード後ろだ!」

アルヴィンの鋭い声に慌てて後方へと振り返ると、魔物が目前に迫っている。
その後方で銃を構えるアルヴィンの姿があった。
このまま引き寄せるとエリーゼが攻撃を受けかねないと、少し体を捻って彼女を引く方向を調整する。
彼女の手を握る右手とは反対側の左腕を魔物の爪が引っ掻き、強烈な痛みにジュードは顔を顰めた。

 「ローエン、エリーゼをっ」

銃撃音が響く中、ローエンの立っている方向へと放るように強くエリーゼを引いた。
その一連の動作はアルヴィンの作った隙の中でどうにか済んだものの、
ジュードの体はふわりと宙に浮いたままで、次の瞬間には強烈な旋風が魔物から発せられて完全に投げ出される。

非常事態に気づいたミラとレイアがローエンとエリーゼのもとへと駆け寄るのが見えた。
こんな状況であるにもかかわらず、とりあえずはエリーゼが無事のようでよかったなどと冷静に考える自分がおかしく感じる。
世界がスローモーションにすら見えてくる中、アルヴィンがこちらの方へと駆けてくるのが見えた。
風が止み、本格的にこれは落ちると思ったところで右の手首を強く握られ、崖際にぶらさがった状態となった。

 「大丈夫か、今引き上げる」
 「ありが・・・・・・っ、アルヴィン危ないっ」

崖際でジュードの右手首を握るアルヴィンの上方、魔物影が迫っていることにジュードは気づく。
両利きとはいえもともと左利きだったせいか、反射的にアルヴィンがジュードの手を握ったのは左手だ。
その手が右であれば、左手で銃を操って迎撃できたかもしれないが、それは叶わない。
咄嗟に取った行動、それはアルヴィンの手を振り払い、落下しながら上空の魔物へと獅子戦吼を放つことだった。

先ほど攻撃を受けた左腕が酷く痛み、落下しながら意識が遠のいていくのを感じる。
本格的にこれは無事では済まないなと思いながら意識を手放す直前、
何かにふわりと包み込まれるような感覚があったものの、ジュードはそのまま意識を失った。



ひんやりとした感触が額に触れた。
その感覚に呼び覚まされるようにして、ジュードの意識は急速に浮上する。
呼吸が少し苦しいと思いながらゆっくりと目蓋を持ち上げた。

 「おい、しっかりしろ」
 「ん・・・・・・アル、ヴィン?」

額に触れていたのはアルヴィンの右手だった。
彼の左腕に抱え込まれるようにして上体を起こし、左胸の辺りに寄りかかっているような体勢だ。
見上げてみれば先ほどの高台らしきものが見え、あの高さから落ちてよくこの程度で済んだものだと他人事のように思う。

 「お前何やってんだよ、俺の手を振り払いやがって」

アルヴィンの声は不安と怒りといった感情が絡められていた。
その表情を窺おうと見遣ると辛そうに歪められており、その頬には小さな傷跡がいくつもある。
改めて高台の方を見ると、真っ直ぐに削ったような、垂直に走る亀裂が目に留まった。
側に転がっているアルヴィンの大剣は刃毀れが酷く、先端は少し欠けているようにすら見える。

 「・・・・・・ごめん、一緒に落ちてくれたんだ」

言ってから変な表現だとも少し思ったが、状況からしてアルヴィンの大剣をブレーキ代わりにして、
彼も共にあの高台から落下したのだろうという結論に至った。
その頬の傷も、恐らくは大剣に削られて飛び散った岩の欠片が跳ねてできたものだろう。

 「ほんと、勘弁してくれ・・・・・・また失くすかと思った」

掠れて消え入りそうな声色を発しながら、アルヴィンがジュードの体を抱え込んだ。
きっと彼の中ではニ・アケリア霊山での光景と重なってしまったのだろう。
左肩に埋められた彼の顔に左頬を寄せ、右手を彼の背中へとまわした。

 「ごめんね、心配かけて」
 「・・・・・・はぁ、これでも食って大人しくしてろ」

アルヴィンが顔を上げ、続け様に背にまわっていた彼の右手が離れる。
道具入れをがさっと漁るような音がした後に、ずいと何かを口元に突きつけられた。
ふわりと鼻を掠めたのはシトラスの香りで、それがレモングミだと分かる。
されるがままに口を開くと舌の上にそれが転がり、酷く甘ったるく感じた。

 「そのうちあいつらも降りてくるだろうしな、ここで待ってようぜ」
 「うん」

ようやく呼吸の苦しさも落ち着いてきて、ジュードは深呼吸をしてくたりとアルヴィンに寄りかかる。
レモングミで誤魔化してはいるものの、それなりに深い傷だったようで体のほてりは残っていた。
カラハ・シャールに戻ったら少し横にならないとだめそうだ、あとはアルヴィンの武器は新調してあげないと、と
あれこれ考えているうちに意識が遠のくというよりは、急激な眠気が押し寄せてくる。

 「俺がかついで帰ってやるから、寝ていいぞ」
 「いや、でも・・・・・・」
 「なんだよ、かつがれるよりお姫様だっこがいいって?」

そうじゃなくて、と言おうとするも口が回りきらない。
ぎゅ、と抱え込まれた感覚と優しい声色で名前を呼ばれたような気がしながら、ジュードはすとんと眠りに落ちた。
 



個人的にアルヴィンの中で女では一番好きなのがプレザ、男で一番好きなのがジュードで、
その2人はそもそも別軸で好きだからどっちのほうが好きとかそういうのはないっていうのがいいと思う。