儁atthiola incana


エレンピオスへ来てからというもの、一行の雰囲気がいまいちしっくりこない。
絶え間なく水滴が零れて波紋が生まれ続けているような、胸のあたりがざわざわとする感じだ。
その原因にはいくつか思い当たる節がある。

 「そうですね、今回は色々なことが重なりました」

こんな時は年の功かと、ジュードはローエンと2人で話していた。
ミラの復活という喜ばしいこともあったものの、アグリアとプレザの死や本物のマクスウェルの捕縛、
ガイアスとミュゼのこと、そしてこのエレンピオスへの到達と、それぞれが心を痛め不安を抱くようなできごとが重なる。
そしてこの一行のばらついた感じの最大の要因、それはアルヴィンのことではないかとジュードは思っていた。

 「ジュードさんは、どうしてあの時アルヴィンさんに同行することを提案したのですか」
 「放っておけなかったんだよ、何か見てられなくて。色々と・・・・・・あったけどさ」

ジュードとしては、あの時アルヴィンへ一緒に行こうと言ったことについて後悔しているわけではない。
そもそも、アルヴィンの同行を後悔するなど、言ってしまえば良くも悪くも今更だ。
ただ、以前ミラが言っていたように、アルヴィンは良い方にも悪い方にも状況を変えるが、今回は悪い方に転んでいる感はある。

 「私はジュードさんの判断が間違っていたとは思いません。むしろ、それでよかった。
  ・・・・・・ですが、確かにこの不安定な雰囲気の最たる要因はアルヴィンさんなのでしょう」
 「エリーゼは不信に思ってたし、レイアはハ・ミルでの件もある・・・・・・それに、ここのところずっとあの調子だし」

バランの家の前にある小さな公園で話し込んでいる2人は、その公園の隅でぼんやりと遠くを見ているアルヴィンを見遣る。
以前から単独行動の多い彼ではあったが、最近のそれは以前のそれとは意味合いが違うように感じていた。
見える範囲で単独行動をする彼ではなかったが、最近はそうやって何をするでもなく距離を置いているだけ。
避けて隠れてどうこうしているという性質のそれではなくて、あれはどうみても遠慮して気を遣って離れている。

 「いつもの調子だったらそれはそれでどうかなって思うけど、ね」
 「今の彼は因果応報、自業自得と理解したうえで、それでもジュードさんの提案を受け入れて同行しています。
  これ以上害を為すとは思えませんが、もしかしたらと思わせてしまうのもまた、彼のこれまでの所業が由縁するところでしょう」
 「そう、だね・・・・・・でも、もう一度信じてみたいんだよ、ニ・アケリア霊山で僕らを庇ってくれたアルヴィンのこと」

ハ・ミルとニ・アケリア霊山で見た、憔悴しきったアルヴィンの表情が目に焼きついて離れない。
ミラが死ぬまでの間、何度も彼には裏切られ騙され振り回されたけれど、それだけではなかった。
時折見せる優しさだったり、面倒見のよさという一面を知ってしまっている手前、
あんなにも不安定になっている彼を放っておくことなど、ジュードにできるはずもない。

 「僕にはガイアスみたいな強さはないし、別にアルヴィンが弱いわけじゃない。
  だから、ガイアスみたいに引っ張っていくようなことは考えてないけど、でも側にいることぐらいはできるかなって」
 「それぐらいが、アルヴィンさんには丁度良いでしょう」

やんわりと微笑みかけるローエンに、肩から少しだけ力が抜けていくように感じる。
しばらくの間はこの落ち着かない雰囲気はひきずることになるかもしれないが、
今はそういう時期なのだと割り切って、皆が皆それぞれに結論を出すしかないのだろう。



ヘリオボーグ基地が襲撃されたという話を聞き、ガイアスとミュゼによるものである可能性を考えて、
一行はトルバラン街道からヘリオボーグ基地へと向かうことにした。
広がる荒野を通過するため、エレンピオスに来てから初めての戦闘となる。

それ程手ごわい相手というわけではないはず。
そうであるにも関わらず、上手くかみ合わないのはどうしてなのか。

 「エリーゼさん、もう少し下がりましょう」
 「は、はい・・・・・・」

うまく立ち位置が定まらずに戸惑うエリーゼを、同じく後方にいるローエンが誘導する。
アグリアの件をひきずるレイアはひとつひとつの反応が遅れ、技の後の隙が大きくなっていた。
そんなレイアの隙をミラが埋めている。

以前はこんな風ではなかった。
前方の敵はジュードとアルヴィン、中央にローエンとエリーゼ、後方をミラとレイラと
安定した陣形で敵をなぎ倒していたというのに、こんなにもがたがたになることなど誰が予想できただろうか。

 「アルヴィン!」

土煙で霞む視界の向こうで大剣を振るうを影を見つける。
その後方に迫る魔物に向けて魔神拳を間髪いれず数段打ち込みながら、彼の後方へと駆け寄った。

 「わ、悪い」
 「ほら、一緒に行くよ」
 「え・・・・・・あぁ、分かった」

歯切れの悪い反応は予想していたものの、いざそういう反応を目の当たりにすると胸のあたりがもやもやする。
背中合わせに立っていることもあり、アルヴィンの表情は見えないが気配が不安定に揺れていることは感じ取れた。
アルヴィンの動きはひとつひとつがワンテンポ遅れているように感じて、以前のようにスムーズに連携がとれない。
何とか合わせようと、土煙で視界が悪い中でアルヴィンの動きを目で追った。

 「アルヴィン、共鳴術技!」

掌底破を放ったところでそう声をかけたが、技の選択を誤ったとジュードは思った。
条件反射でアルヴィンもジュードの方へと銃口を向けるが、そこで硬直してしまった。
掌底破からの共鳴術技は、アルヴィンの放ったエネルギー弾にジュードの技を乗せなければならない。
動きが止まってしまったのはジュードも同じで、しかしこのままではまずいと歯を食いしばった。

 「撃ってアルヴィン、早く!」
 「・・・・・・っ」

手が震えている様子が距離を置いた上にこの土煙まみれの中でも分かる。
弾道は間違いなくいつもとずれるだろうと予測した上で、ジュードは構えた。
案の定、不安定なアルヴィンの照準に真っ直ぐと前方へは飛ばず、僅かに下へと逸れる。
しかし逸れているとはいえジュードがフォローできる程度だ、そこから少し強引ながらも技を乗せた。



共鳴術技を起点にようやくアドバンテージを握り、どうにか戦闘を終えた。
しかし一行の疲労具合はかなりのもので、このまま進んでいいものか少し考えてしまう程だ。

 「ジュード」

どうしたものかと考え込んでいると名前を呼ばれた。
振り返ると申し訳なさそうな顔をしながら、目を伏せたアルヴィンが立っている。

 「その、さっきはほんと悪かった」

右手で頭を掻きながら、左手はコートのポケットに突っ込まれている。
本人はそれで誤魔化しているつもりなのだろうが、それは手が震えているのを誤魔化しているのだとジュードには分かった。
一歩踏み出し、ぐいっと彼の左手をポケットから引き摺り出すと、その手を両手で握る。

 「大丈夫だよ」
 「・・・・・・」

決して元気になったわけではなかったが、それでも次第にその手の震えは落ち着いていった。
ここまでのやり取りの中で、アルヴィンが真っ直ぐとジュードを見ることはなく、
内心複雑ではあったが、まずは最低限として以前と同じように共闘できるようになることを目指す必要がある。

 「ここから先も一緒に行くからね」
 「・・・・・・あぁ」

アルヴィンはそっとしておいてほしいのかもしれないと思いながらも、
たまにはこれぐらい強引でいいかなともジュードは思った。
どのみちまともに戦えないようじゃ先に進めない、リハビリだと思ってこれはやるしかない。

どうにか全員動けるようになり、気持ちを入れ替えて再びヘリオボーグ基地への移動を再開する。
この不安定な空気も今は仕方がないと結論づけた以上、どうにかしてこの状況を自分がフォローしなければと、
ジュードは深呼吸をひとつ、ゆっくりと歩み始めた。




リンクを考えるとジュード―アルヴィン、ミラ―レイア、ローエン―エリーゼって
立ち位置的にも回復できる人員の分かれ具合的にもお話書く上で丁度いいんじゃないかと思ったりしている。
今回のタイトルもお花の名前です、学名ですが。