儖enothera tetraptera


モン高原を歩き回って寒いわ疲れるわで、カン・バルクで休むことになったのはよかったものの。
肝心の宿に行ってみれば空き部屋は4人部屋1つで、それでも部屋がとれただけよかったものの。
女性陣が着替えるからといって部屋を追い出されているんじゃ世話ない。

 「男女混成で1部屋ともなると致し方ないでしょう」
 「まぁな・・・・・・で、あんたはどうするんだ?」
 「ここで本でも読みながら待つとしますよ」

宿の1階に置かれた椅子へと既に落ち着いてしまったローエンが、やんわりと微笑みながら手に持つ本をちらつかせた。
アルヴィンはといえば、生憎とここで同じように本を読む気にもならない。
寒いことは承知でそれでも外へ出て、買い物に行っているジュードの様子を見に行くほうがよほどいい。

 「それじゃ、俺は適当に時間潰してくるわ」
 「はい、それでは後程」

宿の外へと踏み出すと、足元でざくりと雪が音をたてた。
寒いものの、この冷え切って澄んだ空気は嫌いではない。
十字路にジュードの姿はなく、モン高原へ続いている方面へと目を向けると、まだ道具屋にいるようだ。
のんびりとした足取りで店主と何か話しているジュードの後ろまで来たものの、何と声をかけたものかと考え込む。

 「・・・・・・あれ、アルヴィンどうしたの?」

そうこうとしているうちにこちらへと振り返ったジュードが声をかけてきた。
これはこれで助かったと、宿を追い出された話をすれば納得したようで相槌を打ってくる。
彼との会話はあまり難しくないようで、ふとした瞬間、彼が何を考えているのか分からないことがあった。
以前は単純で夢見がちなガキと思っていたはずなのに、最近の彼はあの頃と比べて随分と変わった。
もちろん一般的には良い意味で、になるのだろう。

 「でも丁度よかった、これから武器屋と防具屋も覗いていくつもりなんだけど、一緒に来ない?」

いかにも暇を持て余しているという空気を察しての提案なのだろうが、
荷物持ちでもすればいいのだろうかなどと、ひねたことを考えてしまう自身にアルヴィンは内心溜め息をこぼす。

 「そんじゃついてくわ」
 「うん」

小首を傾げ気味に微笑むジュードに胸の辺りがざわりとした。
あぁまただと、十字路の方へと歩き始めた彼の後ろ姿を見ながらぼんやりと考える。

何かにつけて彼はアルヴィンのことを気にかける、彼は優しい優等生だ。
本当は嫌っているのに、優しいが故にこんな自分を今も連れているのだろうとすら思ったこともある。
それでも、彼は自分を嫌いではない、寧ろ感謝していると言ってきた。
その折についまがさして抱きすくめてしまった彼の体は見るより小さくて、それでもその温もりに酷く心が癒されてしまった。

重症だなと思いながら、手持ち無沙汰を紛らわせるためにジュードが両手で抱える荷物を取り上げてみた。
これぐらいの荷物なら右腕だけで十分だ。

 「あ、別に荷物持ち頼むつもりだったんじゃないのに」
 「両手で荷物抱えてたんじゃ、滑って転んでも手がつけないしな」
 「レイアじゃないんだから、転んだりしないよ」

レイアの名前をジュードの口から聞くたびに、今でもハ・ミルでのことが頭を過ぎる。
カラハ・シャールで話した時、彼は彼女の怪我はアルヴィンだけのせいではないと言っていた。
本当にそうだろうかと、そんなことはないだろうと思う。
そもそもあの時、アルヴィン自身が道を見失ってあんなくだらない取引をミュゼとしなければよかっただけのことだ。

 「アルヴィンの武器、そろそろ消耗してきてるから買い換えよう」

そんなことを考えているうちに気づけば武器屋の前まで着いており、
着いて早々のジュードの言葉に自然と足元へ落ちていた視線を持ち上げた。
確かに彼の言うとおりで、今使っている大剣は連戦でなかなか手入れの時間が取れず、切れ味が悪くなっている。

 「ん?よくきづいたな」
 「・・・・・・いつも一緒に動いていれば、さすがに分かるよ」

今、変な間があったと、アルヴィンは気づいた。
最近、アルヴィンはジュードの視線を感じることが多い。
その視線の意味はいまいち図りかねている節があった。

視線を受けることは実際のところ、良い意味か悪い意味か両極端だ。
例えばそれが他のメンバーからジュードへと向けられた視線であれば、それは間違いなく好意だろう。
しかし自分は彼とは違う、明らかに好意を向けられる要素など見当たらない。
カラハ・シャールで彼は感謝しているなどと言ってはくれたが、だからといってその視線が好意とは限らない。
そんなはかない期待を抱く権利すら、己にはないのだとアルヴィンは思っていた。

 「へーえ・・・・・・ま、それじゃあお言葉に甘えますかね」

追求することも無意味だ、寧ろ追及することで火傷をするのは自分の方だろう。
いずれにしても武器の買い替えは必要なことだ。
この場は言葉どおりに受け取っておくことが安全だと、それらしく言葉を返した。



夕食を済ませて宿に戻るとベッド割の相談が始まったが、別段口を出すつもりもない。
そもそも椅子で寝ろと言われれば大人しくそうするつもりでいるぐらいだ。
ここにしがみついているだけの自分に、ベッドで寝かせろなどという口を叩くことができるはずもない。

 「カン・バルクの難点は椅子がね・・・・・・ソファだったらよかったのに」
 「ジュードさん、室内とはいえこの豪雪地帯でベッド以外の睡眠は厳しいですよ」

部屋は温かいが、扉の隙間から入り込んでくる冷気ばかりはさすがにどうしようもない。
いずれにしても今日は何だか疲れている、どこでもいいから寝かせてほしい。
そんなことを思いながら、部屋の隅でベッド割会議を眺めた。

 「じゃあはーい、わたしエリーゼとティポと同じベッドね!」
 「はい、よろしくお願いします」
 「レイアと一緒ならいーよ!」

あの空気には入れないなと、改めて思った。
以前の自分はどうやって彼女たちと話をしていたのだろうかと考えてしまうほどだ。
とりあえずミラが1人でベッドになるとして2つ埋まった。
あとはこっちの3人がどう割り振るか、だ。

 「さて・・・・・・さすがにアルヴィンさんと私というのは狭すぎるので、ジュードさんとどちらか、でしょうな」
 「俺もさすがにローエンと同じベッドじゃ、朝には落下してそうだわ」
 「まぁそうなるよね、サイズ的に・・・・・・僕はどっちとでもいいけど、どうしようか」

大抵のことを最近はジュードが率先して決定するのに、今回は曖昧な言葉を口にしている。
自分と一緒は嫌だろうなぁ、と思った。
ただ彼は優しいからローエンと寝るとも言えないんだろうと考えたところで、
ちらりとローエンの視線を感じたが、本当にほんの一瞬のことだ。

 「これは言ったもの勝ち、ということで私がベッドをひとつ使ってよろしいですかな」

そこはジュードをゆたんぽ代わりにするとでも言ってくれよと、内心アルヴィンは頭を抱えた。
まったくもって気の利かない指揮者だ、などと心のうちで思わず罵倒する。
しかしそう言われてしまってはどうしようもない。

 「・・・・・・だそうだ」
 「うん、じゃあそれで」

思いのほか、ジュードがすんなりと了承したことは意外だった。
とりあえず寝床が決まったのであれば横になろうと、お気に入りのコートとスカーフを脱ぎ外して椅子におく。
すでにアルヴィンとジュード以外はベッドにいるため、自然と空いている1個へと向かった。
ブーツを脱いで横になると急激に眠気が押し寄せてくる、思っている以上に疲れていたらしい。

 「まくらどうしよっかーさすがにティポをまくらにはできないよね・・・・・・」
 「レイアひっどー!」

丁度向かいのベッドでレイアが腕を組んで首を捻っている。
そういえば彼女はエリーゼと同じベッドだ、まくらが1つ足りないのだろう。
どうしようか、と一瞬考えたがまぁいいかと、少しからだを起こして寄りかかっていたまくらを取った。

 「そんじゃあこれ使えよ」

レイアの視線がこちらへ向いたのを見計らって、彼女が受け取りやすい軌道でまくらを放った。
この結果アルヴィンとジュードはまくらなしとなったが、相手が彼女たちならジュードも文句はないだろう。
彼には悪いことをしたと思いながらも、何となくここは譲っておくのが無難かと思った。

 「ありがとう!・・・・・・けどよかったの?そっちも2人で寝るんでしょ?」
 「別になくても平気だろ、なぁ?」
 「え?んーまぁいいんじゃない」

少し思うところがありそうなジュードの反応ではあったが、優等生な彼が今更返せとは言わないだろう。
欠伸をかみ殺しながら髪を掻き揚げるように手を動かすとぱさり、とセットしていた髪が降りた。
随分とすんなり崩れたものだと思ったが、どのみちもう寝るのだからいいだろう。

 「それでは灯りを落としますよ」

ローエンの言葉に皆がベッドへと潜る。
最後の一人となったジュードのほうへと目を向け、シーツを左手で持ち上げながらベッドを右手で数回叩いた。
一瞬の間のあと、小走りで駆け寄ってきたジュードがベッドの縁に座ってブーツを脱ぐ。
その後ベッドへ横になったところで部屋の灯りが落ち、持ち上げていたシーツから左手を離した。

ブーツを脱ぐために座った位置そのままに横になったジュードを見て、
自分と同じベッドはやはり嫌なんだろうなと改めて思ったが、その位置で寝ると明らかにベッドの外へ落ちかねない。
言うべきか言わざるべきか悩んだが、外に落ちて風邪でもひかれたら目も当てられない、という
真っ当な理由を見繕いながらも、本音は言えばもう少しこちらに来てくれるんじゃないか、という淡い期待を持って声をかけた。

 「そんなに隅にいたら落ちるぞ」

極力小さな声でジュードへ声をかけると、仰向けになって目を瞑っていた彼の目蓋が持ち上がる。
すでに少し眠そうなぼんやりとした視線がこちらへと向けられ、目が合った。
何か考えているのであろう間をおいてから、ゆっくりと彼の口が開く。

 「・・・・・・じゃあ、もう少し寄っていい?」
 「どーぞ?」

動きやすいようにと、先ほどと同じように左手でシーツを捲る。
どういう思考の結果の答えなのかは分からなかったが、とりあえずはもう少し寄るという結果にはなった。
色々と考えてのことだろうとは思いながらも、内心嬉しいと思ってしまった自分がいる。
しかし、彼を想うことなどできる立場ではないと分かっているはずなのに、と思うとその喜びも急激に褪めていく。
なんとも馬鹿らしい、期待して馬鹿を見るのは己と火を見るよりも明らかだというのに。

思いのほかジュードとの距離が詰まって、少し胸がざわつく。
まくらを独断で譲ってしまったお詫びにと彼の頭がベッドに着地する前に右腕を伸ばした。
すとん、と彼の頭が落ちてくる感触の後、シーツごと左腕を彼の上に落とす。

 「はい、おやすみ」
 「うん」

距離が短くなったせいか、ジュードの体温を近くに感じて眠気が一気に押し寄せる。
彼が何かを言っているような気はしたものの、降下を始めた意識はそのまますとんと落ちた。



夢を見た、悪い方の夢だ。
否、悪いのは夢ではなくて己であって、夢の中ですらこんな状況というのは自業自得の結果なのだろう。
拒絶の声が聞こえる、どれも悪いのは自分であって、今はもう謝罪することしかできない。
頭が痛い、思考がぐるぐるとする、気持ち悪い、息が苦しい。
抜け出す方法なんて思いつかないし、この状況を諦めてしまっている自分がいた。

 『アルヴィン』

座り込んで俯いているアルヴィンの前に人影が落ちる。
名前を呼ぶのはよく知っている声で、のろのろと顔をあげるとそこには無表情で見下ろすジュードがいた。
その時アルヴィンが感じたのは辛い、苦しいなんていうものではなく、ただそこにあるのは恐怖だ。
彼に突き放されたら、その最後の言葉は死刑宣告にすら等しい。
それだけはやめてほしい、他の責める言葉は幾らでも受けるから、それだけは聞きたくない。

目の前に立つジュードの口がゆっくりと開かれ、やめてくれと心の中で繰り返していた折、
ふと、左肩に何かが触れるような感触があってアルヴィンははっとした。
そちらの方へと振り返った途端、視界はホワイトアウトしていった。



体が揺さぶられている感覚に、意識が浮上した。
名前を呼ばれている。
その呼びかけに応えようとゆっくりと目蓋を持ち上げた。

 「ん・・・・・・」

瞬きを数回したところで、こちらを見ているジュードに気づいた。
一瞬、直前に見たあの無表情な彼と重なりそうだったが、心配そうなその表情に思わずほっとしてしまった。

 「大丈夫?魘されてたけど」
 「悪い、起こしたか」

ジュードは明確に答えなかった、ただ曖昧に笑うだけだ。
その意味するところを考えるほど、思考力も精神的な余裕もない。
ただその笑みと優しい言葉が心に染み込むようで、体中に篭もっていた力が抜けていくように感じた。

 「・・・・・・水でも飲む?」

そう問うてきて、アルヴィンの回答を待たずにジュードはベッドから離れようとする。
まともに動かない思考回路は、いつもアルヴィンが本音に被せるいくつものフィルターをすべて無視した。
無意識に伸ばした左手は、ジュードの右手を捉える。

 「水は、いい」

今ほしいのはそんなものではなくて。
そのまま左手を引くと、抵抗なくジュードの体が落ちてきた。
彼の右手を握る手を離して、左腕でシーツごと彼を抱き寄せる。
温かい体温に心が静まるのを感じた。

 「ちょ」
 「・・・・・・わるい、こっちがいい」

彼の頭を右腕で抱えこみ、顔を埋めた。
嫌なら振り解けばいいのにと思いながら、それでも今はこうしていたいと目を瞑る。
明日起きたら、寝ぼけてたわりぃわりぃ、と言おうなんて考えているうちに、再び眠りについた。



彼の優しさにつけこむ卑怯な自分に、彼を想い期待することなんて誰が許すというのか。




すれ違い通信。
アルヴィンにとって、ジュードの拒絶が一番の恐怖だといいと思う。最後の砦だよね。
タイトルはお花の学名。