冓nquieto


最初はただ巻き込まれただけの子供で、取り入って色々と聞き出すのに利用しようと思った。
だんだんその夢見がちなところやふわふわしている、いかにもガキっぽいところに苛立ってきたものの、それとなくやり過ごした。
その後、妙に大人じみたことを口にするようになって、子供が随分とご立派なことを言うようになったものだと苛立ちが増してきた。

ただ、慣れてくるとこの場所は案外悪くないかもしれないなんて、自分の中に歪が生まれたもその頃だっただろうか。
真っ直ぐなその瞳や言葉、感情を直視できなくなってきたのもきっとこの頃だ。
背くことへの罪悪感と、日々急速に成長していく姿への劣等感と、自分は本当にこのままでいいのだろうかという焦燥感と。

それでも、結構気に入っていたなんて、信じてくれることに素直に喜びを感じてしまったなんて、おかしな話だ。
そうしているうちに多分、彼のことがたまらなく愛しくなってしまったのだろうと、今になって思う。



エレンピオスに帰ってきてから、これまでの夢をよく見るようになった。
今になって、あの時こう言っていればよかったのだろうか、ああしていればよかったのだろうかと思うのに、
いざ夢でその状況になると、結局同じことを繰り返している自分がいて、目が覚める度に精神的にくるものがある。

そして今日もいつも通り夢をみた。
ふらふらとした足取りで向かっているのはハ・ミルの小屋で、行きたくないと思う意志に反して足が進む。
扉を開ければ見覚えのある光景がそこにあって、ベッドの上に座り込むジュードの姿もそのままだ。
かちゃり、と音をたてて銃口を彼へと向けるや否や、レイアが割ってはいってくる。
彼女に止められるのはこんなに早いタイミングだっただろうか、なんて考えている最中で銃弾が放たれた。

 『・・・・・・え』

あの時はそう、発砲こそすれどもその銃弾は誰にも当たらなかった。
それなのに、今放った銃弾は真っ直ぐに、まるで狙い澄ましたかのように前方へと飛んでいく。
スローモーションに見えたそれはジュードの左胸へと吸い込まれていって、視界が深紅に染め上がった。
その瞬間視線の交わった彼の瞳は、あの時の感情が欠落したそれではなく、真っ直ぐとしたいつもの彼のものだった。



目が覚めた時、体の震えと動悸の激しさに襲われて今がいつで、どこにいるのか一瞬分からなくなった。
肩で呼吸を繰り返し、まもなくしてから、今はエレンピオスへ戻ってきてトリグラフのバランの家にいるのだと認識する。

 「・・・・・・っ」

ふと隣のベッドを見遣れば、眠るジュードの姿があった。
ベッドから起きて、シーツを握る彼の手にそっと触れるととても温かく、規則正しい寝息が聞こえてくる。
彼は生きているのだと実感できた安堵はあったものの、それ以上に罪悪感が強く、ふらりとした足取りで部屋の外へと向かった。

バランの家の前にある小さな公園は夜明け前のこの時間には人影ひとつなく、
ブランコに勢いよく腰掛けると、カシャンと鎖が妙に大きく響いた。
膝に肘をいて、両手で顔を覆うなり深い溜め息を零す。

 「・・・・・・くそっ」

あんなものを見て、手の震えが収まるはずもなかった。
確かに夢に対して現実と違う経過と結果を求めてはいたが、だからといってこんな夢が見たかったわけではない。
そうじゃない、そうじゃないだろうと頭の中で繰り返した。
何よりもそんな夢を見てしまう己に、自己嫌悪する。

 「どうしたの」

上から降ってきた声、声がするまで近くにいると気づかなかった。
今顔をあわせたくない当本人が、知らぬ間に自分の前に立っている。

 「・・・・・・なんでもねぇよ」

両手で顔を覆ったまま、顔をあげずにそう答えた。
情けないことにその声は少し震えてしまっていたかもしれない。
返した言葉への返答がないまま、ふわりと空気が動いた。
何かと思って少しだけ顔を手から離すと、目の前に屈みこんで覗き込んでくるジュードと視線がぶつかる。

 「アルヴィンは本当にウソばっかり、全然なんでもないって顔してないよ?」

首を傾け、少し困ったようなそんな笑みを浮かべながらジュードは言う。
そんな彼を夢の中とはいえ自分は、と唇を噛み締めた。

 「悪い夢でも見た?」
 「・・・・・・お前を、殺す夢」

ぽつりとそう答えると、ジュードは驚いたように少し目を見開いた。
しかしそれはほんの一瞬で、彼はふっと笑う。

 「生きてるよ、僕は生きてる・・・・・・アルヴィンがあの時撃たないでくれたからね」

だから大丈夫だよと、優しい声が諭すように言う。
あぁおかしいな、彼は自分よりも11歳も年下で、あんなにも子供じみた子供だったというのに。
あんなに彼の言葉に苛立っていたのに、今はそうではなくて、無性に好きだなぁなんて思ってしまう。

 「・・・・・・ジュードくんは優しいねぇ、あんまり優しくされると惚れちまうわ」

ぽろりと零れたのは本音で、むしろ好意なら結構前からあって、でもきっと上手く誤魔化せただろうと思った。
何を馬鹿なことを言っているんだと言われるかなと待ってみるも、ジュードの反応はない。
すっ、と彼が立ち上がる気配があって、あぁこれはまずかったかと顔をあげた。

 「・・・・・・」

悪い、冗談だって、と言おうと思ってあげた視線の先にあったのは嫌そうな顔ではなくて、思わず言葉が詰まった。
これは予想外の反応だったなと、視線を宙に彷徨わせているジュードを眺める。

 「・・・・・・おーい、ジュード?」
 「えっ?!なっ、なにっ」

明らかに動揺しています、というその態度に思わず笑いが零れた。
両腕を伸ばして、目の前に立っているジュードの体を抱き寄せると、一瞬びくりとはねる。
耳が触れたのは丁度彼の左胸で、とくりとくりと、鼓動が聞こえてきて安堵の息をついた。

 「もう・・・・・・アルヴィンは突拍子ないから吃驚するよ」
 「わりぃわりぃ」

苦笑交じりの声に謝りながら体を離そうと思ったタイミング。
髪に触れる、背に触れる体温に今度はこちらがびくりとした。
よしよしなんていいながら撫でる優しい手に、なんだか少し泣きそうになる。


あぁもしかしたら、これは彼を撃ち殺した自分が見ている夢なのかもしれない。




夢ならどうか醒めない夢でありますように。