僂rocus


次はない。

その言葉は心のうちで何度呟かれてきただろうと、トリグラフの公園でひとりぼんやり思い起こす。
かつては、彼が何食わぬ顔をして戻ってくるたび、純粋に"ちゃんと戻ってきたからきっともう大丈夫"と
彼をもう一度信じるために、まるで自己暗示のように毎回毎回呟かれていたものだった。

しかし今回はどうだろう。
今回、ニ・アケリア霊山で一緒に行こうと彼へ言った時に心のうちで呟かれた
その言葉が包括する意味合いはどうだっただろうか。

 「ジュード?」

ベンチに腰掛けてぼんやりと空を眺めていると、すぐ横まで歩み寄ってきたエリーゼに声をかけられた。
勿論ティポも一緒で、今は彼女の両腕の中に納まっている。

 「うん?どうしたの」
 「いえ、その・・・・・・ジュードに聞きたいことがあって・・・・・・」
 「どーしてアルヴィン一緒なの!嘘つきばっかりなのにさー!」

言いよどむエリーゼを他所に、ティポが直球の問いかけをしてきた。
とはいえティポの言葉はエリーゼの本音、そして今回はティポの物言いに慌てたり、訂正したりといったことはない。

 「何となく、放っておけなかったのと、あとは次はないかなって思ったんだよ」

言葉の上っ面だけのことを言えば、本当はそんなこと今回に限ったことではなくて、
ただ言葉にするとどうしてもそういう表現になってしまうなと、内心ジュードは苦笑する。
少し首を傾げて考え込むような素振りを見せているエリーゼに隣の席を勧めた。

 「本当に、次はないでしょうか」
 「多分ないと思う、それに裏切ったとしてもその時にはもう戻ってはこないだろうなって」
 「・・・・・・」

あんなに弱ってしまっている彼がもう裏切るようなことはきっとない、そしてそうする必要性も今のところ見当たらない。
そんな彼がもしここから離れるようなことがあればよほどのことで、それは一方通行、今までのように戻ってはこないだろう。
だからこの"次はないだろう"という思いも、きっと今回が最後なのだとジュードは思っていた。

 「そもそも、今後もしアルヴィンがいなくなったら、それは裏切りじゃなくて逃避だと僕は思うんだ」
 「逃避、ですか?」

ここにしがみつこうとしている彼がそうすることを諦めてしまったら、彼はきっと姿を消してしまうのだろう。
そうなったら、きっともう二度と彼の姿を見ることは叶わないのではないか。
それは憶測ながら、どこか確信めいたものすらジュードは感じていた。

 「だから、次はないんだと思うよ・・・・・・アルヴィンにも、僕にもね」

今彼から目を背けたら、どうにか捉えた手を離してしまったら終わりだ。
彼を信じたい、一緒に行きたいと願う自分にとっても、きっと今回が最後のチャンスで。
今回の"次はない"には、そんな色々な意味と理由が内包されていてる。



一旦話はそこで途切れ、しばしエリーゼとの間に沈黙が訪れた。
その後先に話を切り出したのは彼女のほうだった。

 「・・・・・・ジュードは、どうしてそんなにアルヴィンのことを気にするんですか、あんなにひどい事をされたのに」
 「何でかな・・・・・・何でだろうね、僕にもよく、分からない」

納得がいかないといった様子のエリーゼに、曖昧に苦笑しながらそう答えた。
そしてむうと考え込んだ彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
しかしその答えは嘘で、本当は分かっていた。

騙し慣れてしまった彼の言動に優しさを見出したせいで、気づかず騙され慣れてしまった自分が、
こうして頭を撫でたり、あるいは肩に腕をまわされたり、そしていなくなっても必ずいつも帰ってくるそんな彼に
淡い期待を抱いてしまっている、本当はそれだけではないのでは、と。

ただそれだけのことなのだ、いつかは捨てられるというあの人の言葉からただ、目を背けたいだけなのだと。
そんなことはない、そんなことはきっとないと、騙され慣れすぎた愚かな自分は、
懲りもせずその仄かな期待を頼りに彼の手を取ってしまうのだ。

 「ジュードはアルヴィンに甘すぎ、です」

優しすぎます、とエリーゼは言う。
その言葉に何て返せばいいのか、いい言葉が思いつかなかった。
甘いのかもしれないが、優しいわけではなくて、本当はただの我侭だ。

結局彼と一緒にいても大丈夫だという理由がどんなに多くても、ひっくり返して残るのはいつだって同じ。
一緒にいれば、いつかはちゃんとこちらを向いてくれるのではないだろうかという小さな小さな願い。



そうしていつも"次はない"なんて、馬鹿げた暗示を繰り返す。




でももし次があったらきっとたちなおれない。