少数民族の村で、質素な生活に触れる

タイ北部には少数民族の村がたくさんあり、そのような村にトレッキングで訪れる人も結構います。私は、普通のトレッキングツアーでは行かない村で3泊のホームステイをしてきたので、ここで紹介します。

都会から少し離れたところにあるもの

Link」というNGOのスタディーツアーで行ったのは、チェンマイから車で2時間半ほど北に行った所にあるホイポン村です。スタディーツアーと言うからには勉強の要素があり、私は「持続可能な社会に触れる」ことを目的に参加しました。

タイのプミポン国王は「足るを知る経済」の概念を出し、「自分が食べる分をまず生産し、余った分だけを売る」ことを推奨しています。これは1997年のアジア通貨危機で、バンコクの経済が大ダメージを受けた時も、自給自足的な生活をしていた農民がほぼ無傷だったことからの教訓を言っています。
タイ人の多くは「足るを知る」ことの重要さを理解していますが、これはなかなかできるものではありません。実践するためには都会(資本主義)から離れる必要があると思います。

ホイポン村の生活

そんな訳で(前置きが長くなりましたが)、ホイポン村の紹介をします。

この村では、テレビやオートバイなど町で買った商品もいくつか見かけますが、おおむね質素な生活をしています。電気ももちろん来ていますが、見かける電化製品は数台の冷蔵庫ぐらいです。街灯も無いので、夜には満天の星空が見られる贅沢さがあります。村には洗濯機もあるとのことですが、多くの人はタライを囲んでおしゃべりしながら洗濯してます。
家は雨風を防ぐ目的で造られており、戸には鍵もついていません。泥棒がいないので鍵の必要が無いのです。

村はファーン川の流域に作られており、川の近くには見事な水田が広がってます。日本の水田と違って、タイでは稲の密度は高くありません。雑草を抜くのに人が簡単に入っていける間隔で稲が植えられているんだと思います。
村には耕耘機や精米器もあるのですが、それらの機械に依存しすぎず、人手の作業も残しています。例えば人力での精米は、足踏み式のシーソーで臼を突いて米と籾殻を分離するやり方です。私もやってみましたが、10分ほどで息が上がってしまいました(それでも頑張って30分はやったと思います)。村人は平気で2時間くらいやっていました。体の鍛え方が違いますね。


精米の様子(左)、籾殻付きのの米(中)と精米後(右)

村には水田だけでなく、いろいろな畑があります。トウモロコシ畑をかき分けて歩いている時、ツアー先導役の人が「となりのトトロ」の歌を歌っていました。
確かに! この村にいると、「トトロ」の世界に入ったような感触があります。
田んぼがあり、川が流れていて、山に囲まれていて、森は不思議な何かが住んでいそうなぐらい深いです。子ども達は自然を相手に遊び、鶏は放し飼いで元気だし、川に釣り糸を垂らせば5分おきに魚が釣れます。
釣れた魚は見たことのないものでしたが、食べてみると普通に美味しいです。魚だけでなく、野菜も鮮度が高くて感動します。私が参加したツアーの時には無かったのですが、畑を走り回っている地鶏を締めて食べた時もあるそうです。
村での滞在中には、村人が気を使ってくれたのか缶詰やイカの油揚げなど町で買ってきた食事も出たのですが、私には村で採れた食べ物の方が美味しく感じられました。自分で食べるものだから農薬も全く、あるいは最低限しか使っていないようです。地産地消商品は純粋に美味しい(栄養価も高い)というのはこういうことなんですね。チェンマイに戻って普通の食事をしていると、村で食べた新鮮な料理が恋しくなるほどです。

私がホームステイした家は電気を使ってないので、ロウソクの明かりの中で食事です。
調理をすべて薪でしているのも、料理が美味しい理由の1つかもしれません。


豊かさを考える

都会の生活に慣れている人がホイポン村を見たら、とても貧しい村に見えると思います。 ところが、実際にこの村に来た人は皆(私も含めて)、この村は貧しいどころかすごく豊かだと感じるようですここで過去ツアーの感想が読めます)。
豊かさの源泉は、自然環境の良さが大きいと思います。
ホイポン村では森の中を歩いているだけでもバナナやマンゴーの実を見かけます。 魚は簡単に釣れますし、植物もすくすく育ちます。このためか、村人の仕事はどこかノンビリしています。想像なのですが、村では電化製品などはお金が無くて買えないんじゃなくて、必要が無いから買わないんじゃないかと思います。

タイにはホイポン村のような少数民族の村がたくさんあり、そこにはまだまだ多様な問題が残っていますが、経済危機のようなものには多少の耐性があります。
逆に、日本は安定で裕福に見えますが、実際は国債発行や化石燃料などに依存していて、つまり未来と過去からの両方の資産が無くなれば崩れてしまう脆弱な社会です。ヨーロッパではすでに財政破綻でバランスが崩れていますが、日本もそう遠くない未来に同じ状況に陥るでしょう。資源についても、このまま消費の増加が続けば2030年には地球2個分が必要になるという試算もされてます。今や、持続可能な社会(サスティナビリティー)を真剣に考えなければいけないのは先進国になってしまいました。

持続可能な社会にするためには、お金をあまり使わないで、共同体の和や教育などの非ゼロ和なものに豊かさの価値観を変えていかなければなりません。
そもそも実は、お金があっても幸福にはならない、「幸福のパラドックス」現象があるので金銭はあまり重要では無いのですが、このことに気づいている人は少数です。 また、先進国の危うさに気づいている人でも、「そうは言っても昔の生活には戻れない」と思って行動を変えられないようですね。

私がホイポン村で生活してみて分かったことは、「不便と思える生活も、1日で慣れる」ということです。便利な生活に1日で慣れてしまうように、不便な生活も、周りの皆が同じようにしていればあっという間に馴染みます。これはなかなかの重大発見でした。
そしてもう1つ重要なのは、村人が皆、生き生きと楽しそうにしていることです。見かけの貧しさから感じる苦しさのようなものはありません。これは日本人が考える「貧乏=かわいそう」という図式とは全く違います。ここの村人と東京人を比べたら、あきらかに東京人の方が苦しそうに見えます。
日本の農村と違って、ホイポン村には若者や子どももたくさんいます。どうやら、都会の生活にあこがれて村を出た人も、また戻ってくるようです。田舎の生活の方が楽だということなのでしょう。

少数民族の、質素だが暖かな暮らしに少しだけ接した我々は、ツアー最終日には誰もが「もっとこの村にいたかったな」という感想を持ちました。
金持ちであるが故にいろいろ失ってしまった日本から離れて、こういう本当の豊かさに触れる体験をするのは悪くないと思います。