僭rigio - 1 -


浅蘇芳の羽織をひらり、ひらり、と靡かせながらザーフィアス城の廊下を進む。
以前であれば目にも留められないか、精々胡散臭そうな目で見られる程度だったというのに、
今やこの姿であってもすれ違う騎士という騎士に敬礼で出迎えられる有様だ。
別段堅苦しいとはいえ挨拶をされることを嫌だと思っているわけではないものの何とも奇妙な気分だ。

オフの時にオンの対応を求められるような、そんな感覚を覚えつつ、
レイヴンは軽い足取りで騎士団長の執務室へと足を進める。
この足取りひとつとってしても、昔と今とでは随分と違うものだ、とぼんやり考えながら小さく息をついた。

窓から差し込む陽射しは茜色。
薄っすらと暗くなってきた廊下を歩き続けて、ようやくと目的地の扉を視界に捉えた。
ノックを2回、中から応じる声が耳に届き、レイヴンはノブに手をかける。

 「レイヴンさん、お疲れ様です」

部屋の主、フレンが手元の書類へと落としていた視線をこちらへと向けて微笑む。
彼のデスクのそばにある別のデスクには、ソディアとウィチルの姿もあり、彼らは席から立ち上がって頭を下げた。
軽く会釈でもしておいてくれればそれでいいのに、と内心思いながらレイヴンは苦笑する。

 「あーそんな堅苦しくしなくていいから」

手をひらりひらりと揺らしながらそう口にすれば、ソディアとウィチルは顔を上げ、改めて小さく礼をして席に座った。
閉じた扉から数歩進み、レイヴンはフレンの目の前まで歩み寄る。

 「そんでどったのよ、急ぎの用があるっていうからこっち来たんだけど」
 「えぇ、お呼び立てしてしまってすみません・・・・・・対応に困窮している案件がありまして」

もともと今回レイヴンがザーフィアスに来たのはフレンの呼び出しがあったためだ。
シュヴァーンではなく、あくまでもレイヴンとしての喋りに
ソディアが反応に困っている気配を薄っすらと感じつつも、レイヴンは気づかなかったことにする。

 「先日、巡回中の騎士とギルドの人間とでいざこざがあったのですが」
 「あー・・・・・・連中が話聞かないとか?」

お察しの通りです、と心底困った様子でフレンは頷いて応じた。
彼としては両者の話を聞いたうえで判断をと考えているものの、
ギルドの人間は騎士団に話をしても無駄だとへそを曲げて何も語らないのだという。
一方の騎士団員は自分たちに非はないと主張しており、手をこまねいているようだ。

 「で、俺に話を聞いて欲しいってことか」
 「お手を煩わせてしまって申し訳ない限りです・・・・・・」
 「気になさんなって、このタイミングでしょうもないトラブルが起きるのは帝国にもギルドにもよかないからねぇ」

フレンとしてはこのようなことでいちいちレイヴンの手を煩わせたくはなく、
できれば自分たちでどうにかしなければと思っているようで、それが叶わず心底申し訳なさそうにしている。
しかし、帝国とギルドの関係が以前と比べてかなり安定してきているとはいえ塵も積もれば山となる、だ。
小さな諍いひとつとはいえそれが続けば大きな歪になりかねない、だからこそ遠慮せず頼ってくれて構わないとレイヴンは思う。

 「こういう時のためのレイヴン様でしょ、ってことでそんじゃあ早速お話してきますかね」
 「ありがとうございます、すみませんがよろしくお願いします」
 「あとで内容まとめて持ってくるわ」

部屋案内はソディアがしてくれるようで、フレンの呼びかけに応じて彼女が席から立ち上がる。
そんな彼女の後を追ってレイヴンもこの部屋の外へと足を向けた。

現在、件のギルドの人間は客室の一室に滞在しているのだという。
牢屋に放り込んでいないあたりはさすがのフレンというべきか、客扱いされているならば多少なり話もしやすいだろう。
あと気にするところとしては、精々相手がレイヴンのことを認知しているかどうか、といったところか。

 「こちらです」
 「はいよあんがと、あとはこっちでやっとくから」

レイヴンの言葉にソディアは深々と一礼をし、踵を返して歩いてきた廊下を戻っていった。
本当に真面目で堅物な人物だな、と思いつつも、それでいて多少は軟化したか、などと彼女の背を眺めながら考える。
顎の無精ひげを数回撫でたところで、レイヴンは一息ついて部屋の扉を叩いた。

 「何回来ようが話す気はねぇぞ!」

中からの応答を待たずに扉を開ければ、早速とそんな声が飛んでくる。
このたった1枚の扉を潜っただけで、ザーフィアスからダングレストに戻ってきたような気分だ。
こちらを見向きもせずに、だらしがなくソファや椅子に腰かけるのは男5人組、
知ってる顔ぶれなだけにレイヴンは頭が痛くなった。

 「はいはい、相変わらず騒々しいわねまったく」
 「・・・・・・って、何だレイヴンかよ」
 「何だとは失敬ね、あんたらのせいでこっちはダングレストからお呼び出し食らったってのに」

腕を組んで今し方閉じた扉に寄りかかりながら、レイヴンは盛大に溜め息をついた。
ようやくとレイヴンに気づいた5人がこちらの方に顔を向ける。
彼らは天を射る矢の人間ではないが、ダングレストの酒場でよく顔をあわせるため面識はあった。

 「いきなり牢屋にぶち込まれたならまだしも、客扱いされてるんだからもうちょっと融通利かせなさいよ」
 「んなこと言われたってな、そもそも騎士のガキどもが先に突っかかってきたんだぞ、俺らが何したってんだ」
 「自分らに非がないならそう言えばいいでしょうが」

頭痛を通り越して眩暈がしてくるのを感じながら、レイヴンは肩から脱力してもう一度溜め息をついた。
何しろ、たったこれっぽっちの会話で、フレンが欲していた情報が幾分か含まれているのだから、溜め息もつきたくなる。

彼らの話を掻い摘むと、ザーフィアスの酒場で飲んだ後に店の外へ出たところ、巡回中の騎士と鉢合わせたのだという。
そのまま宿に戻る予定だったものの、特に何もしていないというのに職質が始まり、
言いがかり紛いな騎士の発言に反論した結果、このような状況になったらしい。

 「あー分かった分かった、店にも迷惑かけてないんでしょ?確認とってきてあげるから、大人しくしてて頂戴」
 「まじ頼むわ、依頼こなしたとこだから客には迷惑かけてないが、次の仕事が受けられねぇ」
 「はいはい」

そんなことなら最初から騎士団相手にも経緯を説明すればいいのに、と思いつつも、
説明しても無駄と思ってしまう気持ちも分からないこともない。
最後に彼らが訪れたという酒場の場所を確認してから、レイヴンは部屋を後にした。



時間も丁度陽が沈んだ頃合だったため、レイヴンは件の酒場へと向かうことにした。
単に情報収集をするためであれば羽織姿で行って支障はないかと思ったものの、
万が一この件で帝国とギルドの諍いが表沙汰になった場合に、
騎士団として正式に事情聴取をしたという事実はあったほうがよいだろうという判断のもと、騎士服に着替えている。

暗くなったザーフィアスの道を歩き、巡回中の騎士たちの礼に応じながら、件の酒場へと向かった。
目的地は商業通りの先にあり、到着して早速とその扉を潜れば、酒場独特の喧騒に満ちている。
この空気に己の姿は心底浮いていることだろうと思いながらもカウンターへと足を進めていると、
途中で見覚えのある顔と視線がぶつかり、思わずと足が止まる。

 「あら、こんばんはおじさま」
 「奇遇だな」

にこり、と微笑むジュディスとユーリがそこにいた。
思いがけない再会だった、依頼か何かでこちらにきていたのだろうか。
羽織姿であれば同席して夕食と酒を楽しみたいところだったものの、如何せんそうもいかない。
とはいえ折角こちらに気づいて彼らが声をかけてくれたのだから、とカウンターに向けていた足を方向転換した。

 「何でまたんな格好でここにいるんだよ」
 「見ての通り、仕事だ」

人目も多くさすがにいつもの調子での応対は憚られ、レイヴンは溜め息交じりながら簡潔に回答を返した。
ユーリとジュディスも別段そこは気にする様子もなく、普通に相槌を打つあたりはさすがと言うべきか。
この場にカロルあたりがいると、城でのソディアと逆の意味で物言いたそうな視線を投げてくることだろう。

 「そいつはお疲れさん」

特に詳しいことを尋ねてくるようなこともせず、ユーリは笑う。
彼らのテーブルには空いた皿とグラスが置かれており、丁度席を立とうとしていたところだったようだ。
名残惜しくも、ジュディスからも労いの声を受けたところで彼らとの会話は打ち切り、
レイヴンは改めてカウンターへと向かった。

カウンターの中にいる店員に声をかければ笑顔でこちらに応じてくれた。
話を聞けば、件のギルドの5人組については記憶に残っていた様子で、
店に迷惑をかけるようなこともなく、それどころか料理が美味いと言ってくれたのだと少し嬉しそうに語っていた。

レイヴンにしてみれば案の定、という話ではあったが、何ら件の5人に問題など見受けられなかった。
今回の件は巡回していた騎士の早とちり、ないしギルドに対する先入観といったものが原因で起きたと断言できる。
ギルドの5人組はこれで開放できるだろうということはいいとして、問題の騎士はどうしたものかと考えながら、
手短に店員に礼を述べてレイヴンは踵を返し、酒場の外へと出た。

 「・・・・・・」

酒場を出たところで映った光景に、レイヴンは気が遠くなるのを感じた。
先ほど席を立っていったユーリとジュディス、そして数人の騎士たちの姿がそこにある。
その様子を見ただけで、例の件と同じことがまさに目の前で起きているのだろうと察しはついた、が尋ねずにはいられなかった。

 「何をしている」
 「お、グッドタイミング」
 「シュ、シュヴァーン隊長?!」

レイヴンを指さししながらユーリがにやりと笑い、騎士たちは酷く驚いた様子で声をあげる。
現場を押さえたという意味ではレイヴンにとってもグッドタイミングではあったものの、
次から次へと忙しないものだ、と頭を抱えたくなってくる心持だ。

 「どうした」
 「はっ、この近辺にギルドの人間が多く集まり、治安悪化が懸念されるため声をかけながら巡回をしていたのですが・・・・・・」
 「私たちのことをはなから悪者扱いする仕事熱心な騎士様とお喋りしていただけよ」

にこにこ、といい笑顔でジュディスがそう言えば、騎士たちが苛立ちの声をあげている。
彼女の煽り文句は不当な取締りへの不満として仕方ないとして、こうも簡単に煽りにのっているようでは、
とてもではないがこの騎士たちではギルドの人間とやりあっていけないだろう。

 「・・・・・・城で聞こう」

零れそうになった溜め息をどうにか飲み込んで言葉を搾り出す。
騎士たちはまだ巡回が途中だと主張するが、このまま彼らに巡回させては同じ事の繰り返しになりかねない、と
ユーリとジュディスともども、ザーフィアス城まで連れて行くことにした。

途中、別区域の巡回を行っていたルブラン小隊に声をかけて、先ほどの酒場がある区域の巡回を頼めば、
真面目な彼らは即座にレイヴンの要請に応じ、真っ直ぐとレイヴンたちが来た道の方へと向かっていった。


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1本書くつもりが思ったより長くなったので2分割です。