儉a toile -1-


しばらくダングレストでユニオンの仕事に忙しなくしていたレイヴンは、久し振りにザーフィアスへと足を向けた。
ユニオンの会議でまとまった提案書を持っていく用事だったが、そこまで急を要する内容でもない。
久しいこの街をぶらりとしてからザーフィアス城へ向かおう、と思った矢先のことだった。

 「レイヴン殿ぉぉおおお」
 「・・・・・・えー早くない?早いわよね、さすがに早すぎるでしょ見つかるの」

ダングレストとは少し異なるものの、このザーフィアスも多くの人が溢れて活気付いている。
そんな大通りをのらりくらりと歩いたのはほんの数歩、自分の名前を呼ぶ聞きなれた声がレイヴンの耳に届き、足を止めた。
これは最速記録じゃないか、などとぼやいているうちに、声の主が目の前に姿を見せる。

姿勢を正し、律儀に敬礼するルブランと、彼の部下であるアデコールとボッコスがそこにいた。
ザーフィアス城に行く前に寄り道でもしていこうかと思っていたが、こうなると直行は確定だろう。

 「お待ちしておりました、ソディア殿がお呼びです!ささ、参りましょう!」
 「ソディア?何で、ってちょ・・・・・・おい、ルブラン!」

がしり、と荷物を持っていない左手首をルブランに掴まれて引き摺られるようにして歩き始めた。
更にはアデコールとボッコスが背中を押してくる。
そもそも何がどうしてソディアに呼ばれているのかが分からない。
今日こちらに着くことは予め伝えてはあったためフレンからであれば分かるがどうして彼女なのか。

そんなレイヴンの疑問などお構いなく、このルブラン小隊はザーフィアス城へと真っ直ぐに進んでいく。
彼らにこうして強引に運ばれていくのはこれで二回目か、などとレイヴンはいつぞやの脱出劇を思い起こした。



ザーフィアス城に到着すると神妙な面持ちのソディアに出迎えられ、何かあったのだろうかとレイヴンは首を傾げる。
ルブラン小隊は巡回に戻ると敬礼の後に来た道を戻っていき、
その後姿を見送った頃合、ひとまずと彼女と連れ立ってフレンの執務室ではなく、来賓用の応接室へと向かった。

換気のためか開かれていた窓からは風が流れ込んで、レースのカーテンがひらりと翻る。
ふかふかとした感触の心地よいソファにテーブルを挟んで向かい合うようにして座り、レイヴンは手短に用件を尋ねた。

 「で、どうした」
 「ご相談したいことがありまして・・・・・・実は、最近フレン団長があまりお休みになられていないのです」

その一言でおよその状況とそしてここまで引き摺られてきた理由、そしてこれから我が身に降りかかることまで理解できた。
根を詰めて働くフレンを休ませたい、休ませるためには騎士団の運営に支障がでないようにしなければならない、
そのためには代理をたてる必要があり、丁度いいタイミングでレイヴンがザーフィアスに到着した、つまり、だ。

 「要するに、フレンを休ませたいから、その間俺に代理をやってほしいってことか」
 「は、はい・・・・・・お忙しいことは重々承知しているのですが、レイヴン殿のお力を貸していただきたいのです」

評議会も議員たちの休暇期間にあたる休廷期に入るタイミングで、彼らとの会議に参加する必要はないらしい。
それを聞いただけで幾分かましか、などと思っている自分は無意識ながら既に請け負うつもりになっているようだ。
実際、フレンの性格を考えると多少強引にでも自分が代理を請け負うぐらいしないとろくに休みも取らないのだろう、と
レイヴンは一考したのちに潔く諦めて白旗を揚げた。

 「はぁ、分かった分かった」

安請け合いしすぎて後悔するのは既に目に見えてはいたが、フレンにはまだ潰れられては困るし、
やれることをやらずに二の轍を踏むわけにもいかない。
レイヴンの返答にソディアは心底安心したような、それでいて申し訳なさそうな顔で礼を述べた。

とりあえずフレンから仕事を引き継いで、あとはどうやって彼を休暇に放り込むか、とレイヴンは考える。
ふと、そんな折に適任者がもうまもなくこのザーフィアスにやってくることを思い出した。
こうなれば彼も巻き込むしかない、とレイヴンはにやりと笑った。

 「ユーリがもうじき来るから、俺のところに来るように手配よろしく」
 「分かりました」

一瞬の間を置いてソディアから承諾の言葉が返ってくる。
恐らくは意図を汲み取ってくれたのだろう、と理解してレイヴンはソファから立ち上がり、
続け様にソディアも立ち上がって深々と一礼をした。

ユーリは今日ハルルからエステルを連れてザーフィアスに来る。
フレンを無理やりにでも休暇に連れ出すのであれば、やはりユーリに任せるに限るだろう。
あとは若き騎士団長のために自分が一肌脱いで頑張りますかね、とレイヴンは小さく息をついた。



以前から滅多に使うことのなかったシュヴァーンの執務室に足を踏み入れると何だか空気が悪く、レイヴンは顔を顰めた。
正直なところ、レイヴンとしてはろくに使わないこの執務室は手放したいとかねてより思っているものの、
フレンからは有無を言わさない笑顔で引き続き使ってほしい、と言われてしまい、持て余している状況だ。

 「うーん・・・・・・」

それなりに広い部屋、使われずにもったいないことこの上ない、と自分が使っていないことを棚に上げつつ思いながら、
レイヴンは窓辺に寄って閉じていたカーテンを開けた。
窓越しに見える空は綺麗な青で、綿雲がゆっくりと流れている。

 「しばらくはここに缶詰かねぇ」

窓を開けると清々しい風が流れ込み、緑の香りがしてレイヴンは目を細めた。
ザーフィアス城の2階にあるこの一室は眺めも日当たりもいい。
外からは騎士たちが訓練に励む声が遠く聞こえてきて、レイヴンは目を瞑って深く息をついた。

何だか遠い記憶が頭を過ぎり始めて、少しばかり感傷に浸りそうになった自分をレイヴンは叱咤する。
そうして目蓋を持ち上げた頃合、扉を叩く音が響きいて返答を待たずに扉が開いた。

 「たのもーなのじゃ!」
 「ん?あれ、パティちゃんじゃないの」

想定していた声よりも高いそれに、半ば驚きながら視線を扉へと向けると、そこには仁王立ちのパティがいた。
てっきりユーリが来たものだとばかり思っていたレイヴンは目を丸くする。
しかし、実際彼も来ているようで、パティの後から顔をひょっこりと覗かせて軽く手をあげた。

 「なぁんだ、青年たちと一緒だったのねー・・・・・・ってあれ、何か大所帯」

ユーリに続いてエステル、そしてリタの姿が視界に映った。
馴染みの面々との顔合わせが何だか嬉しく、レイヴンはへにゃりと笑いながら部屋の中へと招き入れる。
今し方開けた窓以外もカーテン共々開けて、すっかり部屋の空気も入れ替わり、明るくなったところで彼らのもとへと足を向けた。

 「レイヴンもザーフィアスに来ていたんですね」
 「ユニオンからのお届けものして、ちょっとだけ騎士団覗いたら帰るつもりだったんだけどねー・・・・・・」

女子3人が仲良く横並びにソファへと座っていたため、レイヴンはその向かいに座るユーリの隣にぽすり、と座り込んだ。
語尾を濁したレイヴンに、エステルは首を傾げている。

 「んでおっさん、俺に用があんだろ?猫目のねーちゃんに捕まって何事かと思ったぜ」
 「やー実はさぁ、おたくの幼馴染何とかしてほしいのよ」
 「ん、フレンがどうかしたのか?」

隣に腰かけるユーリが首を傾け、その漆黒の髪が揺れる。
レイヴンは、ソディアから聞いた話を復唱するようにして事の経緯を話し、そこから今後のことを話した。
ユーリにはとりあえずフレンをこのザーフィアス城から引き摺り出してくれさえすれば、後のことはお任せだ。

 「・・・・・・というわけ、青年頼めない?」
 「ようは連れ出せばいいんだろ」

ユーリの言葉にレイヴンは頷いて応じる。
どこに連れていったものか、と小さく唸る彼を見る限り、とりあえずは引き受けてくれるようだ。
すっかり蚊帳の外となっている3人の少女たちは別の話題で話し込んでいるようで、ユーリの応答を待つ間に断片的に聞こえてくる。

 「んで、その休暇ってのはいつからなんだよ」
 「今、なうよなう」

これは交渉成立だ、とレイヴンはにやりと笑った。
言うが早いか、レイヴンは立ち上がって隣に座るユーリの二の腕をがしりと掴む。
これでは先ほどのルブランのようではないか、と思いつつもそのままユーリを引き摺るようにして扉へと向かった。

 「はぁ?ちょ、いきなりすぎだろ」
 「いいから、さっさと行くわよ」

きょとん、としている女子3人組には、何もないけどゆっくりどうぞ、とだけ言い残してレイヴンはユーリ共々部屋を出た。
その後の展開は早かった、フレンの執務室へと向かうと既にソディアとウィチルによるフレンからの仕事没収作業が進んでおり、
レイヴンとユーリの登場に目を白黒させているフレンを、ユーリがつい今し方まで自分がされていたように引き摺っていく。

もう必要ないと言っているのに自分に隊長首席という権限を与えっぱなしにしておくから悪いのだ、と
困惑しながらも引き摺られていくフレンをレイヴンは温い笑顔で手を振りながら見送った。
この権限さえなければ、いくらシュヴァーンの名前が通るとはいえど、フレンの代理などできるはずもない。

ソディアたちはフレンが承認した書類の整理だけでもかなりの作業量があるらしく、
レイヴンは彼女たちだけで判断のできない新規案件の書類だけ受け取り、執務室へと退き返した。


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