僊nemone coronaria - phase 1 -


シャン・ドゥへの荷物届けの依頼を受けたため、ラコルム海停からラコルム街道を通って街へと向かう。
到着したのは夕暮れ時で、荷物を渡したらそのまま今晩はシャン・ドゥで宿泊になりそうだ。

 「それじゃあ僕、この荷物渡してきちゃうから宿とっておいてもらっていいかな」
 「おっけーついでに食料とかも補給しておくね」

相槌を打つレイアに、荷物から取り出した旅の路銀を詰めた袋を託すと、早速ラコルム街道口に近い宿へと向かっていった。
その後をミラ、ローエン、エリーゼが続き、アルヴィンはどうしたのかと思った矢先、ばさばさと小さな羽音が聞こえる。
何かと思って後ろに振り返ると、彼の手には一羽のシルフモドキが停まっていた。

この光景を見るのはどれ位振りだろうかと思いながら、それと同時に一抹の不安を感じる。
あのシルフモドキで、以前は母親と、あるいはアルクノア関係者などと連絡を取っていたはずだ。
しかし彼の母親はすでに他界し、ともすれば差出人としてすぐに思いつくのは後者だけということになる。

 「・・・・・・」

手元で広げた手紙を見たアルヴィンは酷く驚いたような、うろたえたような表情をした。
一体誰から、どんな知らせがきたというのか。
迷わずジュードは彼に声をかけた。

 「アルヴィン、どうしたの」

声をかけると、アルヴィンの肩がびくりと揺れた。
余程の内容で思考に集中しすぎて、周囲から意識が完全に逸れていたのだろう。
唐突に呼びかけられてはっとした様子で、アルヴィンが勢いよく顔をあげると、
その動作に驚いたのか、シルフモドキがばさばさと飛び上がっていった。

 「あ、いや・・・・・・何でもねぇ」
 「手紙、・・・・・・」

誰からきたのか、何と書いてあったのか。
聞こうと思ったところで随分と自分が女々しく思えて言葉を詰まらせた。

普通なら他人が受け取った手紙の差出人や内容などを問うなどありえないことだが、
こと彼に関してはどうしても無関心でいることがジュードにはできなかった。
理由は不安と、あるいは嫉妬なのだろうか。
そう思うと、不安はともかく嫉妬に駆られての問いかけとは憚られるものがある。

 「皆もう宿に向かったよ」
 「あぁ・・・・・・」

それとない言葉をかけて、ジュードはアルヴィンに背を向けて歩き始めた。
今の彼が裏切るような真似をするとは思えない、そう思ってきていたものの、
知らない誰かとやりとりをしている姿を見るとどうしても不安に感じてしまう。

 「・・・・・・はぁ」

思わず零れた溜め息は大きく聞こえたが、所詮はこの喧騒の中だ。
誰も気にした様子もなく、ほっとしながら橋を渡り、対岸側へと向かう。
荷物の届け先は、王の狩り場への出口に近い場所で露店を出している男性だ。

 「すみません、カラハ・シャールで届け物を頼まれたのですが」
 「お、待ってたよ」

店主は連絡を受けていたようで、気さくな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
どうにか平静を装い、ジュードも笑顔で応対する。
抱えていた小包を彩りの美しい果物の商品棚を挟む格好で差し出すと、店主がそれを受け取った。

 「いやー悪かったね、まさか買い付けに行って風邪引いてぶっ倒れるなんてな」

依頼主はこの店主の弟で、カラハ・シャールまで商品の買い付けに来ていたがどうにも風邪をこじらせてしまい、
身動きが取れないままカラハ・シャールの宿に数日滞在している状況だった。
先日カラハ・シャールにいた時、そんな彼と話す機会があり、一足先に商品を届けてくれないかと頼まれて
今回シャン・ドゥまで来ることになったというわけだ。

 「少し熱が高いようだったので、いくつか薬を勧めておきました。ちゃんと服用していれば、数日中には回復すると思いますよ」
 「おぉ、あんたは医者なのか?」
 「あーえっと、まだ見習いですけどね」

指名手配が解除されたとはいえ、恐らくは一時的であっても医学校から除籍されているだろうと思うと、
医学生を名乗るのは少し気が引けて、この手の質問を受けるたびに見習い、という言い方をするようになっていた。
それでも店主は随分と関心したように、腕を組んで頷いている。

 「荷物運びから診察までうちの弟が随分と迷惑をかけたな、よかったらこれを持っていってくれよ」

店主は大きめの紙袋へと店頭に並ぶ果物を数種類、それぞれいくつか入れてこちらに差し出してきた。
それは随分と量が多くてさすがに申し訳なくなったものの、
好意を無碍にするのもなお申し訳なく、ずしりと重たいその袋を受け取る。
底が抜けるのではと不安になったが、気を遣ってくれたようで紙袋は二重になっていた。

 「なんだかすみません、こんなに沢山」
 「いいっていいって、また何かあった時にはよろしくってことで」

そう言われては頷くほかなく、袋を抱え込みながら笑顔で頷いてみせた。
さて気になることもあるし宿へ引き返すかと思ったところで、そうだ、と何かを思い出したように店主が声をあげる。
何かと思い、道の方へと向けた顔を露店のほうへと戻した。

 「最近王の狩り場方面に行ったやつが全然戻ってこなくてな、このあたりに危ない魔物がいるのかもしれないから気をつけてな」
 「そう、なんですか」
 「店がここだからよく出て行く連中を見るんだが、戻ってきた人数が行った人数より圧倒的に少ない」

以前王の狩り場方面に出たのは、アルヴィンの母親の件でイスラを探しにいった折だったはずだ。
その時にはそれらしい魔物もいなかったと記憶しており、リーベリー岩孔はアルクノアの拠点になっていたが、
良くも悪くもミュゼが暴走していた折に大半が倒されている状況で、王の狩り場方面の危険性は今一歩想像に容易くはない。
ともすれば、昨今の不安定な霊勢の影響で、あの後何か凶悪な魔物でも出現したと考えるのが妥当ではある。

 「ま、あっち方面に用事がないなら行かないほうがいいぞ」
 「そうですね・・・・・・情報ありがとうございます」
 「いいってことよ、引き止めて悪かったな」

手を振って見送る店主に一礼をして、ジュードは来た道を戻るように歩き始めた。
抱えた袋の中からはパレンジのほかグミの素材にもなっている果物がその甘い香りを漂わせている。

あの後、アルヴィンはちゃんと宿へ向かったのだろうか、とぼんやり考える。
手紙を見たときの姿は以前のように別段何も気にする様子がないそれとは異なり、露骨に動揺していた。
余程の内容だったのだろうが、その内容を推し量るには情報が少なすぎて、流石に予想することすら難しい。

あれこれと考えながらひとごみを抜けて橋を渡り、宿に入るとエントランスにローエンの姿があった。
待合用のソファに腰掛けて本を読んでいる様子だったが、こちらに気づいたようで顔をあげて微笑みかけてくる。

 「おかえりなさい、おや何だか甘い香りがしますね」
 「荷物を届けたら店主さんがくれたんだよ・・・・・・他の皆は買い出しかな」
 「えぇ、荷物を置いてすぐに出ていかれましたが、街に着いた後からアルヴィンさんの姿は見ていませんね」

てっきり一緒にいるのかと、とローエンに言われてジュードは首を横に振った。
何だか嫌な予感がする、姿を見ていないということはアルヴィンはローエンたちに合流しなかったということになる。

 「・・・・・・それで、部屋はとれたの?」
 「えぇ、今日は生憎と1部屋しか取れませんでしたが」

1部屋のときの恒例、女性陣が着替えたりしている時間は男子禁制という状況で、
恐らくはローエンもエントランスで時間を潰していたのだろう。
しかし彼女たちはもう買い物に行っているという話だったが、どういうことなのだろうとしばし考える。

 「すっかり読書に耽ってしまっていたので私はここにいますが、もう部屋には入れますよ」

ジュードが考えていたことを察したかようにローエンが言う。
荷物を置いたらアルヴィンを探しに行ってみるかと、ローエンに指し示された部屋へと足早に向かった。


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思ってたより長くなりそうなので、気長にお付き合いください。