僊nemone coronaria - phase 2 -


宿の部屋に店主から渡された紙袋と自分の荷物を置いたところで小さく息をつく。
姿のないアルヴィンを探すとしてどこから探したものかと考える。
恐らくは今荷物を届ける往復の間では通っていない場所にいるということは確実だ。

 「闘技場方面かモン高原方面か・・・・・・あとは下流側の船頭さんの方か、上層階・・・・・・」

何となくではあったが人が多そうな場所にはいないように思えた。
ともすれば闘技場方面はないだろう。
そして宿の上層階は商店が並んでいて、今頃はミラたちがいるはずだから避けているはずだ。

 「・・・・・・ユルゲンスさんのところに行ってみようかな」

例えばもしあの手紙がイスラ関係のものだったとしたら、という可能性もないわけではない。
見舞いついでというのも失礼な気はしたが、先ほど貰った大量の果物を少し分けて持っていこうかと、
店主が底抜けにならないようにと二重にしてくれていた袋の片方に半分分けた。
先ほどよりは軽い紙袋を抱えてエントランスへ降りる。

 「ローエン、ちょっと行ってくるね」

座り心地が気に入ってしまったのか、相変わらずとローエンは待合用のソファで読書を楽しんでいる様子だ。
そんな彼の目の前に立ってそう声をかけると、手元の本から顔が上向く。

 「お気をつけて。大丈夫だとは思いますが、何かあればすぐに呼んでください」

いつも通りの表情ながらも、どこか思うところがありそうな様子でローエンが言う。
アルヴィンがひとりで別行動をとるのは今に始まったことではないが、不信に思うのも当然のことだ。
ひとまず頷いて応え、ジュードは宿の外へと足を向けた。

宿の外へ出て橋の方へと歩き始めた折、すぐ横の昇降機の扉が開いて荷物を抱えたミラたちが出てきた。
向こうもこちらに気づいたようで名前を呼ばれたので、歩みを止めて小走りに寄ってくるレイアを待つ。

 「ジュード、紙袋なんて抱えてどこいくの?」
 「小包の届け先が果物取り扱っててお礼にって貰ったんだけど、量が多いから少しユルゲンスさんに持っていこうかなって」

目的はまた別ではあるがそれもまた事実なので、とりあえずそう伝えればレイアも納得したようだった。
レイアの後ろから歩いてきたミラとエリーゼにも話は聞こえていたようだ。

 「ふむ・・・・・・いい香りがするな」
 「あはは、残り半分は宿に置いてきたから食べていいよ?」
 「食べていいんですか」

食いつきのいいミラとエリーゼの反応に笑顔で応じる。
エリーゼの横で浮遊しているティポが嬉しそうな声をあげた。

 「イスラさんのお見舞いかぁ・・・・・・わたしも行きたいな」
 「あんまり大人数で押しかけちゃうと悪いし、とりあえず様子を見てくるから、大丈夫そうだったら今度一緒に行こう」
 「それもそうだよね・・・・・・うん、それじゃあイスラさんとユルゲンスさんによろしくね」

同行したそうにしているレイアをそれとなく説得する。
何だかずるいことをしているなと思いながらも、アルヴィンのこともあるので
今日のところはひとりで行動したいため、仕方がないと心のうちで言い訳をした。

ミラたちとはその場で別れ、再び橋の方へと歩き始めた。
ひとごみの中でも周囲を眺めてみたが、やはりアルヴィンの姿は見当たらない。
本当に何処へ行ったのだろうかと、胸の辺りがもやもやする。

対岸側の昇降機で上層へ上がり、民家の扉をノックすると中からはユルゲンスの応じる声が聞こえてきた。
ひとまずこのテラスにはいなかったなと、内心溜め息を零しつつもその扉をくぐる。

 「あぁジュードさん、シャン・ドゥにきていたのか」
 「頼まれ事があったので今さっき来たところなんです」
 「はは、頼まれると断らずにやるのは相変わらずみたいだね」

ユルゲンスが腰掛ける椅子の向かいに置かれた椅子へと座り、ベッドの方へと目を向けた。
どうやら今は眠っているようで、イスラは規則正しい寝息をたてている。
再度目の前の彼へと目を戻せばとても優しそうな瞳で眠る彼女を見遣っていた。

 「これ、依頼のお礼にって沢山貰ってしまったのでよかったら食べてください」
 「わざわざすまないな、果物ならイスラも喜ぶよ」

ユルゲンスは本当にイスラを大切に想っているのだと、ここへ来ると思い知ることと同時に、
こんなことになるのなら、やはりイスラを追い詰めるようなことをしてしまったことを彼に対して申し訳なく思う。
とはいえど、彼女がやってきたことはとても許されることではない、それもまた事実で何とももどかしい。

それでも、ユルゲンスはイスラの過去を知ったうえでも、こうして側にいて優しい目を向けている。
一方自分はどうだろうかと、ジュードは考えた。
もちろん相手はといえばアルヴィンになるが、彼の以前の行為を知った今、心から彼を信じられているだろうか。
アルヴィンのことを想う気持ちも嘘ではないが、彼らを見ていると、自分はまだすべてを受け入れて
心から信頼することまではできていないような気がして、胸が痛むように感じた。

 「・・・・・・今度は皆で来ますね」
 「あぁ、ぜひそうしてやってほしい。いつでも待っているよ」

ここまでのユルゲンスとの会話を振り返る限り、ここにアルヴィンは来ていないようだ。
短い滞在時間ではあったが、ユルゲンスに見送られながら家を後にした。

さて次はどこを探そうかと考えながら、昇降機で下へ降りてあたりを見回す。
ここからだとソグド湿原へと連れて行ってくれる船頭がいる方向が近い。
ひとまず手近なところから探すかと、ジュードは左手側へと歩き始めた。

 「ん、あれは・・・・・・」

船頭の方へと続く最初の階段の手前まで来たところで、その階段下の角に見慣れた姿を見つけた。
その姿は間違いなくアルヴィンの後姿で、彼と向かい合うように3人、誰かが立っている。
柱の影から様子を窺っていると、途切れ途切れながらも会話が耳に入ってきた。

 「・・・・・・から、一緒に・・・・・・れば」
 「いや、・・・・・・ない・・・・・・」
 「きて・・・・・・なら・・・・・・」

戸惑うアルヴィンの声と何か説得するような男たちの声だ。
この場所ではいまいち明瞭には話が聞き取れず、どうしようもない。
隠れてこそこそ聞き耳を立てていることも何だか罪悪感を覚えてどうしたものかと考える。
ここは思い切って声をかけてしまうかと、目を瞑って深呼吸をひとつ、ジュードは階段を下った。

 「アルヴィン」
 「っ、お前なんで・・・・・・」

名前を呼ぶと、先ほどと同様に驚いた様子でアルヴィンが振り返った。
どうしてここにいるんだと聞きたそうなその言葉は途中で途切れて、ジュードは訝しく彼を見る。

 「何してるの」
 「・・・・・・」
 「あーあんた、こいつの連れか」

黙り込んだアルヴィンの代わりに口を開いたのは、彼と一緒にいる見知らぬ男だった。
アルヴィンに向けていた視線をその男の方に向けると、口元を緩めて微笑を浮かべている。

 「悪いけど、こいつはこれから俺たちと行くんだ、とっととお仲間のところに戻ったらいい」
 「・・・・・・アルヴィン、どういうことなの?」
 「違う、俺は・・・・・・」

こちらに振り返ったまま俯いている彼との距離を詰めて、その腕を掴む。
がくがく、と前後に揺らしながら見上げた表情は、酷く困惑したそれだった。
話がまったく見えないが、恐らくは先ほどの手紙の差出人は彼らなのだろうとは思う。

 「ほら、戻ろうよ」
 「・・・・・・っ」

アルヴィンは応えなかった。
一緒に戻る気はない、それが彼の答えなのだろう。
彼の体を揺らしていた手から次第に力が抜けていって、動きを止めるとともに彼の腕から離れ落ちた。

 「ジュード、俺は・・・・・・っ」
 「もう、いいよ」

ぽつりと零した言葉は、思いのほか冷たい声色になっていた。
何かを言おうとしている様子のアルヴィンに気づきながらも、駆け出した足は止まらずその場を後にした。


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ユルゲンスの口調が・・・あのあたりのセーブがなくて、母と子後の会話しか見れず、不安。