僊nemone coronaria - phase 3 -


宿まで戻ってきたはいいものの、何となく部屋に戻る気にはなれずエントランスで立ち止まった。
さすがにローエンももう部屋へ引き上げているようで、その姿はない。
先ほど彼が座っていたソファに腰掛けて、両膝に肘をついて手で顔を覆った。
感情的になりすぎて冷静な思考ができていないと自分自身で理解していてなお、気持ちは落ち着かない。

 「なんだジュード、戻っていたのか」

どれぐらいしてからだったか、頭の上から声が降ってきた。
思考らしい思考もできずただもやもやとしていた意識が唐突に呼び覚まされて、ジュードは顔をあげる。
きょとんとした様子で見下ろしているミラがそこにはいた。

 「部屋の場所が分からないわけでもないだろう、こんなところでどうした?」
 「う、ん・・・・・・ちょっとね」
 「戻りが遅かったからな、探しにいこうとしていたところだ・・・・・・まさかここにいるとはな」

腰に両手を当てて、ミラは首を傾げながらこちらを見遣ってる。
アルヴィンのことはいずれにしても、彼が戻ってこない限りは近く話すことにはなるだろう。
気は進まないが、心配もかけてしまっていることもあり、ジュードはミラとともに部屋へと向かった。

 「ジュード、どうしたんですか?」
 「何か元気ないぞー」

部屋に入るなり、エリーゼが駆け寄ってくる。
そんなに自分は酷い顔をしていたのだろうかと、苦笑しながらも彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

 「・・・・・・アルヴィンのことで、ちょっと話したいことがあるんだ」

この一言で、部屋の空気が急激にぴん、と張り詰めたように感じた。
実際今の言葉で、アルヴィンを除いて揃っている全員の表情も少し険しくなっている。
さすがに扉の前で立って話すのもどうかと思い、とりあえず空いている椅子に腰掛けた。

 「何があった」
 「うん、実はさっきアルヴィンを見かけたんだけど、知らない人と一緒にいてね」

順を追って状況を説明する。
様子を窺ってみるとどうにもアルヴィンは困惑しており、相手は説得する様子だったこと、
思い切って声をかけてみたところ、アルヴィンはその話している相手に同行するのだと、相手側が言ってきたこと、
そして本人に尋ね、戻ろうと言った時に彼はそれに応えなかったこと。

自分でも話していた段々肩が落ちていくのが分かる。
こうして説明している状況は、自分自身の傷を抉っているような気分だ。

 「・・・・・・その人たちと行っちゃったのかな・・・・・・」
 「多分・・・・・・アルヴィン、何か言いたそうにしてたけど、僕そこからすぐ離れちゃったから」

やはり一応、話は聞くべきだったかもしれないと今更ながら後悔した。
とはいえ、いずれにしてもこんな精神状態ではどんな話を聞いても冷静に理解などできなかっただろうとは思う。
部屋の空気が重い、そして息苦しいと、深い溜め息を零した。

 「彼の真意は、何だったのでしょうね」
 「・・・・・・このままでは埒が明かない、探してはっきりさせるしかなさそうだな」

きっぱりと言い放つミラの言葉に異論を唱える者はいなかった。
早速と扉の近くにいたミラが部屋の外へと出て行き、皆がその後に続く。
はっきりさせるしかないと分かっていながらも、もしこれで彼が本当に自分たちとの行動を
ここで終わらせるのだと言い切ったらと思うと怖気づいてしまう自分がいた。

 「ジュードさん」

椅子から立ち上がるのが遅れたジュードへと、ローエンの声がかかる。
眉尻をさげて心配そうに微笑む彼に、大丈夫ごめん、と返しながら立ち上がった。



先ほど彼らがいた場所には既にその姿はなかった。
そうなると何処にいるのか、周囲の人たちに話を聞いてみるが手がかりになりそうなことがない。
あちこちの露店や住人に尋ねながら歩いているうち、気づくと先ほど小包を届けた露店にたどり着いた。

 「いらっしゃい、ってさっきのお兄さんじゃないか、どうしたんだ」
 「あ、ちょっとお伺いしたいことがあって」

そういえば彼は王の狩り場へを行き来する人間をよく見ているようだった。
仮にだが、あの見知らぬ人間がアルクノア関係者だったとすれば、リーベリー岩孔に向かった可能性もある。
仄かな期待をしながら、アルヴィンの特徴を伝えると、予想通り店主は見かけた覚えがあるようだ。

 「そういえば、さっきそんな身なりの男が3人だか4人だかと連れ立って王の狩り場口を出ていったな」
 「本当ですか」

しかし既に時間は夜だ、今からリーベリー岩孔に向かうのは少し危険ではある。
どうしたものかとも思ったが、ミラは行く気のようで既に出口の方へと歩いていた。
すっかりと判断能力が低迷してしまっている自分に、他のメンバーへ申し訳ない気持ちになる。

 「助かりました、ありがとうございます」
 「行くんだったら気をつけるんだぞ」
 「はい」

それではと一礼をしてから、ミラに続いて歩き始めている皆の後を追った。
シャン・ドゥを出て王の狩り場に向かうと、暗がりに多数の魔物の気配がある。

 「やはり、アルヴィンさんと共にいたのはアルクノアの可能性がありそうですね」
 「ミュゼも今じゃガイアスと一緒だからね、暴走していた頃の襲撃を逃れた人はいるかもしれない」
 「そして今なら、動き始めてもいい頃合だな」

ミュゼが暴走していた折には、生き残った仲間と身を寄せ合って息を潜めていたことだろう。
今となってはその襲撃も収まって長らく経っており、そろそろ活動しはじめてもおかしいこともない。

 「それでアルヴィン君を呼び戻しにきたのかな、わざわざ」
 「彼はアルクノアを率いていたジランドの甥ですから」

純粋にエレンピオスへ戻る方法を探すため、あるいは異界炉計画遂行のために仲間を集めているのか、
ジランドの甥であるアルヴィンを擁立してアルクノアを立て直すという魂胆なのか。
それとも別の理由が何かあるのだろうかと考えてはみるものの、マヒしている思考回路はまとまな回答を導き出さない。

 「・・・・・・荷馬車、でしょうか」
 「あれ、本当だ・・・・・・行商の人かな?」

エリーゼが向いている方へと視線を向けると、確かにそこにはシャン・ドゥの方へと向かっていく荷馬車が見えた。
今歩いている位置からは少し離れていて、しかも周囲が暗くなっているためよくは見えないが、
相槌を打ったレイアの言うように、交易商の使う荷馬車と少し似ているようにも思える。

しかしこちら側には街がなく、この先にあるのはリーベリー岩孔だ。
単純に道を間違えたというのもあるかもしれないが、少し違和感を覚える。

 「気にはなるけど・・・・・・どうする?ミラ」
 「妙ではあるが、あれもこれもというのは難しい・・・・・・このまま進もう」

進んだ先にアルヴィンがいなければ戻り、先ほどの露店の店主にあの荷馬車のことを聞いてみよう、と
ミラが言うのを聞きながら、本当に今の自分は参っているなとジュードは肩を落とした。


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アルヴィンが出てこないけどアルジュなんです、すみませんごめんなさい。