僊nemone coronaria - phase 16 -
ひとまずは体を休めようと、アルヴィンの事情説明が終わったところで一旦お開きとなった。
また夕食の時に集まるということだけ決めて、今後のことはその時に話すことにし、それぞれの部屋へと散る。
「僕たちの部屋はこっちだよ」
アルヴィンに目配せをしてから踵を返し、部屋の方へと向かう。
最初は荷物を置くためだけに1部屋だけ取ればいいかと思っていたが、
今となってはこんな疲弊した状態で移動を続けるなど冗談ではないと思うほどにふらふらだ。
これは3部屋確保しておいてよかった過去の自分を褒めながら部屋の扉を開ける。
「なぁ、ジュード」
「うん?」
部屋の扉がパタン、と小さく音をたてて閉じられたところで後ろから呼ばれ、振り返る。
2、3歩ほど開いていたはずの距離がアルヴィンの1歩で縮まった。
首を傾げながら目の前に立つ彼を見上げたところで、ふっと彼が前屈みになり、その両手の中に納まる。
「・・・・・・もう、どうしたの?」
「いや、さっきの話聞いてたらなんか、な」
両手を彼の背中にまわし、擦るように動かすと頬擦りされる。
彼の言うさっきの話とは恐らく、彼がいない間の自分のことなのだろうとは何となく察しがついた。
しかしあの話は自分としては恥ずかしい限りで、思わず苦笑してしまう。
「マジ、心配かけて悪かった」
「うん。ちゃんと反省してね」
離れ際、こめかみに触れた温もりが小さな音をたてて遠ざかる。
慣れないその触れ合いに、顔が火照るのを感じた。
そんな姿を見てか、小さく笑う声が聞こえてきた後、頭をぽんぽん、と数回撫でられる。
「ジュードくんはほんと、反応がいちいちかわいいねぇ」
「なっ・・・・・・からかわないでよ」
「はいはい、そんな照れながら怒られてもね」
じどり、と見上げているとくつくつとアルヴィンが笑いながら離れていく。
彼が荷物を降ろしてコートを抜いている様子を眺めて小さく溜め息をついたあと、
自分も荷物を椅子へと置いてベッドの縁へと腰掛けた。
ベッドの感触が心地よくて、一瞬で眠気が押し寄せてくる。
ナックルとグローブをはずして荷物のほうへと放り、そのまま上体を横に倒した。
下側になっている右頬がシーツに埋もれて気持ちがいい。
「おいおい、寝るならちゃんと横になっとけよ」
「んー・・・・・・」
うとうととして、視界もぼんやりとする。
そういえばラコルム海停での夜はあまり眠れていなかったことを今更ながら思い出した。
かつ、かつ、とゆっくりとした足取りでアルヴィンが近づいてくる音がする。
すぐ目の前まで来たところで、彼がしゃがみ込んで目線の高さが合った。
「アルヴィン」
「ん?」
揺らぐ視界の中で、それでいてアルヴィンが柔らかい笑みを浮かべているのが分かる。
左手を伸ばして彼の右頬へと触れると、その手に彼の右手が重なった。
自分よりも大きな手の感触に酷く安堵を覚える。
「・・・・・・おかえり」
重なったアルヴィンの右手に握られた自分の左手は、彼の頬から離れる。
そしてふわりと、指に彼の唇が触れた。
あぁ彼がここにいるのだと、そう思うとたまらなく嬉しくて、安心しきった心が眠りへと誘う。
シーツの上に自分の左手を置いて、アルヴィンの右手が髪を梳いていく。
その優しい手にただただ癒されながら、ゆっくりと目蓋を閉じた。
「ただいま」
ふっと気配が動いたあと、左の耳元でアルヴィンの声がした。
目蓋を撫でる指の感触に続いて、優しい口付け。
きっとよく眠れると、幸福感に包まれながら暖かな眠りの中へと落ちていった。
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思いのほか長編になりましたがこれで完結になります。やっとくっついたよこの人たち。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。