儉imonium sinuatum - phase 1 -
あの長いようで短かった旅が終わって何節かの時が過ぎた。
一斉にその後の近況を共有したのも、もう1節以上前になるだろうか。
シャン・ドゥの街はこの日も独特の喧騒に包まれ、流れる川の音と渓谷を吹きぬける風が心地いい。
エレンピオスの方に出ていたアルヴィンは、今し方久し振りに戻ってきたこの街をぶらりと歩いていた。
ひとまずは相棒であるユルゲンスのもとに今回の遠征結果を伝えにいかねばならない。
日はまだ高い、今の時間ならば彼は恐らくワイバーンのもとだろうと、アルヴィンは歩みを進めた。
「よう」
「あぁ、今戻ったのか」
ワイバーンの檻がある場所まで昇降機であがれば、そこには予想通りユルゲンスの姿があった。
短く声をかけながら軽く左手を持ち上げれば、彼のほうもアルヴィンに気づいて笑う。
「丁度よかった、そろそろ昼食を取ろうと思っていたから、食事をしながらどうだろう」
「んじゃそうしますかね、俺も腹減ってるし」
誘いに応じ、早速とアルヴィンは昇降機へと足を向ける。
ユルゲンスは共にいた部族の仲間に後のことは任せたと作業を簡単に引き継いだ後にこちらへ小走りにやってきた。
揃って昇降機に乗って下層へと降り、通りに踏み出したところでアルヴィンの視界に白い陰がちらつく。
「お・・・・・・悪い、ちょいたんま」
すっと右手を持ち上げると、ばさばさと小さな羽音をたてて白い鳥が舞い降りた。
その姿は言わずもがな、いつも手紙のやりとりをしているシルフモドキで、背には封筒が添えられている。
器用にそれを左手ではずすと、シルフモドキは右手から肩へと飛び移った。
「ん?手紙か・・・・・・随分嬉しそうじゃないか」
「まーね」
ふふんと小さく笑って応じれば、ユルゲンスも笑う。
手紙の差出人は、今頃イル・ファンで忙しくしているであろう彼だ。
彼から手紙が届くことは、アルヴィンとしても素直に嬉しいところではある。
しかし1節ほど前に一斉に近況報告をやり取りしてからというもの、
彼から届く連絡の間隔が少しずつ縮まっているように感じていた。
それがいい意味なのか悪い意味なのかはまだ判断がつかないが、アルヴィンの中で少しひっかかっている節がある。
「それで、誰からなんだい?」
「あれーそれ聞いちゃうわけ」
「何だ、聞いてほしいのかと思ったんだけどな」
腕を組みながらユルゲンスは朗らかに笑っている。
確かに言いたいと思っている節がないかといえば嘘ではあった。
「イル・ファンで研究に没頭してるどっかの青少年だよ」
「あぁ、なるほど」
ユルゲンスの反応は思いのほか、妙に納得したような様子だった。
そんなやり取りをしながら賑わう通りを抜け、軽食を取り扱っている店の扉を潜る。
手紙はコートの内ポケットへとひとまずしまい、店へ入る前に一旦肩にとめていたシルフモドキを放った。
適当に空いている席に腰かけ、通りすがったウェイターに注文を済ませたところで一息つく。
今回エレンピオスで商売の受け皿になってくれる人物を訪ね、約束を取り付けてきたことを話すと、
ひとまず事が進んだことについてユルゲンスも安堵したようだった。
「まぁ、次からはもう少し突っ込んだ話もできるんじゃないか」
「そうだな、一歩前進といったところか・・・・・・」
話が途切れたところで、店に入る時にコートの内ポケットにしまっていた手紙を徐に取り出す。
シンプルな封筒と、そこから取り出した便箋に踊る少し丸い字を見ると、思わず顔が綻んでしまった。
そこではっとして正面に座るユルゲンスへと視線を戻すと楽しげな視線がアルヴィンの方に向けられている。
「本当に仲がいいな」
「おかげさまで・・・・・・んー」
視線を手元の便箋に落とし、その文字を目で追う。
別段内容におかしなことはなく、相変わらず研究やら学会やら、そして勉学にと忙しくしているらしい。
特に新しいトピックもない、いつも通りの手紙にやはり違和感を感じずにはいられなかった。
「思わしくない内容だったのかい?」
「いや、内容はいたって普通なんだけどな・・・・・・」
何かあったのだろうか、などと思うのは深読みしすぎなのだろうかとアルヴィンは首を捻った。
随分と年齢の割りに大人びている彼は、他人を頼ったり、甘えたりすることがあまり得意ではない。
最後まで読み終わったその手紙を再び読み直してみるが、やはり何かあったらしい文面は特に見受けられなかった。
「少し引っかかる節があってね・・・・・・ま、気のせいかもしんねぇけど」
「生憎と気のせいではないかもしれませんよ」
「・・・・・・は?」
自分の言葉への相槌が真後ろから聞こえてきて、アルヴィンは勢いよく振り返った。
わざわざ気配を消して近づくとは趣味が悪いとしか言いようが無い。
そこに立っていたのはよく知っている翁の姿だった。
「お久し振りですね、アルヴィンさん」
「おたくねぇ、気配殺して後ろに立つとかどんな嫌がらせだよ」
訝しげに見やれば、声の主であるローエンが人の良い笑顔を浮かべて応じる。
そもそも、ユルゲンスは彼が近づいてきている姿を捉えていたはずだ。
だというのに何も言わないとはまったく酷い話だと肩を竦めるアルヴィンを他所に、
ユルゲンスがローエンに空いている席を勧めた。
「・・・・・・で、何でここにいるんだよ。カン・バルクから出てきてよかったのか?」
「えぇ、アルヴィンさんにちょっと用事がありまして」
「俺に?」
手元にあった便箋を折りたたみ、封筒の中へとしまいながらローエンに尋ねた。
その折、注文した料理の皿をウェイターが運んできて、ローエンがついでに飲み物を注文する。
ウェイターがテーブルから離れていった後、改めて話を再開した。
「ここ最近のことですが、源霊匣研究に反発する一派の動きが活発化しているのです」
ローエンのその一言で、およそ状況は想像がついた。
源霊匣はリーゼ・マクシアの人間の手がどうしても必要となる手前、
エレンピオス人との確執を感じている人間の間では倦厭されている節が以前からある。
そういった一派が目の仇にする対象はエレンピオス人と、そして源霊匣の研究者だ。
「先日、進捗報告のためにジュードさんがカン・バルクまで来られていたのですが・・・・・・中々ややこしい状況のようです」
「ややこしいってのは、実被害がもう出てるってことか?」
「今のところは自己対処ができる程度ではあるようですが・・・・・・ジュードさんも随分と苦労されているようでした」
なるほどそういうことだったのかと、アルヴィンは手元の封筒へと視線を落とした。
確かにこれは、気のせいというわけでもないのだろうと思う。
「そこで、アルヴィンさんにお願いしたいことがあります」
「・・・・・・探りでもいれてきて欲しいってか?」
右肘をテーブルについて、アルヴィンは顎を乗せた。
過去を振り返ると、こういう振りをされる時は大抵そういうことだったため、そう問い返してみたが、ローエンは首を横に振る。
乗り気だったかといえばどちらかというと乗り気ではなかったため、アルヴィンは内心ほっとした。
別段、ジュードのためであればやることはやるが、本音を言えば謀報活動というものは進んでやりたいことではない。
「最初はそれも案としてありましたが、今の貴方にそういったことをやらせるとジュードさんに怒られてしまいそうですから」
「何でそこでジュードが出てくるんだよ」
「まぁそれはそれとしてですね」
話を流すな、とマイペースなローエンに思わず頭を抱える。
彼のペースに呑まれるとどうにもいかないのは相変わらずで、アルヴィンは盛大な溜め息を零した。
そして結局のところ彼の言う"お願い"とは何なのかと、彼の続く言葉を待つ。
「お願いしたいことは、ジュードさんの護衛です」
「護衛ってまた・・・・・・イル・ファンの施設は軍が警備してるんだろ?」
「えぇそうです、ですが思想といった類の対立は、必ずしも目に見えるものとは限りません」
確かに、以前ラ・シュガルとア・ジュールが国家という明確な枠組みをもって対立していた状況とは違い、
これは個々の持つ考え方や理想といった要素が絡む部分であり、言ってしまえば敵と味方という線引きが引きづらいものだ。
つまり、どこに敵が潜んでいても何らおかしくはないということになる。
「抜本的な問題解決のために私も色々と手を尽くしてはいるのですが、事が成るにはまだ時間必要です」
「で、それまでの間はジュードに護衛をつけたい、ってこと」
「そういうことです、そしてこの状況で適任者は貴方しかいない」
頼めませんか、と真っ直ぐと問われてアルヴィンはちらりとユルゲンスの方へと目を向ける。
アルヴィンとしても、理由はどうであれジュードと行動を共にする機会を設けられることは嬉しい限りだが、
如何せん、今はユルゲンスと組んでいるため、彼を無碍にするわけにもいかない。
「あぁ、こちらのことは気にしないでくれ、話を進められるように用意だけはしておくさ」
アルヴィンの視線に気づいたユルゲンスは問題ない、と頷いて応じた。
ともなれば、ローエンからの依頼を断る理由もなくなったということになる。
手紙のやり取りこそあれど、ジュードとはもう長いこと顔をあわせていなかったこともあり、
状況を考えれば不謹慎この上ないとは承知の上でも、やはり彼に会えることを嬉しく思う自分がいた。
「分かった、んじゃあこれ食ったら、早速イル・ファンに向かうとしますかね」
「ジュードさんには護衛の手配をする、とは伝えてありますから経緯を話せば通じるはずです」
よろしく頼みます、というローエンの言葉に応じながら、
アルヴィンは冷めかけているマーボーカレーをスプーンで掬い上げ、口へと放った。
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旅が終わる前に一応アルジュはくっついてます。
ちょっと長くなりそうなので、気長にお付き合いください。