僊nemone coronaria - phase 5 -
宿がある方へと橋を渡った後、まずはあの荷馬車を見かけた人がいないかをの聞き込みを急がなければならない。
特に注視していないものに対する記憶など、時間の経過であっという間に失われてしまう。
あの露店の店主のように、珍しいものだとよくよく見ている人間ばかりと思うのは流石に楽観的すぎる。
「モン高原側とラコルム街道側、二手に分かれましょう」
ローエンの言葉に揃って頷き、モン高原側をミラとローエン、エリーゼが、ラコルム街道側をジュードとレイアと分かれた。
手当たり次第に馬を使う荷馬車を見かけていないかと尋ねるが、なかなか見たという人はいない。
聞いても聞いても当たらない理由が単純にこちらの方面でないのであればいいものの、
もしあの荷馬車がこっちの方面に来ていたとして、情報が得られないともなるとかなり厳しいものがある。
「なかなか見たって人いないねー・・・・・・」
「多分1時間ぐらいは余裕で経ってるから、急がないと」
「・・・・・・ジュード、大丈夫?」
そう改めてレイアに問われて、彼女の方を向く。
心底心配そうな、こちらの様子を窺うような様子だった。
眉尻は下がってしまったが笑って大丈夫、と答えてみたがどうにも失敗したようだ。
「顔真っ青だよ」
「そう、かな」
酷い顔なのだろうとは思ったがそこまでなのかと、レイアから目を背ける。
今は落ち込んでいる場合じゃない、立ち止まっている場合じゃない、自分を奮い立たせるも、なかなか上手くいかないものだ。
とはいえ、今はただ大丈夫だと彼女に伝えてはやく情報を得る必要がある、いずれにしても立ち止まって入られない。
「ほら、早くしないと」
「・・・・・・うん、そうだね」
深呼吸をひとつ、再び片っ端から話しかけて質問を続けた。
今の時間ならまだ人の流れがあるものの、これ以上遅くなると人通りも減ってしまいそうだ。
気持ちははやるがスムーズにはいかない状況で、滅入りそうな気持ちをどうにか引き留まらせる。
何人目だったかはもう分からないが、ラコルム街道方面の壁に掘り込まれている石像を眺めていた老人に尋ねると、
少しの間を置いて、あぁと何かを思い出したかのような声があがった。
「そういえば随分と大きな蹄の音がしてのう、何かと思えば馬で引いとった」
「その荷馬車、そこの出口から出て行きましたか?」
「うむ、街中であんなに速度を出して慌しいったらありゃあしないと思ったのを思い出した」
安堵するのは明らかに早いが、とはいえ進んだ方向がわかっただけまだいい。
老人に礼を述べて、レイアと共にモン高原方面で情報収集をしているミラたちのもとへ向かった。
ミラたちも一通り話を聞き終えて折り返してきたところだったようで、丁度橋のあたりで合流する。
「ラコルム街道方面に出て行くのを見たっていう人がいたよ」
「となると海路ですか・・・・・・モン高原とカン・バルク、シャン・ドゥが除外されたとはいえ、およそどこでも行けます」
「あの船ももう沈んでますし・・・・・・どこに行ったのでしょうか」
あの船、旅船ジルニトラはジランドと戦った折に既に海の底ともなれば、
陸上にもともと持っていた拠点に向かっていると考えるのが妥当だろう。
如何せん、ミュゼの猛攻もあり彼らはリーベリー岩孔に集まっていた状況だ、新しい拠点など作る余裕はなかったはずだ。
「とりあえずラコルム海停に行って、また情報を探すしかないかな・・・・・・シャン・ドゥではもうこれ以上情報なさそうだし」
「じゃあ一旦ここの宿に戻って荷物とってこないとだね」
レイアの言葉に頷き、ひとまずシャン・ドゥの宿へ戻る事にした。
皆それぞれ荷物をまとめなおし、エントランスへと降りる。
「すみません、急ぎの用事ができてしまったので部屋キャンセルさせてください」
「おや、今から発つなんて余程急ぎなんだね、大して時間も経ってないしお代は返金するよ」
その代わりまた利用してくれよ、という宿の主に感謝の意を伝えて返金された硬貨を受け取った。
路銀袋にそれを収め、また来ますと頭をさげて外へと向かう。
他の皆は既に宿の外へ出ているようで、扉を潜ったところで合流した。
「この時間ですともしかしたら今日の船便は終わっているかもしれませんね」
「そしたら海停の宿に停まって明日の朝に発つしかないね・・・・・・そもそも、どの船に乗ったのか分からないと」
ふうと思わず溜め息が零れた。
ともかく、今はラコルム街道へと出てラコルム海停まで向かうのが先決だ。
王の狩り場ではうまいこと敵をかわして進むことができたが、流石に夜も深まり魔物も活発化しているせいか
ラコルム街道では戦闘を回避しきれずにいた。
いつもならアルヴィンとリンクするところだが、相手は不在だ。
もともとある程度はリンクの組み合わせが固定になっていることもあり、ジュードはリンクなしで今日は戦闘をしている。
「ジュード、大丈夫ですか」
戦闘をどうにか終えて息切れしているところをエリーゼに声をかけられた。
正直に言ってしまうとまったく大丈夫ではなかった、普段いかに自分は隙だらけなのかを思い知るほどに。
夜という環境、精神的に不安定気味という状況にも多少は左右されてはいるのだろううが、
それにしても魔物からの攻撃を被弾する頻度があまりに高かった。
「あ、ごめんエリーゼ・・・・・・もう大丈夫だよ」
「ジュード、きつかったらリンクなしは私でも構わないぞ」
「・・・・・・いや、戦力欠けてる状態だから余計、リンクは慣れた構成のままのほうがいいよ」
ミラにしろレイアにしろ、リンクを組んだことがないわけではないし、相手に不足があるわけでもない。
ただ慣れの度合いを言ってしまえば、彼女たちのどちらかと自分とが組むよりは、
彼女たちでリンクをしているほうが明らかに効率的だろう。
無理に自分とリンクしてもらうほうが、ただでさえアルヴィン不在という大穴が開いているのにリスクが高い。
「よし、行こう」
深く息を吐いて、一歩踏み出す。
アルヴィンがいないとこうも自分はだめなのかと痛感させられることばかりだが、
それでも今は何とかするしかない、自分の背後へのフォローも敵のガード崩しも現状叶わないことだ。
分かっているのに、それでも寂しさや悲しさ、己への怒りと、マイナスの感情がどろどろと蠢いている。
今にも足を絡め取られて動けなくなってしまいそうで、ジュードは唇を噛み締めながらラコルム海停への道を進んだ。
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急ぎ足になりすぎないように気をつけてるのに急ぎ足になっているような、
しかしどんどん長くなっていくような・・・・・・。