僊nemone coronaria - phase 10 -


静かに降りた階段からは更に短い距離ながら通路があり、その先に扉があった。
正面の扉を警戒しながら開くと、そこは少し広い通路になっていて、音は右の方から聞こえてくる。
人の気配も右で、左の方には牢のような柵が廊下沿いに見えるが、そちらからは人の気配がしなかった。

 「右かな」

右の方は普通の個室があるようで、小さな扉がいくつか見えた。
そのうち1箇所だけ扉が開いており、そこから物音が聞こえてくる。
通路には人影がなく、恐らくは侵入してきた自分たちへの対応のため最小限の人間しかいないのだろう。

 「っ!」

一際大きな物音がして思わずびくりと肩が揺れた。
何かがぶつかって樽か木箱か分からないが木の板が割れるような音と、それが飛び散るような音がする。
争っている音、にしてはどうにも物音が続かず、一方的なもののように思えた。
壁伝いにその開いている扉へと近づくと、中から聞こえてくる声が耳に届く。

 「いい加減白状しろ、お前がトリグラフにいたっていう情報は入ってるんだ」
 「一体どうやって向こうと往復した、答えろ!」

これはつまり、そういうことなのかと理解した。
元々ジランドがエレンピオス側と連絡を取る手段を持っていたのだから、今も通信はできるのだろう。
その折、リーゼ・マクシアにいるはずのアルヴィンがトリグラフ、つまりエレンピオスにいたという話を聞き、
更に彼がこちらへ戻ってきているのを発見して連行、エレンピオスに帰る方法を聞かせろと詰めているわけだ。

考えを整理しているうち、ようやく扉のすぐ横まで近寄る。
中で咽ているのは間違いなくアルヴィンの声だ。
焦る気持ちを抑え、タイミングを窺う。

 「・・・・・・っ、ただ戻るっていうならいいが、異界炉計画進めるためなら・・・・・・げほっ、話は別だって言ってるだろ」
 「知るか、今更何言ってる!こっちはあの化け物から逃げるのに必死なんだぞ!」
 「あんな目に遭わされて、異界炉計画をやめる馬鹿がどこにいるんだ、ここからさっさと帰ってこんな場所・・・・・・っ!」

色々と思うところはあるが、それを考えるのは後にする。
話し込んでいる今しかないと部屋の中へと飛び込んだ。
暗い部屋の中にはアルヴィンとその他に男が3人、ちらりと見えた顔はあのシャン・ドゥで見た顔だった。

暗がりでの先制攻撃は圧倒的にこちらにアドバンテージがある。
突然のことで何が起きたのか分からないといった様子の男たちを相手に、容赦なく拳を叩き込んだ。
輪舞旋風で3人を引き寄せてそこから獅子戦吼で吹き飛ばす。

 「ってめぇ」

思いのほか立て直しが早かったがたいのいい男が近くにあった棒状の何かを薙いだ。
リーチが長く、ステップでどうにか後ろへ飛び退いて避けたが、先端が左頬を掠めて痕をのこす。
着地して屈んだ体勢から魔神拳で遠距離攻撃を打ち込み、男の体勢が崩れたところを懐に飛び込んで烈破掌で吹き飛ばした。

ようやく立て直した男2人が、吹き飛ぶがたいのいい男を避けて接近してくる。
並走してくる2人の足を転泡で薙いで転ばせた後、尖牙で追撃した。

2人を相手している間にがたいのいい男が立ち上がる気配に気づいていたものの対応が遅れたせいで、
手前の2人に向かって放った回し蹴りの足を掴まれて、思い切り壁に向かって投げつけられた。

 「ジュード!」

勢い良く背中からぶつかって後頭部を打った。
一瞬視界が真っ白になったが、名前を叫ぶアルヴィンの声にはっとして、どうにか地面に着地する。
急速に詰めてくる3人は既に満身創痍といった様子で、あと1撃ぐらいでうまくやれば沈んでくれそうだ。
鋭招来で力を溜め、歯を食いしばって掌底破を放った。

 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・っ」

3人揃って綺麗に掌底破の範囲内にあったこともあり、反対側の壁まで吹き飛んで先ほどの自分と同様に激突する。
ぐらりと傾いた体はそのまま地面へと落下し、3人ともそのまま立ち上がる気配はなかった。
打ち付けた背中は痛むが、どうにかよろよろとした足取りながらも、座り込んだままでいるアルヴィンの側へと寄る。

 「お前、どうして」
 「・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・ごめん、ね、アルヴィン」

息が苦しく、呼吸がなかなか落ち着かない。
ふらりとアルヴィンの前に座り込み、足の上に置かれていた彼の左手を両手で取って、俯き気味に呟いた。
改めて顔を上げて彼の様子を窺ってみると、いつもセットされていた髪は前に垂れ、唇の端を切ったのか血がついている。
どうやら額も切ってしまったのか、右目と耳の間を血が流れた後があった。

 「なに、謝ってんだよ・・・・・・お前が謝ることなんて、なんもねぇだろ」
 「沢山ある・・・・・・話したいことも沢山ある、でもまず今はここ出ないと。アルヴィン、立てる?」

話したいことは山ほどあるが、今はここを脱出しなければならない。
ミラたちとも別れたっきりで今頃どうなっているのか分からない状況だ。
よろりと立ち上がって彼の左手を引き上げようとするが、鋭い痛みを感じたのかアルヴィンが顔を顰めた。

 「悪い、あばら何本か逝ってる」
 「ちょっと待って、応急処置するから」

再度アルヴィンの前に屈みこんで彼の体へと右手を伸ばした折、元々暗い部屋だったがふっと更に陰ったように感じた。
後ろに何か、誰か立っているのかと思ったが疲労した体はすぐ動けない。

どうにか後ろを振り返ったタイミング、アルヴィンが自分に何かを言っている気がしたが、
それを聞き取る前に背中へ強烈な痛みが走り顔を顰めた。
何かで強打されたのか、それとも斬られたのか、その正体は分からないが背中が激痛のあまり熱い。

仰け反った体はそのまま立て直しができず、アルヴィンに向かって倒れ込んだ。
思考回路が完全に停止し、強烈な眩暈を起こしたあとに意識を失った。


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何度も言いますが、アルジュです・・・・・・あれ?