僊nemone coronaria - phase 11 -


ぼんやりと視界が滲む。
今自分は何処で何をしていたのだったかと、ゆるりゆるりと思考を巡らせはじめた。
アルヴィンを探しにイル・ファンの地下通路へ来て、と順を追ううちに意識が覚醒し、はっとする。

 「っ、いった・・・・・・」

倒れていた体を勢い良く起こすと激痛が背筋を走り、ばさりと何かが落ちる音がした。
痛みの発生源は背中で、先ほど意識を失う直前に受けたものが原因だろう。

顔を顰めながら手元に触れる感触に目を向けた。
見慣れたコートは裾の部分が膝辺りにかかったまま、袖のあたりがずれ落ちて、床に着いた手に触れている。
そして自分の手からは装着していたはずのナックルがはずれていて、その姿がなかった。

 「おい、大丈夫か」

発せられた声はアルヴィンのもので、ふっと振り返ると壁に寄りかかって座る彼の姿があった。
改めて周囲を見てみると先ほどの小部屋ではなく、どうやら牢の中に放り込まれたようだ。

 「背中、痛すぎて打撃と斬撃どっち受けたかよくわからないんだけど・・・・・・」

しっかり沈めたと思っていたが、アルヴィンが言うにはあのがたいのいい男が起き上がって、
手に持っていた棍を思い切り振り下ろしてきたらしい。
それは意識も飛ぶわけだと状況を理解するとともに、これではミイラ取りがミイラになったようなものだ。
見当たらないナックルも、恐らく没収されてしまっているのだろう。
どれ位意識を失ってしまっていたのかを尋ねると、ほんの10分か20分ぐらいだとアルヴィンは言う。

 「・・・・・・ごめんね、助けにきたつもりだったんだけど」
 「だから、お前が謝ることなんてなんもねぇって」

会話が止まる、空気が重い。
たかだか1日弱離れていただけだというのに、随分と久し振りに会うような感覚だ。
そして、会いたかった相手が目の前にいるのに、いざこうなると上手く言葉が出てこない。

起こした上体はそのまま、左手で膝にかかっているアルヴィンのコートを取り、
床についている右手に体重をかけて1歩分ほど後ろに下がれば、丁度アルヴィンの横に着地する。
壁に寄りかかると背中の痛みが増しそうで、少し迷ったがそのままとん、と頭をアルヴィンの左肩に寄りかからせた。

 「・・・・・・悪かったな、巻き込んじまって」
 「ううん、巻き込まれたなんて思ってないよ・・・・・・そんな他人事みたいになんて、思ってないから」

左手で持っていたアルヴィンのコートを右腕で抱え直し、体を少し彼の方に傾けて左手を伸ばす。
あばらを折ったと言っていたのに結局応急処置ができていない、胴のあたりに伸ばした左手をかざして治癒功を使った。
仄かに灯った光が手元から溢れて、暗い室内を薄っすらと浮かび上がらせる。

 「あの時、ちゃんとアルヴィンの口から事情を聞けばよかったって、後になってすごく後悔したんだ」
 「いや、あの反応が普通だろ、俺の自業自得だって・・・・・・お前はなにも悪くない」

そんなことはない、と寄りかかったままの頭を横にゆるゆると振る。
シャン・ドゥでのアルヴィンの様子を見て冷静に考えていれば、あのような突き放し方をしなかったはずだ。
一時の感情に流されて、本人の口から話も聞かずに勝手に癇癪を起こしてその場を後にするなど、本当に自分は子供だと思う。

 「・・・・・・アルヴィンは、僕が悪いわけじゃないって言ってくれるけど、それでも僕は・・・・・・」
 「俺は、お前がここまで来てくれたことだけでもほんと、マジで感謝してんだよ」

だから己を責めるようなことを言わないでくれ、とアルヴィンは言う。
ふいに頭にぽすっと手が置かれて、ぽんぽんと優しく撫でられた。
俯き気味になっていた顔をあげると、眉尻をさげて困ったように笑う彼の顔があった。

 「・・・・・・ねぇ、聞いてもいいかな」

何を、と言わずもアルヴィンはそうと理解したようで、こちらに向けていた顔をふっと俯かせた。
閉じられていた唇がゆっくりと開いて、最初に深い溜め息が零れる。

 「あいつを・・・・・・プレザを見つけたなんて、そんな明らかに罠くさい話にみすみす引っかかったんだよ」

馬鹿みたいだろう、と苦笑するアルヴィンの表情は酷く辛そうなものだった。
確かにあまりにもおかしな話で、彼女はあのニ・アケリア霊山の頂上から落下したのだから見つけるなどよもや叶わないだろう。
それはきっとアルヴィン自身も痛いほど分かっているはずで、何故そんな話に彼が応じたのかと思わずにはいられない。

 「何だろうな、いっそ馬鹿馬鹿しすぎて、意外と本当だったりするんじゃないかなんて期待してたのかもな」
 「・・・・・・」
 「どう見たって嘘だってわかってたってのに・・・・・・それでも、もう一度チャンスがあるなら、俺はあいつにちゃんと謝りたかった」

アルヴィンの肩から力が抜けていくのを感じる。
本当に嘘みたいな話だとジュードも思うが、それでも縋る思いだったということなのだろうか。
しかし彼はシャン・ドゥであの男たちと話している時、困惑し戸惑っていた。
結局のところ自分の突き放す態度が、彼の背を押してしまったのではないかと思う。

そしてもうひとつ、思うことがある。
アルヴィンがあのニ・アケリア霊山での彼女とのことをずっと悔いていることは知っている。
エレンピオスについてすぐの頃は、毎晩のように魘されていたことをよく知っているからこそ、
この彼に対する感情のやりどころに困っている節があった。
今また、その現実を突きつけられているようで、そんなことを考える状況でないと思いながらも胸のあたりがざわざわする。

 「嘘なら嘘で、そうと確かめたら適当なところで抜け出すかって思ってたんだけどな・・・・・・しくってこのざま、ってわけ」
 「・・・・・・リーベリー岩孔で、だよね」
 「そーそ。何かもう今更戻ってももう手遅れなんじゃないかって考えてたら、うっかり攻撃避け損なっちまった」

自嘲の笑いで肩がゆらりと揺れた。
前に垂れた髪に隠れてその表情が窺えなくなったが、痛ましすぎて見ていられない。
丁度、あばらの処置が終わったところで、そのまま左手を持ち上げてアルヴィンの右頬へとそっと触れた。
驚いた様子でふっと彼の顔がこちらへと向けられた。

 「・・・・・・ったく、何でお前がそんな泣きそうな顔してんだよ」
 「っ、別に泣きそうなんかじゃ・・・・・・」

まさか自分がそんな顔をしているとは思いもよらず、はっとして左手を引こうとしたが、
ぱし、と音をたててその手をアルヴィンの右手に掴まれた。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、そのまま再び左手は彼の右頬に触れている。

 「・・・・・・ありがとな」
 「っ」

改めて礼を言われると、どう反応したらいいのか分からない。
牢に放り込まれている状況だというのに、そんなことすら忘れてしまいそうなほど、
顔が熱くなるのを感じて思わず顔を俯かせた。


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たまにはこういうアルジュも・・・・・・。