僊nemone coronaria - phase 12 -


完全にタイミングを見失って、いつになったら左手が開放されるのかと硬直する。
そういえばアルヴィンは額も切っていたのだったと思い出し、彼の顔へとそれとなく治癒功を使った。

 「・・・・・・そういや、かなり今更な気もすんだけど、ミラ様たちはどうしたよ」
 「え?あぁえぇと、この施設に入ってしばらくは一緒だったんだけどね」

唐突に問い掛けられて内心びくりとしながらも、俯かせていた顔を持ち上げて答える。
相槌を打ちながらすっと彼の右手が自分の左手から離れて、
ほっとしたような少し寂しいような何とも表現しがたい心持になり、彼に向けていた視線をふいと背けた。
何となく視線を感じて気まずいながらも、どうにかこのふわふわした感情を堪えて話を続ける。

 「セキュリティ扉に分断されたせいで、僕だけ単独行動になっちゃったんだよ」
 「・・・・・・なるほど、ね」

少しの間を置いてから視線を左手の手元へと戻し、アルヴィンの傷の状況を確認した。
出血自体は随分前に止まっていたようで、まもなくして彼の額に残っていた傷は綺麗に消える。
あとはこの背中の痛みを少しどうにかしなければと、ようやく自由になった左手を引っ込めた。
深呼吸を数回、少しずつではあったもののようやく苦しかった呼吸も和らいでくる。

 「んじゃ、ジュードくんが動けるようになったら俺らも行くか」
 「行くって、そこ鍵かかってるんじゃないの?」
 「んなもん開ければいいだろ」

小さく手招きをされ、アルヴィンの視線の先を見ると自分が右腕に抱えている彼のコートがある。
それを空いている右手で差し出すと、アルヴィンはそれを受け取ってポケットに手を突っ込んだ。
ごそごそ、と動かした後に引き抜かれた手には細い針金のようなものが握られている。

 「まさかピッキング・・・・・・」
 「おいおい、そんな目で見るなよ優等生・・・・・・使いどころはちゃんと心得てるぜ?」
 「・・・・・・アルヴィンの言う使いどころって」

言いたいことはあったが言葉をそこで切って溜め息を零した。
今はそれでこの牢から出られるならそれに越したことはない。

ピッキングとはいっても、所謂普通の鍵を開けるそれとはかなり違う。
何しろここの鍵はセキュリティカードだ、実際にはロックの仕掛けがある部分の蓋をこじあけて
内側の配線コードをいじり、物理的にロックの仕掛けを解除させているらしい。

ひとまずは動ける程度に回復した体で立ち上がってみたが、背中の痛みは大分和らいでいた。
この施設に侵入してから随分と時間が経っているように思えるが、ミラたちがここまで来る気配はない。

 「俺ら丸腰だし、とっとと向こうさんと合流しないとな」

拳が武器とはいえ、ナックルを装着していない状態では、防具で身を固めた敵を相手になどできはしない。
うまいこと敵に遭遇しないことを祈りたいところではあるが、楽観視ができる場所でもないだろう。
そんなことを考えている間にカチャリ、とロックが解除される音がした。

 「よし、と・・・・・・誰も残ってないなんて随分と適当なことで」
 「いないに越したことはないじゃない」
 「そりゃご尤も」

丸腰状態で早速敵と遭遇など遠慮したい。
ある程度体の調子は回復しているとはいえ、長距離を追いかけられながら走るのはかなり厳しい。
手に持っていたコートを羽織り、前髪を掻き揚げてふぅと小さく息をついているアルヴィンを見上げ、問い掛けた。

 「それで、アルヴィン道は分かるの?」
 「んー・・・・・・大まかには?」
 「・・・・・・もう、適当なんだから」

疑問形で返ってきた回答に溜め息を零すとともに不安を覚えるが、とりあえず進んでみるしかないだろう。
そういえばここへ来る途中のT字路でアルクノアの人員が走っていった方向にまだ通路が続いていたことを思い出した。
慌しく走っていった様子から、彼らはミラたちの対応に向かったと考えても間違いはないだろう。
つまりは、ここから階上にあがって直進すれば方面としてはあっているはずだ。

 「とりあえず行こっか」
 「おう」

牢から通路に出て、ここまで来た時に降りてきた階段へと向かった。
階上へとあがって周囲を窺う限り、見える範囲には誰もいないようだったが人の気配は多い。
逆に多すぎて位置が大雑把に伝わってくるようにも感じた。

 「右曲がった方向でセキュリティ扉が道塞いでるから、直進しかないけど大丈夫かな」
 「たぶんな」
 「・・・・・・本当に大丈夫なのかな」

肩を落として大きく溜め息をつくと、どのみちその方向しかないのだろう、と返ってくる。
それはそうだ、とはいえ一応確認を取りたかったものの、随分と曖昧な返事ばかりだ。
上の空なのだろうかと思うとそういった素振りは見せずでよく分からない。
ともかくここで立ち止まっていても仕方がないと、前方と向かって軽く走り始めた。

ひとまず一本道になっている通路は無事に通過する。
例のT字路まで来たところを直進してしばらく進むと、後方から声が聞こえてきた。

 「いたぞ!」

走りながら少し振り返ると5、6人ほどの人影が後方に見え、こちらへと向かってきた。
後方に道の分岐はひとつで、あの扉で遮断されているはずの場所だが、
そこに彼らが現れるということは現在もう扉が開いているということなのだろうか。

色々考えながらも、このまま走っていかなければ再び捕まりかねない。
前方で道が分岐するのが見えて、どちらに向かうか悩んだ。

 「・・・・・・アルヴィン、どっちいけば」
 「こっちだ」

ぱしっと勢いよく右手を掴まれた。
掴んでいるのは少し前を進むアルヴィンの左手で、一瞬びくりとしたがその揺れは走る振動に掻き消される。

前方のT字路を左へ曲がると、通路の壁にはいくつもの扉が続いている。
一旦身を潜めて追っ手をまくしかないと、そのうちのひとつをアルヴィンが開けて2人でそこへと駆け込んだ。


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そろそろ終盤。