僊nemone coronaria - phase 13 -


駆け込んだ部屋の中は倉庫だったようで、大量のコンテナが積まれている。
その隙間を縫うような細い道へと先行したアルヴィンが駆け込んだ。
途中さり気なく荷の隙間があり、そこで掴まれていた手が一旦離れて彼がそこを潜り抜ける。

 「どこにいきやがった・・・・・・」

後続のジュードがその隙間を通り抜けたあたりで部屋の扉が開いた。
ここで見つかったらもう後がない。
潜り抜けて屈んだ状態だったジュードが立ち上がろうとしたタイミング、
先に立ち上がっていたアルヴィンが目の前に屈みこんだ。

すっと伸びてきたアルヴィンの手に肩を掴まれ、唐突に押し倒される格好になった。
視界が天上へと動いたところで、積まれてコンテナがそこまで高さがないことに気づく。
そんなことを考えるのもつかの間で、一瞬で視界が覆われた。

 「息、殺せ」

音もないまま全身に体重がかかる。
視界は覆いかぶさってきたアルヴィンに埋めつくされて、目の前にあるのは彼がコートの下に着ている白いシャツだ。
肌触りのいいスカーフに頬を撫でられ、耳元で小さく聞こえたアルヴィンの声にびくりとする。
しかし追っ手が間近に迫っていることもあり、動揺が増さないようにぎゅっと目を瞑って息を殺した。



しばらくがさごそとあちこちを調べているような物音が続いたが、
舌打ちとともに次の部屋へ行くぞ、と遠くから聞こえてくる。
次いで数人の足音が遠ざかり、勢いよく扉が閉じられる音がした。

ふっと、覆いかぶさっていたアルヴィンの上体が持ち上がり、合わせるように瞑っていた目を開く。
視界の中で、彼は先ほど通り抜けた隙間から様子を窺っているようだ。

 「・・・・・・何とかやりすごしたみたいだな」
 「う、うん」

追っ手をまいた、とはいえこの体勢はあまりに心臓に悪い。
如何せんアルヴィンのほうは何ということないといった様子なだけに、1人で意識して動揺してしまっている自分が嫌だ。
彼が上体を起こしている今のうちに自分も起き上がろうと思ったが、そうする前に彼の上体が再び覆いかぶさる。
一瞬また追っ手が来たのだろうかと思ったが、近づく気配も物音もしなかった。

 「え、アルヴィンどう、」

したのかと、問おうとしたが言葉が続かなかった。
言葉を発している最中で半開きになっていた唇が塞がれて声がでない。
一瞬の間、触れる体温の正体が彼のそれと気づくなり、思わず目を見開いた。
頭へと急速に血が上っていくような感覚は、呼吸しづらい状況で酸欠を起こしているせいなのか、
否、それもあるが何よりも今の状況に激しく動揺して、どうしたらいいのか分からなくて頭が真っ白になっているせいか。

わけが分からず、嫌かと問われると本音を言えば嫌ではないが、思わず彼の肩を押し返そうと両手で掴む。
しかしうまく力が入らず、やんわりと両手首をアルヴィンの手に掴まれ、ずるりと剥がされた。
両手首を掴んだ彼の手はそのままジュードの顔の横に降りて、
押さえ込まれるような体勢になってはいるものの、別段強く押さえつけられているわけではない。

 「う・・・・・・んっ」

動悸がひどい、脈拍が異常に高まっていて胸のあたりがもやもやと苦しい。
どうにか鼻から空気を吸い込んではいるものの、酸欠でもう意識がぼんやりとしてきた。
瞑られたアルヴィンの目蓋を眺めていた目をうとうととしながら閉じる。

視界が暗転すると、感覚が手首を包む手の温かさと、唇と口内に侵入してきた熱の塊に集中した。
彼の髪が額や頬を掠め、鋭敏になっている感覚が刺激されて髪が揺れる度にびくりと反応してしまう。

 「あっ・・・・・・ん、ぅ・・・・・・ふ」

ふっと離れたかと思うと再び角度を変えて触れる唇の感触、それが何度目かももう分からないぐらい頭がくらくらする。
わざとたてているのかと思うほど、唇が離れる時にはいつも音が聞こえて、聴覚も浸食されていくような感覚だ。
手首を握られていたはずが、ふと気づくと指を絡めるようにして両手とも握られていて、覚束ない意識がその手を握り返す。

 「・・・・・・はぁっ、はぁ」

ようやく自由になった口で大きく呼吸を繰り返しながら、瞑っていた目を開いた。
何てことをしてくれるんだと、そう言いたいものの乱れた呼吸が言葉を遮る。
余裕のなさそうな顔がこちらを見下ろしていた。

 「あー・・・・・・悪い、見てたら何かしたくなった」
 「そういう、の、普通・・・・・・っ、先に何か、言うとか・・・・・・ないの」

息が切れて途切れ途切れながら、降ってきた声に言葉を返した。
思っていたこととは違う言葉が飛び出していることに、マヒしている思考回路はまったく気づいていない。
そもそも言っていることもおかしなもので、先に何か言えばしてもいい、とこれでは暗に言っているようなものだ。
案の定、アルヴィンはそう捉えたようで小さく噴出しながら言葉を返してくる。

 「・・・・・・その言い分だと、俺がしたいって言ってからなら、してもいいって理屈だよな」
 「え?!なっ・・・・・・んで、そうなるの・・・・・・大体、何で僕に」
 「何でって、触ると反応したり顔真っ赤にしたりってされてたら、なぁ」

全部気づかれていたのだと分かると、ただでさえ動きの鈍っていた思考回路が断線する。
気づかれていたとして、それがどうしてあの行動に繋がるのか、間がすっぽり抜けていて理解できなくて、
考えようとするものの動揺しすぎて機能停止した思考回路は何も答えを導き出さなかった。

 「わ、からないよ・・・・・・だって、アルヴィンは・・・・・・」
 「プレザのことが好きなんだろう、って?・・・・・・はぁ、誤解してんだろうなぁとは思ってたけど」

見透かされていた。
考えていることも問おうとしていることも、きっとこの感情も、既にアルヴィンは知っている。
しかしそれは一方通行で、自分には彼が今何を考えているのか、何を言おうとしているのか、
そして自分にどんな感情を持っているのか、まったく分からなかった。

普段のジュードであればここまでのやりとりから色々と察しがついたのかもしれないが、
そのような冷静さなどどこかに置き忘れてきてしまったようだ。

 「確かにあいつとは昔そういうこともあった、けどそれは過去のことで、今は違う」
 「・・・・・・でも」
 「俺があいつに謝りたいと思っているのは関係を取り戻したいからとか、そういうんじゃない」

何でそんなに必死に、まるで説得するような口ぶりでアルヴィンはこんな話をしているのだろうかと、
まわらない頭で考えてみたが、やはり答えが見つからなかった。

起きていたアルヴィンの上体が再びジュードの上に沈む。
両手はいまだ繋がったままで、彼の頬が右頬へと触れた。
それと同時に首筋のあたりに彼の息が触れてくすぐったい。

 「これまで目を背けてきたことや曖昧にしてきたことに、ちゃんとけじめをつけたかった」
 「・・・・・・」
 「謝ったって許されないことばかりなのは分かってる。それでも、目を背けたままでいいわけじゃない、
  それじゃいつまで経っても前には進めない、ってようやく気づいた・・・・・・この歳になって、こんな状況になって。遅すぎだけどな」

だからお前が思っているのとは違う、とアルヴィンは言う。
彼が今の居場所をなくすわけにはいかないと、色々思い悩みながら、手探りながら必死に考えていることは気づいていた。
その結果そういう答えにたどり着いたことに関して言えば、結論を出すまでに時間がかかったとしてもよかったと素直に思う。

とはいえ、プレザに対する感情の質が予想していたものとはずれていたことに関しては理解できたが、
いまだにアルヴィンのあの行動の動機に繋がらない。

 「遅くなんてないし、ちゃんとそういう答えを出せたのも良かったと思う、けど・・・・・・」
 「・・・・・・お前さぁ、ここまで言っても分かんないとか、どんだけ天然なんだ?」

天然、と言われても分からないものは分からない。
小さく唸り、黙り込んでいると、すぐ横にある頭が動いた。
ちらりとそちらへと視線を向けると、アルヴィンの顔がこちらを向いている。

 「だから、俺が今そういう意味で好きなのは、プレザじゃなくてお前ってこと」

いい加減分かれよ、と言われながらも言葉の意味を理解するまでにタイムラグが発生する。
それは願いながらもきっと言われることはないだろうと、想定していなかった言葉だった。


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ベタでもいいかなって。
油断するとジュードが乙女になりすぎるのが難点、特に天然ジュード。