僊nemone coronaria - phase 14 -


アルヴィンの口から発せられた言葉を理解するまでに何秒かかっただろうか。
きっと今自分はぽかん、と間抜けな顔で彼を見ているに違いない。

 「・・・・・・悪い、ホントはこのこと言うつもりも、あんなことするつもりもなかったんだけど、さ」

視線を泳がせながらも、僅かに離れていた顔と顔のスペースをアルヴィンが埋める。
ジュードの上にうつ伏せている彼に頬を寄せられると、その表情が見えなくなった。

 「最近、お前が何考えてんのか分からねぇことも増えて、もしかしてと思っても期待しないようにしてたんだけどな」

繋がったまま手が、ぎゅっと握られる。
のろのろと動き始めた思考回路が事の流れの順を追うように整理しはじめた。
要するに、結論から言ってしまうと、片側一方通行と思っていたこの感情が、本当はそうではなかったということらしい。

今日は色々と思うところが重なって、何かと自分の態度にこの感情がちらつくことが多かった。
アルヴィンはその様子を見て、お互い思ってるところが本当のところ同じだと察したのだという。
そしてそうと分かったら、伸ばした手が止まらなかったと、再び彼は謝った。

 「・・・・・・嫌なら嫌って言っていいんだぞ?」
 「嫌だったら、とっくに押しのけてるよ」

それはジュードに対して逃げ道を用意する言葉のようでいて、実は彼の防衛本能から出た言葉だと、何となくそう思った。
本当に臆病で、寂しがりやで、どうしようもない人で、あぁでも好きだななんて思ってしまう自分が一番どうしようもない。

天上を見上げながら、そういえばここはアルクノアの施設の中で、自分たちは丸腰で、
追っ手から逃げて身を隠しているという、なかなか危機的な状況だった、と他人事のように思い出した。
そんな状況だというのに、この時間が酷く幸福に感じてしまう。

 「・・・・・・あーあー、折角いい感じだってのに、表が賑やかでやんの」
 「まだ敵の真っ只中なの、忘れてない?」
 「そういえばそうでした」

確かにアルヴィンの言うように部屋の外で随分と大きな音が響いている。
これはアルクノアの人間が走り回っているだけという様子ではなく、明らかに誰かと交戦している音だ。
今の状況で交戦している相手ともなれば、恐らくはミラたちだろう。

 「ミラたちが近いのかもね」
 「かもなぁ・・・・・・さてと」

すぐ横にあったアルヴィンの頭が持ち上がり、上体が起きる。
長らく繋がれたままだった手が両手とも離れて、物悲しさを覚えた。
立ち上がったアルヴィンを、天上を見上げるようにして見遣ると、仕方ないなといった笑みで見下ろしている。

 「・・・・・・ホント、今日のジュードくんは顔に出るな」
 「なっ、何が」
 「今、手離されてちょっと寂しいとか思ったろ」

笑いながら差し出されたアルヴィンの右手に、目を伏せながら自分の右手を伸ばす。
今日は本当にだめだならと、つくづく思った。
引っ張りあげる手は強く、勢いがつきすぎて立ち上がると前のめりになり、そのままアルヴィンの腕の中に収まる。

 「ジュード」

少し低めの声に名前を呼ばれた。
前屈み気味の姿勢で抱き込まれて、左肩にアルヴィンの頭がとん、と置かれる。
摺り寄せられた頬の体温が温かく、思わず目を細めた。

 「ジュード・・・・・・」
 「・・・・・・どうしたの」

調子の変わったアルヴィンに、優しく問い掛けてみる。
先ほど少しは調子が戻ってきたのかと思ったものの、案外とそうでもなかったらしい。

 「マジ、こんなこと言える立場じゃないのは、分かってるんだ・・・・・・それでも、これが最後でいい、信じてほしい・・・・・・頼む」

この気持ちは本当だから、と縋るような声色でアルヴィンが言う。
本当にもうどうしようもない、自分の気持ちを知っているというのに彼はまだ不安と戦っている。

 「アルヴィン」

左手を持ち上げて、そっと彼の右頬へと触れた。
ふっと彼の顔が自分の左肩から持ち上がって、こちらの様子を窺うような目で見ている。
先ほどまでの調子は本当にどこへ消えてしまったのか、置いて行かれることに怯えている子供のようだ。
離れた彼の左頬に右手を添えて、彼の顔を両手で包み込むようにしながら顔を覗き込む。

 「好きだよ」

掠めるような、触れるだけの口付け。
続けてその左頬に、目蓋に、額に。
今にも泣きそうにしていたアルヴィンの顔が、ふっと柔らかく眉尻を下げたまま笑う。

アルヴィンの左手が後頭部にまわって、背にまわった右手とともにいっそうに強く抱きしめられた。
それに応えるように、彼の頬に触れていた両手を話して、右手を彼の背にまわして、左手で彼の髪を梳いた。



しばらくして、外の騒がしさはこの倉庫の目の前まで迫ってきたようで、
聞きなれた声がいくつも聞こえてくる。
やはりあの音の正体はミラたちのようだった。

 「アルヴィン、そろそろ行こう?」
 「はぁ・・・・・・俺、ジュードくんとの愛をもっとゆっくりじっくり、確かめ合っていたかったんですけどー」
 「だから・・・・・・ここがどこだか忘れてない?」

幾分か調子の戻ったその口調に、苦笑しながらそう問い掛ければ渋々といった様子で体が離れた。
とりあえず積まれたコンテナの隙間から倉庫内の狭い通路へ出ようとしたところで、
倉庫の扉が勢い良く開く音が響き、びくりと体を揺らす。

 「ジュードー!アルヴィーン、いるー?!」

名前を呼ぶ声はレイアのものだった。
遠くでティポが大声で呼んでいるのも聞こえる。
どうやら片っ端から部屋を調べているようで、恐らくはエリーゼとティポは隣の部屋にいるのだろう。

 「レイア、ここにいるよ」
 「やっといた!もー心配したんだから!・・・・・・って、どこにいるのか分からないけど」
 「あぁえーと、今そっちにいくから」

追っ手から身を隠していたのだから分からなくても当然だ。
寧ろ簡単に見つかるような場所であれば、既に牢屋戻りをしていただろう。
先に隙間から外へ出ると、後からアルヴィンが続き、扉の方へと向かった。

 「いたいた、2人とも一緒だったんだね!まったくもーアルヴィンは戻ったらお説教タイムだよ?」

そうは言いながらもどこか安心したように笑うレイアは踵を返して通路へと出て行った。
隣で立ち止まっているアルヴィンを見上げると、どこかきょとん、としたような少し驚いたような顔をしている。
もっと怒られるか、冷たく突き放されるとでも思っていたのかもしれない。

 「ふふ・・・・・・お説教で済むみたいでよかったじゃない」
 「・・・・・・あーホント、まいったね」

それでも今日のお説教は長くなりそうかなと思いつつ、薄暗い倉庫から明かりの灯る通路へと向かった。


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物理的&積極的に詰められると恥ずかしくて顔真っ赤にしちゃうんだけど、
精神的に寄りかかられると優しく受け止めてあげたくなっちゃうジュードがいい。