僵niphofia - phase 3 -
このままではまずい、そう思いながらもどうすることもできないまま落下し続けていると、
地面の直前、そこに例のもやがあることにジュードは気づいた。
逸れたら命の保証はないが、うまくそのもやに飛び込めれば、とどうにか体勢を整えて落下位置を調整する。
飛び込む瞬間、両腕で顔をブロックするようにしてぎゅっと目を瞑った。
「うわっ」
もやに触れる頃合、急激に減速したと思ったら唐突に体が放り出され、地面へと転がった。
背中で着地する格好となってしまい、背骨に電流が流れるような感覚を覚える。
びりりとした痛みに顰めていた顔から力を緩め、瞑っていた目を開くと、そこは建物の中だった。
「いったた・・・・・・ん、ここはハ・ミルの・・・・・・」
木造の天上を眺める体勢から、背筋を擦りながら体を起こしてみると、そこはハ・ミルの小屋だ。
パレンジの香りがふんわりと鼻腔をくすぐり、少しだけ体に篭もっていた力が抜けるのを感じたのもつかの間、
小屋の外からタンッ、という乾いた音が聞こえてきてジュードははっとする。
「今の・・・・・・」
ようやく背中の痛みも治まり、よろよろと立ち上がって外の様子を窺ってみるが、
その音を最後に、外はしんと静まり返っていた。
人の気配は確かにするが、何か妙な気配もする。
先ほどの音の正体は、恐らくアルヴィンの銃撃だ。
だとすれば感じ取ったこの気配はアルヴィンのものなのだろう。
場所のせいか、一抹の不安を感じる。
扉に手をかけ、そっと押し開いてみる。
さぁっと風に揺れる木々の羽音が異様に大きく聞こえるほど、辺りは不気味な静けさを帯びていた。
眩しい夕暮れ、茜色の光の中を樹林の方へとなるべく音をたてないように歩き始める。
「・・・・・・ん、アルヴィン?」
背中を樹木へと寄り添わせ、奥のほうを窺うと人影がある。
こちらに背中を向けて立っているその姿はアルヴィンのものだったが、ジュードは違和感を覚えた。
何かがおかしい、何がおかしいのか、そして彼は何を見下ろしているのか。
「あれ・・・・・・どうして武器・・・・・・」
彼が右手に握る大剣は、随分と前に買い換えたはずの古いもので、今更どうしてそれを握っているのか。
そもそもその武器はすでに処分済みで、予備としても持っていなかったはずだとジュードは小さく首を傾げる。
しかし何故か、この光景は見覚えがあったはずだ。
俯き気味に考えてみると、ふとあるできごとがジュードの脳裏を過ぎる。
「そうだ、あの時の」
「あの時の、なんだって?」
目の前には気づかぬうちに人影が落ちていて、はっとして顔をあげると目の前にはアルヴィンが立っていた。
僅かに首を傾げながら、いつも通りの笑みを浮かべて見下ろしてきているはずだというのに、
逆光でよく見えないものの、ジュードには彼の目が笑っているようには思えず、ちらりと彼の右手を窺う。
「こんなところに突っ立ってどうしたよ」
「・・・・・・っ」
その手に握られている大剣は、先ほど視界に捉えた彼の持っていた、今は使っていないはずのそれだった。
彼はきっと"本物のアルヴィン"ではない。
今目の前に立っている、"アルヴィンの形をした何か"は誰かの意識が反映されて
このハ・ミルの一角が再現された際に生み出されたものに違いない。
「・・・・・・獅子戦吼!!」
「ちっ」
彼との体格差が功を奏したと言うべきか、懐にもぐりこんだような体勢のまま、
ジュードは前方へと獅子戦吼を放った。
舌打ちとともに打ち放たれた銃撃はどうにか回避し、着地した位置でふっと樹林の奥へと目を向ける。
「なっ・・・・・・なに、これ・・・・・・」
視界に映ったその光景にジュードは目を見開き、絶句した。
地面にはおびただしい赤と、倒れる2つ、それを前にして座り込んでいる1つの人影がある。
黄金魔剣士は言った、ここはこれまで辿ってきた戦いの記憶が表現されている世界だと。
しかしこれは、確かにそうだが、それでいて異質な、悪夢のような光景だ。
倒れている2つの陰は、自分とそしてレイアだと気づく。
「違う、あれは・・・・・・」
そもそも自分と同じ姿形の何かが倒れている時点で、その近くに横たわるレイアが本物だとはジュードには思えなかった。
何よりも、あのアルヴィンの形をした何かがいるのだから、ここの一角はとにかくおかしい。
恐らくここにあって偽ではなく正であるのはジュード自身と、座り込んだまま身動きひとつしない彼だけだ。
「っ、アルヴィン!」
名前を呼んでみるが、彼は微動だにしない。
一面に広がる赤に顔を歪めながらも、ジュードは座り込んでいるアルヴィンの方に向かって駆け出した。
しかし、その瞬間左肩に激痛が走りる。
右手でその肩を押さえながら、前のめりになって転びそうになる体をどうにか踏み止まらせた。
肩越しに振り返ると、先ほど吹き飛ばしたアルヴィンの形をした何かが、此方に銃を向けて立っている。
「おいおい、油断禁物だぜ優等生」
激痛のあまり、歯を食いしばる。
目の前に立つ彼には、本物のアルヴィンがあの時持っていた迷いや戸惑いなどがないようだ。
的確に左肩を打ち抜かれ、ジュードの左腕の感覚がじわじわと薄れていく。
これはきっと、アルヴィンの深い罪悪感が、その記憶として反映されてしまったのだろう、とジュードは思った。
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マグナ・ゼロでは過去ボス戦できるって信じていたのに、という。