僵niphofia - phase 4 -


これはどうしたものかと、さすがにジュードも頭を悩ませる。
元来、アルヴィンの射撃能力は高いのだから、彼からあの時の迷いや戸惑いといった感情を差し引けば、
今この瞬間も左胸を一撃で打ち抜かれかねない。

じりり、と僅かに後退する。
しかし後退したところで彼の銃撃が十分届く範囲内だ。
左腕はもう完全に感覚を失い、治癒功による応急処置でどうにかなるものでもない。

 「ホント、その澄ました顔は気にいらねぇな」
 「・・・・・・」
 「見透かしているような目も、何でも受け入れるその態度も」

吐き捨てるようにそう言い放つ声色は、あの時のアルヴィンを彷彿とさせる。
しかしあの時の彼は、泣きそうな顔でそれでいて怒りの篭もった、そんな複雑な顔をしていた。
だからなのか、ジュードには目の前に立つその姿に、僅かに恐怖を覚える。
アルヴィンの姿をした何かは、相変わらず笑顔のままで狂気すら感じた。

 「おたくのそういうとこ、マジで嫌いなんだよ俺は」

さらりと、流すように発せられた言葉が、却って胸に突き刺さるように感じる。
その抑揚のなさが、酷く無関心に感じられて、激情に駆られて発せられた時以上に堪えるものがあった。

ジュードはその一瞬の動揺に前方から目を逸らした。
が、今は動揺している場合ではないと思いなおしてすぐに前方へと視線を戻す。

 「・・・・・・え」

前方にほんの1秒か2秒前まであったはずの姿がなく、ジュードは後ろを振り返った。
真後ろに立っていた陰が向けている銃を払い除け、ぎりぎりながら銃撃を回避する。
とはいえ、今ジュードが動かせるのは右手だけだ。
相手の左手を払いのける為に右手を動かしてしまえば、左腕が動かない今、ジュードは無防備となってしまう。

 「うぐっ」

膝蹴りを受けて、腹部に激痛が走る。
よろめいた折、大剣を地面に突き立てる様子が視界の端に映ったかと思うと、
相手の右手がジュードの負傷した左肩を掴み、地面へと押し付けた。

仰向けで倒れる格好となり、後頭部を強打する。
その痛みと、握られる左肩の激痛とでジュードは顔を歪めた。

 「それと、おたくを見て焦って、惨めに思って、悔しくて苛立ってる、そんな俺自身のことも大嫌いだよ」

馬乗りに乗り上げている相手は、ちらりと横目にアルヴィンの姿を見遣る。
痛みに耐えるために歯を食いしばりながらも、ジュードはふと思ったことがあった。
確かにこのアルヴィンの姿をした何者かは狂気の滲む笑みで、あの時のアルヴィンとは違うものの、
それでいて、酷く彼の片一面だけを色濃く映しているような、そんな印象を受ける。

視線の先に座り込むアルヴィンはまさしくその対照的で、もう片方の一面が現れているようで、
まるで彼の中にある、ジュードに対する二律背反の感情がそれぞれ形を成しているようにすら思えた。

 「辛そうだな、楽にしてやろうか?」
 「・・・・・・っ、僕は、こんなところで、死ぬ気なんかない・・・・・・っ」

す、と見下ろす顔から狂気の笑みが剥がれ落ちた。
無表情のまま見遣る冷たい視線に、ジュードは睨み返す。
左肩から離れたその右手が強く喉首を握り締めた。

 「何だよ、いつもみたいに受け入れろよ」

どうにか動く右手でその手を除けようとするが、銃をホルダーに仕舞いこんだ相手の左手に手首を掴まれた。
捕らえられた右手は地面に押し付けられ、喉首はぐっと押さえ込まれるようにして締め上げられる。

 「いや、だ・・・・・・」

今ここで諦めるわけにはいかない理由が、ジュードには沢山ある。
どうにか右手を縛めるものを振り払おうとするが、息苦しさと激痛との中で思うように動かなかった。
見上げていた顔を横へとどうにか向けて、座り込んだまま動かないアルヴィンの方へと視線を向ける。

ジュードがここにたどり着いた時に聞いた発砲音は、恐らくアルヴィン本人のものではなく、
このアルヴィンの姿をした何かが、彼の目の前でジュードとレイアの姿をしたものを撃ち殺したものだったのだろう。
だから彼は、心神喪失したようにただ呆然と座り込んでしまっているのだと、ジュードは思い至った。

 「・・・・・・ルヴィ、ン・・・・・・アル、ヴィン・・・・・・ッ!僕はっ、僕は死んでなんか、ないから・・・・・・」

死んだりしないから、と声を絞り出す。
繰り返し名前を呼ぶものの、次第に酸素の欠乏で意識が朦朧としてきた。
どくり、どくりと脈拍が異様に大きく耳に響く。

声がでない、唇が動かない、視界が霞んでただ眩しい茜色の光が溢れるだけ。
ゆるりと目蓋を閉じ、一発の銃撃音を遠く聞きながら、ジュードの意識は途絶えた。


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アルヴィンてジュードに対して真逆の感情を同居して持ってそうだなぁと思います。