僵niphofia - phase 4.5 -


自分と同じ姿をした誰かが、彼らを撃ち殺す様を直視して正気でいられるはずもなかった。
最初は何が起きたのか分からずにただ呆然と、視界を紅色に染めながら倒れていく2つの陰を目で追う。

地に伏せる音、広がる赤、動かない人影、笑う自分の声。
ただ呆然としていた思考が急速に巡り始めて、状況を理解した瞬間、見開いた目を背けることはできなかった。
自分ではない、自分がやったんじゃないと必死で言い聞かせようとするが、叶わない。
アルヴィンは思わず、その場に座り込んで頭を抱え込んだ。

 「・・・・・・違う、俺はっ」
 「何が違うって?・・・・・・これが、あの時"俺"の求めていた結果だろ」

自分と同じ顔をしてそんな事を言う相手を、アルヴィンは改めて見遣る。
笑みを浮かべながらも侮蔑するような眼差しで見下ろしていた。

否定はできない、確かにあのハ・ミルでの一件ではこのような結果になってもおかしくはなかった。
そもそもミュゼとの取引で、エレンピオスへと帰るために自分はこの結果を求めてここへ訪れている。
しかしできなかった、できるはずもなかった。
だというのに、今目の前では最悪の事態が具現化している。

 「我ながら、往生際がわりぃんだよ」

そう言って、自分と同じ姿をした何かが、地に伏せて動かない彼に向かって銃を構え、トリガーを引いた。
乾いた発砲音が響き、アルヴィンの頭は真っ白になる。
そして視覚、聴覚、嗅覚、すべてがその瞬間に遮断された。



ひどい耳鳴りと眩暈と、頭痛と吐き気が同時に押し寄せてくるようで、硬直してしまった体は動かない。
どれぐらいそうしていたのか、その後どうなったのかも何も分からない状況の中で、
遠く遠く、誰かの声が聞こえたような気がした。

 「・・・・・・ルヴィ、ン・・・・・・アル、ヴィン・・・・・・ッ!」

苦しげな声が自分の名前を呼んでいると気づいたが、頭がぐらぐらとして反応ができない。
この声を聞き間違えるはずなどない、他でもない彼の声だ。

 「ぼ・・・・・・は、死んだり・・・・・・しない・・・・・・から」

繰り返し繰り返し名前を呼ぶその声が、段々と弱く薄れていく。
死んでなんかない、死んだりしないと言うその声に応じようと、ようやく顔をあげた。

しかしそこにある光景は、もうひとりの自分が彼の首を絞める姿で、
くたりとした彼が丁度その目蓋を閉じる瞬間だった。

 「・・・・・・ジュー・・・・・・ド?」

掠れて弱々しく発せられた自分の声はきっと彼に届いていない。
すかさず持ち上げた左手で、彼に乗り上げている自分の姿へと銃口を向けて発砲した。
動揺もあって照準が定まらないうちに放たれたエネルギー弾は、
自分と同じその姿を前方へと吹き飛ばすが、恐らく致命傷にはなっていない。

 「ジュードッ」

改めて視界に映る赤の中にいる彼を見ると、現在の彼の装備と装着しているものが違うと気づいた。
そして、今しがた意識を失った彼は、このマグナ・ゼロに進入した折に装着していた装備を身につけている。
よろりと立ち上がって、アルヴィンは赤い海を渡り、仰向けに倒れているジュードの上体を抱き上げた。

 「ジュード、おい・・・・・・ジュード!」

揺さぶってみても、その目蓋は持ち上がらない。
くたり、とジュードの頭が自分の左肩へと倒れた。
左肩から左胸、左腕にかけて彼の服は赤黒く染まりあがり、首にはきつく絞められたあとが痣のように残っている。

 「頼む、頼むから・・・・・・っ」

もう一度揺さぶってみたが、ジュードの意識が戻る気配がなく、それどころか、彼の胸は上下せず、呼吸音すら聞こえない。
さあっと、アルヴィンは血の気が引いていくのを感じた。

 「妬しくて、悔しくて、焦らされて、惨めで・・・・・・一緒にいても苛立ちが募るばかりだってのに、どうして固執するんだ」

ゆらり、と前方で立ち上がる気配が問い掛けてきた。
そう、確かにそういう感情はあったとアルヴィン自身も自覚していたし、今でも僅かにそう思っているところはある。
だがそれは自分の未熟さ故の感情で、苛立ちの向かう先はジュードではない、自分自身だ。

 「・・・・・・固執する理由?そんなのこいつが、俺にとって大切で、手放したくない居場所だからに決まってるだろ」

抱き上げていたジュードを一度地面へと横たえ、ゆるりと立ち上がると左手に銃を握り、
銃口を前方に立つ自分の姿へと向けて構える。
木々が吹き抜ける風を受けて音だけが響き、互いに相手を見据えたまま何も発しなかった。
向けた銃口は額の中心に定める。

 「おたくが言うとおり俺はジュードに対して強い劣等感を抱えてる、そのうえ殺そうとすらした」
 「・・・・・・」
 「けどな、そんなどうしようもない俺に手を差し伸べてくれるこいつを、俺は・・・・・・俺はもう、失いたくねぇんだよ!!」

歯を食いしばり、照準を合わせたその銃のトリガーを思い切り引いた。
乾いた発砲音を響かせて放たれたそれは、前方に立つ自分と同じ姿をする何かの頭部を真っ直ぐと打ち抜く。
ぐらりと揺れたその体は、まるで砂塵か何かのように姿が解けるように崩れ、
吹き抜けた風がその砂塵を何処かへと運んでいった。

続け様ふっと、立ち込めていた血生臭い空気が薄れ、地面を覆っていた赤とそこに沈んでいた2つの陰も消えてなくなる。
まるで悪い夢から醒めたような、そんな感覚ではあったが、すぐ足元に横たわるジュードの姿は夢などではない。

 「・・・・・・くそ、どうして俺は・・・・・・っ」

己の不甲斐なさに顔を顰めながら、アルヴィンはその場に屈みこむ。
ともかく今は、ジュードをどうにかしなければならない。
左手で撫でるようにして彼の額へと触れて、右手で顎を持ち上げ、一瞬の戸惑いの後、唇を重ねた。


≪Back || Next ≫


Knipholiaの進行は基本ジュード視点なんですが、アルヴィン視点の話を挟みたかったので、
今回は5話ではなく4.5話というかたちに。