僵niphofia - phase 5 -


急激に流れ込んできた空気に激しく咳き込んだ。
次いで感じたのはぽたり、ぽたりと頬に落ちてくる雫の感触。
そして名前を呼ぶ声がした。

 「げほ・・・・・・う・・・・・・ごほっ」

息苦しさに顔を引き攣らせながらも、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。
顔をくしゃりとさせてすぐ真上から見下ろしているアルヴィンの視線とぶつかる。
その瞳から零れた雫が、再びぽたりとジュードの頬を濡らした。

 「ジュード、大丈夫か」

上体を起こされて、アルヴィンの左胸に頬を寄せるような格好になる。
左手を涙で濡れる彼の頬に伸ばそうと思ったが、そういえば左腕が今は動かないと思い出した。
仕方ないと動く右手をアルヴィンの背へとまわし、ぽん、ぽんとと叩く。
未だに息苦しさは続いており、肩で呼吸をしているものの、ジュードはアルヴィンの顔を見上げて小さく微笑みかけた。

 「アルヴィン、こそ・・・・・・大丈夫?」

唇を噛み締めながら、アルヴィンがぎゅっとジュードの体を抱きしめた。
負傷している左肩のことは避けてくれているお陰で、それによって体が痛むことはない。
触れ合った頬が温かく、思わず目を細めた。

 「悪い・・・・・・俺が動けてれば、こんな怪我させずにすんだのに」
 「大丈夫だよ、だから泣かないで」
 「・・・・・・っ」

寄せ合う頬が擦りあわされて、その温もりが心地よかった。
何だか大型の犬に懐かれているような感覚で、ジュードは小さく笑う。
どうやらアルヴィンもとりあえずのところ大丈夫そうだ。

 「結局、どうなったの」
 「俺の姿してたやつを倒したら、全部消えちまった」
 「・・・・・・そう、なんだ」

ふと、遠くから走ってくる小さな足音が聞こえてくることに気づいた。
アルヴィンもそれに気づいたようで、擦り寄る顔をあげる。
動かせるようになった顔を音のする方へと傾けた。

 「ジュード!それにアルヴィンもっ」
 「ジュードォォォ、無事でよかったーーーー!」

地獄に仏とはこのことだろうかとジュードは思った。
さきほどヘリオボーグ基地の屋上で別れたはずのエリーゼとティポの姿を視界に捉える。
その姿はアルヴィンに抱えられているジュードのすぐ横へと座り込んだ。

 「左肩、怪我してます・・・・・・すぐ治療しますね」

既に出血は止まっているものの、すっかり服の左半分は黒く染まっており、
エリーゼが少し動揺しているのを感じ取る。
彼女の手が負傷した左肩に宛がわれ、ほんわりとした光が生まれた。

 「・・・・・・こんな時はホント、エレンピオス人の自分にげんなりするわ」
 「でも、アルヴィンのお陰で何とかなったんだし、そんなに自己嫌悪しないでよ」

苦笑しながら見上げると、なんとも複雑そうな顔でアルヴィンが小さく唸る。
エリーゼの回復により左腕の感覚が少しずつ戻ってきたが、
それに伴い左肩の傷による痛みが強烈なまでに伝わってきた。

 「ジュード、大丈夫ですか」
 「うん・・・・・・感覚が戻ってきて、痛みを感じるようになったから、ちょっと辛いだけ」

大きく息を吸って、吐き出す。
エリーゼの方に向けていた顔を、再びアルヴィンの方へと向けて、その肩口に寄りかかった。
何だか少し体が熱いような気もして、恐らくは発熱してしまっているのだろうなどと
ジュードは他人事のようにぼんやり思う。

 「ジュードしっかりしろーっ」
 「あはは、大丈夫だよティポ・・・・・・大分よくなってきたし」

ふよふよ、とすぐ目前まで近づいてきたティポが心配そうな声をあげている。
さすがのティポもこの状況では顔に引っ付いてはこなかった。
頬に擦り寄るような動きをした後、再びエリーゼの方へと戻っていく。

ようやく左手の指がくいくい、と動かせる程度にはなってきた。
左肩の熱りは次第に広がっていったが、そこまで苦しくはない。
ふっと視界が陰り何かと思えば、アルヴィンの右手が前髪と額の間へと滑り込んできた。

 「あ、気持ちいい」

ひんやりとしたその手からはグローブが抜き取られているようで、アルヴィンの手がじかに触れている。
熱が出ているせいでその手の体温が低く感じられて、それがとても心地よかった。

ようやく左肩の痛みも治まってきた頃合、左手をぎゅっと握れるほどに回復した。
長らく続いていた回復の光が収まり、エリーゼが小さく息をつく。
ジュードが試しに左腕を持ち上げてみると、ずきり、と左肩に痛みが走ることはあったが十分動くようになっていた。

 「しばらくは、あまり左手のほうを使わないほうがよさそうです」
 「そうだね・・・・・・あとはもう自然回復頼みだし、無理はしないようにしないと」

ある程度までは術で回復できるが、一定以上となれば結局のところ自然治癒能力に頼らないといけない部分もある。
例えば回復の術を使ったとしても出血した血液を補充することなどできないわけで、
痛覚などを感じられるように回復してはいるものの、要安静ということにかわりはない。

 「・・・・・・そういえばエリーゼ、あの後大丈夫だった?」
 「はい、何とか・・・・・・だめもとと思って、ジュードが入ったもやに飛び込んでみたらあの小屋に出たんです」

つまるところ、あのフェンスから飛び降りたということになるわけだが、
彼女の度胸の据わり具合はまったく恐ろしい。
とはいえ、そこにもやがあると分かった上で飛び降りるのであれば多少違うのだろうか。

しかし、すっかりもやの行き先はランダムでばらばらだと思っていたものの、
同じ場所にでるピンポイントのもやも存在しているということになるのかとジュードは考える。
はたまたランダムながらも偶然同じ場所にでたと考えられる可能性もなくはない。

 「同じ場所に出られるもやもあるってことなら、ここから先全部そうだといいんだけどね」
 「キジル海瀑に行く方面にもやがありましたけど、どうしましょうか」

色々と不安や懸念はあるが、進むしかないという状況は変わらない。
寧ろ、このハ・ミルでのことのように他のメンバーの過去の経験が
実体となって反映されていたとすれば、ジュードはあまり良い予感がしなかった。

 「ジュード、立てるか?」
 「うん」

アルヴィンに支えられながら立ち上がるも、失血のせいかくらりと視界が揺れた。
そんな自分を右側でアルヴィンが支え、左手には一緒に立ち上がったエリーゼがついている。
何とか次のもやは、3人一緒の場所に出てほしいものだと、ジュードは切に願った。


≪Back || Next ≫


アルジュエリーは家族のかおり。