僵niphofia - phase 6 -


ハ・ミルから繋がるもやは1つしか存在していないようだった。
エリーゼが見つけたキジル海瀑方面へと続く道の途切れた場所に生じていたもやへと、
最初にアルヴィンが入り、続いてジュードが入った。エリーゼは最後だ。

 「うわっ」
 「・・・・・・っと、どうやら同じとこに出たみたいだな」

もやに足を踏み入れた瞬間独特のふわり、あるいはぐらりとした奇妙な感覚の後、
着地した足場が悪かったようで少しバランスを崩すも、とすんと小さな音をたてて受け止められる。

上から降ってきた声はアルヴィンのそれで、背に回された彼の左手に抱え込まれる。
続け様、ぐいと左側の服の裾を下へ引かれて何かと思い、ジュードは顔をそちらへと向けた。
同じように不安定な足場によろけたエリーゼが、目の前にあったジュードの服にしがみつく格好になったようだ。

 「エリーゼ、大丈夫?」
 「はい・・・・・・同じ場所に出て安心しました」

心底ほっとした様子で微笑むエリーゼの頭をぽん、とジュードは撫でた。
この状況を見るに、恐らくエリーゼがあのヘリオボーグ基地からハ・ミルに来れたのもまぐれではなかったのだろう。
行き先が固定のもやもあるということのようだが、結局のところ入ってみないとどちらとも言えない点は悩ましい。

そんなことを考えながらジュードは改めて周囲を眺める。
灰色の岩石が視界を埋め尽くし、空気が少し薄く感じた。
足場が悪かったのも整備されていない道とは言えない道に出たからだったようで、その場所がニ・アケリア霊山だと気づく。

 「ったく、この流れでここに出るのかよ」
 「・・・・・・」

アルヴィンの言いたいことに察しがつき、ジュードは小さく唸る。
ニ・アケリア霊山といえば、アグリアと、そしてプレザと戦い、彼女たちが落下していった場所だ。

かつん、かつんとゆっくりとした足取りで高い靴音が響く。
見るまでもない、"彼女"が来たのだろうとジュードは思った。
かつん、と途切れた音は少し間合いを取った前方で、エリーゼを見下ろしていた顔を前方に向けた。

 「・・・・・・プレザ」

ジュードは、アルヴィンに寄りかかっていた体を起こす。
それに合わせて、エリーゼもジュードの服から手を離して、杖をぎゅっと握り直した。

 「待っていたわ、アル」

その笑みは酷く優しく、山頂から落下していく時に彼女が見せたそれに近い。
隣から動揺する気配が伝わってきた。
それこそ先ほどのアルヴィンの幻影と同じく狂気に滲んだ笑みでも浮かべていれば
右隣に立つ彼もここまで動揺することはなかっただろうに、随分とここは惨い世界だと思わずにはいられない。

 「私はいつだって、貴方がここに戻ってきてくれることを待っているのに、どうして私の手を取ってくれないの」
 「・・・・・・っ」
 「その子の側にいることを苦しく感じている貴方が、どうして」

アルヴィンが堪えていることは安易に想像がついたが、
果たしてあのプレザがこんなことを言うだろうかと考えてみる。

確かに彼女はアルヴィンに対してそういう感情を今でも持っていたことだろう。
それでも本当の彼女は、アルヴィンが己の側を選ぶことよりも、ただ純粋に彼の幸せを願っていた。
彼女の遺した手紙を思えば、本心でこう思っていたとしても彼女がそうと口にすることはなかったと思う。

しかしそれはジュードの知っているプレザという人物のことであって、
必ずしもそれがアルヴィンの知っている女性と合致するものであるのかは定かではない。

 「アルヴィン、しっかりしてください!」
 「そーだそーだ、しっかりしろー!」

黙り込むアルヴィンを見るに見かねてといった様子で、エリーゼとティポが声をあげた。
その声にはっとした様子で、アルヴィンは左腕をゆるりと持ち上げる。
かちゃり、と鳴った音は彼の手に握られた銃のものだ。

 「・・・・・・悪いなプレザ、俺は・・・・・・あの時お前が気づかせてくれたこの居場所を、手放すつもりはない」

悲しげな笑みを浮かべるプレザの幻影は、僅かに目を細めてその銃口を見据えている。
アルヴィンの左手は震えていたが、間もなくしてそのトリガーに掛けられた指が動いた。

発せられた銃撃を追うようにして前方へとジュードが視線を投げると、何故かプレザの姿と目が合った。
口元が音を発せずに動いている様が視界に映り、彼女がこちらへ投げかけるその言葉にジュードは気づく。
またその言葉を自分に向けて言うのかと、それこそこの期に及んで彼女があの言葉を発するとは思えないのに、だ。

そのタイミング、アルヴィンの放った銃撃が彼女の左胸を貫いて、彼女の幻影はまるで霧散するようにして姿を消した。
どさり、と大きな音をたてて、隣に立っていたアルヴィンが座り込む。
しかしジュードはただ呆然と前方を眺めるまま、体が硬直して動けなかった。

 「あぁもう、勘弁してくれよホント」

アルヴィンの震える声が聞こえてくる。
反対隣に立っていたエリーゼがジュードの前を通り、座り込んでいるアルヴィンの前に屈みこんだ。
視界の端で、エリーゼがアルヴィンの頭をぽんぽん、と撫でている様子が映る。

いつかは捨てられる、のだろうかと考えた。
実際にそう言われたあの頃は、まだそういう要素に尽きない部分も確かにあったが、今のアルヴィンはどうだろうか。
客観的に見てもないだろうと思うのに、どこかでそれは自分の願望が入り混じっているような気がして、
今となってもジュードにとっては目を背けておきたい言葉であることにかわりはなかった。

 「ジュード」

アルヴィンの声に名前を呼ばれていると気づき、ジュードははっとした。
ふい、と右手側へと顔を向けると、座り込んでいるアルヴィンとその前に屈みこむエリーゼが揃ってこちらを見上げている。

 「え、何?」
 「ジュード、大丈夫ですか?」
 「・・・・・・ごめんね、ちょっと考え事してた」

恐らく何度か呼ばれていたのだろう。
心配そうに見上げるエリーゼと、少し不安そうな目をしているアルヴィンの視線に、ジュードは苦笑した。

この世界での光景が記憶や意識を反映させているのだとすれば、
今のほんの一瞬垣間見たものは、自分の抱える不安が具現化していたのだろう。
それはきっと、先ほどのアルヴィンの幻影が放ったあの大嫌いだという言葉も同じで、
彼との離別や、それこそ彼に置き捨てられることへの不安や恐怖がその言葉に反映されてしまったのかもしれない。

どちらの言葉も、ジュードの中で消化しきれずに重く沈殿するままだった。


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それはないだろと思いつつ、実はそれって、そう願ってるだけなんじゃないのってたまにある。