僵niphofia - phase 8 -
もやの先はほんのりと薄暗い場所で、明暗の切り替わりに目が追いつくまでに少し時間がかかった。
今度はどうやらイル・ファンのオルダ宮のようだ。
今回も繋がる場所が同じだったようで、先にもやへと入ったミラとレイア、エリーゼ、アルヴィンがいた。
「・・・・・・おや、皆さんお揃いでしたか」
先にここへ着いていた4人の後姿で見えなかったが、どうやらその向こうにローエンがいるようだ。
ようやく目が慣れたところで数歩前方へと歩み出れば、玉座の前でこちらに背を向けて屈みこむローエンの姿がある。
ふわり、と淡い光が点々と宙に散っていく様子を捉えた。
よくよく見てみるとこの室内にはあちこちに戦い争った痕跡があり、
柱には焦げたような痕や、鋭い刃物で切りつけられたようなものもあった。
「ローエン、もしかしてナハティガルと・・・・・・」
確信めいたものを感じて、ジュードはぽつりと言葉を零した。
前方ではすくりとローエンが立ち上がり、僅かに上を見上げる。
次いでゆるりと俯き、短い息をつくのが聞こえてきた。
「困ったものです・・・・・・幻影と分かっていながらも、もう一度あいまみえることができて嬉しいと思っている自分がいます」
顔を上げ、体半分に振り返るローエンは少し寂しそうに笑っていた。
その頬に走る傷跡を見て、エリーゼとレイアがローエンのもとへと駆け寄る。
ゆっくりとした足取りで後を追うようにしてミラが歩き始めた。
そんな彼女たちの後姿を眺めていると、やや右手前で同じくぼんやりと立っていたアルヴィンが溜め息を零す。
「どうしたの、アルヴィン」
「ん、いや・・・・・・少し、羨ましくってな」
何が、というところをアルヴィンは口にしない。
しかしジュードは少し首を傾げるも、あぁそういうことかと何となく理解した。
形はどうであれもう一度その姿を見れたこと、その声を聞けたことを喜びと感じられるローエンが羨ましいということなのだろう。
すっかり肩から力が抜けてしまっているアルヴィンの後姿へとジュードは一歩踏み出す。
更にもう一歩踏み出せば彼のすぐ左隣の位置に辿りついた。
「なぁ」
「うん?」
並ぶようにして立った頃合。
問い掛けるような声が隣から降ってきて、ジュードは首を傾げる。
どう切り出したらいいものかと悩んでいるような、そんな空気を醸しながらもアルヴィンはゆっくりと口を開いた。
「さっき、何考えてた」
「さっきって?」
「プレザの幻が消えた時」
何となく、ジュードはアルヴィンから目を逸らして前方を見遣った。
エリーゼがローエンの左腕をぐいぐいと下に引っ張り、彼が地面に座り込むとレイアとエリーゼが回復の術を唱え始める。
そんな様子を遠目に眺めながら、ジュードは小さく息をついた。
「・・・・・・覚えてる?前に、ファイザバード沼野で戦った時にあの人が言ってた言葉」
「ファイザバードで?・・・・・・あぁ、あれか」
「アルヴィンの銃撃が当たる前にね、あの幻も僕に言ったんだよ・・・・・・いつかは捨てられる、って」
顔は前へと向けたまま、視線だけをちらりとアルヴィンに向けた。
アルヴィンもまた前方を眺めているが、少し顔を顰めながら小さく唸っている。
再びジュードも視線を前方へと向けた。
一生懸命といった様子で回復の術を使っているレイアとエリーゼのことをミラとローエンがにこやかに見遣っている。
「そんなはずないって思ってるのにちょっと不安になっちゃって、考え込んでたんだ」
「俺が、捨てられることはあっても・・・・・・捨てることなんてねぇよ」
捨てたら何もなくなってしまう、とアルヴィンは自嘲気味に笑う。
彼のその笑い方は好きじゃないなと、ジュードは改めて思った。
「僕は捨てたりなんかしない・・・・・・けど」
「・・・・・・けど?」
聞き返されたところで、余計な事を口にしたとジュードは後悔した。
もし自分を嫌っているのなら、捨てたりしないから無理に合わせなくていい、と
ジュードの口は発しようとしていたが、怖気づいて言いよどむ。
明確な否定、拒絶ほど恐ろしいものはない。
和らいだはずだった不安が押し寄せて、ジュードは息苦しさを覚える。
「・・・・・・ううん、ごめん・・・・・・何でもないから、気にしないで」
「ジュード」
ふ、っと無意識のうちに握り締めていた自分の手から力が抜けていくのを感じた。
前方に向けていた顔は無意識に俯いてしまい、ジュードは口を噤む。
アルヴィンが自分を嫌っていることはないだろうと、それはジュードも分かってはいる。
嫌っていたのなら、彼が涙しながら自分を抱きしめたりしないと、分かっている。
それでも不安に思ってしまう自分がいて、それはアルヴィンを信じきれていない証拠だと、ジュードは自己嫌悪した。
「本当にごめん、僕はアルヴィンのこと信じてるから・・・・・・もっとしっかりしないとだよね」
俯いていた顔をどうにか持ち上げて、ジュードはアルヴィンへと顔を向けて苦笑する。
アルヴィンは少し傷ついたような、寂しそうな顔をしていたが、向けていた顔を逸らしてジュードは視線を前方へと投げ、
行こう、とアルヴィンに声をかけてからローエンのもとへと歩き始めた。
「・・・・・・ジュード」
「なに?」
数歩歩いたところで後ろから名前を呼ばれて、ジュードは肩越しに振り返った。
アルヴィンは先ほどの位置から動いていない。
「ここ出たら、2人で少し話したいことがある」
ぴくり、と自分の肩が揺れたことにジュードは気づく。
アルヴィンがこうして誰かと向き合おうとしている姿を見られることは、少なからずジュードにとっても喜びではあるが、
今このタイミングでよりにもよって自分に向けこう言われてしまうと、本音を言えば逃げたいと思った。
とはいえ、拒否することなどジュードにはできるはずもない。
気づいたときには、無意識ながらも条件反射的に肯定の応答を返していた。
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くっついたりはなれたり、すれ違いアルジュ。