僵niphofia - phase 9 -


ローエンの傷の治療が終わり、イル・ファンのもやで別れてからようやく全員合流できたことに安堵しながらも、
6人で顔を合わせて改めてここから先のことについて話し始めた。
ひとまずは脱出する手段が見つかり次第、脱出が最優先事項というところはローエンも同意している。

 「そうですね・・・・・・心身ともに疲弊しきっている状況で、このような世界の主を相手にすることは避けたいところです」

まったくもってその通りだと、ジュードも思う。
このような世界の主というのだから、あの黄金魔剣士の実力たるは想像を超えていておかしくはない。
叶うならば、手合わせはまたの機会にしてほしい。

 「玉座の後ろにもやがひとつ・・・・・・あれ?」

ぐるりと一周、部屋を見ようとしたが途中でジュードは違和感を覚えた。
ちょうど玉座の真正面、この部屋へと出現したあたりの位置に薄っすらと霞みかがったものが見える。
ここまで足を踏み入れてきた円状のもやとも違い、まるで淡い光の柱のようだ。

 「あれは・・・・・・何でしょうか」
 「あやしー!すっごいあやしーぞーっ!」

エリーゼと、彼女の抱きかかえるティポが声を上げる。
見るからに怪しいというのはジュードとしても同意で、とりあえずその光の方へと歩み寄ってみた。

改めて近くで見てみると、それは先ほどの印象の通り、白く霞んだ光の柱、といった様相だった。
ここまで通ってきたもやと同じように、その先にはこの部屋の壁しか見えない。
もう少しよくよく見てみようと一歩踏み出した折、ぐらりと視界が揺れた。

 「・・・・・・っ」

まずい、と思ったが重心のかかる足に力が入らない。
失血のせいで引き起こした眩暈なのか、頭が朦朧とした。
後ろから聞こえてきていた足音のテンポが速まる、皆異常に気づいたのだろう。

ふわりと投げ出される格好となった体が、目前にあった光の柱へと吸い込まれていく。
右腕を後ろからがしりと掴まれる感覚があったが、引き止めるには遅かった。
光の眩しさにジュードは目蓋を閉じる。

 「う・・・・・・っ」

とすり、とうつ伏せに倒れ込んだ衝撃に、ジュードの口からはくぐもった声が漏れた。
吸い込んだ空気はひんやりとしており、耳に響いて聞こえるのは降り止む気配のない雨音だ。
しかし何故か倒れた先から感じ取ったのは温かさで、ゆっくりと瞑っていた目蓋を持ち上げる。

 「いってぇ」

自分ではない第三者の声がうつ伏せるジュードのしたから聞こえてくる。
はっとして体を持ち上げようと思うも、くらりとする平衡感覚にどうにか顔を持ち上げるのが精一杯だ。
改めて状況を確認してみれば、ジュードが倒れ込んだのは仰向けに倒れているアルヴィンの上だった。

 「え、あれ」
 「あれ、じゃないだろ・・・・・・ったく、何やってんだよ」

腕を掴まれた感覚は、どうやらアルヴィンの左手に自分の右腕が握られてのものだったらしい。
恐らくはジュードを引きとめようとして間に合わず、一緒に光の柱へと飛び込んでくれたのだろう。
そのうえ、自分を庇ってこのような体勢になった、というところまではおよそ察しがついて、
ジュードは申し訳ない気持ちになった。

 「アルヴィンごめんね、怪我はない?」
 「こんくらいで怪我するほど、やわにできてないんでね」

上体を起こすアルヴィンに抱きかかえられるようにして、ジュードも体を起こした。
ようやく眩暈は落ち着いてきたようで、アルヴィンと向かい合うようにして座り込んだまま、辺りを見回す。

 「あ、ここってファイザバード沼野」
 「結果オーライ、ってわけか」
 「そう、みたいだね」

変な場所どころか、望んでいた場所に出られたことを喜びたいところではあったものの、
眩暈を起こして足を踏み入れてしまっている手前、何とも複雑な心境ではある。

右腕を掴んでいたアルヴィンの左手が離れ、先に立ち上がった後、彼のその手が改めて差し出された。
その手にジュードの右手を乗せると、ぎゅっと握って引き上げられる。
ジュードが礼を述べると、離れていったアルヴィンの左手に頭をぽんぽん、と撫でられた。

 「ジュード、アルヴィン、無事か」
 「あ、ミラ」

ジュードが立ち上がったところで、何もない空間からふっとミラが姿を現し、
続いてレイアとエリーゼ、ローエンも地面に着地して、泥濘がぱしゃりと小さく音をたてる。
結果的に先にジュードとアルヴィンが光の柱へと飛び込むかたちとなってしまったため、後を追ってきてくれたようだ。

 「おや、これは・・・・・・どうやら戻ってこれたようですね」
 「あっ!この大きいもやから入ったんだもんね、確か」

辺りを見回していたローエンの呟きの後、あちら側へと入り込んだ際に通った大きいもやをレイアが指差している。
そんな話をしている間にもひんやりとした雨は降り止むことが無く、ジュードの前髪が額に張り付いた。
更にそこから雨雫が零れ、頬を伝うようにして流れる。

 「あの、なんかごめんね・・・・・・出られたからよかったんだけど」
 「ほんとだよージュードってば、貧血で眩暈でも起こしたんでしょ」
 「あー・・・・・・うん、多分そう」

さすがはレイアと言うべきか、図星をつかれてジュードは苦笑する。
もう少しよくあの光の柱を観察しようとしただけとはいえ、自分の体調を度外視しすぎていた。

 「でも、外に出られてよかったです」
 「もう疲れたー!帰ろうよーっ!」
 「あぁ、そうだな・・・・・・ひとまずイル・ファンまで引き上げよう」

ここでぼんやりしていても雨に体を冷やすばかりで、何もいいことはない。
もとよりマグナ・ゼロからの退却は揃って願っていたことだ、ミラの言葉に一同頷き、イル・ファン方面へと歩き始めた。


≪Back || Next ≫


そろそろ終盤です。