僵niphofia - phase 10 -


アルカンド湿原を通り抜け、イル・ファンまでどうにか帰還した。
まっすぐ中央広場のホテルを目指そう歩いていたが、丁度タリム医学校前を通りがかったタイミングでレイアが声をあげる。

 「何、どうしたのレイア」
 「ジュード、一応看てもらってきた方がいいんじゃないかなって、左肩」

ちらり、とすっかり黒ずんでしまった左肩あたりを見遣りながらレイアは言う。
傷口自体はもう大丈夫だとしても、一応行ってくるに越したことは確かにないとジュードも思った。
いくらエリーゼの術が優秀とはいえ、回復の術が万能というわけではない。
ここは大人しくレイアの提案を受け入れ、ジュードはタリム医学校へ立ち寄ることにした。

 「・・・・・・そうだね、じゃあ皆は先にホテルに行ってて」
 「んじゃ、ほら荷物」

くいくい、と手招きをするアルヴィンに礼を述べながら、
身分証などの最小限の荷物を引っ張りだして、残りの荷物を彼に託した。
また後で、と他の皆と別れてから、ジュードはタリム医学校の外来受付口へと歩き始める。

相変わらずの混雑具合ではあったものの、時計に目を向ければもう夕暮れ時で、
その混雑の殆どが、診察を終えて診断結果を待つ者や、処方を待つ者といった具合だろう。

受付にいたのは顔なじみの女性で、以前指名手配がされていた頃にはジュードを見て見ぬ振りをしてくれていた人物だ。
さすがにこの服の黒ずみ具合を見て驚いた様子で、ジュードは困ったように笑う。
一応傷は塞がっているものの念のため立ち寄ったと伝えれば、プランの手が今なら空いているという話が聞けた。

 「いつも通り、第5診察室におりますので」
 「ありがとうございます」

一礼してから診察室のある通路の方へと向かう。
何人か見知った顔とすれ違い、服の状況を見ては酷く驚かれ、それとなくかわしながら第5診察室へと足を運んだ。
ノックをしてから扉をあければ、中にはプランの姿がある。

 「ジュード先生、どうされたのですか、その肩」
 「うん・・・・・・傷口は塞いで貰ったんだけど、まだ少し痛むから簡単に見てもらっておこうと思って」

ぱたぱた、と駆け寄ってきたプランがジュードの左肩に触れる。
ところどころを押されて、ここは痛むかと問われて何箇所か痛みを感じた。
触診を受けて、関節のあたりがまだ不調のようだなと他人事のように考える。

 「変な動かし方をしないように、一応包帯で固定はしておいたほうがよさそうですわね」
 「あ、だったらちょっと奥でお湯借りてもいいかな・・・・・・今戻ったばかりだから」
 「えぇ、その間に包帯の準備をしておきます」

狭いスペースしかないものの、一応診察室の奥には体を流せる場所がある。
プランの快諾にほっとしながら、ジュードは診察室のカーテンを引いて奥へと向かった。



ゆっくり湯に浸かるようなことはできなかったとはいえ、それでもすっきりして気持ちが良かった。
さすがに先ほどまで着ていた服をもう一度着る気にはなれず、以前置いていた研修医用の服があるかと棚を探す。
それは前と変わらない場所にそのままの状態で仕舞われており、ひとまずそれに手を伸ばした。

 「あら、その姿を見るのはなんだか随分と久し振りな気がしますわ」
 「せっかくお湯を借りたのに、あの服をまた着ちゃうと・・・・・・ね」

とはいえ、上着はこれから包帯を巻くために羽織っているだけだ。
診察用のベッドの縁に腰掛けて左肩から上着を落とす。
用意しておいてくれた包帯で、プランが手際よく左肩まわりを固定してくれた。

 「出血の量が多かったようですから、傷口は塞がっていますけどあまり無理なさらないでくださいね」
 「うん、今日はもうこのままホテルで一泊するから大丈夫」

助かったと改めて礼を述べれば、プランは穏かな笑みで応えてくれた。
また顔を出すと約束をしたところでジュードは上着を整え、
先ほどまで着ていた服を適当な袋に詰めて手に持って、第5診察室から廊下へと出た。
すでに診察を受けに来ていた患者の姿もなく、関係者の姿もちらほらとある程度だ。

受付で簡単に挨拶をしてから外来受付口の扉を通ってイル・ファンの街へと向かう。
改めて街並みを眺めると、以前この街で過ごしていた頃と比べて随分と環境が変わったものだと思った。
それでもナハティガルが崩御してなお、この街がそのままの形でいられているのは
他でもないガイアスのお陰であるのに、彼と対峙しなければならないのも皮肉な話だ。

 「ジューーードーーー!」

中央広場まで歩き進んだところで視界が暗転した。
危うく手から袋を落としそうになったが、どうにか袋を持ち直す。
落としそうになったのは別段驚いたわけではなく、どちらかというと加速して飛んできたそれの反動のせいだ。

 「最近僕、そのうち首の調子おかしくなるんじゃないかってちょっと不安になるよ」
 「ジュードなら、だーいじょうぶだよー♪」

ふがふが、とした声ながらもそうのたまうティポに、その根拠を問いたい気持ちになる。
お約束とばかりにジュードは顔にひっついているティポを引き剥がそうとするも、気持ちよく伸縮するだけだった。

 「ジュードさんもう大丈夫なのですか」
 「うん、とりあえず左肩を包帯で固定してもらってきたから」

聞こえてきたのはローエンの声で、その後ぽすっと正面から誰かに飛びつかれるも、高さからそれがエリーゼと分かる。
エリーゼの頭のあたりをぽんぽんと撫でていると、ようやく顔からティポが離れた。

 「買い出ししてくれてたんだね、ありがとう」
 「いえいえ、気分転換の散歩がてらですよ」

グミやらボトルやらが入っている雑貨袋を抱えたローエンがにこりと微笑んだ。
抱きついてきていたエリーゼが手を離して、一歩下がってから改めてジュードを見上げる。
何か物珍しそうな顔をしている彼女の表情を見て、今の服装に興味を示しているのだろうかとジュードは小さく首を傾げた。

 「ジュードかっこいいです」
 「かーっこいいよねーお医者さんみたいだねー」
 「あはは、これはお医者さんの見習いが着る服だからね」

おぉ、と感心したような声をエリーゼと、彼女の腕の中に納まったティポがあげる。
そんな様子を微笑ましく思い、ジュードは右手を口元にあてがいながら小さく笑った。

 「では、そろそろホテルに参りましょうか」
 「そうだね、エリーゼとティポも行こう」

右手を差し出すと、エリーゼの左手に握り返され、3人でホテルへ向かって歩きはじめた。
ホテルへ向かう道の途中、部屋割りの話を尋ねると今夜は2人部屋が3つらしく、
いつも通りジュードはアルヴィンとの相部屋だとローエンが答える。

2人で話がしたいと彼に言われていた手前、丁度よかったかと思う反面で
戻ったら早速切り出されるのだろうかと逃げ腰になっている自分に対して、ジュードは内心溜め息を零さずにはいられなかった。


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次か次の次ぐらいで終わりです。