儉imonium sinuatum - phase 3 -


旅の疲れが出たのか、ジュードを待っている間にアルヴィンは転寝をしていたらしい。
頭を撫でられるような感触がしてふわりと意識が浮上した。
ぼやけた視界の中、目の前に立っていたジュードがやんわりと微笑んでいる。

 「あ、起きた」
 「・・・・・・あれ、俺寝てた?」

口元に手を当てながら少し首を傾け、こちらの顔を覗き込むようにしてジュードが笑いながら頷いた。
エレンピオスから戻ってきてそのままここまで来ることになって疲労していたとはいえ、
これはうっかりしていたとアルヴィンは欠伸をかみ殺す。
改めてジュードの姿を見遣れば先ほどまでの白衣姿から、よく見慣れた私服姿になっていた。

 「ごめんね、待たせちゃって」
 「気にすんなって・・・・・・で、もう終わったのか」
 「うん、もう皆帰ったから僕たちも行こう」

寝ぼけた頭のまま、座っていた椅子から立ち上がる。
大丈夫?と笑いながら見上げてくるジュードに応じたところで、ふとアルヴィンは首を傾げた。
そしてそんなアルヴィンに釣られるようにしてジュードも首を傾げる。

 「あれ、何か自然すぎてスルーしてたけど、行くって何処行くわけ」
 「えっ?何処って、僕の部屋だけ、ど・・・・・・」

何を今更といった様子で答えたジュードだったが、アルヴィンが言わんとしていることに気づいたのか言葉を詰まらせる。
随分と直球なお誘いだことで、とアルヴィンがにやりと笑いながら言えば、
彼は少し顔を赤く染めながらもむくれたような顔をしてこちらをじとりと見遣った。

 「もう・・・・・・そうやってすぐ変な風に言うのは相変わらずみたいだね」
 「まぁねー」

ふふんと笑うアルヴィンの傍ら、盛大な溜め息を零すのも照れ隠しと分かれば可愛いものだ。
通路へと出るジュードの後を追うようにして、アルヴィンも部屋を後にする。
そこから来た道を戻るように歩きながら、ジュードの方から振られた話題にアルヴィンは耳を傾けた。

 「それで、アルヴィンは仕事でこっちにきたの?」
 「んー?仕事っていえばまぁ仕事だな」
 「・・・・・・ねぇ、それって本当に仕事なの?」

苦笑気味に相槌を打つジュードに笑って応じる。
言葉遊びのようなやりとりをしているうち、ラフォート研究所のエントランスが見えてきた。
そこから外へと出れば、相変わらずと厳重な警備体制が敷かれている様子が目に映る。

 「それにしてもホント忙しそうだな」
 「ちゃんと時間区切ってやってるからまだいいんだけど、ずれこむと結構厳しいかな・・・・・・全部後ろ倒しになっちゃうし」

そう言って小さく溜め息を零すジュードの表情には疲労の色が窺えた。
ラフォート研究所前からゆったりとした歩調で歩き始め、
ぼんやりと彼の横顔を眺めながら曖昧な相槌を打っていると、前を向いていた彼の顔がこちらへと向く。

 「・・・・・・って、アルヴィンちゃんと話聞いてる?」
 「ん?聞いてる聞いてる」
 「本当かなぁ・・・・・・」

はぁ、と肩を落としながら溜め息を零すジュードの頭をぽんぽんと撫でれば、彼は少し照れくさそうに見上げてくる。
そんな彼を見ていて何となく幸福感を覚える一方で、自分より11も年下の彼が目指す先を見据えて日々邁進する姿に
僅かながらもちりりと胸の奥でほの暗い感情が芽生えるのを感じ取り、更にはそんな感情を持ってしまう自分を嫌悪した。
ふいっとジュードから視線を逸らして何を馬鹿なことを考えているのだと、アルヴィンは自分自身を叱咤する。

 「ここだよ」

ラフォート研究所からしばらく歩いたところで、くいくいと腕を引かれ、アルヴィンは視線をジュードへと戻した。
そこは研究所から近いそれなりの大きさがある建物だ。
その建物は家樹ではなく、ラフォート研究所同様の施設といった様相で、
ジュードが言うにはここは研究者用に設けられた貸家で、その一室を使っているのだという。

 「僕の部屋は上の階ね」

付いて来て、と先導するジュードの後を追ってその建物へと入り、正面の階段を上がった。
長く続く廊下には他の研究者の姿もあり、すれ違い様にジュードが小さく頭をさげて挨拶をする。
建物の内部構造は、バランの家と少し似ているものがあるなとアルヴィンはあたりを見回した。

廊下の突き当たりにある扉の前でジュードが立ち止まり、手荷物からカードキーを引き摺りだす。
どうやら彼はこの角部屋に住んでいるらしい。
セキュリティもラフォート研究所に通じるものがあるようで、ジュードがカードキーを使うと鍵が開く音がした。
ノブを握り、ジュードが扉を開けてアルヴィンを中へと促す。

 「へぇ、結構いいとこ住んでるのな」
 「ここならセキュリティもしっかりしてるからね」

後から部屋に入ったアルヴィンは後ろ手に扉を閉めた。
部屋はそれなりに広く、今居るのはリビング兼作業部屋といった具合なのか、
壁沿いに並ぶ棚には本がぎっしりと並んでおり、部屋の手前にはソファとテーブル、奥には書類の詰まれたデスクがある。
更にいくつか扉があり、恐らくはそれぞれ台所や寝室、浴室などへと繋がっているのだろう。

 「紅茶でいい?」
 「ん、いやそれより」

ソファに手荷物を置いて振り返るジュードに問い掛けられ、そう応じると彼は首を傾げた。
数歩の距離を足早に詰めると、アルヴィンはジュードの腕をやんわりと握って引き寄せる。
ぽすり、と小さく音をたてて彼の体がアルヴィンの腕の中に納まり、少し前屈みに彼の髪へと顔を寄せた。

 「アルヴィンって甘えっ子だよね」
 「ジュードくんは甘えベタだよな」

そんな言葉の投げあいをしながら、お互い小さく笑い声を漏らす。
ふわりと鼻腔をくすぐるジュードの髪の香りと、そのさらさらとした感触が心地よくて、アルヴィンは目を瞑った。
ぎゅ、とジュードを抱きしめていると、彼の手がアルヴィンの背と後頭部へとまわされてぽんぽん、と撫でられる。

 「何かほっとするんだよね、アルヴィンとこうしてると」
 「そいつは何より」

ぐい、と弱い力ながらジュードの手に頭を下へと押されて、アルヴィンはジュードの左肩へと顔を落とした。
そしてお互いの頬を寄せ合えば、より彼の体温がダイレクトに伝わってきて心が満たされていくように感じる。
頬擦りしながら顔を少しあげ、アルヴィンはジュードのこめかみへと唇で触れた。

 「で、俺に話してないことあるんじゃないの」
 「え?話してないことって・・・・・・」

こつん、とジュードの額に自分の額を触れされ、じっと彼の目を見据えるようにしてアルヴィンは問う。
ローエンから聞いた、と言うと困ったように眉尻を下げてジュードが苦笑した。

 「源霊匣研究に反発してる連中に絡まれてんだろ?」
 「あー・・・・・・うん、まぁ」

視線を彷徨わせながら、ジュードが言葉を濁す。
アルヴィンは彼を抱きしめていた腕を解いて体を離した。
ソファに置かれているジュードの手荷物をテーブルへと動かし、彼の手を引いて並んで腰かける。

 「反発があることぐらい分かってたことだし、アルヴィンも忙しそうだから心配かけたくなかったんだけど・・・・・・」
 「護衛つけるつけないなんて話が出るぐらいなんだろ?心配かけたくないからとか言ってる場合かっての」
 「う、ん・・・・・・」

すっかり肩を落として項垂れているジュードに、小さく溜め息を零す。
彼のことだから、今本人が言った通りアルヴィンに余計な心配をかけたくなかったから黙っていたのだろうとは思うものの、
一方で本当は頼りにされていないのではないのかと、彼との間に見えない壁のようなものを感じずにはいられなかった。

しかしそれも、結局のところは彼の中での自分自身の立ち位置について、
未だに自信が持てていない己が悪いのだろうと、アルヴィンは内心ごちる。

アルヴィンは右隣に座っているジュードの腕を徐に掴んで引き寄せた。
結果、自然と後ろから抱え込むような格好となり、彼の左耳に口元を近づける。

 「そんで、俺はじいさんの言いつけでここまで来たわけ」
 「ローエンの?・・・・・・って、えっ」

肩越しに振り返るジュードが、驚いた様子でこちらを見ている。
ようやく状況を察したのか様子を窺うような視線と声色で、ジュードが問い掛けた。

 「それって、もしかしてアルヴィンが僕の護衛をしてくれるの?」
 「もしかしなくても、そーゆーこと」

ジュードの右肩の方へとまわしていた右手で、彼の額のあたりを押し撫でると、
アルヴィンの右肩へと彼の後頭部が寄りかかる。
見上げてくる彼の顔をアルヴィンが見下ろすと、その顔がくしゃりと歪んだ。

 「なんつー顔してんだよ」
 「だって・・・・・・何かほっとしちゃって」

ほっとしたら辛く思っていた感情が溢れてしまったのか、ジュードの目は少し潤んでいた。
ゆるゆると伸びてきた彼の手が、その額に触れているアルヴィンの手に重ねられる。

何ともないといった感じの装いも、すべてはアルヴィンに余計な心配をかけまいと、
不安を心の奥底に押し隠していただけだったようだ。
つくづく甘えたり人を頼ったりすることが下手な子供だと、アルヴィンは胸を痛ませながら彼の目尻に唇を寄せた。


≪Back || Next ≫


強がりな子供を甘やかしたい大人の図。