儉imonium sinuatum - phase 4 -


溢れた感情の波が落ち着いたところで、紅茶を淹れてくるとジュードがソファから立ち上がって台所へ向かった。
現在の状況に関してはローエンから簡単に聞いているだけということもあって、
アルヴィンは改めて今置かれている状況について紅茶を淹れて戻ってきたジュードに説明を求めた。
話がしやすいようにと、今は向かい側のソファへとジュードが腰かける。

 「じゃあ順を追って話すから、ローエンから聞いた話もあるかもしれないけど、いいかな」
 「いいぜ、どうせ大した量の情報貰ってるわけじゃないから、あんま話だぶらねぇと思うし」

テーブルに置かれたティーソーサーからスプーンを持ち上げ、角砂糖2個とミルクを入れる。
ぐるぐるとスプーンでかき混ぜると、茜色の紅茶にミルクが広がった。
ソーサーごと持ち上げればふんわりとした茶葉のいい香りが鼻腔をくすぐる。
さすがは旅の道中でローエンから紅茶の淹れ方を教わっていただけのことはあった。

 「まず源霊匣研究を含め、エレンピオスに対するリーゼ・マクシアの人たちの反応は大きくわけて4つに分かれてるんだ」

アルヴィンの頭の中では肯定派と否定派の2つにしか分類されないだろうと思っていただけに、
4つに分類できるというジュードの言葉に少しきょとんとした。
紅茶のカップを傾け、ひとくち口に含みながら続きの話を待つ。

 「1つ目はリーゼ・マクシア優位思考の肯定派、つまりは自分たちのほうが優れているからエレンピオスの人たちに
  源霊匣にしろマナにしろ供給、施す、与える側っていう・・・・・・選民思考というか、あまり良い話ではないんだけどね」

エレンピオス人であるアルヴィンに対してこういった話はしたくなかったのだろう、
ジュードは顔を顰め気味にしつつその説明をしたところで息をついた。
確かに、異界炉計画の見方をするとリーゼ・マクシア人はエレンピオス人にとってただの燃料でしかなかったが、
霊力野からマナを発せられるリーゼ・マクシア人のほうが優れている、という見方ができるのも当然といえば当然だ。

 「2つ目はリーゼ・マクシアとエレンピオスの共存共栄を望む肯定派、この考え方は僕たちと同じ、かな」
 「あぁ、肯定派っつってもそうやって分けられるわけか」
 「そういうこと・・・・・・まぁ、優位思考の人たちのほうが一番この研究に投資してくれてるっていうのが、複雑なところなんだけど」

そこは仕方ないのだろうとはアルヴィンも思う。
優位思考の肯定派からすれば、この源霊匣研究に利益を見出しているわけだ。
しかも現状ではこの研究においてリーゼ・マクシア人とエレンピオス人の立ち位置が逆転する見込みもない。
安定した優位性を秘めるこの研究に投資することもおかしなことではないだろう。

一方の共存共栄の肯定派は、悪く言えば事なかれ主義とも言えてしまう。
同じ人間であることにかわりがないのだから、争わずに共存できる道を模索するべき、というシンプルな考え方で、
それは決して悪いことではないが、ジュードのように強い意志をもって取り組む人間と比較すると感覚の落差が激しい。
同じカテゴリの枠に収まる肯定派とはいえ、他の派閥と比べてこの中での温度差はかなりあるといえる。

 「3つ目は未知のものに対する不安を抱える否定派、食わず嫌い・・・・・・って言ったら分かりやすいかな」
 「まぁ、源霊匣に限らず断界殻の向こうにいた人間やそこにある文化、技術に不安を持つのも当然だな」
 「言い方は悪いけど、よくわからない何か、っていう感覚が彼らには強いからね」

これに関しては、リーゼ・マクシアとエレンピオスの航路開拓が順調に進んでいない現状と同じだ。
恐らくリーゼ・マクシア人においてはこれが大多数なのではないだろうか。
そしてこういった人々にその実情を根気よく説明をして、理解を得ることもジュードの仕事のひとつなのだという。

 「それで最後、4つ目がリーゼ・マクシア劣位思考の否定派」

劣位といっても実際リーゼ・マクシアが劣っていると思っているわけではなく、
このままではエレンピオスに搾取される側になるのでは、と不信感と危機感を持っている人々なのだとジュードは説明する。
実際のところ、異界炉計画がまさしくそれで、あの計画の存在を知っているのか知らないのかはさておいて、
少なくともこういった計画があったことを鑑みれば、そういう発想が生まれるのも当然だ。

 「大体想像はついたと思うけど、この4つ目の否定派の一部が最近行動を激化させているんだよ」

劣勢思考の否定派は、その多くが机上での論争というスタイルであったが、最近ではそうでもなくなってきたらしい。
集団行動での武力行使とまではいかないまでも、最近では源霊匣研究者が狙われるようになってきたという。
この4つの分類の中でも恐らく少数派にあたる彼らが突然その行動を激化させた理由は、ジュードも分からないと苦笑した。

 「ローエンも反発があること事態は想定の範囲内だって言ってたし、僕もそう思ってはいるんだけどね」
 「激化したきっかけ、ね・・・・・・最近はエレンピオスとの人の出入りも増えてるからなぁ」

つい今日の午前中までいたエレンピオスの様子を思い出すが、取引相手との話をしてすぐに戻ってきた手前、
今回はあまり情報収集に時間を割いていなかったため、これといったことも特には思い出せなかった。
明日にでもバランに手紙を出してみるか、などと考えながらアルヴィンは冷めてきた紅茶に口をつける。

 「源霊匣研究のリーゼ・マクシアでの拠点はここだから、ガイアスとローエンも軍の警備を増やしてくれてはいるんだけど・・・・・・」
 「見えない敵と戦うようなもんだから、結局のとこ被害は出てるってことか」
 「うん、さすがに集団で武装蜂起なんてことにはならないと思うけど、妨害なんていくらでもやりようがあるから」

実際のところの被害に関しては、ジュードの深い溜め息にすべて集約されているのだろう。
その様子からも妨害行為を受けたのは1度や2度といったものではないのだろうとは安易に予想がついた。
残っていた紅茶を飲み干してティーソーサーをテーブルに置くと、ジュードがティーポットに手を伸ばす。

 「おかわりいる?」
 「んじゃ貰うわ」

話の合間、にこりと微笑むジュードが被せていたティーコージーを外し、
ティーポットを傾けてアルヴィンのティーカップへと紅茶を注いだ。
短く礼を述べて、再び角砂糖2個とミルクをいれて、スプーンでぐるぐるとかきまぜる。

 「で、実際のところどんなやり口なわけ」
 「んー・・・・・ヘリオボーグ基地から研究用に提供してもらった物品をラフォート研究所に搬入するところを少数で襲撃されたりとか」

襲撃、とはまた早速ながら不穏な単語が出てきたものだとアルヴィンは僅かに顔を顰めた。
おかわりの紅茶を一口飲み、予想していたとはいえ随分と物騒な状況だと改めて実感する。

 「その時は警備が対応してくれたし、今は警備の数も増えてるから研究所付近での襲撃はもうないんじゃないかな」
 「どうかねぇ・・・・・・もし逆の立場だったら、俺らの場合だと警備があつくても抜け道探して潜るだろ?」
 「それはまぁ、そうかもしれないけど・・・・・・」

別段、ジュードの不安を増やしたいわけではないが、実際次はないと安心するのはまだ早い。
大規模な武装蜂起は恐らく警備のお陰で抑制できているだろうが、少数での襲撃は今後も発生する可能性が十分にある。
そういったことも考慮したうえでの護衛依頼、ということなのだろう。

 「あと、直接狙われたこともあるんじゃないのか?」
 「あるにはあるけど、怪我とかはないよ」

一見して無防備な姿であったとしても、彼の武器はその拳と足だ。
不意をつかれてもよほど腕が立つ相手でもない限り、ジュードが負傷することもまずないはずだ。
そもそも彼のその戦闘技術は、もとより護身術として身につけたものなのだから、彼にダメージを与えることも難しいだろう。

 「それに、狙われる場所もある程度限られてるからね」
 「そうなのか」
 「うん、医学校や診察室、あと研究所の中なら今のところ狙われたことないんだ」

つまるところは、街を歩いている時間が狙われやすいということになる。
街には多くの人がいるため、不意打ちには丁度いいのだろう。
タリム医学校では医学生が大半で、見慣れない人間がいれば悪目立ちしかねない。
診察室に関しては最近殆ど手伝いに行けていないからたまたまかもしれない、とジュードが補足した。

 「ん?じゃあ、ここではあるのか」
 「・・・・・・昨日の夜にね」

ジュードが言うには、昨晩部屋に戻ってきた折に部屋の前で遭遇したのだという。
それまではこの建物の中で襲撃されるようなこともなく、どこかで気が緩んでしまっていたのだろうというのが彼の言だ。
部屋自体には鍵がかかっているものの、建物に入ってこの部屋の前までなら誰でも来ることができる。
そこを失念していたのだと、ジュードは苦笑した。

 「丁度まわりに誰もいなかったし、廊下狭いからちょっと手間取っちゃって」
 「なぁ、もしかして俺に手紙出してたのはいつも、そういうことがあった後だったんじゃないの」
 「えっ・・・・・・あぁ、意識してなかったけど、言われてみるとそうかも」

力なく笑うジュードが酷く弱々しく見えて、アルヴィンは胸の奥がずきりと痛むのを感じた。
先ほどの、自分の来訪を手放しに喜ぶ様はある意味年相応のものではあったが、
思い返してみれば少しジュードらしくなかったようにも思える。

普段の彼ならアルヴィンが来訪した時点で、まだ手が離せないから待っていてほしい、と言っていたことだろう。
しかし実際のところ、彼は他の研究員との話を中断してまで、自分のところへ歩みよって嬉しそうに出迎えていた。
それもこれも前日のことがあったからなのだろう。

これは来て正解だったというべきか、あるいは今回ばかりは素直にローエンに感謝しておくべきかと、
カップに残っている紅茶を一気に飲みながらアルヴィンは思った。


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リーゼ・マクシアの人ってエレンピオス人が霊力野からマナ発せられないとか、断界殻の話を知ったら、
選民思考持っておかしくなさそうだなぁと思ったらこんな話になりました、マクスウェルに選ばれたのだ、的な。