儉imonium sinuatum - phase 5 -


ひとしきり現在の状況についてジュードから話を聞いて、およそ現状に関しては把握した。
気になることとしては、どうして机上での論争を手段としていた否定派の彼らが実力行使という手段に出たのか、だ。
埒が明かなくなったから、と言われてしまえばそれまでだが、アルヴィンの中で妙にひっかかっている。
そんなことを考えていると、座ってるソファが少し揺れて、正面に座っていたはずのジュードがすぐ隣に座りなおしていた。

 「・・・・・・どうしたよ」

俯き気味にしているジュードが、言葉をかけられて顔をあげた。
すっかりと疲労や不安といったものがその表情に顕わになっており、言ってしまえば酷い顔だ。
アルヴィンは両腕を広げて視線を投げると、のそりと緩慢な動作でジュードが動く。

いつもの彼なら、照れくさそうにそんなことをしなくても平気だ、子供扱いするなと言うだろうが、
さすがに今日に限ってはそんな風に応じる余力もないようだ。
ジュードは隣に座ったまま体を捻って、アルヴィンの右肩に顔を埋めている。
彼の両腕はコートの内側へと差し込まれて、コートに覆われるような格好でアルヴィンの背に手をまわした。

 「あったかい」

ぽつりと呟かれた言葉に自然と微笑みが浮かぶ。
右手でジュードのさらさらとした黒髪を、左手で彼の背を撫でた。
擦り寄るようなその動作は、甘えている時の猫のようにも思える。

 「相当参ってんな」
 「さすがに、常時気を張ってるのはきついよ・・・・・・お陰で寝不足気味だし」

もごもご、とくぐもった声でそう言うがはやいか、ジュードが欠伸をする。
もう寝るかと問えば、んー、という曖昧な応答があるだけだった。
しばらくの間を置いてから何かを思い出したように僅かにジュードの顔が持ち上がる。

 「あ、お湯ためてくる・・・・・・アルヴィンも入るでしょ」
 「このままお泊りしてっていいなら」
 「いいに決まってるじゃない、こっちにいる間はここ自由に使ってくれていいから」

よろり、と体を起こしてアルヴィンから離れ、ジュードが立ち上がって覚束ない足取りで戸棚へと向かう。
引き出しから何かを取り出すと、踵を返してこちらへと戻ってきた。
ソファの背越しに彼が手に持っていたものを差し出される。

 「これ、ここの部屋の鍵の予備だから、ひとつ持ってて」
 「家の合鍵渡しちゃうとか、ジュードくんもアグレッシブだねぇ」
 「え?・・・・・・あっ、いや・・・・・・も、もう変な言い方しないでよっ」

ジュードのことだ、別段深い意味もなく利便性的な問題でこうして合鍵を渡してきたのだろうとは思いつつ、
そうやってからかうと顔を可愛らしく染めて、そのカードキーをぐいと押し付けてきた。
ふいっと顔を逸らして、ジュードはそのまま浴室の方へと歩いていく。

 「あらあら」

胸の辺りに押し付けられて腹のあたりに落ちた銀色のカードキーをつまみあげて、アルヴィンはにやりと笑った。
成り行き上もあってとはいえ、ジュードの部屋の合鍵を入手したという事実はかなり嬉しいことではある。
コートの内ポケットへすっと仕舞いこみ、アルヴィンは両腕を持ち上げて大きく伸びをした。



湯が溜まる間、今度はアルヴィンの近況を話したり他愛ない話題でのんびりと会話を楽しんだ。
その後、ジュードに湯を先にと勧められたが、疲れた顔をした彼より先に入るのは気が引け、
結局は先にジュードが入り、その後にアルヴィンも湯をあびた。

さっぱりしたところで髪を拭きながら浴室を出て、リビングへと戻ってくると
ソファで舟を漕いでいるジュードの姿が目に映った。

 「・・・・・・ホント、お疲れだな」

髪を拭いていたタオルを首に引っ掛け、なるべく音をたてないようにしてソファへと近づく。
ジュードの目蓋を閉じられたままで、規則正しい寝息が聞こえてきた。

眠っている彼は、アルヴィンがソファに脱いで放っていたコートを抱え込むようにして座っていた。
その様子が何だか可愛らしくて、もう少し見ていたいとも思ったが、
さすがにこのままでは湯冷めをして風邪をひいてしまう。

 「寝室は・・・・・・っと」

台所、浴室へ繋がる扉は把握しているため、残りの扉の先が寝室だろう。
その扉に手をかけて静かに開けば、その先には予想通りベッドが置かれていた。

寝室とリビングとを繋ぐ扉を開けた状態のままアルヴィンはソファへと戻り、
さほど強く抱え込まれていなかった自分のコートをジュードの手から抜き取ってソファへと放る。
そして彼の背に右腕を、両膝の裏に左腕をまわしてそのままそっと抱き上げれば、
丁度右肩のあたりに彼の頭がよりかかる格好となった。

年齢の割りに軽い体を抱えて寝室まで向かい、起こさないようにそっとベッドへと降ろす。
よほど眠りが深いのか、寝返りひとつうつ様子がなく、降ろされたままの体勢で眠り続けていた。
そっと髪を撫で、彼の額へと唇を落とす。

 「俺も寝るか・・・・・・」

あふ、と欠伸をかみ殺しながら一旦リビングへと戻り、明かりを落とす。
戸締りも問題ないと確認したところで寝室へと向かった。
部屋の扉を閉めてからベッドへと歩みより、ジュードを起こさないようにそっともぐりこむ。

 「ん・・・・・・」

小さく呻いて寝返りをうつジュードに、起こしてしまっただろうかと俄かに焦ったが、
アルヴィンのいる方へと体を向けただけで、相変わらず寝息が聞こえてくる。
シーツの中で向かい合うような体勢をとって、ジュードの頬にかかっている髪を指で梳き、
彼の耳にかけて露わになったその頬を指先で撫でた。

 「可愛い寝顔しちゃってまぁ」

右腕を枕代わりにしながら、左腕でそっとジュードの体を抱き寄せた。
寝心地のいい位置を探そうとしているのか、ジュードがもそりと動く。

間もなくして納得いく場所に当たったのか、身じろいでいた体が止まり、
彼の右腕がアルヴィンの背中へと伸びて、シャツを握られるような感触があった。
顔を摺り寄せる様子は随分と安心したようなそれで、思わずとアルヴィンは小さく笑う。

 「おやすみ」

ふわりとシャンプーが香る髪へと軽く口付け、アルヴィンもゆっくりと目蓋を閉じた。


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アルヴィンいると安心して寝れるジュードとかいいと思う。
ようやく起承転結の起が終わったとか・・・そんな。