儉imonium sinuatum - phase 6 -


視界がふっと明るくなったような気がして、アルヴィンの意識が浮上した。
眩しさに少し眉間へと皺を寄せ、数回の小さな瞬きの後にようやくと目蓋をもちあげる。
窓から差し込む朝日が、丁度アルヴィンの顔を照らしており、それが眩しさの原因と理解した。

 「・・・・・・ジュード、朝だぞ」
 「んー・・・・・・」

左腕でジュードの体を揺さぶってみたが、一層にアルヴィンへと引っ付いて離れる気配がない。
自分はともかくと彼は学生だ、どうにか起こさなければと寝ぼけた頭でアルヴィンは少し考えた。
そんなアルヴィンの視界に映ったのは、黒髪の隙間から覗く彼の右耳だ。

 「ほら、起きないといたずらしちゃうぞー」
 「んん」

伸ばした左手でジュードの耳を覆っていた髪を撫で梳き、
アルヴィンは枕代わりにしていて少ししびれている右肘をついて上体を起こしながら彼の耳へと口元を近づけた。
一瞬どうするか迷った末、ふっ、と勢いよく彼の耳へと息を吹くとびくりと彼が起き上がり、
彼の頭とアルヴィンの顎が思い切りぶつかる。

 「いってぇ・・・・・・」
 「いったぁ・・・・・・」

お互いぶつけた場所を手であて、ベッドの上でくぐもった声をあげる。
朝から何をやっているのかと冷静に考えると情けなくなるのも無理もない状況だ。

 「もう・・・・・・朝から何してるの」
 「おたくがとっとと起きねぇから悪いんだろ」
 「だ、だからって何でそういう起こし方するの!」

がばっと先ほどのように起き上がったジュードが、顔を赤くしながらベッドに沈んでいるアルヴィンを見下ろしている。
もっと起こし方があるだろう、ともごもご呟く彼の姿が可愛らしくて思わずアルヴィンは笑ってしまった。
怒っているんだと主張されたところで、そんなに頬を染めて言われたところで説得力もない。

 「・・・・・・あれ、そういえば何で僕ベットにいるの」
 「ん?昨日ソファで寝込んでたどこかの誰かさんを、優しいお兄さんがベッドに運んでやったからな」

ころころとジュードの表情は変わり、今度は少し申し訳なさそうな顔で礼を述べる。
そんな様子に短く息をつき、アルヴィンも上体を起こしてぐりぐりと彼の頭を強く撫で付ければ、
彼は照れくさそうに笑った。

 「ってか、はやくしないと遅刻するぜ?優等生」
 「え?・・・・・・うわっ、もうこんな時間」

時計のへと目を向けたジュードが慌しくベッドを降りて、ぱたぱたとリビングの方へと駆けていく。
その姿が見えなくなった頃合、くつくつと笑いを零しながらアルヴィンもベッドから起き上がった。
両腕を持ち上げてぐっと伸びをすると気持ちがいい、今日は天気もいいようだ。

 「アルヴィンその新しいの使っていいから」

洗面台へとのんびりとした足取りで向かうと、先に洗面台を使って出てきたジュードが何かを指差す。
その指の先には新しい歯ブラシやらカップやらが置かれている状況だった。
短くそれに応じて洗顔をしている最中、何なんだこの状況は、とアルヴィンは考える。
あれだけ慌しくしている割によく気がまわるというより、そもそも随分と準備がよすぎるのではないか。

 「・・・・・・ジュードくん、何でこんな準備いいわけよ」
 「別に準備とかじゃなくてそれは予備の分だし、いいからそこ座ってよ朝ごはん食べるでしょ」

えらく早口に捲くし立てるようにして言うジュードは、リビングに戻ってきたアルヴィンを一瞥して台所へと姿を消す。
一瞬見えた彼の頬に朱色がさしているのをアルヴィンは見逃さなかった。
きっと今自分は随分と顔が緩んでいることだろうと思いながら、彼に言われた通り椅子に腰掛ける。

 「はいどうぞ」

トントン、と軽い音をたてて皿やカップが目の前の食卓に置かれた。
白い皿の上にはスクランブルエッグとカリカリのベーコン、そしてきつね色のトーストパンが乗せられている。
小さなサラダボウルにはドレッシングのかかった野菜、直接カップに注がれて置かれた紅茶に、
砂糖とミルク、トーストパン用のバターとフルーツジャムが手早く運ばれてきた。

 「ほら、そんなにやにや笑ってないで、はやく食べてよ」
 「いや何か・・・・・・いいなこういうの」

向かい合うように座り、ジュードは照れくさそうに視線を逸らしてトーストパンにバターを塗っている。
左手で持ち上げたフォークでスクランブルエッグを掬いながら、目の前の彼を微笑ましく眺めた。


大急ぎながらもジュードが用意してくれた朝食で腹ごしらえをしてから、部屋を出てタリム医学校へと向かった。
今のところこの場所では特に支障なく過ごせているという話もあり、
さすがに講義中も付き添うのも憚られて、学生課の受付前でジュードとは一旦別れる。

 「さってと・・・・・・」

暇を持て余す状況とはいえ、さすがにあまり遠くへ出るわけにもいかない。
とりあえずは今の内に従兄であるバランに最近のエレンピオスの状況を尋ねる手紙でも書くことにしよう、と
学生課の受付ロビーの隅にあるソファへと腰かけ、荷物から紙とペンを取り出した。

バランに尋ねたいことを頭の中で整理してみる。
ひとつは最近ヘリオボーグ基地周りで不審なことはないのか、次に源霊匣研究に関してエレンピオスでの反応はどうか、
そして対リーゼ・マクシアに関して何か妙な動きはないか、この3つでおよそ集約できるだろう。

 「こんなもんかね」

別段改まって馬鹿丁寧な手紙を出す相手でもない、さらっと読み返してみても特に問題はなさそうだ。
手紙を折りたたんで封筒へと入れて、その封を閉じる。
座っていたソファから立ち上がり、アルヴィンは一旦タリム医学校の外へと出た。

見慣れないイル・ファンの青空の下でぼんやり待っていれば、白い陰がふわりと姿を見せる。
右手を持ち上げればそこにシルフモドキがとまり、その背に先ほどの手紙を固定した。
シルフモドキの頭をそっと撫でで宙へと放てば、瞬く間にその白い輪郭は空に溶けて見えなくなる。

 「んお」

踵を返して学生課の棟へと入ろうとした折、やや後ろから下方向に右腕を引かれる。
突然のことで何事かと思い振り返ると、思いがけず見知った顔がそこにあった。

 「アルヴィンひどいです!こっちに来てるのに、どうしてカラハ・シャールに寄っていってくれなかったんですか」
 「って、エリーゼ姫が何でここにいんだよ」
 「それは私の台詞です!」

ぷう、と頬を膨らませながら見上げるのは見間違えることもない、エリーゼだった。
腕を引かれるまで気づかなかったのも慣れた気配だったからなのだろうと納得しつつも、
彼女はカラハ・シャールでドロッセルの通っていた学校に通学しているはずで、何故ここにいるのか問わずにはいられない。

 「いや、ってか、学校はどうしたよ」
 「風邪が流行っていて昨日から休校です、ドロッセルに一応診察を受けてきたほうがいいって言われて今着いたんです」

そう言われてエリーゼの足元を見れば、小さな革のトランクが置かれていた。
なるほどそれでタリム医学校前で出くわしたわけだと納得する。
改めてエリーゼを見下ろすとふと違和感を感じ、その正体に気づいたところで彼女に問い掛けた。

 「ん、ティポは一緒じゃないのか」
 「・・・・・・ティポはお留守番、です」

アルヴィンの右腕を引いていたエリーゼの両手が離れ、彼女の後ろへとまわる。
もじもじと少し照れくさそうにそう言う彼女の様子を見て、アルヴィンは少し驚いた。
彼女は代弁者であったティポをついに手放したのか、と。

ティポは増霊極としても、また彼女の武器としても活躍していたが、
カラハ・シャールからイル・ファンまで来る程度であれば彼女単独でも別段問題はなかったのだろう。
それでも街を出るのなら一応連れてくればいいものを、彼女なりに自立しようと必死なのかもしれない。

 「アルヴィンはここで何してたんですか」
 「ん、俺?俺はジュード待ち」
 「・・・・・・ひとりでジュードに会いにくるなんてずるいです」

ようやく空気が抜けたその頬が再び膨れて、アルヴィンは笑いながらエリーゼの頭をぽんぽんと撫でた。
事情があったとはいえ、それを知らない彼女にしてみれば抜け駆け、という風に見えているのだろう。
そうは言うが、彼女とて診察の後にジュードのもとを訪れていれば同じではないかと思ったが、そこは言わずにおいた。

 「まぁまぁ、まだ講義出てる最中だから今のうちに診察いってこいって」
 「・・・・・・分かりました、でもちゃんと待っててください!」

私もジュードに会いたい、と訴えるエリーゼに分かったと応じれば、
どうにか納得はしてくれた様で、足元に置いていた荷物を手に取り、外来受付の方へと走っていった。
思いがけない再会ではあったものの、彼女の成長の一片を見て嬉しいやら複雑やらと思いながら、
アルヴィンは学生課のエントランスへと改めて足を向けた。


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アルジュエリな進行で。