儉imonium sinuatum - phase 7 -


学生課受付のロビーでぼんやりと待っていれば、ジュードの受講している講義が終わるよりも先に、
診察を受け終わったエリーゼが顔を見せる。

他愛もない話をしながらしばらく待っているうち、
遠くからざわざわと生徒たちのものらしいざわめきが聞こえてきた。
ぱたぱたと走ってくる音がいくつか響き、その中の一つはどうやらジュードのものだったようで、
間もなくしてその姿がアルヴィンの視界にも入り、慌しくこちらの方へと駆け寄ってくる。

 「おまたせアルヴィン・・・・・・って、エリーゼ?!久し振りだね、イル・ファンまで来てたんだ」
 「お久し振り、です。風邪の流行で学校が休校になって、ドロッセルに一応診察受けるように言われて来たんです」

座っていたソファから立ち上がり、軽くお辞儀をして経緯を説明するエリーゼに、
柔らかい笑みを浮かべたジュードが相槌を打つ。

そうこうしているうち、あれほど静まり返っていた学生課受付のロビーには多くの学生の姿で溢れ、
その喧騒もまた大きく満ち始めていた。
時間は昼過ぎ、購買に学生が多く詰め寄せている。

 「ジュードくんの時間大丈夫なら、3人でどっか飯でも食いに・・・・・・」

行こうか、と言葉を続けるつもりだったが、遠くから聞こえた爆音らしき物音に、アルヴィンは思わずと飲み込んでしまった。
その音自体は少し離れているところのようで僅かにしか聞こえず、このロビーにいる生徒たちが気づいた様子もない。
どうやらエリーゼも聞こえなかったようで、突然言葉を途切れさせたアルヴィンを見上げて首を傾げていた。

 「アルヴィン、どうかしたんですか」
 「・・・・・・今、何か音聞こえたよね」

ジュードの耳には届いていたようで、彼の言葉にアルヴィンは小さく頷いて応じる。
タイミングがタイミング、状況が状況なだけにあまりいい予感はしない。
それどころか嫌な予感しかしないと言ったほうがいいぐらいだ。

 「おたくらはここで待っててくれ、ちょっと見てくる」
 「え、でも」
 「あのなぁ、これでおたくらに何かあったら、益々俺の立場がないっての」

勘弁しろ、と言えば渋々ながらもジュードは頷いた。
その応答を見届けたところで、アルヴィンは早速とタリム医学校の棟から街へと出る。
澄み渡る青空に、灰色の煙が上がっている様子が目に入った。

 「やっぱりあっちか・・・・・・」

煙のあがっている方角は、ラフォート研究所方面だ。
棟の中ではそう大きく聞こえる音ではなかったものの外であれば話は別で、あちこちでざわめきが起きている。
警備兵たちも最低限の人員を配置場所に残して、中央広場の方へと走っていく姿があった。

 「ったく、早速かよ」

ひとまずタリム医学校内であればジュードの身も恐らくは大丈夫だ。
あれだけ学生が多い中でジュードを狙うことは難しいだろう。
何より結果オーライとはいえ、幼いながらも優れた術を使うエリーゼも一緒にいる。
今自分がやるべきは状況把握だと、アルヴィンはタリム医学校前から中央広場、ラフォート研究所方面へと走りだした。

中央広場を通過する頃にはざわめく人ごみも数を増し、ホテル・ハイファンの前を通過するのも一苦労だ。
そこをどうにかくぐりぬけ、ラフォート研究所前まで来ると既に警備兵たちによって通行規制が敷かれている。
タリム医学校が安全だとしてもあまりジュードから長時間離れているわけにもいかない。
ひとまずは見える範囲で状況を確認しようとアルヴィンはラフォート研究所の棟を眺めた。

 「ここから先は立ち入り禁止だ、さがれさがれ」

野次馬を押し返す警備兵の声を聞き流しながら眺める先、煙があがっているのは源霊匣研究を行っている区域ではないようで、
昨日ジュードに会った場所よりも少し手前のあたりだ。
昨今の状況を鑑みてもこの煙はよほど突拍子もないことがない限り、例の源霊匣研究に反対している一派の仕業だろう。

だとすれば、実際に研究が行われている区域ではない場所で煙があがっているとなると、
研究に使う物品を保管している倉庫が次点で狙われそうな場所ではある。
改めて見てみるとエントランスとは別の、通用口のような場所からそこは近い位置のようだ。

恐らくはあの通用口が、ジュードの話にも出てきた搬入口で、やはりあの煙があがっているのは倉庫、と見るのが妥当だろう。
およその位置も特定し終え、あとはジュードに確認すれば
ある程度状況も明確になるだろうと思ったところで、ふと妙な気配を感じた。

 「ん・・・・・・?」

その妙な気配の正体は、誰かがアルヴィンをそれと認識した上でじっと見つめている、そんな明確な意識の込められた視線だ。
しかし、ラフォート研究所から目を逸らし、辺りを見回してみるもそれらしい人影はアルヴィンの視界に留まらなかった。
如何せん、一時期はイル・ファンに長らくいたこともあったため、知っている人間がいてもそうおかしいこともない。
とはいえこのタイミングでそういった何らかの意思が篭もった視線を投げられると、不審に思わずにはいられなかった。

考えることは戻ってからでもできるだろう、とアルヴィンは踵を返して押し寄せる野次馬の波に逆らうように歩き始める。
数歩歩いたところで、とん、と背にぶつかる小さな接触を感じ取り、肩越しに振り返った。

 「あ、すみません」

白衣姿のいかにも研究員といった感じの男が苦笑しながら謝罪してきたが、
さすがにこんな人の流れの中では仕方がないだろうとアルヴィンは適当に応じた。
周りには他にも白衣姿の人影がちらついており、恐らくはラフォート研究所から逃げてきたのだろう。

しばらく人を掻き分けるようにして中央広場まで戻ってきて、タリム医学校方面へと進む頃合になって
ようやく周辺の人の数がまばらになってきた。

 「野次馬多すぎだろ」

そう小さくぼやいてみるも、傍から見れば自分もかわりないのだろうと思うと何とも言い難い気分になる。
人ごみに酔ったか、それとも密度の高い場所にいたせいで酸欠気味になったのか、軽く眩暈を覚えた。
小さく息をつき、アルヴィンはタリム医学校の学生課受付の棟へとふらりふらりと歩き進める。

学生課受付のロビーまで来ると、さすがに学生達の喧騒も多少は納まっているようだった。
ロビーの隅にあるソファに、腰かけているジュードとエリーゼの姿を捉える。
アルヴィンに気づいたジュードの視線が、こちらへと向けられた。

 「あ、おかえり・・・・・・どうだった?」
 「研究所の一画で煙あがってたわ。通用口っぽいとこの近くで、昨日おたくがいた場所よりは手前のほうな」
 「・・・・・・多分倉庫だね、あそこには向こうから研究用に提供してもらってるものが保管されてたから」

ジュードの話を聞いて、予想的中かとアルヴィンは肩を竦めつつ小さく息をついた。
ここで予想通りの展開ともなれば、やはり犯人は源霊匣研究に反対している人間で確定と見ていい。
そんな彼とのやりとりを、話が見えないといった様子でエリーゼが首を傾げて、少し不満そうな顔をしていた。

 「あの、何があったんですか」
 「ちょっとややこしいことになっててね・・・・・・ん、アルヴィンどうしたの、顔色悪いよ」

訝しげなジュードの視線に、アルヴィンは首を捻る。
体調が優れないといった感覚は特になく、多少頭がくらりとはしているがそれも人ごみに呑まれたせいだろう。
別段問題はないことを伝えようとした折に、ぐらりと視界が強く揺れる感覚を感じ取り、アルヴィンは顔を顰めた。

 「・・・・・・っ、何だこれ」

強烈な眩暈に倒れそうになる体を、どうにかソファへと着地させた。
突然の変調に驚いたのはアルヴィン本人だけでなく、ジュードとエリーゼもだ。
そのソファに腰かけていた2人が立ち上がって、座り込んだアルヴィンの目の前に立つ。

 「アルヴィン、アルヴィンどうしたの」

しっかりして、と軽く頬を叩くジュードの手がとてもひんやりしているように感じたところで、
自分が発熱していることに気づいたが、風邪をひくような健康状態でもなかったし、症状が出るのも突然すぎる。
もしかしたら、と考えたところでぷつりとアルヴィンの意識は途絶えた。


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ようやく話が動きました。