儉imonium sinuatum - phase 10 -


中央広場で買い物を済ませてジュードの部屋まで戻ってきたのはお昼をまわった頃だった。
道中で戻ったら湯を借りたいと話していたため、戻ってきて早々、ジュードがお湯の準備をはじめる。
何から何まで世話になってしまって申し訳ない限りだったが、思いのほか彼は楽しそうに世話を焼くため、
つい彼の好意に甘えてしまう自分がいた。

 「お湯ちょっとまってね、もうすぐ溜まるから」
 「おう、サンキュな」
 「うん、お昼ごはんもこれから準備するね」

そう言って彼が台所へと向かうと、エリーゼが追うようにして台所へと小走りで入っていく。
手伝いをすると言う彼女の声を遠く聞きつつ、アルヴィンは上着とスカーフを外して、
ソファに深く腰かけながら、コートの内ポケットから先ほど届いた手紙を引っ張り出した。

バランからの手紙を読むうち、無意識に顔を顰めている自分にアルヴィンは気づいた。
エレンピオスでは、未だに異界炉計画を推している人間が少数ながら存在しているらしく、
最近でも相変わらず計画推進をという声をあげており、一部は活動を激化しているという。

そういった人間の、特に過激な一派にしてみれば、源霊匣はリーゼ・マクシアからのマナの"施し"、
あるいは"馴れ合い"になりかねないと考えているようだが、不満の声はあげども実際に妨害活動や武装蜂起には至らず、
別段トリグラフにせよヘリオボーグ基地にせよ、バランの身の回りで被害が発生することは今のところないようだ。

 「異界炉計画ね・・・・・・まだんなこと考えてる馬鹿がいるのか」

およその大多数はリーゼ・マクシアとの共存に寄った考えを持ってはいるらしいが、
その否定的な一派が活動を活発にしているというあたり、少しこちらの状況と似ていると思った。
どこへ行っても人間は人間、ということなのだろうか。

 「あー・・・・・・」

手紙の後半に書かれていた話を見て、思わずアルヴィンは溜め息交じりに声を漏らした。
内容は、スヴェント家に関する内容だ。

どうやらエレンピオスではあの旅船ジルニトラに乗船していた人間がリーゼ・マクシアで生き長らえていたという話が
どういう経緯か公に広まっていることもあって、当主であるアルヴィンの父親と分家当主のジランド、
そして当主の息子であるアルヴィンの3人を捜索しようとしている動向も少なからずあるのだという。

しかし、当主が見つかればそれはよしとするものの、そうでない場合には家督を示す銃の強奪とともに、
長らく激化していた当主争いに決着をつけようとしている可能性も否めない。
だとすれば、現状の当主もそしてジランドも他界している状況のうえ、証を持つのはアルヴィンだ、
身辺には注意したほうがいいという忠告とともに、バランからの手紙は締めくくられていた。

 「アルヴィン、お湯使っていいよ」
 「ん、あぁ」

後ろからかけられたジュードの声に、アルヴィンは手元の便箋をがさり、と折りたたんだ。
湯に浸かりながら情報を整理してみようと、手紙を封筒へ入れてコートの内ポケットにしまい、ソファから立ち上がった。



湯から出ると、丁度テーブルへ昼食が運ばれてくるところだった。
ジュードが運んできた大皿にはオムソバが盛られており、エリーゼが3人分の取り皿を運んでくる。
アルヴィンが湯から出てきたことに気づいたジュードに席を勧められ、アルヴィンは椅子に腰かけた。

 「美味しそうです」

席につくなり、きらきらと目を輝かせるエリーゼがそう呟く。
もう待ちきれない、はやく食べたいといった様子の彼女が何とも微笑ましい。
ジュードも席についたところで、早速とエリーゼが取り皿にオムソバを取り分けはじめた。

 「さっき手紙読んでたの?」
 「そーそ、向こうじゃ相変わらず異界炉計画進めたがってる連中がいるんだとよ」

ジュードからの問いかけに応じると、彼はその言葉に顔を顰めた。
断界殻がなくなり、エレンピオスにも精霊が再び生まれている状況にあってなお、
膨大なエネルギーを欲するとは何て強欲なことか、そう思うのはきっと皆同じだろう。

 「そいつら、源霊匣はこっちとの馴れ合いになるから、施しを受ける側になるからって理由で、否定的に考えてるらしい」
 「リーゼ・マクシアの優位思考の人たちと対照的な考え方だね」
 「だなぁ、んなことばっか言って拒絶してても先がないのはエレンピオス側だってのにな」

中長期的にエネルギー問題を考えれば、源霊匣研究の必要性など誰しも、特にエレンピオス人には分かるはずだ。
しかも現状は断界殻がなくなったことで、エレンピオス側にも精霊が存在しているため当面は黒匣の使用も可能といえば可能で、
エネルギー問題も研究を急ぐ必要はあるが、異界炉計画を強引に進める必要があるほどの状況ではない。

 「・・・・・・余程大量のエネルギーを消費するようなものを作っている、とかでもない限りは
  エネルギー問題も多少猶予はあるはずなんだけどね」
 「つってもまぁ、ホントそんなこと主張してるのは極一部で、共存思考の人間のほうが圧倒的に多いみたいだからな」

その過激な一派が何を考えて異界炉計画を未だに推進しようとしているのかは定かではないが、
少なからず源霊匣研究についても否定的な一派が存在しているということは事実だ。
もう少し詳しい情報が欲しいが、これ以上バランに話を聞こうとすると、
首を突っ込みすぎて彼自身が窮地に陥る可能性も否めず、かといって今ジュードから離れて自ら向こうへ行くわけにもいかない。

 「でも僕が言うのもなんだけど、異界炉計画を推してるなら、一部を隔離して源霊匣開発させたら効率いいって思わないのかな」
 「断界殻があった頃はそういう考え方をしていたはずだってのに、
  ここに来てどうして取ってつけたような理由で否定してるのかは、俺も分かんねぇわ」

溜め息交じりに言葉を返し、すっかり話し込んでいて手をつけていなかったオムソバを自分の取り皿へと取った。
取り皿から口へと運び、それを噛みながら改めて考えてみる。

彼らにとっては、どんなに源霊匣が理想的なエネルギーであっても、
リーゼ・マクシアの人間によるマナの施し、馴れ合いが必要ということが気に入らない、ということなのだろう。
その助力を求めるぐらいなら強引にでも奪い取りたいという考えからは、一種強烈なリーゼ・マクシアへの憎悪すら感じる。

かたやエレンピオスによる搾取として源霊匣研究を否定するリーゼ・マクシア、
かたやリーゼ・マクシアからの施しとして源霊匣研究を否定するエレンピオス。
どちらも最近活動を活発化させており、どこか似ているようにも思えた。

 「まぁ、とりあえず感じらしいぜ」
 「そっか・・・・・・後でもう一度色々と考えてみるかな」

頭を傾け、右の人差し指でとんとんとこめかみを突いていたジュードのその手が、すっと降ろされた。
手紙の内容としてはスヴェント家の話もあったが、あれは今話すことでもないかと思い、
アルヴィンは話題に取り上げることはしなかった。

 「・・・・・・そういやおたく、学校はどうしたんだ」
 「研究所の爆破事件でジュードの学校も休校、です」

黙々とオムソバを食べていたエリーゼが、ようやく参加できる話題になったからかジュードにかわってそう答えた。
その反応を見る限り、食べる事に夢中になっているようで話はしっかり聞いていたのだろう。

 「うん・・・・・・あと、今日は研究所への立ち入りも禁止、明日は状況次第みたい」
 「なるほどねぇ、それなら今日はこのまま少し情報整理してみるか」

ジュードが頷いて応じたところで、何かを思い出したようにエリーゼが短く声をあげた。
何かと思い、ジュードへと向けていた視線を彼女の方へと向けるとその視線とぶつかる。

 「ドロッセルに連絡がしたいんです、シルフモドキを借りてもいいですか」
 「あぁ、構わないぜ?つか、エリーゼ姫はこれからどうすんだよ、診察終わったんだろ?」
 「まだしばらく学校もお休みなので、イル・ファンにいます」

何か手伝えることがあるかもしれないから、とエリーゼは言う。
彼女を巻き込むのはいささか憚られるものがあるが、とはいえ心強いというのもまた事実だ。
ジュードもそれは同じなのか、少し思うところがありそうな様子ながらも、分かったと彼女に応じる。

 「じゃあ、エリーゼもここに泊まっていいからね」
 「ほ、本当ですか」

顔一杯に嬉しさを溢れさせてエリーゼが問い返し、ジュードはにこりと微笑んで頷く。
彼との2人きりの時間が無くなるのは少し惜しい気もしたが、彼がそう言うならまぁいいかと、
アルヴィンは別段何ともなしに、ただよかったな、とだけ声をかけた。


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ソファで新聞読んでる父親、家事をやる母親、それを手伝う娘・・・・・・という構図に気づいたらなっていた。
そして設定資料集でる前にこのあたり突っ込んだ話書いていいものか不安が過ぎる。