儉imonium sinuatum - phase 11 -


昼食を終え、片付けも終わったところでジュードの淹れてくれた紅茶を飲む。
今はソファへと移動して、向かいにジュードが座り、その隣にエリーゼが座っている状況だ。
アルヴィンはティーカップにミルクと角砂糖2個をいれてくるくるとスプーンを動かした。

 「そういえばアルヴィン、後ろからぶつかってきたのはどんな人だったの」
 「ん?あぁ、白衣きた30代ぐらいの男だったな」
 「研究所の人でしょうか・・・・・・」

エリーゼの言葉に、ジュードは少し複雑そうな顔をしている。
同じ研究所で研究に勤しんでいる人間が実は対立する相手である可能性があるともなると、色々と思うところもあるのだろう。

 「他に外見とかの特徴は他に覚えてる?」
 「悪い、あんま気にして見てなかったんだわ」

如何せん、野次馬が殺到しており人にぶつかられてもおかしくはない状況で、
研究所から逃げてきたらしい白衣姿の人間もちらほら見受けられる中ということもあって、
別段ぶつかってきた人間を不審には思っていなかった。

 「アルヴィンが僕と行動しているのを知ってて狙ってきたんだとは思うんだけど・・・・・・本当にごめん」
 「いいって、そもそもおたくの状況把握してる上で、用心してなかった俺が悪い」

バランの手紙にはスヴェント家の当主争いに関連した不審な動きがあるという話もあって、
その方面からの襲撃も考えてみたものの、彼らの場合はアルヴィンというよりもアルヴィンの持つ家督の証たる銃が狙いだ。
それを考慮すると、あの襲撃者は単に毒殺を目的としていたようで、アルヴィンを拘束したり、
持ち物を奪おうとするといった意図があったようには思えず、ジュードの同行者という理由で狙われたと考えるのが自然だろう。

 「研究所の内部構造を理解してる人間がいなきゃ倉庫狙い撃ちもないだろうし、あいつが例の一派の内通者だったのかもな」
 「うん・・・・・・この前の通用口襲撃も、搬入のスケジュールを知ったうえでやってる可能性は高いし」
 「まぁ、心当たりがその白衣きた男ぐらいってだけで、実際にそいつが仕掛けてきたのかは分からないけどな」

いずれにしてもこれまでの状況を鑑みて、研究員に内通者がいるとみておよそ間違いはない。
ある程度組織だって動いているのであれば、草を放つのも当然のことだ。
アルヴィンにあの時ぶつかってきた白衣姿の男が本当に毒針を仕込んできた人間であったとすれば、
彼が間者であると見ていいだろう。

 「実際、内通者が居るとすればおたくの研究室にいた連中に紛れてるんだろうな」
 「あまり疑いたくはないけど・・・・・・そう考えるのが妥当だとは僕も思う」

溜め息交じりにジュードが呟く。
ひとまず彼のいる研究室に登録されている研究員を片っ端から調べてみる必要はありそうだ。
情報収集に関してはシルフモドキを飛ばして、ローエン経由で許可を取ればどうにかなるだろう。

しかし調べようにも問題点がある。
あれだけあからさまな行動をとった後ということもあり、これまで以上に警戒して身を潜めることは安易に想像がつく。
そもそも過日の件で研究所が封鎖状態である手前、すぐに調べることも難しいだろう。

 「ただ、その通用口襲撃の時にも一度研究員を対象とした調査は行われているんだよ」
 「そん時はそれらしい奴がでてこなかった、ってことだよな」

頷いて応じるジュードが言うには、現在ラフォート研究所に在籍する研究員全員に対して、
身元確認や身辺調査が行われたらしいが、その時は全員の身元が問題なく確認できたのだという。
そしてラフォート研究所から搬入スケジュールなどの情報が漏れたという形跡もみられなかったらしい。
いい香りのする紅茶の注がれたカップを傾けながら、アルヴィンは考えを巡らせた。

 「・・・・・・なぁ、エレンピオスから派遣されてきてる研究員はいるのか?」
 「うん、研究用の物資搬入の時に数人、その後も何人か来てくれてるけど」
 「そいつらの身元確認はどうなってる」

アルヴィンの問いかけを受けて、ジュードが小さく首を捻った。
数秒の沈黙のあと、アルヴィンの問いに対する回答を思い出したようで、
宙に投げ出されていたジュードの視線がこちらへと向けられた。

 「物資搬入の時に来た人は襲撃で怪我をして数日入院していたから、研究所着任時の確認がどうなったか知らないんだよね」
 「んじゃ、後から来た連中は?」
 「あの人たちは到着した時に着任確認してて、僕も同席してたけど別におかしなことはなかったよ」

ふうんと相槌を打つアルヴィンの中では、今回の騒動の首謀者がリーゼ・マクシアではなく、エレンピオスのように思えていた。
理由を問われれば何とも答えにくい部分ではあり、直感に近いものではあったが、
机上での討論を主張の手法としていたリーゼ・マクシア劣位思考の一派が突然武装蜂起に転ずることはやはり考え難く、
彼らの存在を隠れ蓑に利用する別の人間がいるように思えてならない。

そしてエレンピオスでは一部ながらも源霊匣研究の推進を拒絶している人間が存在し、
彼らが最近活動を激化させているというのにも関わらず、バランの身辺では妨害行為などが生じていない。
もしかしたらそれは、彼らが妨害行為を行っている場所がエレンピオスではないというだけのことではないか、
そこまで考えたところでじっとこちらを見つめているエリーゼの視線に気づいた。

 「・・・・・・ん、どうしたよお姫様」
 「アルヴィンがひとりで考え込んでると怪しいです、思い当たることがあるならちゃんと話してください」
 「あー・・・・・・別に隠してるとかじゃねぇって、考え整理してただけだから」

じとり、と念押しをするようなエリーゼの視線に、アルヴィンはがくりと肩を落とした。
別段隠すつもりもなく、ただ考えを整理していただけではあったものの、
過去の自分のことを思えばこの言われようも仕方がないのだろうかと思わず苦笑する。
そんなやり取りをくすくすと笑いながら、それで、とジュードが話を促してきた。

 「何か心当たりでもあるの?」
 「いや、心当たりっつか・・・・・・首謀者が実はエレンピオス側なんじゃないのって考えてたんだよ」
 「エレンピオスの・・・・・・ですか?」

それはどういうことか、と問うような視線をジュードとエリーゼから投げられて、
アルヴィンは先ほどまでひとり考えていた話を言葉にして伝えてみた。
一頻り話し終えたところで、ジュードがなるほどね、と相槌を打つ。

 「ラフォート研究所で怪しい奴があがらなかったとして、情報漏れたのがヘリオボーグ基地の可能性だってある」
 「搬入スケジュールに関しては確かにそうかもしれないけど、でもどうしてわざわざ研究所で・・・・・・」

どうしてヘリオボーグ基地で搬出の妨害がなかったのかについては、エレンピオスで妨害活動をすれば
身元が割れるリスクが高いからという理由がまず最初にアルヴィンの中では思い浮かんでいた。
ただあくまでもリスクが多少軽減される程度でしかないものであって、
ここまでの憶測が現実であるとれすばまだ別の理由があるのではないかとも思える。

 「アルヴィンは、怪我したエレンピオスの研究者の人が内通者だと思っているんですか」
 「ここまでの話が事実っていう前提での話だけどな、可能性としては高いんじゃないかね」

搬入時の襲撃が成功すればそれまでのこと、失敗したとしても内通者を通じて研究所の構造を掌握して、
研究に必要となる物資の置かれた場所を襲撃すれば済むということだ。
何より、隠れ蓑に利用しているリーゼ・マクシア劣位思考の一派が活動を強めている背景がある。
その襲撃は彼らによるものとカモフラージュすることも可能であり、
内通者である研究者を被害者面させつつ堂々と中へと送り込むことすらできてしまう。

 「・・・・・・ま、全部可能性の域は越えてねぇし、実際にリーゼ・マクシアの一派が噛んでる可能性もあるだろうよ」
 「うん・・・・・・でも、ヘリオボーグ経由で情報が漏れたなら、研究所側で情報漏れの形跡が見つからなかったのも納得だし」

まったく考えられないことでもないだろう、と応じながらジュードが首を傾けながら考え込む。
ひとまず手をつけるのはどこからか、といえば恐らくは件の搬入時に同行してきた
エレンピオスの研究員に対する着任対応がどうなったのかという点からになるだろう。

 「手続き資料とかも全部研究所の中だから、入れるようになるまでは手出しできそうもないね」
 「ま、明日も入れないってならローエンにでも一筆貰おうぜ」

ラフォート研究所の立ち入り規制も状況調査を行っているもの軍だ。
ともなれば、ローエンに研究所へ入る許可を貰えれば入ることも可能だろう。

いずれにしても、ジュードのいる研究室に所属する研究員の身辺調査結果を提供してもらうため、
ローエンに助力を求める必要はある状況だ。
最悪明日も入れなかった場合を想定して、あとで手紙をだしておくとアルヴィンが言えば、ジュードも頷いて応じる。

 「そうだね、明日は状況次第って話だったし」
 「そーそ、それにおたくら、俺の付き添いで疲れてんだろ。今日はゆっくりしとけって」

一瞬きょとん、とした顔をジュードがこちらに向けてくるが、まもなくしてくしゃりと困ったように笑った。


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憶測はどこまであっているのか。