儉imonium sinuatum - phase 12 -


その日の夜は、疲れているジュードとエリーゼを早々に寝室へ放り込み、
さすがに3人で同じベッドは狭いだろう、とアルヴィンはリビングのソファにごろりと横になった。
リビングの明かりもすでに落としてはいるものの、前日に長らく眠り込んでいたせいか目が冴えている。

日中の晴天はどこへいったのか、夕方頃から曇り始めた空から、今はしとしとと雨粒が降り注いでいる。
しんと静まり返ったジュードの部屋に、遠く聞こえる雨音だけが響いていた。
その音を聞きながら目を瞑るも、いつまでたっても眠気がこない。

明かりを落としてから既に数時間は経過しているだろうという頃合、かちゃり、と扉が開く音がした。
音がしたのは寝室のある方で、どちらかが起きたのだろうと、目を瞑ったまま気配だけ窺う。
間もなくしてその気配がソファへと近づいてきて、アルヴィンのすぐ左手側、テーブルとソファの間で止まった。

 「・・・・・・なんだよ眠れないのか」
 「そういうアルヴィンも起きてるじゃない」

狸寝入りで様子を窺おうかとも思ったが、アルヴィンはゆるりと目蓋を持ち上げた。
ソファで横になっているアルヴィンを見下ろすようにして、そこにはジュードが立っている。
すとん、とテーブルとソファの間に座り込んだかと思えば、アルヴィンの左二の腕のあたりに彼の頭が降りた。

 「俺は昨日たっぷり寝てるもんよ、おたくと違って」

左の肘を曲げ、その手でジュードの頭をぽんぽんと撫でた。
彼のことだ、考え事をしているうちに眠れなくなってしまったんだろう。
さらさらとした彼の髪の感触が心地よくて、髪を梳くように手を動かした。

 「ねぇアルヴィン・・・・・・どうして源霊匣の必要性を理解してもらえないんだろう」

ぼそりと呟かれたジュードの言葉は、彼にしては随分と弱々しいものだった。
頭を少し左へと倒してみるも、視界に映るのはジュードの黒い髪と、狭いスペースに座り込む姿だけだ。

 「ガイアスと、ミラがくれた猶予を無駄にするわけにはいかないのに」

ジュードの背負うものは、15歳の少年が背負うにはあまりに大きすぎる。
懸命に頑張ってはいるものの、こうして対立する人間が出てきてしまう現状にはたまらないだろう。
こんな時、どんな言葉をかければいいのだろうか、アルヴィンは言葉に詰まった。

ジュードの言葉もそこで途絶え、さああという雨音だけが聞こえる。
時折窓に叩きつける雨雫が、少しだけ大きな音を響かせた。
何か言葉をかけなければ、とアルヴィンはたどたどしいながらも結んでいた口を開く。

 「少なくとも俺は、お前が頑張ってるのを知ってるし、お前の努力の全部が全部無駄ってわけじゃないだろ」

彼の努力が実を結んで、少しずつながらも源霊匣の存在と必要性を理解する人間は増えているはずだ。
これだけの大きな反発があるのも、逆に言えばそれだけ源霊匣の有用性や必要性が
リーゼ・マクシアにせよ、エレンピオスにせよ、広まりつつあることに他ならない。

 「俺なんかよりよっぽど立派にやってるよ、お前は」

頭を少し持ち上げて、ジュードの髪へと唇で触れる。
鼻をくすぐる彼の髪からはいい香りがして、思わず目を細めた。
こちらに顔を向けるようにして彼の頭が横に動いて、アルヴィンは再び頭を枕代わりにしていたクッションに落とす。
そしてようやく、彼の瞳と視線が交わった。

 「・・・・・・励ましは嬉しいんだけど、アルヴィンの励まし方ってちょっと自虐的じゃない?」
 「仕方ねぇだろ、出来た優等生と不出来な狼少年だからな」

困ったように微笑するジュードの右の目蓋へと口付けて、わしゃりと彼の髪を撫でた。
少年という歳ではなかったな、と肩を小さく竦めてみせれば、彼がくすりと笑う。

遠く聞こえる雨音と、ジュードの体温が心地よくて少しだけ眠気を感じるようになってきた。
それは彼も同じだったようで、目を細めて欠伸をかみ殺している。

 「ほら、眠くなってきたならとっと寝ろって、背伸びなくても知らねぇぞ」
 「それは困るかな・・・・・・」
 「ま、俺としちゃ、今のジュードくんのサイズが丁度いいんだけどな」

けらり、と笑ってみせるとむぅと少しむくれたような顔でジュードがこちらを見遣る。
少しは彼を元気にさせられたのだろうか。

どんなに言葉を尽くしても、自分の言葉が持つ力などたかが知れているとは誰よりも自分自身が理解している。
狼少年の言葉に誰が耳を傾けるというのか、という話だ。
それでも、そんな言葉でも彼の助けになれたのなら嬉しいと思う一方で、
己の無力さを改めて突きつけられるようで、酷く歯がゆい思いだ。

 「俺ももう寝るから、お前も寝ろって、な」
 「・・・・・・うん」

渋々といった様子を見せつつも、ジュードが上体を起こしたため、アルヴィンは彼の頭から左手を離す。
座り込んだままでいる彼の右頬へとその左手を伸ばして、指の背でその頬を撫でた。
困ったような少し寂しそうなそんな表情に、心乱される。

アルヴィンは体を起こして、床に座り込んだままのジュードの左右に足を下ろした。
見上げてくる彼の顔を両手で包み込むようにして触れ、親指の腹で彼の目蓋を撫でる。
そのままぐいと、少しだけ彼の顔を引き寄せ、唇を重ねた。

ジュードの手が、アルヴィンの両手に重なって暖かい。
深い口付けがしたいわけでもなく、かといって掠め取るようなそれでは満足できる気分でもなかった。
角度を変えてはただ触れ合うだけの口付けを数回、彼の唇から離れた後、そのまま彼の額に触れる。

 「おやすみ、ジュード」

ジュードの耳元でそう呟いて、小さなリップ音をわざとたてるようにして、その耳に短く唇で触れれば、
僅かに彼が声を漏らすのが聞こえてきて、アルヴィンは思わずくつりと笑った。
照れくさそうに、口早におやすみ、と言うなり、ジュードは立ち上がって寝室の方へと姿を消していった。

その姿が見えなくなったところで、アルヴィンはソファへと体を横たえた。
再び静まり返った部屋には相変わらず雨音だけが溢れている。
明日も雨が続きそうだなどと考えているうち、重たくなった目蓋がすうと視界を暗転させていった。


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ジュードだって弱音を吐きたいこともあると思う、そんな時アルヴィンが聞いてあげる役だといいな