儉imonium sinuatum - phase 13 -


翌朝、雨はあがっていたものの空は厚い雲に覆われて薄暗かった。
ジュードの用意した朝食を3人で食べた後、ラフォート研究所へ入ることができるかを確認しに出かける間、
遠くから小さく雷鳴らしい音もごろごろと聞こえてくるような天気だ。

 「お天気悪いですね」
 「うん、昨日のお昼までいいお天気だったのに」

ジュードとエリーゼのやりとりを聞きつつ、アルヴィンは中央広場の様子をぐるりと眺めてみた。
天気の悪さと時間帯のせいか、この街にしては人影もまばらだ。
とはいえ、少し巡回する警備兵の数が多いような気もする。

そしてその数は、ラフォート研究所方面へと向かうにつれて増えていった。
ラフォート研究所前まで到着したところで、ジュードがアルヴィンとエリーゼにちょっと待ってて、と
一声かけてから、ラフォート研究所のエントランス前に立つ警備兵のもとへと歩み寄る。

 「すみません」
 「ん?あぁ、お疲れ様です」

声をかけた警備兵はジュードと面識があるようで、小さく礼をした。
今日はラフォート研究所の中に入れそうか、とジュードが尋ねれば、その警備兵は首を横に振る。
やはり昨日のうちにローエンへ手紙を出しておいて正解だった。

昨日はエリーゼがドロッセルに手紙を出す前に、先にローエンへと手紙を出した。
手配に少し時間がかかるが、明日、つまり今日中には中に入れるように手配すると、すぐに返事はきている。
しかし、今のところまだ手配は完了していないようだ。

 「それじゃあ、爆発があったエリアの被害状況だけ教えてもらえませんか」

ジュードの研究室に関係がある範囲でということでその警備兵が言うには、
爆破された場所が倉庫であること、そしてそこに置かれていた備品の一部が破損した、という話らしい。
備品というのは恐らく、ヘリオボーグ基地から提供してもらっている源霊匣研究用のものだろう。

 「あっ」

すぐ隣から、エリーゼが短く声をあげるのが聞こえてきた。
何かと思って彼女へと目線を落とせば、持ち上げられた彼女の左手にシルフモドキがとまっている。
恐らくはドロッセルからの返事なのだろうが、随分と分厚い折りたたまれた便箋が姿を見せた。
昨日の間に返事が来なかったのはこれだけの量の手紙を書いていたからなのだろうか。

 「こいつはまた、すげぇ分厚い手紙だな」

曇り空へと飛び立っていったシルフモドキを見送り、改めてエリーゼへと視線を向けた。
視線の先で、彼女は開いた便箋の束をじいと読みふけっている。
そうしているうち、警備兵と話し込んでいたジュードがこちらに踵を返した。

 「やっぱりだめそう」
 「まぁローエンの手配待ちだな」

そうだね、と頷くジュードもエリーゼが読んでいる手紙に気づいたようで彼女へと視線を落とす。
アルヴィンとジュードからの視線に気づいたのか、ぱっと顔をあげたエリーゼは少し照れくさそうな顔をした。

 「ドロッセルから手紙きたの?」
 「・・・・・・はい、レイアが遊びに来てくれてたみたいなんです」

手紙には、昨日レイアがカラハ・シャールまで顔を見に来ていたらしく、
ドロッセルは執務の合間に彼女とお茶をしたり、買い物に出かけたりとしていたため、連絡が遅れたのだという。
内容としてはどんなお茶菓子を食べただとか、何を買っただとか細々とした話も多いようだ。
便箋の枚数が多いのも、その話がかなり長いことが原因らしい。

 「レイアがイル・ファンにも来るそうです」
 「何だか続々と集まってんな」

トラブルに引き寄せられるかのように集まる様に、アルヴィンは思わず肩を竦めて苦笑した。
全員集まることはないと分かっていながらも、ひょっこりとミラさえも姿を現すのではなどと思ってしまうほどだ。

いずれにしても、ラフォート研究所には今も入れない。
これからどうしたものかと3人で顔をあわせるが、現状持っている情報では他にあてもなく、
ひとまずはジュードの部屋に戻ろうかと話をしている折、ふと妙な気配を感じた。

 「・・・・・・ん?」

その気配は、ラフォート研究所で煙があがっていた折に感じたそれと一致する。
振り返ったりはせず、そのまま周囲の気配を窺った。
警備兵の数が多いせいか、気配が紛れてしまっている。

しかし奇妙に思ったことがある。
今この場にはジュードもいる状況であるにも関わらず、その視線はアルヴィンへと向けられているようだ。
ジュードを狙うために警戒していると受け取るには、幾分か殺意が強すぎるように感じる。

 「アルヴィン?」

ジュードが僅かに首を傾げながら名前を呼ぶ。
その瞬間、その気配が動いたように感じてアルヴィンは右手側の、中央広場方面へと顔を向けた。
道の両側に立っている警備兵の片方が、姿勢はそのままその右手握られた
警備兵には不釣合いな小型の銃が此方を向いている。

 「お前ら伏せろ!」
 「え?」

ジュードとエリーゼの頭に手を置いて、ぐいと下へと押してアルヴィンも回避行動を取った。
しかし2人を屈ませる時間があったために避けきれず、放たれた銃弾がアルヴィンの頬を掠める。
銃撃を外したことに気づいて、その警備兵が中央広場の方へと駆け出したが、
周囲の警備兵たちがその後を追って中央広場へと向かっていった。

あれはジュードたち源霊匣研究を行うものを狙っている人間ではない。
間違いなく、スヴェント家の当主争いに関連している人間だ。
ややこしいことになったものだと顔を歪めながら中央広場を見遣っていると、すっとジュードの手が伸びてきた。

 「あ、悪い」
 「・・・・・・今の、アルヴィン狙ってたよね」

僕じゃなくて、と問うような目をこちらに向けながらジュードの治癒功が、アルヴィンの頬についた傷を癒す。
このタイミングで実力行使をされてくるともなると、スヴェント家の一件についても話す必要がありそうだ。
みすみす、ジュードの悩みの種を増やすのも憚られてはいたが、どうにもそうとも言っていられない状況らしい。

 「多分スヴェントの誰かか、雇われた奴だろうな」
 「スヴェントって・・・・・・アルヴィンの家族、ですよね・・・・・・」

それなのになんで、と屈ませていた体を起こしながらエリーゼが見上げてくる。
説明するには少し時間がかかる、あとでジュードの部屋に戻ったら状況を説明するとだけ答えた。
それならひとまず中央広場方面を見に行こうというジュードの提案にアルヴィンはエリーゼと共に頷く。

中央広場へと向かうと、タリム医学校方面の手前で警備兵の人だかりがあった。
どうやら先ほど発砲した人物を捕らえたようだ。
人だかりの中心、地面に押し付けられていた人影が後ろ手に拘束されて立ち上がる。

 「あ、ジュードとエリーゼ発見!」

捕らえられた男を護送するために警備兵の人影が次第に薄れていったかと思えば、
人だかりがあった場所に、見慣れた少女の姿があった。
こちらに気づいて手を振りながら声をあげているが、アルヴィンと目が合うと少し驚いたような顔をしている。

 「って、アルヴィンも来てたんだ、何だか随分集まってるね」
 「・・・・・・ねぇ、レイア?もしかしてさっきの人捕まえたのって・・・・・・」

訝しげに問うジュードに、気持ちがいいほど元気に彼女、レイアは頷いて応じた。
追われている人間も警備兵の格好をしてはいたが、後から続く警備兵が追っているような声をあげていたため、
通りすがりに棍を足に引っ掛けて転倒させたのだという。

 「レイア、元気そうでよかったです」
 「うん、元気元気!エリーゼも、元気みたいでよかったよー」

にっこりと笑うレイアが彼女のもとに駆け寄ったエリーゼの頭を撫でた。
現在の状況を考えれば、レイアの来訪は心強くもある一方で彼女に関しては未だに申し訳なく思っている節もあり、
ジュードの件はともかくとして、スヴェント家の一件にまで巻き込みかねないのは気が引けるが、こうなっては仕方ない。

先ほど銃撃してきた人物が口を割るとも思えないが、聴取の結果は気になるところだ。
ローエンには度々面倒をかけてしまうが、その件についても手紙を出しておくかとアルヴィンは小さく息をついた。


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やっとレイア登場・・・・・・まだまだ続きます。