儉imonium sinuatum - phase 14 -


エリーゼは現在の状況をドロッセルにある程度手紙で伝えていたようで、
レイアはドロッセルからその話を聞いているのだという。
よかったら詳しい話を聞かせてほしいという彼女を連れて、一旦ジュードの部屋へ引き上げることにした。

 「相変わらず整理整頓された部屋っていうか、殺風景っていうか・・・・・・」
 「レイアはもう少し部屋片付けたほうがいいんじゃない」
 「もー失礼しちゃうなぁ!最近ちゃんと綺麗にしてますよーだ」

以前にもこの部屋を訪れたことがあるらしいレイアの言葉のあとに続いたジュードの物言いに、
彼女はふんふんと不貞腐れつつ弁明したが、最近、とつけたせいで
ある意味墓穴を掘ってしまっていることに本人は気づいていない。
そんな彼女に困ったような笑みを浮かべつつ、ジュードはお茶の用意をするといって台所へと向かっていった。

 「それで、アルヴィンもジュードの件で来てるってところなのかな」
 「ん?あぁ、ローエンがいきなりシャン・ドゥ来てその話してきて、ジュードの護衛よろしくって言われたわけ」
 「そっかそっかぁ」

ソファに腰かけながら投げかけられた問いかけに応じれば、レイアが相槌を打ちながら頷いた。
そうこうしているうち、盆にティーセットをのせてジュードが台所から出てきた。
今日はアルヴィンの向かいにエリーゼ、その隣にレイアが座っており、
紅茶の用意をして戻ってきたジュードはアルヴィンの横に腰かける。

 「エリーゼの手紙の内容、ドロッセルからちょっと聞いただけなんだけど、今ってどういう状況なの?」
 「うん、じゃあその話からだね」

温かな紅茶の注がれたティーカップがソーサーに乗せられ、ジュードから全員にそれが渡る。
その話から、という物言いに、言外にアルヴィンの話も勿論してもらう、と釘を刺されている気分だ。
ひとまずと自分の前に置かれたティーカップにミルクと角砂糖を入れてスプーンでぐるぐるとかきまわす。

ジュードがこれまでの経緯について順を追うようにして説明する。
折々に相槌を打っているうち、レイアの眉間が僅かに寄る様子が見て取れた。
大切に思っているジュードが狙われているという状況を知って、彼女がよしとするはずもない。

 「なるほどねー・・・・・・そうと知ったら黙ってられないよ」

やる気満々といった様相で、レイアが力強く頷いた。
ジュードとしては、すでにエリーゼまで巻き込んでいる状況だというのに、
レイアにまで協力してもらうことに気が引けている。

しかし既にジュードと面識があるものと、イル・ファンの街に紛れている襲撃者に目撃されている可能性も多分にあり、
この状態で別行動というのは、より彼女の身の安全に問題が生じかねないだろうとアルヴィンは思う。
そこはジュードも理解しているようで、困った様子ながらも彼女が同行を申し出ることに対し、縦に首を振った。

 「じゃあ、アルヴィン」

隣から向けられる視線にアルヴィンが応じると、レイアが首を傾げる。
エリーゼからもジュードと同じような、じいと見る視線がこちらに向けられており、
アルヴィンはバランの手紙に書かれていた内容について話し始めた。

 「前にトリグラフのバランの家んとこで、俺の家で当主争いが起きてることは聞いただろ」

アルヴィンの言葉にジュードが頷く。
理由は定かではないが、旅船ジルニトラの乗員がリーゼ・マクシアで生き長らえているという話が、
エレンピオスでは広まりつつあり、それによって当主争いの動向にも変化が起きているのだと語った。

 「んで、家の連中が当主と分家の当主、ついでに当主の息子を探し始めたわけ」
 「それってつまり、アルヴィンとアルヴィンのお父さんとジランドっていうことだよね」
 「そーゆーこと」

そこで一旦話を切って、アルヴィンは紅茶に口をつけて一呼吸置く。
持ち上げたティーカップをソーサーに置き、テーブルへと戻した。

 「まぁ当主が見つかれば当主争いなんざする必要もないし、当主が他界しているのなら
  身近にいる血縁者が持ってるであろう家督の証を奪えば当主の座を狙えるって寸法だな」
 「家督の証・・・・・・ですか?」
 「これだよ、ジルニトラでジランドと戦った時に取り返した銃」

エリーゼの問いかけに応じて、コートを僅かに捲った。
コートの内側に隠れているガンホルダーから抜き出した黄金色をした細身の銃を見せる。
そのまま取り出しはせずに再びホルダーに収め、捲ったコートを元に戻した。

 「強奪にせよ、殺して親族面をして遺品を引き取るにせよ、手元にこの銃がくれば万々歳ってこった」
 「じゃあ、さっきの人がアルヴィンを狙っていたのも、その銃を狙っていたからなんだね」

そうだと答えれば、ジュードが顔を顰めた。
容姿もさることながら、アルヴィンを狙っていた人物が警備兵に紛れているということは、
先日ジュードを尋ねてきた折に署名したアルヴィンのフルネームを見てそれと分かったのかもしれない。
そう考えると、随分と迂闊なことをしてしまったと思わず溜め息を零した。

 「でも、どうしてアルヴィンがここにいるって分かったんだろうね」
 「そればっかりは俺も分かんねぇけど、俺のリーゼ・マクシアでの身辺状況でも調べたのかもな」

レイアの問いに関してはアルヴィンも肩を竦めて応じる他なかった。
調べたのか、あるいは知っている人間ということになるのだろうが、
しかし仮に過去のアルヴィンの動向を調べようとしたところで、あしがつくとは思えない。

そもそも名前もアルヴィンで通しており、本名を知っている人間などほんの一握りしかいない状況で、
今はともかく、以前は内々に行動していたこともあり、そう簡単には調べがつかないはずだ。
つまり、調べたというよりも、もともとアルヴィンの動向を知っている人間と考えるほうが自然な気はする。

 「アルヴィンがまた1人で考え込んでます」
 「・・・・・・だーから、考えまとめてるだけだって」

じとり、と昨日と同じように視線を向けてくるエリーゼに、再びがくりと肩を落とした。
よしよしなどと言いながらジュードに背中をぽんぽんと撫でられると、なお一層に情けない気分になる。

 「とりあえず、あの人は精霊術では攻撃してこなかったし、武器を見る限りでもエレンピオスの人なのかな」
 「まぁそう考えるのが妥当だろうよ」

少なくとも軍の人間を買収したというのは考え難い。
買収したところであてになるかも分からない、それぐらいならば信を置ける人間を潜入させるのが妥当だ。
そう応じればジュードも納得したようだったが、でも、と言葉を繋ぐ。

 「来るかも分からないアルヴィンを、どうしてわざわざ研究所の警備に潜入して狙っていたのかな」
 「たまたま見かけて、今日警備兵に変装してさり気なく混ざってたとか」
 「それはないよ、研究所の警備はちゃんとシフト組んで動いてるから、1人急に増えたらさすがに分かるし」

きっぱりとそう答えるジュードに、そっかぁ、とレイアが小さく唸った。
ただでさえ厳重な警戒を敷いているあの場所で、交代のときに本人確認を怠っているとは思えない。
そしてラフォート研究所の外は開けていることもあり、知らぬ間に中身が入れ替わっていたということも恐らくはないだろう。
しかしそう考えると、潜入というのも随分と難しい話だ。

 「そもそも潜入した方法は、イル・ファンの警備はラ・シュガル軍に所属していた兵士が中心になってはいるから・・・・・・」

隣に座るジュードが僅かに首を傾げる。
丁度死角になっていて見えないが、恐らくはいつものように指でとん、とこめかみを突いているのだろう。

 「・・・・・・アルヴィン、ラ・シュガル軍にアルクノアが潜伏してる可能性はあるよね」
 「そもそもジランドがいたぐらいだからな」
 「じゃあ、今日アルヴィンを狙っていた人がアルクノア関係者の可能性もあるってことかな」

あぁなるほど、とアルヴィンは相槌を打った。
確かに、アルクノアの人間であればアルヴィンの動向を知っていても何らおかしなことはなく、
ジランドが軍にいた頃に潜入していれば別段今更潜入する必要もないだろう。

しかしアルクノアの人間といえど、アルヴィンのことを認識している人間ばかりというわけではない。
アルヴィンの動向を知っていても、それこそ軍へ潜伏していれば顔をあわせる機会は皆無に等しいはずだ。
恐らくは署名の名前と、実際にアルヴィンを見て、その人と認知したのだろうと考えれば、話が繋がるような気もした。

 「アルクノアのリーダーがジランドっていうこともあって、スヴェント家の人がどうにかコンタクトを取った、とか」
 「あるかもしんねぇな・・・・・・けどまぁ、何でそんなまどろっこしいことしてんのかね」

アルヴィンのことを狙っているというのであれば、何もイル・ファンに拘る必要はないはずだ。
それこそ、アルヴィンがシャン・ドゥを拠点にしていることなど、アルクノアの人間であれば調べはつくだろう。

やはりアルヴィンを狙っていた人間はアルクノアの関係者ではないのか、
或いは、何かイル・ファンを離れられない理由があったのだろか、と考えたところで、
ジュードも同じ事を思ったらしく、ぽつりと疑問を零した。


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ようやく核心部分の話がちらりと。