儉imonium sinuatum - phase 15 -


昼食を済ませた頃合、さてどうしたものかとソファにこしかけて4人で顔をあわせていた。
そんな折、ジュードの部屋に来訪者を知らせるベルの音が響く。
別段殺気の類はなく、襲撃者が来たということも恐らくはないだろうと思いつつも
ソファから立ち上がろうとしたジュードを制して、アルヴィンは扉へと向かった。

 「はいはい、どちらさん・・・・・・って、うおっ」

扉を開けた向こうに居た人物を見て思わずアルヴィンは驚きの声をあげた。
思いがけなかった来訪者は普段と変わらぬ笑顔を浮かべて軽く頭を下げて礼をする。

 「だから何でじーさんがいんだよ」
 「おやおや、じじいはお呼びではありませんでしたか」

目の前に立つ老人、ローエンは先日シャン・ドゥに現れた折と同じような笑みを浮かべている。
その声を聞いてか、部屋の中にいた3人が駆け寄ってくる足落ちが耳に届いた。
実質集まれる人間が勢ぞろいしている状況になっており、ジュードのことはともかくとして、
エリーゼとレイアまでもがここにいることに少し驚きつつ、ローエンも久し振りの再会を喜んでいるようだ。

 「立ち話もなんだし、どうぞはいって」
 「それでは遠慮なく」

ジュードがローエンを招き入れたところで、アルヴィンは部屋の扉を閉めてえ鍵をかけた。
エリーゼとレイアもソファへと戻り、アルヴィンもその後を追うようにしてソファに向かう。
ジュードが紅茶を淹れなおし、お茶菓子のクッキーを追加して全員がソファに腰かけたところで改めて話を始めた。

 「研究所の手配についてですが、このような状況ですので許可証を発行しても立ち入りが難しくなっています」
 「ということは、当面は入れないってことなのかな」
 「いえいえ、そもそも研究所へ調べに向かう必要がなくなりましたので」

それはどういうことなのか、とアルヴィンは訝しげな視線をローエンへと投げる。
此方の状況も含めて順を追って説明する、と前置きを置いたうえでローエンが言葉を続けた。

 「昨今の源霊匣研究に反発する一派について軍で調査していたのですが、不可解なことがありました」
 「不可解なこと?」
 「はい、先日からその一派に属している方々の監視を内々に行っていたのですが、
  彼らが動かぬうちに先日の研究所への襲撃が起きたのです」

首を傾げて問いかけるジュードに、ローエンが頷いて応じた。
ローエンが内々にというのであれば、その監視活動を知っているのは本当にごく少数、信用できる人間だけなのだろう。
監視の事実が漏れたことは想像し難く、ともすれば以前推測をしていた通り、リーゼ・マクシア劣位思考の一派は、
第三者によって隠れ蓑として利用されただけで、彼ら自体の活動激化というのも本当はなかったのかもしれない。

 「つまり、首謀者は別にいる、ということですか?」
 「そういうことになるのでしょう」

エリーゼはそう問いかけながら、恐らくは先日3人で話していたことを思い出しているのだろう。
ローエンはこれらのことを鑑みて、実際に状況を現地で確認するため、この日の昼前頃にイル・ファンへと入ったのだという。

 「ローエンが見にいく時に、わたしたちも一緒についていけば中に入れる、っていうことだね」
 「えぇ、そのつもりだったのですが・・・・・・今日の午前中研究所へ向かった際にひと騒動あったようですね」
 「うん、警備兵がアルヴィンに向かって攻撃を仕掛けてきた件だね」

ジュードの言葉にローエンが頷いた。
アルヴィンに向かって発砲してきた警備兵の聴取を行っている頃合にローエンが到着し、話はおよそ聞いているようだ。
そして聴取では意外にも、その警備兵が色々と話をしていたのだと彼は言う。

 「身の安全を保証するという約束で、なかなか興味深い話を聞けました」
 「大体予想はつくけどな」
 「そうかとは思うのですが、恐らくは五分五分かと思いますよ」

五分五分、という物言いにアルヴィンは首を傾げる。
その警備兵はスヴェント家からアルヴィンの殺害を依頼されており、
そしてアルクノアの一員として、ジランドが軍にいた頃に軍へと潜入していた人物である、
というローエンの説明に関しては想定の範囲内だった。

 「ただ、彼が担っていた役割はアルヴィンさんを殺すことだけではありませんでした」
 「ん、それどういうことだ」
 「彼は源霊匣研究の妨害行為にも加担し、研究所の情報をリークしていたようです」

まさかそこが繋がるとは思いもよらず、さすがにこれは驚くほかなかった。
確かにタイミングが重なったとはいえども、そこに関連性があるなどとはさすがにジュードも想定していなかったらしい。

 「先日の件よりも前に襲撃があった際、情報のリークがないかの調査を行ったのですが、対象者は研究者のみでした」
 「・・・・・・詳細なスケジュールを警備兵は知らないけど、搬入と研究員の受け入れがあったから知っていたんだね」
 「そうです、搬入作業と研究員受け入れの際には簡単にですが警備兵に予め連絡が入るようになっています」

例の人物は、その情報をイル・ファンに潜伏していた仲間へと流し、ラフォート研究所の少し手前で襲撃をしたのだという。
しかし搬入の一団はエレンピオス人ということもあって、搬入物の破壊のあと多少攻撃行動にはでたが、
それはあくまでも振りであって、タイミングよく警備兵が現れるように調整し、命まで奪うようなことはしなかったらしい。

そして先日の襲撃についても、ラフォート研究所の警備兵であれば内部の構造ぐらいは承知しており、
彼が倉庫に爆発物を仕掛けた張本人だったようだ。
時限性のものだったようで、あの日の朝方に巡回を行った際に設置し、実際に爆発が起きた時には
ラフォート研究所前で警備にあたっていたのだと彼は語っていたのだとローエンが言う。

 「生存しているアルクノアの人間は、その大半が心底リーゼ・マクシアを倦厭し、異界炉計画の強行を望んでいるようです」
 「エレンピオスじゃ、ジルニトラに乗っていた人間が生きているという話が広まり、
  異界炉計画を推してる連中が活動を活発化させてる・・・・・・アルクノアの連中の仕業ってことか」

ようやくリーゼ・マクシアからエレンピオスへと帰る手段を得たアルクノアの生存者がエレンピオスへと戻り、
自分たちの存在を主張するとともに、倦厭するリーゼ・マクシアの異界炉計画を進めようとしている。
つまりそういうことなのだろう、と尋ねればローエンは静かに頷いた。

 「如何せん20年です、アルヴィンさんも感覚的に察しがつくかと思いますが・・・・・・」
 「・・・・・・戻っても昔とは状況も違って、とっくに死んだと思われてた人間が戻ってきて、喜ぶ人間ばかりでもない、か」
 「残念ながらそういったことも背景にあり、彼らの一部は自暴自棄を起こしているようです」

遺産相続といった問題など、アルヴィン同様に家の問題により戻っても受け入れられなかった人間もいるらしい。
例の人物は休暇の折にエレンピオスへと渡ったものの、両親は既に他界し、兄弟の行方も分からず終いだったのだという。

 「アルヴィンさんの殺害を依頼したスヴェント家の方は、そんな彼らを当主となった暁には受け入れると約束していた」
 「受け入れっていうのは、生活の保証ということなのかな」
 「はい、そういった複雑な事情からこの2つの問題が発生していたということのようです」

事の顛末に関してようやく知ることができたものの、アルヴィンは何とも複雑な気分になった。
居場所をなくして自暴自棄になることに関しては、アルヴィン自身その辛さともどかしさ、やり場のない気持ちを理解している。
ジュードを狙うことにせよ、リーゼ・マクシアとの馴れ合いになるからなどといって源霊匣研究を否定することにせよ、
異界炉計画を強行することも含め肯定できる要素など何もないが、その境遇に関しては共感できるものがあった。

ローエンの声が聞こえてまだ話を続けているとは分かっていながらも、
スヴェント家の人間の酷いやり方や、アルクノアの人間のことを考えていると耳に入ってこなかった。


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アルクノアの生存者が異界炉計画〜のくだりは[ Anemone coronaria ]とぷちリンクしてます。